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閑話 シャヒダとコナナ

「ついに・・・ここまで来てしまったにゃ・・・」

「これが噂の・・・聞きしに勝るとはこういうことかニャ・・・」


今、うちは人生で最大とも言える冒険に身を投じようとしていた。

ともに挑むのは「熒惑(けいこく)の破者」に身を置く金級冒険者にして無二の親友、猫人族のコナナだ。


猫人族特有の青い瞳と縦長の虹彩。

小柄で細身の体と、不釣り合いに大きな掌。

繊細さを感じさせる細い尻尾。

特徴的な、「ニャ」という語尾。


うちが望む理想をすべて体現しているのが、この親友。

でも、そのことを残念に思うこともない。なぜなら、こうしてその理想の友人を眺めることができるのだから。


「それで・・・どうするのかニャ?」

「まずは様子見だにゃ。独自のシステムで運用しているらしいから、不自然にならない程度にその運用法を熟知する必要があるにゃ。」

「りょ、了解だニャ。けど、じっとしてると怪しまれるニャ。」

「確かに。じゃあ、通行人を装って、通り過ぎざまに確認するにゃ。」


ここはオーゼイユの目抜き通り。そして今、うちらが立っている目の前にあるのが、今回潜入する予定の「八十八果亭」。

オーゼイユで最も有名なスイーツを提供する店だ。

見るからにオシャレでハイカラな店構えに圧倒されそうになるが、美味しいスイーツをいただくため。うちらは、作戦を決行する!


1往復・・・4往復・・・8往復・・・


「ど、どうかにゃ?」

「どうやら、入り口で商品を購入して中で飲食するというスタイルのようだニャ。けど、商品名が複雑で、どれがなにやらさっぱりだニャ。」

「飲み物もぐらんでとかとおるとか、独自の暗号を使ってるようだにゃ・・・。」

「どうするニャ?このままでは理想のスイーツにありつくことができんニャ!」

「お、落ち着くにゃ!こんなときは、『一番人気!』の札がついたヤツにすれば間違いはないにゃ!」

「そ、そうか。そうだニャ・・・。」

「よ、よし。では潜入開始だにゃ!」


1往復・・・4往復・・・8往復・・・


「どどどどうして入らないんだにゃ!」

「う、うちはシャヒダについていこうと・・・」

「うちだって、コナナについていこうと思ってたにゃ!」

「だ、ダメだニャ・・・周りの人から『何この田舎者の年増連中』って目で見られてると思うだけで、体が震えてくるんだニャ!」

「そ、それはさすがに考えすぎだにゃ・・・」

「じゃあシャヒダが先に行って!うちはついていくから。」

「・・・・。」


ムリ!

