章間 闇からの声
目が覚めると、そこは真っ暗な空間だった。
光も、音も、体に感じる感覚さえない。ただ、不思議と恐怖は感じない。
それは昔に体験した感覚だ。
……それはいつだったか? そんな事を考えていると不意に声が響いてくる。
「お父さん……?」
暗闇から聞こえてきたのは、俺を呼ぶ声だった。……グゥちゃんの声だ。
視界のすみにマーカーが点滅している。それはこの状況が仮想現実である事を示していた。
グゥちゃんの声は通信によるものだと判断することが出来た。
でも、いくら仮想現実だったとしても真っ暗な空間なんて聞いたことが無い、ここまで脳に入力される信号が無い事も珍しいな。
状況を知るために自分のバイオモニターを起動させると、自分の体の詳細が目の前に表示されていく。
リノちゃんから取り込んだ攻勢のナノマシンが俺の体内で酵素生成の阻害活動を実行しているようだ。
自分のナノマシンが拮抗状態を作り出し生体機能の安定をかろうじて保っている。これがロウフォドリー中毒なのだろうか?
今のこの状態は、恐らくクエリによる緊急事態の処置と言う事なのだろう。
「グゥちゃんか……。俺は一体……」
「今のお父さんは、自分の部屋で寝ているよ」
容態は良くない。普通なら仮想空間だとしても意識など保っていられないだろう。
「グゥちゃんは無事みたいだな」
「うん……」
真っ暗な空間に声だけが響いてくる。
このままじゃ、なんだか会話しにくいぞ?
何しろ俺の見ている景色は真っ暗で上も下も、右も左も無いのだ。
俺は闇の中から相棒のクエリを呼び覚ます。
「クエリ、いるか?」
≪はい。ご主人様≫
「仮想空間にオブジェクトを設置してくれ。俺が今からイメージする空間で頼む」
≪はい。その通りにします≫
俺の周囲には、クエリの作り出した仮想現実が作り出されていった。
それは、シエリーゼのコックピットの中だった。同時に体の感覚も再現されてくる。
見慣れた座席、見慣れた計器にモニター類。しかしそのモニターは真っ暗で何も映ってはいない。
仄かに計器の明かりに照らされただけの空間だ。しかしこれが妙に落ち着く。
仮想現実なのだからナウムの自分の部屋でも、元の時代の実家を作り出しても良かったはずなのに……。
俺はこの座席が忘れられないのだ。……結局この戦うための座席が恋しいのかもしれない。
シートのもたれかかり、吸いつくような操縦桿を握って息を吐く。
グゥちゃんとの回線を開くと、俺の仮想現実へとグゥちゃんを招待した。
にじみ出るように、グゥちゃんが空中から現れる。
「お父さん?」
小さく囁く。俺はその小さな体を抱きしめた。
「ここは、どこなの?」
そう言って周囲を見回すと、グゥちゃんは首をかしげる。
「ここは……、そうだな。天国に一番近い所だな」
「天国に近い所って、なんだか偶像騎士の操縦席に似ているね。でも私、なんだか知っている気がする」
「ああ……、そうだよ」
俺はそう言ってグゥちゃんの頭を撫で、笑ってごまかす。
死に一番近く、そして俺が安心でき、俺がティアレスに降り立ってから求めてやまない居場所だ。
「なぁ、グゥちゃんはやっぱり昔の記憶を……。過去の記憶を取り戻したのかい?」
「……ううん。戻ってないよ。今のグゥを知らない私は、きっとお父さんが知りたいグゥだと思う……」
「なんだい? なんか謎々みたいだな……」
俺がこの時代に霊子誘因装置で目が覚めたとき、クエリに本来呼び込みたかった人物では無いと言われた。魂の本質は同じでも別側面なのだと言う。
俺はこの世界では、オフスという存在の別存在なのだ。
「なら…………。魂の別側面、同位存在ってことか」
「そうなるのかな? でも、グゥはグゥだよ」
明瞭なグゥちゃんの答えは明確な知性を感じさせるものだった。
俺はグゥちゃんにアクセスしシステムの稼働状況を確かめる。
高度に複雑化した推論機能が論語と命題に解を導いていた。
その在りようはすでに一個人と同じである事を悟ると、それ以上のアクセスをやめる。
