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4-24 神送りの夜

『悪逆の徒は捕らえられた。この地を襲う災禍は消え去り、祝福が(もたら)されるだろう。』


突如として始まり、三日三晩続いた川の氾濫は、自らを夫諸と名乗る真白な鹿の姿をもつ「怪異」の宣言とともに、突如として治まった。

まるで誰かが水量を調節したかのようなその氾濫は、オーゼイユの町の間際まで迫りながらも、結局ほとんどの被害を生じさせることはなかった。

人々は安堵し、町は次第に元の活気を取り戻していく。


町の近くの森で不思議な温泉が発見されたのは、その翌日のことだった。

水は澄み、淡く発光しており、その泉質は傷を(いや)す効果があるという。

泉を発見したのは、ラスゴーから来た金級の冒険者パーティで、温泉のすぐ近くで例の鹿の怪異を見たという。


しかも、発見されたのは1つだけではなかった。温泉は次々と見つかり、計5カ所もの場所が報告されることになった。そのいずれの場所でも、鹿の怪異が現れたと伝えられる。

ある温泉では、鹿の怪異が案内までしてくれたという。


人に恩恵を(もたら)す神でもなく。

人にあだなす魔物でもなく。

超常的な力をもって水を操り、厄災も祝福も呼び寄せる、「妖怪」。

その姿は美しく、真白の毛並みはどこまでも清廉で、黄金に輝く4つの角は荘厳。


その奇跡を目の当たりにしたオーゼイユの人々は、その力を畏れ、敬い、そしてその祝福を素直に感謝した。


早速、町を挙げての温泉開発が進められることとなり、利に敏い商人たちは次々に参加の名乗りをあげる。

いち早く動いたのはカリム・ラキシェハという商人で、彼は瞬く間に有力な商人たちと町の役人を巻き込んだ開発組織を立ち上げ、商人たちから開発資金を拠出させるとともに、その額に応じて富と権利を分配する仕組みまでつくりあげた。


後々になり、それらの温泉群は「神鹿温泉郷」と名付けられ、商都オーゼイユに観光都市としての側面と、さらなる活気を与えることとなる。

また一方で、鹿の姿をもつ「妖怪・夫諸」は、「神」と同義とみなされて人々の信仰の対象となっていくのだった。


と、そんな未来の話はさておき。

川の氾濫が治まった翌日、アルマたち「(ぎん)(わん)(ぎょく)()」をはじめとするラスゴーからの冒険者組、そして、神鹿を追い求めてはるばるやってきた狼人族は、温泉の一つに集まっていた。

そこは、アルマたちが最初に見つけた、急峻な岩場の上にある温泉だ。


「結局、どういうことだったんですか。」

「ん~。まあ、色々調べたらベリトが神鹿さまに手を出したのがわかったから、ジョーガサキくんがそれを逆手にとる作戦を考えたってだけよ~。」

「じゃあ、川の氾濫とか温泉とかは?」

「ジョーガサキくんのいた国では、本当にそういう妖怪の伝説があるんだって~。今回はたまたまアルマたちが温泉を見つけてたから、神の奇跡を示すのに都合がいいってことで作戦に取り込むことにしたらしいけどね~。」


今、アルマたちをはじめとする女性陣は揃って温泉に浸かっていた。

アルマたちはもちろん、エリシュカ、ダリガ、「三ツ足の(きん)()」のシャヒダとソイリ、「熒惑(けいこく)の破者」のラカルゥシェカとコナナ、さらにはケリドウェン神の姿まで。

結構な大所帯だ。

これから多くの湯治客が訪れることになるだろう神の祝福を受けた温泉。それを独占できる機会とあっては、女性陣としては見過ごすことはできず、揃って入浴となったのだ。


ちなみに男性陣は岩場の下に締め出され、神鹿を狼人族のもとへ送り返すための準備に駆り出されている。


「神の奇跡を示すってのはわかるけどな。なんで妖怪にする必要があるんだ?」


マイヤの問いに答えたのはケリドウェン神だった。


「神さん言うんは、ミステリアスでないとあかんのやわぁ。『水を司る神鹿』いうたら、もうどうやっても鹿やん?神性を取り戻すことはできるかもしれんけど、逆に神さんを縛ってしまうことにもなるんやわぁ。」

「人々が、そう信じるからか?」

「せや。そうなったらもう、『水を司る神鹿』以外にはなられへん。けど、『水を司る、鹿の姿をもつ妖怪』いうたら、どうや?」

「んんん?」

「もしかしたら、鹿の姿も仮初(かりそめ)の姿かもしらん。司るのは水だけではないかもしれん。そういう風に正体をあいまいにするのに、妖怪がちょうど良かったいうことやわぁ。」