極度の人見知りのうちらにとって、こんなオシャレ店で舌を噛みそうな商品名を告げて購入するのはハードルが高すぎる。

さらにはどんなマナーがあるのかも把握していない状態で、衆人環視の中で飲食するなんて。

だけど、オーゼイユでしか買えないスイーツ。そう簡単には諦めきれない。


「かくなる上は・・・最終手段だにゃ。」

「ま、まさかあれをやるのかニャ。」

「やるにゃ。潜入して、レシピを盗む。」

「でもそれは犯罪だニャ!」

「別に商売するわけじゃない。自分で再現するだけなら、誰にも気づかれることはないにゃ。」


こうして私たちのミッションが始まった。

侵入経路の確認、従業員などの関係者の把握、防犯対策の種類と設置場所・・・。調べるべき要素はすべて洗い出す。

さすがはオーゼイユ随一の有名店。ガードが堅い。どうやらこっそりと侵入するのは、難しいようだ。

うちら以外なら。


「では、いくにゃ。」


全身を真っ黒の装束に包み、夜陰に紛れて「八十八果亭」へと侵入する。

物理的なトラップは迷宮で鍛えた【罠解除】のスキルをフルに使って解除していける。

魔道具の類は、こちらも発動を阻害する魔道具で対処する。

甘い甘い。

うちらはついに目的の場所にたどり着く。


厨房だ。


そこにはすでに仕込みが終わった翌日販売用の商品群。

だが、これに手を付けるわけにはいかない。それをしてしまえば泥棒と一緒だ。

味見だけでも、という内なる欲求を強靭なる意思の力で抑えつけ、目的のものを探す。


あった。これだ。


それは、各商品の製法について詳細に書かれたレシピだ。

複数の職人を抱えるこの店ならば、きっとあるとは思っていた。

だが、予想以上にきれいな文字で詳細に作業の手順が記されたレシピを見て、思わず感嘆の声を漏らす。

このレシピさえあれば、きっと自分たちでもスイーツを再現できるに違いない。


うちらはそれを懐にしまうと、来た道を戻っていく。

解除したトラップはすべて再び仕掛けなおし、来た痕跡は残さない。

このレシピはあくまで借りるだけ。写しをとったらまた戻しておくつもりだ。


「八十八果亭」を出て、人気のない裏通りへ。

だがそこで、不穏な気配に気づいた。


「これは・・・どうやら囲まれてるニャ。」


闇の中から現れる4人の人影。だが影に潜んでいるのがあと2人いる。


「お前さんらが手に入れたものを渡せ。そうすれば命までは奪わない。」

「なんのことだかわからないにゃ・・・」

「隠してもムダだ。お前らが『八十八果亭』に侵入するところは監視していた。」


そこで気づいた。

こいつらは「八十八果亭」の商売敵である「百花果屋」が雇った密偵だ。

「八十八果亭」の商品を盗むつもりなのだろう。

スイーツに目がくらんでいたとはいえ、まさか「八十八果亭」そのものを見張っている奴らがいるとは思わなかった。


「正直、あの店の警備は厳重すぎて俺たちの手には余っていたんだ。お前さんらが手練れで良かったぜ。」

「その手練れに、要求が通用するとでも?」


うちはあえて軽い調子で言う。


「密偵のスキルと戦闘のスキルは別だろ?こっちは人数も多いしな。」

「ふうん。それはちょっと甘いと思うけど?」


ジリジリと囲むように距離をつめてくる密偵たち。

うちはそこで、相手に攻撃をしかけるふりをして、逆にコナナに飛び掛かる。

密偵たちには予想外の動きだったろう。一瞬の対応の遅れ。

その間にうちはコナナの肩に足をのせる。

コナナが曲げた膝を伸ばすのに合わせて大きく屋根の上までジャンプ。同時に隠し持っていた縄をコナナに投げる。

コナナが縄をつかんだところで引き揚げ、即座に走り出す。


「くそ!逃げたぞ、追え!」


敵もさるもの。即座に隠れていた2人が屋根上にあがってくる。あの2人は別格だろう。

地上の4人も追いかけてきているようだ。


「さて、どうするかにゃ?」

「よそ様の店の秘伝を盗もうなんて、しかもあの『八十八果亭』の商売をジャマするなんて許せないニャ。徹底抗戦ニャ!」


先ほどまでの自分たちの行動を完全に棚にあげたことを言うコナナ。でもその意見には賛成だ。

うちらはそこで左右に別れて走り出す。

うちはそのまま一軒の廃屋へと飛び込む。この町で活動するときに、たまに利用させてもらっている廃屋だ。


物陰に身を潜め、気配をうかがう。

屋根の上から1人、地上から2人が近づいてくる。


