閑話 ユグ村のナルミナさん
「おら、あんたら、行くよ!」
「あ、姐さん、ほんとにこいつらに乗っていくんすか?」
「しょうがないだろ。海の真ん中なんだからさ。あんたらだけ泳いでいくかい?」
「いえ・・・の、乗ります。」
ようやく開拓村が落ち着いてきたってところでジョーガサキから新しい指示が下った。
なにやら遠い島で新しく生協支部を立ち上げるから行ってこいという。
ついでに近々迷宮ができるはずから、希望者を募って冒険者となるための初級講習をやってこいとのお達しだ。
「けど、今は迷宮はないんすよね?本当に俺らが行く必要あるんすかね?」
「あの野郎ができるっつうんならできるんだろうさ。あたしらはただ言われたことを黙ってやればいいのさ。」
「まあ・・・そうすね。」
「ジョーガサキさんが言うならなぁ・・・。」
「だはははは・・・。」
「ほらほら。わかったんならとっとと乗んな。商品やら貸し出し用の武具防具も忘れるんじゃないよ。」
「「「へい。」」」
そんなわけで、あたしらは迷宮産の怪鳥ヴクブ・カキシュに乗って旅立った。
同行するのは、魔物に襲われていたところを助けてやったことがきっかけで子分みたいな立ち位置になった3馬鹿。ウムート、ハサドギ、ウグライだ。
あたし自身はそんなものはいらないと言ってるんだが、こいつらは聞きゃしないのでもうあきらめた。
その代わりと言っちゃなんだが、こういう仕事くらいは手伝わせようってね。
普通に馬車と船を乗り継げば6日はかかる道のりも、この魔鳥ならゆっくり移動しても2日弱だ。
まさか冒険者をやめてからそんな遠くに出向くことになるとは思ってなかったけどね。
というか、セーキョー村では村の開拓からはじまって3馬鹿の指導までやることになったし、今度は離れ小島で新人の指導。
なんだか、冒険者時代より冒険者っぽいことしてる気がしなくもないけど、それもまあいい。
新しい土地に行くってだけでワクワクするのは、冒険者時代に染みついた性分みたいなもんだ。
「遠路はるばるありがとうございます。ジョーガサキさんから話は聞いております。みなさんはこちらの空き家をお使いください。」
丁寧な物腰の村長さんに案内されたのは、果樹林越しに海が見渡せる、眺望の良い場所に建てられた空き家だった。
「すまないね。迷宮ができたら冒険者ギルドが出張ってくるとは思うけど、迷宮ができなかった場合でもセーキョーは取引を続けるからね。なんでも相談しておくれ。」
「ありがとうございます。私たちも手伝えることがあれば、協力は惜しみません。ご注文いただいていた棚などは村の職人につくらせたものが家の中にありますが、さらに必要なものなどがあれば、遠慮なくおっしゃってください。」
「そうさせてもらうよ。ああ、棚はあとで料金を払うから。」
あのジョーガサキの野郎が交渉したとは思えないほど、村長も、村人たちも好意的だった。
あの野郎も少しは丸くなったってことなんだろうかね。
それはないか。
それだけ、セーキョーに対する期待が大きいってことなんだろうね。
「それと、職員見習いの希望者がいたら受け入れると言われていたのですが・・・。」
「ああ、聞いてるよ。その娘がそうなのかい?」
「は、はい!ユカナ・スクウラと言います!14才です!」
「はい、よろしくね。あたしらもただの雇われだから、そんなに緊張しなくていいよ。仕事も少しずつ覚えていけばいいからね。」
「はい!がんばります!」
素直でいい子っぽいじゃないか。
いずれはこの村の支部はこの子に任せることになるんだろうし、しっかり仕事を覚えてもらおうかね。
「よおし。そんじゃあんたらは売店の準備からやっておくれ。それが終わったら、買取素材の保管倉庫づくりだ。ほら、かかりな!ユカナはあたしについてきな。帳簿の付け方を教えるからね。」
「「「へい!」」」
「は、はい!」
空き家に入ってみると、すでに棚類の設置は終わっていて、買取所の窓口までできていた。
これなら、後は商品を並べて帳簿類の準備さえ済ませれば、すぐにでも営業が始められそうだ。
さすがジョーガサキ。こういう事前準備だけは抜かりない。
案の定、作業は予定より早く進み、明日からは営業を開始できることになった。
夜には、村人たちが歓迎の宴を開いてくれた。
村の広場に集まって、料理や酒が振舞われる。
野外だけど、そんなのは気にもならない。
「なんだこりゃ!めちゃくちゃうめえ!」
「おいウムート、独り占めすんじゃねえよ!こっちにも寄越しやがれ!」
「だっははは!酒をもっとくれ!」
「あんたら調子に乗るんじゃないよ!」
「まあまあナルミナさん。どうぞ遠慮なさらずに。」
「すまないね村長さん。でもこいつら本当に際限ないから言っておかないと。」
「酒はともかく、食材の方はまだまだあるので構いませんよ。そのタオタオモナというのは、つい最近異常発生したんです。その時に村を救ってくれたのが、ジョーガサキさんのお仲間の冒険者の方々だったのですよ。ですからここで皆さんに食べていただくのは、むしろ恩返しになるのです。」
「そうかい?そんじゃあ遠慮なく。」
「やったぜ!」
「その代わり、酒はあんたらが村の方に振舞ってやんな。ウグライ、倉庫から持ってきた酒だるを2つ持ってきな。」