グゥちゃんにもこれから知られたくないプライバシーが出てくるだろう。
「でもねお父さん、私にもわかるんだ。……私はね、沢山の人に愛されてたんだよ」
「あぁ、そうだな、きっとそうだ……」
俺はそう言いながら、グゥちゃんをやさしく抱える。
胸の内から、愛情や悲しみや、やるせない多くの思いが無限にあふれてくる。
「クエリ。俺が”メシエの悪夢”内で体験したことは……。現実だったのか?」
あやふやな俺の認識を確かなモノにするため、クエリに問いかけてみる。
クエリは言われたことしかできないが、客観的に事実を語る事は意外と得意な奴だ。
≪はい。そうとも言えますが、違うとも言えます≫
「違うわけがないだろ。俺の手の中には姿や形、そして魂の姿さえ違うけど、レテが……、俺の娘がいるんだ……」
≪重力が落す”影”は、常に別の時空上で確率的に存在しています。メシエで体験した悪夢は、非常に現実に似た、しかし別の世界である可能性を否定できません≫
「なんでもいい。俺は、俺は……。まだあの場所で色々やらなくちゃいけない事が沢山あったんだ」
≪ご主人様。悪夢として捉える事を推奨します≫
「……現実主義なんてロクでもないぜ?」
そう言って俺はふと考えをめぐらす。
仮にクエリが言ったように別の世界に意識が旅をしていたとして、その方法ってなんだ?
いや、そもそも、なんでガス星雲で凍結状態の時に見た夢が過去の世界なんだ? クエリの話だとそれが別の世界である可能性だって?
だけどクエリは以前、俺は元の世界に戻る可能性は非常に低いと言っていたハズだ。
「……クエリ。お前の話を飛躍させると、元の世界に戻る事は出来ないけど、よく似た別の世界に戻る事は出来るって事か?」
≪はい。その通りです。自己相互作用により、時間と空間は常に離散的に遍在し、それらの事象がご主人様自身を含める事はありません≫
はぁ。難しい言い回しで理解できないが、重要なのは俺の返事にイエスと答えた事だな。それにしてもいちいちコイツは言われたことしか返答できない奴だ……。
イライラする気持ちを抑え、サポートAIだからしかたないと言う事で気持ちを落ち着ける。
クエリの言うように、”もし”とか”タラレバ”が可能なら、俺は間違った選択を修正できるってことか。
そうすれば今俺はこんな回り道をしていなくてもいいはずだ。
「じゃあ、もしよく似た世界に戻るなら、どうやって戻るんだ?」
≪はい。理想の世界へと接続するため確実性を求めるなら、霊子サーバによる高次元への介入が必要となります≫
「上位存在……、結局は神頼みってわけか……、それで過去に戻れるって事か?」
≪相対的な時間的概念に意味などありません。時間とは常に魂の記憶に時系列で保存されます。あえて時間の概念を用いるなら、そこはすでに過去ではなく、未来となります≫
要するに自分が今感じていることが正しいって事なのか。
「クエリの言う事は難しいな。常に主観っていうのは自分自身が中心なのか」
≪はい。その通りとなります≫
「考え方によっては、俺の意識以外の感じているすべては、夢の様な物なのか……」
でも、そんなのってつまらないよな。人は一人では生きられないし、幸せにもなれない。
確かに今見ているコックピットの景色も、視界の隅に表示される仮想空間を表すマーカーがなければ現実か仮想現実かさえ区別がつかない。
だけど俺の心を満たす思いは、俺の心の内側だけにあるものだけじゃないはずだ。
そんな風に考えていると、グゥちゃんが俺に抱き着いてくる。
「夢じゃないよ、お父さん。お母さんはお父さんのことが大好きだよ……」
俺は無言でグゥちゃんを抱きしめる。
ああ、確かに……、俺はずっとその言葉が聞きたかったのかもしれない。
俺の膝に乗るグゥちゃんの重みが偽物だったとしても、俺にとって大切なものが確かに俺の中にあるのだ。
もし、あの時に戻れて、さらに続きがあったとしても、俺はまだ行くことができない。
俺は今、このティアレスにいる。