「ん~。わっかんねえな。」


腕を組んで唸るマイヤ。


「やめろやめろ。ジョーガサキが何をどう考えたかなんて、気にするだけ損だぞ?めんどくせえ作戦考えやがって、付き合わされるこっちの身にもなれってんだ。」

「ナハハ。確かに今回は、ベリトをわざと逃がしたり、隠れて付け回したり、面倒だったナ。けど、魔族を相手にする以上、仕方ないとは思うナ。」


ふてくされるダリガに、大声で笑うラカルゥシェカ。女性陣の中では特に大柄な二人は、声もでかい。

さらには胸回りも身長に相応で、他の女性陣のひそかな注目を集めていたのだが、当人たちは気づいてもいない。


「けどまあ、めんどくさかったのは事実だにゃ。競売会場で護衛役をやらされた時は殺してやろうかと思ったにゃ。」

「うちは、尾行で安酒場に行かされた時かニャ。下品な酔っ払いに絡まれても騒ぐわけにもいかなくて、えらい目にあったニャ。」

「あたしはケルピと戦わされたのが。馬のくせにヌメヌメしてるし生臭いし、最悪だわよ。」

「それを言ったら、私たちが戦った蛙の化け物の方がひどかったっすよ。腐敗臭のする粘液まみれで、本気で気絶しそうだったすから。」


大柄な二人とは対照的なシャヒダとコナナ、そして細身なソイリとシャムスは、なぜか波長が合うようで固まっている。

ここでもジョーガサキの評判はすこぶる悪い。

ちなみに、シャヒダの話し方はコナナの影響だということが地味に明らかになったのだが、アルマたち以外には周知の事実なので誰もふれない。


「さて、それでは準備がありますので、お先に上がらせていただきますね。」


和気あいあいとした雰囲気のなか、ランダが立ち上がる。

神鹿を元の村に送るにあたって、必要な儀式があるのだという。

狼人族の村に巫女はいないが、巫女がいるのであればその指示に従いたいという狼人族の申し出により、狐人族の習わしを取り入れた儀式となったのだ。


「ランダちゃん、手伝うよ!」

「姉さま、私も!」

「あたしも行くぜ。」


いそいそと動き出す「銀湾の玉兎」の面々。他の一同もいい頃合いだということで、一斉に湯から上がる。


そして、日が暮れて、月が空に浮かぶ頃。

静かな暗闇に篝火が焚かれた。


対になって燃え盛る篝火の間に立つのは、即席ながらも巫女装束に着替えたランダだ。その装束は、オーゼイユの町に来た時に商人ナザレノから送られた民族衣装に飾りを施したもので、アルマたちも揃って同じ衣装を着ている。


リィィィン――――


ランダが手に持つ鈴を鳴らす。その音は清く澄み、森の静寂に染み渡っていく。

鈴を合図に狼人族が4人、篝火の横に進み出て、それぞれ手にした笛と太鼓を鳴らす。

途切れ途切れに聞こえていたその音は、いつしかひとつの厳かな音の調べにまとまっていき。

ランダは、その調べに合わせて神に奉納する舞を披露する。


篝火に照らされるランダの舞は、あるいは火のように激しく、あるいは時間が止まってしまったかと思えるほど静かに、見る者の印象を次々と塗り替えながら進んでいく。


それは、なんとも不思議な時間だった。

気が付けば、音は鳴りやみ、ランダは地面に(ひざまず)いていた。


リィィィン――――


天津(あまつ)清音(きよおと)御鈴(みすず)(さき)(おと)を奉る。」


リィィィン――――


鈴の音に合わせ、ゆらり、ゆらりと狼人族の行列が進む。彼らが担いでいるのは神鹿をお迎えする神輿だという。これはわざわざ狼人族の村からこの日のために持ち込まれていたものだ。


やがて、その行列はランダの横を通り過ぎ、篝火の奥に張られた巨大な幕の横に神輿を安置した後、再びランダの脇まで下がる。


幕を持っているのは、シャムスとマイヤだ。

そして幕の後ろには、アルマと神鹿の親子がいた。


「うううう。折角仲良くなれたのに、ここで別れるなんて辛いよおお!」

『仕方ねえだろ。このまま町を連れまわすわけにもいかねえんだから。』

「そうだけどさ!そうだけどさあ!」

「ピャ!ピャ!」

「あううう、モアちゃん!」


仔鹿のモアがアルマの顔をなめまわし、頭をぐりぐりと押し付けてくる。

その様子を、親鹿は何も言わずにじっと見つめている。

この数日間、アルマはずっと鹿の親子と行動を共にしていた。仔鹿のモアはアルマにべったりだったし、親鹿ともずいぶんと距離を縮められていた気がしていただけに、ここで別れるのは名残惜しい。

