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4-25 旅立ち

「「ふおおおおおお!」」


アルマとマイヤの叫び声が、中庭に木霊する。


「ちょ、二人とも声抑えて。は、はずかしいっすよ!」

「何言ってるのシャムスちゃん!これは叫ばずにはいられないよ!」

「そうだぞシャムス!ほら、お前も食え、食えって!」

「じ、自分のペースで食べるから、ほ、ほっといてほしいっす。」

「うふふふ。でもさすがにちょっと頼みすぎじゃないですか?」

「でもこれ、ほんとおいしいわ~。」

「でしょでしょ?こっちはまた違った食感ですよ!」

「タルガット!食べてみろって、ほら!」

「いや・・・お、俺は見てるだけでもう腹いっぱいだから・・・。」


アルマたち「(ぎん)(わん)(ぎょく)()」の面々は、今オーゼイユの町に戻ってきていた。

前日、無事に神送りを終えたので、あとはもうラスゴーに戻るだけだったのだが、どうしても心残りがあったからだ。


それは、アルマたちが最初にこの街に来た時に立ち寄ったスイーツの店で、心おきなくスイーツを堪能することである。


ちなみに、ジョーガサキとクドラト、ダリガの3人は見送りを終えた後、ラスゴーに戻った。ジョーガサキが餌付けに成功した怪鳥ヴクブ・カキシュに乗って。

「三ツ足の(きん)()」と「熒惑(けいこく)の破者」の面々は色々と後始末をするために残っている。具体的には、温泉発見を町に知らせる役目だ。


『まったく、やかましい奴らだな。』

「マルテちゃんと一緒に食べられないの、本当に残念だよ!マルテちゃんも食べられればいいのに。」

『へえへえ。その顔で言われても嫌味にしか聞こえないわ。』


満面の笑顔を隠すことなく言うアルマに、マルテは呆れ声だ。

そうして、みんなで一品ずつ頼んだスイーツを互いに少しずつ分け合い、アルマたちは心ゆくまで甘味を堪能したのだった。

南方で採れた果物を甘く煮たあと冷やして固めた冷菓や焼き菓子など。

基本的にこの世界では甘味というのは全体に高級品とされているため、庶民が口にする機会はほとんどないのだ。


だが、そこからが問題だった。

すっかり甘味で満たされてしまった味覚をリセットするために、改めて購入したお茶を飲んでいた時のこと。

店主と思われる男性がアルマに話しかけてきたのだ。


「あの・・・失礼ですが、もしや『鹿姫』さまではありませんか?」

「ぶはーっ!!!」


予想外の一言に、一斉にお茶を噴き出す一同。


「なななな!なんですか『鹿姫』って!」

「それはもちろん『妖怪・夫諸』さまをこの地に導き、街中に放たれた魔物を退治し数々の奇跡までお示しになられた『鹿姫』さまですが・・・あの時、私は蜘蛛の魔物が現れたところにおりまして。夫諸さまがやって来られ、蜘蛛の毒を浄化するさまを間近で見ていたのです。」