俺はミクニハジメだが、オフス=カーパなのだ。
「グゥちゃんが、今グゥちゃんであるように、俺もオフスとして頑張ってみるよ」
前の”オフス”がどんなヤツかはよくは分からない。だけど基本的に俺自身なら、この星に降り立ったオフスが何をするかは想像がつく。
間違いなく今の状況を何とかしようと、足掻こうとするだろう。
俺の言葉に、グゥちゃんは笑顔で返してくれたのだった。
◇ ◇ ◇
グゥちゃんの頭をもう一度撫でると、今度は外の様子が気になってくる。
「クエリ、みんなは無事か?」
≪はい、問題ありません。現在、ご主人様の周囲には個体名アイリュ、リーヴィル、マイシャ、リノミノアが存在します≫
「なぁ、クエリドールで外の様子は分からないのか?」
≪プライバシーの保護の為、音声と画像は控えます≫
まぁ、着替え中だったら困るからな。知ってしまえば俺は覗きををごまかせないだろう。
あとで確実に怒られるよりはこのままの方がいいかもしれないな。……ちょっと残念だが。
「そうか、……無事ならいいんだ。みんなに聞かれたら俺は大丈夫だと伝えてくれ」
≪はい。既に実行済みです≫
その言葉に俺は満足する。今までの緊張が一気に解放されるような感覚がしてくる。
最悪俺がどうなろうとも、皆が不幸であっていいはずがない。
それが俺の心の安らぎなのだ。
「クエリ。あとどのくらいで俺は目が覚めそうだ?」
≪はい。現在生体機能の最調整中です。およそ十五分ほどで回復の見込みです≫
今は午前八時四三分、目が覚めるのは朝九時くらいか……。
体内に取り込んだロウフォドリーのナノマシンの解析状況が目の前に表示されていく。
多くが解析不明やエラーを示していた。
ロウフォドリーの毒を無毒化するのは一筋縄では行かなそうだな。
「そうだ。グゥちゃんは、この後どうする?」
「お父さんのお手伝いをするよ、リノ母さんもその方が喜ぶと思う」
「そうか、じゃあ一緒に頑張ろうな。まだこれからの事を考える時間はいっぱいあるさ……」
「うん!」
俺のこの体の寿命は、まだ千五百年以上あるとクエリは言う。
そして時間的な概念が俺の主観によるものなら、イリスの問題は後でもいいはずだ。
なら、一番解決しなきゃいけない問題から順番に片付けていくしかない。
ならこれから何を一番最終目標とする?
惑星防衛機構まで行ってシエリーゼを手に入れるか?
いいや、それは今考えれば手段だ。
イリスに似た”あの子”を探すか?
だめだ、それも今じゃない。
俺が願うのは、このティアレスという生命を乗せた箱舟が長く続くことだ。滅びの脅威を取り除き、この星の生命を長く存続させたい。
なら色々な不都合は、俺にとってそれを遮る障害って事になる……。
次に考えるのは直近の問題だよな、なら先ずフォーナスタだ。
相手は偶像騎士を駆り武力を行使してきた。それに対して俺も力を振るった。
その結果はとんでもない被害が出ただけだった。俺から見ればそう言う結果にしか見えない。
それに対して善とか悪とかで判断してしまっていいのかもわからない。
でもあの時は力には力で対抗していく事しか思いつかなかった。
「グゥちゃん。これからきっと戦いになる。戦いは嫌いか?」
「きらい。だよ」
「そうだな、好きな奴なんて……」
そこまで言いかけてその先の言葉を飲み込む。
シエリーゼのコックピットにもたれて、安心していられる俺は本当に戦いが嫌いなんだろうか。
「まぁ、そんなにいないよな」
精一杯それだけの言葉を絞り出す。
俺はこの座席で五年間、意識を絶えさせる事無く戦う為に自分を鍛えてきた。
だけど宇宙での戦いから逃れ、ティアレスという惑星に降り立ち、俺は色々な人と出会った。
そして色々な人達に特別な感情を抱き。そしてその思いの一つ一つを大事にしたいと思っている。
やらなければやられる。守りたかったものも何もかも、また失ってしまう。
ただ単にそれだけだ。
≪ご主人様。いいえ。ハジメ……≫
「ん。なんだ? クエリから”ハジメ”なんて、なんだか久しぶりに呼ばれるな」