だが神鹿の親子は、ここで別れることを承知しているようだ。異なる理の中で生きている者の定めと理解しているのだろうか。


「またいつか。必ず会いに行くからね!」


アルマはせめてもの手向けにと、手のひらに魔力をため、鹿の親子の口元に運ぶ。

それを口にした鹿の、真白な毛皮が輝きだす。

親鹿は、じっとアルマを見つめた後、神輿へと入っていく。

そして、仔鹿のモアは


「ピャ!」


最後にアルマの額をひと舐めした。その瞬間、アルマは自分の体までもが輝いたように感じた。

だがそれはほんの一瞬のことで。


モアが神輿の中に入る。

それを見届けたシャムスとマイヤが幕を下ろす。


(かみ)(うつ)しの法事(のりごと)に、(あずさ)(ゆみ)()(ゆみ)(つき)(ゆみ)、引き寄せ放ち、(さき)(たてまつ)る。」


ランダの祝詞に合わせ、狼人族が虚空に向けて矢を放つ。

そして、それを見届けたように、神輿の中の神鹿が、ケェェェンと、細く、長く鳴き声を上げ。

神送りの儀式は終わった。


狼人族、ファルハードとテスカ親子とも、ここでお別れとなる。

彼らはこれから夜通し神輿を担ぎ、夜の森を進むのだという。

旅立ちを前にしたファルハードとテスカ親子の前には、ランダとシャムスの姿があった。


「ランダさまもシャムスさまも、本当に立派になられた。亡き族長もさぞ喜ばれていることでしょう。」

「やめてください。お二人もさぞご苦労なさったことでしょう。どうか、ご自愛ください。」


シャムスは、テスカに手を差し伸べて言う。


「それじゃあ、ここでお別れっすね。」

「ああ。色々ありがとう。」

「私らは大したことはしていないっすよ。お礼を言うなら、向こうでしかめっ面をしているメガネの人に言うといいっすよ。」

「ああ。彼にももちろん感謝は伝えたよ。そしたら、なんて言ったと思う?」

「さあ?わからないっすね。」

「感謝の気持ちがあるなら、ラスゴーで冒険者になれって。それで、セーキョー?とかいうのに入れってさ。」

「なるほど。あの人らしいっすね。で、どうするんすか?」

「さあな。まだわからない。けど、冒険者になるってのも、案外悪くないかもしれないな。」

「そっすね。そん時は、また私が色々教えてあげるっすよ。」

「ああ。・・・その時は、よろしく頼む。それでさ、もし、俺がシャムスくらいに強くなれたらさ・・・」

「・・・なんすか?」

「いや・・・なんでもない。その時は、また色々と話をしよう。」


そう言って、テスカ少年はシャムスの手を強く握った。

その様子を、エリシュカとタルガット、アルマ、マイヤ、そしてジョーガサキは遠くから見ていた。


「あらあら~。シャムスったら、なんだか良い感じね~。」

「エリシュカもそう思うか?やっぱそうだよな?」

「おいおいお前ら、そういう詮索はやめとけよ。」

「なにタルガット~、文句でもあるわけ~?」


盛り上がるエリシュカとマイヤ。それをやんわりと諫めるタルガットに、エリシュカが絡む。

アルマは、なぜか珍しく最後まで付き合っていたジョーガサキに問いかける。


「ジョーガサキさん。こんなに最後まで付き合うの、珍しいですね?」

「ベリトを出し抜くためとはいえ、神さまを巻き込んでしまいましたから、最後まで見届ける義務があると思っただけですよ。」

「あ!そういえば、なんで私たちに温泉探させたんですか?その時は、モアちゃんたちのこと、知らなかったんですよね?」

「以前、ギルド職員の研修でこの街に来たことがあって、地形的に温泉が湧きそうだと思っていただけです。その時に購入した地図から地形を読み解いて、可能性の高い場所をお知らせしただけで。」

「え!確証はなかったんですか?」

「はい。でも、温泉はあったでしょう?」

「ありましたけど・・・でもなぜ私たちに?」

「わたしのいた国では、勇者というのはなぜか温泉を開拓する話が多くあるんですよ。」

「え!」

「アルマ・フォノンさん。私はギルド職員ですよ?鑑定スキルなど、とうに限界まであげています。あなたは称号を隠したかったようですが、そんなもの、生えた日から知っていましたよ?」

「な!ななななな!」


慌てふためくアルマと、珍しく悪魔のような笑みを浮かべて話すジョーガサキ。

その二人のやりとりを、いつの間にか会話をやめていたエリシュカ達が笑顔で見つめていたのだが、アルマはそのことには気づかなかった。


お読みいただきありがとうございます!

あと一話だけ、4章は続きます。

ちょっとここのところ更新遅くてごめんなさい。がんばって書いていきます!


ブックマーク&評価もありがとうございます!ほんとに心の支えとなっております!

引き続きよろしくお願いいたします。


※誤字修正しました。。。

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