地上組の二人は表と裏の出入り口から入ってきた。逃げ場をふさぐつもりだろう。

一番上の階から、一番の手練れと思われる密偵が廃屋に侵入する。


ヒタ・・・ヒタ・・・ヒタ・・・


気配を殺し、階下から迫る密偵。だが、気配を殺し切れていない。

うちは物陰から飛び掛かると同時に即座に縄で縛りあげる。


「ぐあっ!」


縛り上げられた男が声を上げる。

問題ない。もう一人、近くにいた密偵が慌ててこちらに走ってくる間にうちは再び暗闇に身を隠す。

後からやってきた男が、床に転がされた男に駆け寄り、縄をほどこうとする。

だがそう簡単にはほどけない。魔物の毛を編んだ縄は簡単には切ることもできない。

焦っている間にも、背後から襲われるかもしれない。


「くっそ、どこだ!出てこい!」


ついに緊張に耐えられなくなった男が声を上げる。だが、自らの位置を晒すなど三流もいいところだ。

うちは襲撃に備えてキョロキョロと辺りを伺う男に一気に近寄ると、最初の男と同様に縛り上げる。


さて、あと一人。そこで首筋にゾクリと戦慄が走る。

さっきまでは確かに上の階にいたはずの手練れが、いつの間にかうちの背後に立ち、首元にナイフを突き立てていた。

どうやら、さっきまではわざと気配を漏らしていたのだろう。


「二人を捕らえて気が抜けたか?甘いな。」

「・・・甘いのはどっちだろうね。もう仕込みは済んでいるからねえ。」

「!!!」


男が立っている場所。そこにはうちが仕掛けた縄罠が仕掛けてある。

それに気づいた男は即座に飛びのくが甘い。飛びのいた場所もまた、すでに罠は仕掛けてある。

というか、この建物に入ってきた時点で罠からは逃れようがないのだけど。


そして。

密偵たちを縛り上げたうちは、再びコナナと合流。朝を待って密偵たちを「八十八果亭」へと突き出すことにした。

拝借したレシピも添えて。

もちろんレシピは写しをとってある。

店主が何かお礼をしたいと言ってきたので、うちらは当然スイーツを所望した。


「なんという甘さだにゃ!」

「こっちもだニャ!甘くて、幸福だニャ!」


なんだかずいぶんと遠回りをした気がするけれど、こうしてうちらは憧れのスイーツを口にすることに成功したのだった。

だが。


「ご満足いただけて何よりです。さあ、こちらもどうぞ。」

「この素晴らしいスイーツが守られてよかったニャ!」

「ほんとだにゃあ。」

「それで・・・本当のところ、お二人はなぜあの密偵どもと鉢合わせしたのでしょう?」

「え・・・そ、それは・・・」

「この店の周辺には飲み屋も宿もない。偶然通りかかったというのは、いささか不自然だと思うのですが?」

「う・・・ど、どうやらバレているようだにゃ・・・」


さすがは商人。嘘を見抜く力は侮れない。

結局うちらは、レシピを盗みにはいったことを洗いざらい吐かされた。


「やはりそうでしたか。まあそれは、当店の防犯について、改善策をご教示いただけるのであれば不問にいたしましょう。」

「す、すまないニャ。」

「恩に着るにゃ。」

「ははは。それに、実はこれらのレシピは、すべてとある方から無償でお教えいただいたものなのですよ。だから、特に秘匿はしていないのです。」

「にゃんと!」

「まあ、敢えて広めることもしてはいませんがね。もちろん食材の仕入れなどは当店が独自で開拓したものです。たとえよそがマネをしようとしても、当店と同じ味と価格では提供できないだろうと断言できますからね。」

「う、うちらの苦労はいったい・・・。」

「ち、ちなみに、この素晴らしいスイーツを開発した天才は、なんという方なのかにゃ?」

「そうですね・・・本来は秘密なのですが、特別にお教えしましょう。その方は、ジョーガサキさまという方です。」

「ふえっ!!ジョジョジョ、ジョーガサキさん?」


伝えられる衝撃の事実。

それを聞いて以降、口に入れたスイーツは、とっても甘いはずなのに、なぜか先ほどまでとは違って。

さらにそれから、見知らぬ人々を相手に防犯改善の指導までさせられる羽目になり。


うちらはつくづく思い知ったのだ。

世の中、そうそう甘くはないと。


お読みいただきありがとうございます!


大雨がすごいことになっていますねえ・・・皆さまどうか、お気をつけて。


身動きのとれない夜に、このお話がどこかの誰かの心を温かくできることを祈って。

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