≪今後の戦闘プランについて提案があります≫
「お? クエリ流石だな、何かいい案でもあるのか?」
≪はい、現状建造が可能なガジェットのリストを共有します。承認をお願いします≫
『キィーン』
宇宙でのクエリはいい相棒だ。
こうやって俺が行き詰まると実施可能な最善策を提供してきてくれていた。
ただ、音が聞こえるって事は重要な選択ってことだよな。
目の前のモニターにその内容が表示されていた。
その内容を一読する。
「…………だめだ。これは承認できないな」
俺は冷めた声でそう言い放つ。
≪今後大規模な戦闘が予想されます。現実的に対応するための実施項目です。現在、必要十分量の霊子エネルギーは機体名デュラハンにて確保が完了しています。ヒェクナー及びバグザードのエーテル形成機を利用すれば……≫
「ダメなものはダメだッ! クエリッ」
反射的に俺は叫んでいた。
俺の腕の中でグゥちゃんが驚いたように身をこわばらせる。
目の前に映し出される資料には銃火器や爆弾等の破壊兵器が羅列されていた。
人が携行する火器から、偶像騎士が携行するものまでさまざまだ。
クエリはデュラハンが生成する大量の霊子エネルギーを利用し、現行の文明を凌駕する兵器開発を推奨してきているのだ。
≪理解不能です。今後予想されるフォーナスタとの戦いや、ハジメのパートナー保護の観点からも必須と……≫
「それでもだッ」
そう言うと、俺の中にあったモヤモヤとしたものが次第に形になってくる。
ふと、リノちゃんの言葉が思い出されてくる。
一足す一の答えは、一に一を足そうとしている人がいる事なのだと……。
戦いを良いとか悪いとか言う人もいると思う。その結果を感情で表す人もいると思う。
それも当然だ。
だけど賛成とか反対とかいう事よりも、今より、もっと踏み出した考えを持たないといけないんじゃないか?
一番大事なのは、自分や他人を愛する事をためらったり、現状を停滞させ悪化させる事なんじゃないか?
それを考えれば自然と答えが出てくるはずだ。
深く考える事が大切なのだとリノちゃんは言っていたはずだ。
今回の戦いを起こそうと思った人がいて、何が理由で、次に大きな悲劇が起こらないようにするために、何を努力しなければいけないのかを見つけ出さなくちゃいけないんじゃないか?
ただその解決策が、単なる破壊の力というのはやっぱり違う。
アイノスさんは、使われる道具というのはその先に人の心があるのだという。俺はそれが正しいと思う。
ならクエリが提示してきた”兵器”が正解であるわけがない。
軍の駐騎場で見た偶像巨人の生体ラピスだってそうだ。
出来るからと言って、出来る事をすべてやろうとするのは、間違いなく悪だ。
クエリの言う事を承認すれば俺はヒューマンと同じ事をしようとしているんじゃないのか?
≪しかし、ハジメ。次元寄生体に対抗する兵器も必要となります≫
「イヤな言い方をするな…………」
クエリの言う事はもっともだ。破壊するだけの兵器を否定しておいて、それが必要な状況も同時に存在している。
難しいな、道具って。結局相手に合わせて使うしかないのか。しかもそれを判断するのはやっぱり使い手の俺なのだ。
「兵器の開発は否認する。……ただし! 次元寄生体に対抗する手段に限定して、俺の判断で開発する。クエリ、俺の決定を尊重しろよ?」
≪はい、その通りにします。では現行の敵対勢力に対して、どのように対処しますか?≫
「フォーナスタの事か? クエリにしてはずいぶん根に持つじゃないか……。リノちゃんが言っていたろ? 偶像騎士は正義と勝利の象徴だ。俺はそんなこの世界の紛争解決方法(戦争のやり方)が気に入っているんだよ」
守護竜ウェブレイの話では、過去に何度も文明のリセットが行われてきたという。
でも、なぜそんな中で偶像騎士は八千年もの長い間、今まで受け入れられ残ってきているのか。
偶像騎士はどう考えても、この都市革命時代の文明にはふさわしくないテクノロジーの塊だ。最初はその事を疑問に思ったものだ。
