断章 おちた「 」
むかしむかし、あるところに、ひとはしらのかみさまがおりました。
とてもやさしいかみさま。
でも、そのちからはあまりにつよく、世界にとても大きなえいきょうを与えてしまいます。
そこでかみさまは、小さな島の、山のてっぺんへとひっこすことにしたのです。
しばらくは、しずかに暮らしていたかみさま。
ところがある日、その島に、にんげんがやってきて、暮らしはじめてしまったのです。
「はてさて、こまった。」
かみさまはどうしようか、なやみました。
このままでは、いずれにんげんがここまでやってくるかもしれない。
だけどもう、行くあてもない。
そこでかみさまは、島のさらに下、海の底にあるどうくつへと、ふたたびひっこすことにしました。
でも、そのどうくつは、年にいっかいだけ、海の上にかおをだすのです。
ある年、とうとうかみさまはにんげんに見つかってしまいました。
「ここも見つかってしまったか。しかたがないけど、またひっこそう。」
けれど、にんげんは、かみさまのことをそっとしておいてくれました。
「こんなところにおわすのだ。
きっと、とてもおくゆかしいお気持ちをもったかみさまにちがいない。
ここには、立ち入らないことにしよう。」
こうして、かみさまとにんげんは、島の上と下で、ともに暮らしはじめたのです。
ながいながい時がすぎていきました。
いつからか、どうくつがかおをだすその日に、にんげんたちはおまつりをするようになっていました。
その日だけ、むらのなかでえらばれたむすめさんが、かみさまのもとに話をききにくるのです。
「年にいちどだけ。それくらいなら、かまわないだろう。」
じめんの下でじっとねむりつづけるかみさまも、そう思いました。
何年もの時がすぎ。
えらばれたむすめさんがおばあさんになり、そのまたむすめさんがおばあさんになりました。
そしてある年のこと。
その年は、あたらしいむすめさんがやってきました。
むすめさんはとてもうつくしく、きもちもまっすぐで、かみさまは、ひとめでむすめさんのことがすきになってしまいました。
年にいちどだけ、ひと夜だけのであい。
いつからか、かみさまはその夜をこころまちにするようになっていました。
このむすめさんと、もっともっと話がしたい。
このむすめさんのことを、もっともっとながめていたい。
かみさまは、しらずしらずのうちに、むすめさんに恋をしていたのです。
その思いは日を追うごとに強くなっていきます。
そしてある日、かみさまは自分の心と体が、はがれていくのを感じました。
「このまま、はがれてしまえば、いつでもあのむすめさんに会いに行ける。」
でも、もしそんなことをしたら、村のにんげんたちはどう思うだろう。
もしかしたら、じぶんがかみさまをやめてしまったのをおこって、むすめさんをせめたてるかもしれない。
それでも。どうしても、どうしても会いたくて。
かみさまとにんげんとしてではなく、おなじ立場で話がしたくて。
とうとうかみさまは、ふたつにわかれてしまったのです。
「せめて、むすめさんのめいわくにならないように。」
かみさまは、のこった体のちからを、島の土にわけあたえました。
それは、やすらかにねむらせるちからと、わすれさせるちから。
それこそが、かみさまがもっていたちからだったのです。
あまりにもつよすぎて、かみさまのそばにいるものはみんな、やすらかで、しあわせで、なんにもしなくなって、ねむるようにしんでしまうから。
ずっと、つかわずにいたちから。
かみさまの体にのこったちからは、大地をめぐり、島の木の実にやどります。
島のにんげんは、すぐにかみさまがいなくなったことにきづきました。
そして、むすめさんのことをひどくしかりました。
でも、木の実にやどったかみさまのちからは、すこしずつ村のにんげんをかえていき、そのうちだれも、むすめさんのことをしからなくなっていきました。
からだからはなれたかみさまの心は、もうなんのちからももっていません。
そのうえ、じぶんからかみさまをやめてしまったばつとして、だれにもおぼえてもらえない「のろい」を受けてしまったのです。
こうして、かみさまだったひとつの心は、まものでもにんげんでもない、「 」になってしまいました。
それでも「 」は気にしませんでした。
「これでようやく、好きな時にむすめさんに会いにいける!」
「 」は毎日、村にあそびにいきました。
毎日、むすめさんに会って、いろんなはなしをしました。
時には、村人にいたずらしたり、子どもたちとあそんだり。
それはすてきな日々でした。
はなしたことは、ぜんぶわすれられてしまうけど。
かおもなまえも、えいえんにおぼえてもらうことはできないけど。
「それでもかまわない。
ねがわくば、この時間がいつまでもつづきますように!」
けれど、そんなしあわせな時にも、終わりが近づいてきました。
むすめさんは年をとり、おばあさんになって、そのうえ、ひどい病気にかかってしまったのです。
「ああ、残念だ。でも、かのじょだけがきえるんじゃない。ぼくももう、きえてしまうから。ぼくはしあわせものだった。ほんとうに、しあわせだった。」
そのころには、どうくつのなかにのこしていた、かみさまだったころの体から、ちからがなくなってきていたのです。
「あのちからがぜんぶ木に吸われきったら、きっと僕は消えてしまうだろう。」
「 」はすこしずつ、自分という存在が消えつつあることに気づきます。
最後のひとときを、できるだけ長く、しあわせにくらしたい。
だから。
「 」は強くねがいました。
どうか、かのじょが、残された命をやすらかにすごせますように。
「 」は、かみさまだったころのちからをいちばんやどした実をあつめ、かのじょがくるしくなりそうな日には、その実をたべてもらうことにしました。
「これでいい。もっと吸って、ちからを蓄えろ。彼女のために、大きく実れ。」
けれど、同時に思うのです。
「もし、もしももうひとつ、ねがいがかなうなら、ぼくのきおくを、もっていってもらえないものかなあ。」
そんな時です。
遠い沖合から、ひとつの船が、ぼうけんしゃたちを乗せて、やってきたのです。
お読みいただきありがとうございます!
今回はやや短めですが・・・。
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