「え?えええ・・・」

「夫諸さまの清らかさはもちろん、その背に乗るお姿のなんと凛々しかったことか。あなたさまがそうでなんですよね?」

「人違いです!!」

「ご謙遜を。聞けば、近くの森では昨日、夫諸さまの恵みたる神泉が見つかったとか。あれも、あなたさまのお導きなのですよね?」

「いやいやいやいや、違いますから!私、ただの冒険者ですから!」


なおもしつこく食い下がる店主を強引に誤魔化すアルマ。

他のメンバーは、肩を震わせながらその様子を黙ってみている。

そして。


『ぶふっ・・・・ぶははははっ!!』

「ちょっと!ひどいよマルテちゃん!」

『よかったじゃねえか、牛姫よりはちょっと女子力高い気がするぜ!』

「え?そ、そうかな?って、いや、そういうことじゃないよ!」

「まったくアルマは欲張りっすね~。」

「うふふ、本当に。牛姫では飽き足らず、今度は鹿姫ですか。」

「ワクワク担当仕事しすぎだっつの。」

「ちょっと、みんな反応がおかしいよ!」

「うふふ~、アルマは本当に次から次へと~」

「ああ・・・やらかしてくれるな、まったく・・・」

「エリシュカさんにタルガットさんまで!相変わらず味方がいない!!」


アルマをからかう新ネタを手に入れて盛り上がる一同。


「でも、これはちょっと問題かもね~」

「そっすね・・・来るときはスイーツのことで頭がいっぱいだったっすけど。」

「よくよく考えてみたら・・・ここに来るまで、なんだかやけにこちらを見られていたような気がします。」


改めて考えれば、神鹿は町中の人間が見ている前で奇跡を見せてきたのだ。それが神であろうと妖怪であろうと変わりはない。

ならば、その背に乗っていたあの少女は何者だということになるのは必定なのだ。


「だ、だってまさか覆面をするわけにもいかないじゃないですか!」

「いや、覆面するっすよ、普通。」

「私だったらしますね・・・。」

「ああ、あたしもするな。」

「え?え?だって、そんなことしたら怪しさ満点じゃない?満点でしょ?」

『あきらめろ馬鹿娘。女子力があがったことを喜べ。』

「女子力関係ないよ!もう私、この町来れなくなっちゃったじゃない!全部ジョーガサキさんが悪いのに!!」


アルマの魂の叫びは、中庭で大きく響いた。

だが結局、事態がそれで変わるわけでもなく。


再び町に出たところ、町の人々の間で「鹿姫」の名が浸透しきっていることを確信したアルマは早々に宿に避難。

ランダたちが変装用のアイテムを買いに走る羽目になった。


その間にエリシュカとタルガットは冒険者ギルドで情報を収集。

温泉発見のニュースにつられる形で、「鹿姫」の勇名があがっていることを再確認することになってしまった。


「これは~、もうどうしようもないわね~。」

「まったくあいつはもう・・・。」

「まあ、アルマを責めるのはかわいそうだけどね~」


もしアルマが鹿姫だとバレたら騒ぎになりかねない。だが、今ラスゴーに戻っても、牛姫のご帰還と騒ぎになりそうだ。

どうするべきかと考える二人。と、そこである依頼に目をとめる。


「ねえタルガット~。これ、どうかな~?」


それはオーゼイユから1日の距離にある、小さな島へ向かう船の護衛依頼だった。出発は護衛者が決まり次第。往復の移動も含めて8日程度の拘束だという。

早速アルマたちに打診したところ、即座に了承。依頼主に話を聞きに行ったところ、すぐにでも出港したいということで、翌日出発することとなった。


そして、その翌日。

アルマたちは揃って商船の甲板で、離れゆくオーゼイユの街並みを眺めていた。


「まあ、8日も間をあけたら、さすがにみんな鹿姫の容姿も忘れるでしょ~。」

「そうだといいんですが・・・てか、エリシュカさんもタルガットさんもすみません。巻き込んでしまって。」

「まあ、いつものことだ。気にすんな。」

「うぐ。いつものことって・・・」

『ぶははは、いつものことじゃねえか。』

「まあこうやって、はじめての船旅も経験できたんだから許すっすよ。」

「そうね。アルマさんのおかげですね。」

「あたしも船ははじめてだ。なんか、ワクワクすんな!」

「ううう。みんなありがとう!」


真白な雲が鮮やかに浮かぶ青空の下、山からの吹きおろしの風を帆に受けて、キラキラと陽光が照らす水面の上を滑るように船が進む。

気持ちの良い海風をたっぷりと満喫したあと、アルマが言う。


「ねえ、マルテちゃん。」

『あん?』

「私たちと一緒では初めてのオーゼイユはどうだった?」

『ああ、なんか出るときにそんな話してたな。』

「うん。私はさ・・・最後はこんなんなっちゃったけど、マルテちゃんと一緒でよかったよ。」

『はっ!なんだそりゃ。』


しばしの沈黙。そして、マルテがぽつりと言う。


『・・・まあ、アレだ。たまにはこんなのもいいかもな。』


その声は、柔らかくアルマの耳に届き。そして、風に溶けて消えた。



そして、アルマたちが港を出た、ちょうどその頃。

ラスゴーへと向かう森の中には、巨大な牛にしがみつく一人の女性の姿があった。

新人職員ルスラナ・クエバリフだ。

ジョーガサキの指示を受け、牛たちを引き連れて川の上流に向かっていたのだが、無事に川を氾濫させるという仕事をやり終え、帰還している最中なのだ。


だが、手伝ってくれた狼人族たちとはすでに別れ、迎えもなく、ただ一人の道中。

魔物が現れる危険な森の護衛は巨大な牛の群れのみ。

異常な体力で走り続ける牛たちのおかげで魔物に襲われることはないが、鬱蒼としげる木々の間を抜ける間に、彼女の髪は千々に乱れ、身を包む服ももところどころ破けてしまっている。

さらに恐ろしい速度で走る牛から振り落とされないようにするため、気の休まる暇もない。


「こ、こんな目にあわせて。許さない。あの男、絶対に許さない!!!」


聞く相手すらいない彼女の叫びは、森の木々の間に空しく溶けて消えた。


お読みいただきありがとうございます!

これにて4章は閉幕となります。

あんまりギチギチにプロットをたてずにいこうと書き始めた4章。いかがでしたでしょうか。

少しでも、印象に残るシーン、展開などがあればいいのですが。。。


この後はしばし閑話がつづく予定です。

引き続き、よろしくお願いいたします。

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