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5-9 サラ・ノゾイの想い

「・・・ここは?」

「ばあちゃん!」


目を覚ましたサラは、エレナに支えられて上体を起こし、辺りを見回す。

顔色は悪いが、ケガはないようだ。病気をおしてここまで歩いてきたことでムリがたたったのだろう。

ランダがサラの前に跪き、その手を握る。


「サラさん。ここがどこだかわかりますか?」

「ええ・・・ごめんなさい。迷惑をかけてしまったようね。」

「本当に。ダメじゃない、ばあちゃん。寝てなきゃ。」

「ごめんなさいエレナ。でも、どうしても行かなきゃいけないの。」

「何言ってるの!なにもこんな魔物があふれかえっているときに・・・!」

「ちがうの。そうじゃないのよ、エレナ・・・。」


サラは柔らかい口調でそう言うが、その表情は何か悲壮感を感じさせる。

その気配を感じたのか、エレナは口をつぐんでしまう。

サラはアルマたちを見回した後、タルガットの方を向いて言う。


「皆さんにお願いがあります。どうか私を、あの洞窟の奥まで連れて行ってください。」


それを止めたのはランダだった。


「サラさん。私たち、ウエラ・アウラにあったんです。」

「え?」


何のことかわからずにキョトンとした表情を浮かべるサラに、ランダはゆっくりと説明をする。

ウエラ・アウラは、実はこの島の神さまから別れた心が形を成したものであるということ。

そして、神の座から降りたせいで呪いを受けてしまったこと。

彼は少年の姿をしており、いつも村の中にいて、ずっとサラのことを見守ってきたということ。

いま彼は、サラにできるだけ安静に、長生きしてもらいたいと願っている。

サラとたくさん話をして、その記憶を死後の世界へ旅立つ(とも)としてほしいと。


「私たちは、直接彼からお願いをされたんです。『サラばあちゃんを止めてくれ』って。人の記憶に残ることができず、この場所に近寄ることもできない自分にはどうすることもできないからっって。」

「そんな・・・それじゃあ神さまは島を捨てたんじゃなかったんだ。それどころかずっと村にいて、ばあちゃんのことを・・・。」


エレナは、初めて聞く事実にひどく驚いていた。

サラはエレナに体を預けたまま、黙ってその話を聞いていた。

話の途中からは、目に涙を浮かべて。

だがその表情からは何も読み取ることはできなかった。

ただ静かに、涙を浮かべていただけだった。

そして、一言、虚空を見つめて呟いた。


「やっぱり・・・そうだったのね。」


それはどのような思いからこぼれた言葉だったのか。

サラは決然とした表情を浮かべて言う。


「だとしても。いえ、だからこそ、私はあの洞窟に行かなければ。どうか皆さん、よろしくお願いします。」

「ばあちゃん!今の話、聞いてたでしょ?神さまが行くなっておっしゃってるんだよ?」

「一体どういうことなんだ?」タルガットが問う。

「ご覧になれば、皆さんにもお分かりになるかと思います。」


サラの決意は固そうだ。その理由はあの洞窟にあるのだ。

タルガットは、自らの寿命が消えつつあることを自覚している老女の思いを叶えてやるべきだと思った。


「わかりました。では、私があなたを背負います。お前らは、魔物を近づけないようにしてくれ。エレナ、それでいいだろうか?」

「で、でも・・・。」

「エレナ、お願い。」サラが重ねて言う。

「なるべく体に負担をかけないようにゆっくり進むから。」


サラとタルガットの言葉を、エレナはそれ以上否定することはできなかった。

他のメンバーもそれを納得し、サラを背負ったタルガットを囲むようにしてゆっくりと進む。

そして、洞窟へ。


「ありがとう。ここからは私も歩きます。皆さん、私の後をついてきてください。魔物がいても、決して手を出さないように。」

「いや、それは・・・。」

「大丈夫。私を信じてください。」


有無を言わせない口調に、タルガットもそれ以上は口を挟むことはできなかった。


洞窟の中には、まだ多くのタオタオモナがいたが、なぜかサラに向かってくる様子はない。

サラ自身が、そして彼女の通る道が、不思議な力で守られているかのようだった。

おそらくそれは、この島で巫女として厳しい修行を経たものだけが持つ力なのだろう。

だが同時にその力は、彼女の命の火と引き換えに顕れているかのようにも思われた。


それから、どれくらい歩いただろう。

おそらく島の中心部近くまで来ただろうか。

洞窟は突然途切れ、代わりに広い空間が姿を現した。


「全員、戦闘準備だ!」


突然、タルガットが叫ぶ。

その広間は、多くの魔物、タオタオモナとケルプで埋め尽くされていた。


だが。

魔物たちを恐れることなくサラは進む。

そして、振り返る。


「ここは、神様が残されたお体が眠る場所。そのお力が、この魔物たちにも力を与えてしまっているのです。」

「ばあちゃん?それ、どういうこと?」


サラは語った。

数十年前、神の御座所から神の気配が消えた時のことを。

神の気配が消えたことは、その御座所から光が失われたことですぐに村人にも伝わった。

そして同時に、その空っぽの場所を埋めるように魔素が集まり、何か邪悪なものに変質し始めたのだ。

巫女としての修練を経たサラだけが、そのことに気づいた。


だが、サラはそのことを誰にも言わなかった。


神さまがおられなくなったのは、自分たちを見捨てたからではない。

自らの望みを叶えるためにこの場所を離れる必要があったのだ。

だとしたら、自分が巫女としての責任を果たせなかったと(ののし)られようと構わない。

この場所を守り続けることが自分の使命。


何より、かつては崇められた神の座が良からぬものに穢されるのが許せなかったのだ。

サラはひとり、ただ黙って、この場所を浄化し続けた。

サラが浄化していなければ、ここで力を得た魔物たちはもっと早い時期に村を襲っていただろう。

彼女はただ一人、村を存亡の危機から守り続けていたのだ。


いつの日か、神さまが戻って来られた時にお困りになることがないように。

その日まで、村の人から神さまへの感謝の気持ちが途絶えることがないように。

そしてその時に、もしも自分が生きていて、再び神さまからお言葉をいただくことができたなら。


「私は、私の人生を全うできる気がしていたのです。それほど、神さまからお言葉をいただけていたあの頃は、私にとってかけがえのないものだったのです。」

「ばあちゃん・・・。」

「ウエラ・アウラさまが神さまの変わられた姿だったのではないかと、ずっと思っていたんですよ。でも、私は結局気づけなかった。神さまがずっとおそばにいてくださったのに。まったく、巫女失格ですよね。」

「ちがうよサラさん!それはサラさんのせいじゃないよ!」

「ありがとうアルマさん。でもね。私はやっぱり、自分の力で気づきたかった。そして、もう一度、神さまから、この場所で、誰にも邪魔をされることのないこの場所で、お言葉をいただきたかった。ここには、私の人生のすべてが詰まっているのだから。」

「サラさん・・・。」

「だからね。ここを浄めるのは、私の仕事。ウエラ・アウラさまがここに戻って来られないのだとしても構わない。これだけは誰にも譲れない。私だけの仕事なの。」


そう語るサラの瞳は、強い決意に満ちていた。

だが次の瞬間、その瞳がふっと和らぐ。


「とはいえ、私に残された力ももうわずか。どうか皆さん、最後の儀式を全うするお手伝いをしてください。」


そう言って。

彼女は深く、頭を下げた。


お読みいただきありがとうございます!

短く、濃くまとめようと思ってはじめた5章もあとわずか。

最後まで、より良いお話になるよう頑張ります。


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