断章 さいごのみこ
ちいさな島の、ちいさな村に、ひとりのみならいみこさんがおりました。
みこになれるのは、村でたったひとりだけ。
みならいみこさんは、いっしょうけんめい、しゅぎょうにはげんでおりました。
そしてある夜のこと。
みならいみこさんが、とうとう、ほんとうのみこさんになるときがやってきました。
みならいみこさんは、先生につれられて、1年にいちどだけ顔を出すどうくつへとやってきました。
「今夜からは、あなたが島のみことなるのです。さあ、ここからはひとりでお行きなさい。」
みならいみこさんは、言われたとおりに、どうくつのなかへ入って行きました。
まっくらなどうくつを、たいまつの火のあかりだけがてらします。
でも、空気はとてもすんでいて、心地よく、ちっともこわくありません。
しばらくすすむと、どうくつの奥からふしぎな光が見えてきました。
みならいみこさんは、わくわくする気持ちをおさえて、その光の方へ向かいました。
そこにあったのは、大きな岩でした。
岩全体がうっすらと光を放っているのです。
ふしぎなことにちっともまぶしくなく、いつまでも見ていたくなるような、夢の中にいるような気分にさせてくれる光でした。
その岩の上には、男が座っておりました。
とくちょうのない、年すらもわからない、つかみどころのない男。
ゆったりとした真白の布をまとい、淡い光に照らされた男は、なぜだかぽかんとした表情をその顔に浮かべ、みならいみこさんのことをじっと見つめておりました。
「やあ。よく来たね。さあ、こちらへおいで。おはなしをしよう。」
男にいざなわれ、みならいみこさんは岩の上にのぼり、男のとなりにこしかけます。
そしてそれから、たくさんの話をしました。
男はとてもとても物知りで、話もじょうずで、いろんなことをおしえてくれます。
みならいみこさんは、男のことがすっかり好きになってしまいました。
男に問われるままに、じぶんのことも話しました。
みこさんになるためにがんばったこと。
みこさんになれてうれしかったこと。
村のみんなのこと。
家族のこと。
ふたりは時間をわすれて、夢中で話し合いました。
ですが、おわりの時間がやってきます。
「そろそろ、帰らなければいけないよ。来年もおいで。もっとたくさんお話をしよう。」
そこではじめて、みならいみこさんは、お話していた相手が神さまだということに気づきました。
「ありがとうございます、神さま。また来年!」
そう言ってみならいみこさんは頭をぺこりと下げて、来た道を引き返していきます。
こうして、みならいみこさんは、ほんとうのみこさんになったのです。
それから。
次の年も、その次の年も、みこさんは神さまのもとをたずねました。
神さまはたくさんのことを教えてくれました。
とおい国でくらすふしぎな人々のはなし。
そうぞうできないほど美しい、海の国のはなし。
夢かと思うほど楽しい、空の国のはなし。
めずらしい生き物のはなし。
信じられないほどおいしい食べ物のはなし。
来年はどんな話が聞けるだろう。
来年は、どんなことをお話したらいいのだろう。
ちっぽけな島から出たことがないみこさんにとって、神さまのおはなしは、こころときめくものでした。
神さまのおはなしだけが、せかいを知る、ただひとつの方法で。
みこさんにとっては、神さま自身が世界だったのです。
ですが同時に、はじめて会ったときに抱いた恋心もまた、しずかに育っていきました。
みこさんはとてもなやみました。
神さまに恋をするなんて、おそれおおいこと!
だからみこさんは、そのことをだれにも、神さまにもないしょにしていました。
だけど、神さまにお会いするたびにその気持ちは、どんどん大きくなって、どんどん苦しくなっていくのです。
そんなある年のこと。
とつぜん、島のどうくつから神さまがいなくなってしまったのです。
村のみんなは、そのことをとてもなげき、みこさんのことをしかりました。
おまえなんか、みこしっかくだ。
おまえなんかにみこをまかせるんじゃなかった。
でもそれよりも、みこさんは自分で自分をせめました。
きっと、私が神さまのことを好きになってしまったからだ。
私のせいだ。
だけど、どうしても気持ちをおさえることができなくて。
いつからか、村のみんながみこさんのことをしからなくなりました。
それでもみこさんは、自分をゆるすことはできませんでした。
それからしばらくして、村にふしぎなまものがあらわれるようになりました。
いつのまにかそこにいて、あとになったら、いたことも忘れてしまう、ふしぎなまもの。
みこさんはすぐに、どうくつにいた神さまのことを思い出しました。
あれはもしかしたら、神さまの変わられたおすがたなのかもしれない。
もう一度会いたい。
もう一度、おはなしをしたい。
もう一度、もう一度。もう一度。
そうして。何年もの時が過ぎました。
みこさんはもう、すっかりおばあさんになりました。
そうしてむかえた最後の日。
みこさんのもとに、ひとりのしょうねんがやってきたのです。
顏を半分、布でおおった、ふしぎなしょうねんでした。
「ようこそいらっしゃいました。さあ、こちらへどうぞ。」
みこさんはそう言って、しずかにわらったのです。
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