「えええ、そりゃねえぜ、姐さん。」
「これから世話になるんだからそんくらいしときな。酒代は給金から天引きしとくよ。」
そして、翌日。
ユグ村生協支部の初営業日だ。
支部となった空き家の前には、朝から多くの村人たちがやってきていた。
みな、島では買えない商品に興味深々なのだろう。
「姐さん、なんかすげえことになってるけど・・・。」
「こりゃ、一度に店に入られたら身動きとれないね。すまないけどあんたら、外で入場整理しておくれ。ユカナ、あんたはお会計を頼むよ。」
「わわ、私にできるでしょうか・・・。」
「ちゃんとあたしが横についててやるから。なあに、あたしだってついこないだまでは冒険者で、算術なんて全く知らなかったんだ。あんたもすぐに覚えられるよ。」
「そ、そうでしょうか・・・。」
「ああもちろん。秘密兵器もあるからね。」
「秘密兵器ですか?」
「ああ、ソロバンっつってね。ジョーガサキがくれたもんなんだけど、こいつがあれば、算術ができなくても問題ないのさ。会計をやりながら使い方を覚えるといいさ。」
「はい、がんばります!」
その日は目が回るような忙しさだった。
さすがにユカナだけでは計算がおいつかないので、途中からはあたしが計算、ユカナはお金の受け渡しと役割を交代したが、それでも客はひっきりなしにやってくる。
商品はほとんどが調味料などの生活必需品ばかりで、ラスゴーでは珍しくもなんともないものだが、この島では貴重品だ。
我先にと買い占めようとする村人もいるので、数量制限をしたが、それでも結局ほとんどの商品がその日のうちに売り切れてしまった。
「ナルミナさん、めちゃくちゃ計算はやいですね!」
「いやいや、それはこのソロバンのおかげだからさ。けど、これを覚えると、いつのまにか算術もできるようになるからね。」
「おおお!がんばります!」
翌日。
村人からの要望書をウムートに持たせて、追加の商品の補充のお使いに行かせた。
わずかに商品が残っているので、ユカナに店番を任せて、ウグライ、ハサドギとともにあたしは狩りに出る。
村周辺の地形やら、魔物の発生状況を確認するためだ。
・・・というのは建前で、久しぶりの新しい土地で血が騒いだんだけど。
「姐さん、古傷の方は大丈夫なんで?」
「おやハサドギ、あんたが気を使うなんて珍しいね。」
「そりゃねえぜ姐さん。俺たちゃ、姐さんにはちゃんと敬意を払ってるつもりだってえのに。」
「冗談だよ。少し前にジョーガサキから薬をもらってんだ。それで、だいぶましになってんだよ。」
「そりゃすげえや。さすがジョーガサキさんだねえ。」
幸い、村の周辺にはそれほど強い魔物はいないようだった。
これなら、きちんと基礎を教えれば、初級冒険者にとってはいい修練の場となるだろう。
素材がとれる魔物は、あえてその場で解体せず村に持ち帰る。
これも査定を行う際の教材になるからだ。
「ナルミナさんすごいです!セーキョーの仕事だけじゃなくて、狩りまで!」
「いやいや、あたしゃ元々はこっちが本職だからね。査定の方は、これから少しずつ覚えていけばいいからね。」
「はい!」
「そんじゃユカナ。次はあたしに、ロートスの実の査定方法を教えておくれ。」
「まかせてください!あ、あと、できれば魔物のさばき方を村の者に教えてくれませんか?これから、必要になると思いますし。」
そして。
希望者に魔物のさばき方と素材の取り方を教えているうちに、宴会となってしまう。
この日も話し相手は村長さんだ。
「本当に何から何まで、ありがとうございます。」
「いやいや、あたしらは自分のおまんまのために働いてるだけさ。礼ならジョーガサキに言っとくれ。」
「いいえ。皆さんのおかげで、この村は大きく変わる。いずれ、冒険者を志す者が生まれる。魔物の解体を専業にする者もでるし、もしかしたら鍛冶や薬を志す者もあらわれるかもしれません。皆さんがここにいてくださること。そのつながりだけで、この村は大きく変わるのです。だから、ありがとう。」
「そんな、おおげさだよ。」
「そんなことはありませんよ。なあ、ユカナ?」
「はい!私、決めました!将来は必ず、ナルミナさんみたいになるって!だから、セーキョーの仕事だけでなく、冒険者のやり方も覚えます!ご指導、おねがいします!」
「えええ・・・。」
「だはは。姐御、また弟子が増えたな。」
「俺らの妹弟子だぁな!」
「やめろお前ら!」
自分に何ができるとも思えない。
でも。この村は確かに、これから大きく変わっていくだろう。
その変化の最中で、かつて冒険者として大事を為せなかった自分でも、役に立てることがあるのは、素直に嬉しかった。
だからせめて。
「いいだろう。それじゃあこれから、思いっきりしごくからね。泣き言言うんじゃないよ?」
「は、はい!よろしくお願いします!」
せめてその変化がより良いものになるように。
あたしはこの出会いを大切に、自分ができる最大限のことをしよう。
そう。どうせだから、あの男のやり方でやってみようかな。
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