だけどもオーヴェズと心が触れ合った俺には、その理由が分かる。
なぜなら彼ら偶像騎士はこの世界を見守る裁定者なのだ。はるかな昔からずっと長い間、人の生命に寄り添って存在している。
このまま文明が発達してしまえば、この先の戦争は俺の知る世界と同じような道を進み、ろくなことにならないだろう。
ランマウの戦争の内容を聞くなら、どんどん兵器が進歩し、戦いに多くの人が巻き込まれ、間違いなく今以上の悲劇が繰り返されるだろう。
そうならないために、俺は偶像騎士の見守る今の文明を守って行きたいと思う。
≪ハジメ。偶像騎士による決闘は、合理的ではありません≫
「だけどなクエリ。お前の言うように戦いが合理的になって、合理的になり続けて。……きっとその先は破滅だぞ? 霊子サーバだって文明への介入を禁止してるんだろ?」
≪はい、その通りです。……しかしクエリはハジメの生存を何よりも優先します≫
「ありがとうクエリ。だけどな、偶像騎士の決闘はだれが見ても分かりやすくていいじゃないか。被害ばかり大きくなって勝ったか負けたか分かりにくい戦いってのはシンプルじゃないだろ?」
≪ハジメ。圧倒的優位による敵の殲滅は勝利です≫
勝ちだけに拘るクエリにため息をつく。
「クエリは分かってないな……。相手は次元寄生体じゃない、人なんだよ。『負けた』のと『負かされた』のは違うんだよ。きっと俺のやり方の方が早くイザコザが終わる。ノンビリなんてしてられないんだよ」
それでもクエリは納得がいっていないようだ。
≪その発言と兵器開発の否定は矛盾します≫
「俺の真の敵は次元寄生体だって事だよ。合理的にしか考えられないなんて、まったくクエリは可哀そうな奴だよな」
≪心外です。発言の撤回を要求します≫
融通が利かなくてこの体の持ち主、前の”オフス”にあきれられたというクエリの昔話を思い出す。
「悪かったよ。……撤回する。少し言い過ぎた」
AI相手でも尊重は必要だよな。
クエリはアイリュのサポートもしているからか、最近は人間らしくなってきたような気がする。
良い傾向なんじゃないかな?
≪ハジメ……≫
「なんだ? さっきは悪かったよ」
≪クエリは気にしていません。新しい情報です。現在ナウムに個体名レグティアの反応が近づいています≫
「本当か?!」
慌てて、俺はクエリからの情報を受け取る。
ラピスに感じられるのは俺と同種の波長だ。現在ナウムの上空にある。
そしてこの反応は間違いなく、ニハロスの宮殿で感じた感覚……。レグティア女王のものだった。
「間違いないな……。レグちゃんがもう来たのか……」
≪仮想現実を破棄し、意識を覚醒させますか?≫
「もちろんだぜ」
そして膝の上に乗せたグゥちゃんの頭を優しく撫でる。
「グゥちゃん、この空間は閉鎖するよ。ログアウトしていてくれ」
俺がクエリに信号を送ると、俺たちのいるシエリーゼのコックピットは静かに崩壊を始めた。
「うん、分かった。グゥは少し疲れたから寝ているね……」
「ああ、おやすみ。グゥちゃん」
そう言うとグゥちゃんは俺の仮想現実から消えるように消滅していく。
よし!
これから俺は、皆が安心して暮らせる世界にしていかなきゃいけない。
グゥちゃんを含めて、みんなと暮らせる世の中を……。
突然の女王のナウム訪問は、間違いなく俺にとって幸運だろう。
俺やマイシャ、リノちゃんでは今の状況を解決できない。
現状が理解できていない俺より、世の中全体を見ているはずのレグディア女王ならいい答えを持っているかもしれない……。
そう考えていると俺の意識は、うつ伏せに沈んでいくような感覚に襲われはじめた。
≪ではご主人様。良い目覚めを……≫
完全に意識が闇へと沈むと、次に意識は暗闇の沼の底から浮かび上がってくるような浮遊感に襲われ始める。
そして俺は、水底から丸く光が差す水面に浮かび上がっていくような、新たな高揚感に襲われ、目を覚ますのだった。
2021/3/12 誤字修正しました