4-22 激闘③
「聖援」
「祝給えよ。五鎮なる真火、十重の羽羽矢となりて敵を討て。」
マイヤの魔法がそこにいる全員を光の膜で覆う。
ランダが魔法の火矢を飛ばして牽制する。
そして、シャムスが両手の斧をぶら下げたまま、魔物へと迫る。
「いくっすよ!おらああ!」
ヴォジャノイと呼ばれる魔物は、異常に長いその腕を使い、シャムスの斧を受け流す。
刃筋を逸らされた斧はヴォジャノイの異様に滑る肌を撫で、表面に付いたコケをはがすだけに終わってしまう。
はがされたコケが周囲に飛び散り、悪臭を放つ。
「くっさいな、このっ!」
初撃を逸らされたシャムスは、それでもその勢いを生かし、振り返りざまに再度斧をふるう。
同時にヴォジャノイは、水かきと長い爪のついた大きな手をシャムスに向けて振り回す。
「聖盾!」
ヴォジャノイの手をマイヤの生み出した盾が止める。大きく開いた胴に、シャムスの二つの斧が吸い込まれる。
「グゴォアアア!」
腹を浅く傷つけられたヴォジャノイは怒りの声を挙げ、空いた手を振り回す。咄嗟にシャムスは斧でそれを防ぐが、大きく弾き飛ばされてしまう。
追いかけようとするヴォジャノイだが、その眼のあたりをネズミの雪さん、サカナのシノさんが攻撃して邪魔をする。
「こいつめっちゃ滑るっすよ!」
弾き飛ばされたシャムスが叫ぶ。
そこでようやく、狼人族のニザームと、ファルハード、テスカ親子も我に返る。
「盾役は私が!」ファルハードが盾を構えて前に走る。
「私は右から行く!テスカは左だ!」
「はい!」
それぞれに走りだし、ヴォジャノイを取り囲む。
シャムスもその包囲網に加わった。
いざ戦い始めてみれば、ニザームはさすがの腕前だ。
ファルハードとテスカ親子との連携も安定していて隙がない。
しっかりと刃筋を立てないとなかなか傷をつけることはできないが、それでも少しずつヴォジャノイに傷が増えていく。
「祝給えよ。五鎮なる真火、十重の羽羽矢となりて敵を討て。」
「グォゴアアアア!」
ランダの火魔法は特にヴォジャノイには有効で、着実にダメージを与えた。
だが、傷を負った部分からは次々に腐臭のする粘液があふれ、その体はますます滑りやすく、傷つけにくくなっていく。魔法の火矢の効果も徐々に下がっているようだ。
さらに、ヴォジャノイの攻撃によって周囲にまき散らされた粘液が、前衛陣の足を滑らせ、機動力を奪っていく。それは刃先にもまとわりついて、武器の切れ味を急速に落とす。
活路を見いだせず、徐々に戦況が悪化する中で時間だけが過ぎていく。
「くそっ!」
「テスカ、まつっす!」
焦ったテスカが剣を片手に突っ込む。だが、その剣はヴォジャノイの肌を浅く傷つけただけで、テスカは粘液に足を取られて倒れ込んでしまう。
そこでヴォジャノイが狙ったのは、慌ててテスカを庇おうと動き出したファルハードだった。
「父さん!!」
そこから、わずか数瞬。その光景は、テスカの脳裏に焼き付いた。
激しい殴打を受け、弾き飛ばされる父親。
叫ぶテスカを見つめるヴォジャノイの、深い闇に染まったような目。
シャムスが即座にヴォジャノイに切りかかり、同時にテスカを蹴り飛ばして避難させる。
だが、それによって今度はシャムスが標的となる。
テスカを庇ったことで体勢を崩してしまったシャムスには、迎撃することができない。
当然、今まさに蹴り飛ばされたテスカにはどうすることもできない。
瞬間、シャムスと目が合った気がした。
その口の端が、なぜか満足そうに持ち上げられていて。
斧を握った左手は、まるで何かを諦めたかのように、そこにこもった力をゆるめる。
カツン。放された斧が石畳にぶつかる。
テスカにはそれが信じられない光景のように感じられた。
だがその時、シャムスの口は朗々と咒を紡いでいた。
「ごうり、ごうら、ごうごうと滾れ。その根源たる力は不撓。不羈なる業火よ、敵を滅ぼせ。」
アルマに触発され、改めて取り組み始めたエルフ魔法。
感情を力の根源とするその魔法を使うにあたって、シャムスが選んだのは「負けたくないと願う気持ち」であった。
折れず。屈せず。立ち向かう心。
もう二度と、かつての失敗を繰り返さないために。大切なものと並び、守れるように。
その思いは、火の弾となって、彼女の左手から発して敵に向かう。
まだ不完全な魔法。
ヴォジャノイは一瞬ひるんだ様子を見せるが、その手で火の弾を握りつぶすと、そのままシャムスに襲い掛かる。
だが、時間は稼げた。
そして、ヴォジャノイの鋭い爪が今まさに襲いかかろうかという瞬間、突如として現れた人影がその腕を剣で跳ね上げた。
同時に、シャムスはその人物が来るとわかっていたかのようにその場を飛びのく。
「ったく、また面倒なのと戦ってんなあ。」
謎の人物は言う。
「遅いっすよ。タルガットさん。」
シャムスが文句を言う。
「そう言うな。こっちもこっちで色々あったんだよ。マイヤ!ケガ人を見ろ、ランダは火じゃなくて水魔法だ。この臭えの全部洗い流してくれ!そっちのあんたは前衛だな?」
「ニザームだ。」
「お前は?」
「テ、テスカだ。」
「じゃあニザームさんとテスカは今まで通りで。シャムス、いけるな?」
「もちろんっす!」
「ほんじゃあとっとと倒すぞ!俺が引きつけるから、後よろしく!」
タルガットが魔物を引きつけ、シャムス達が仕留める。
いつもの連携だ。
「雪さんはおさがりくださいな。シノさん、お願いします。」
ランダは雪さんの召喚を解き、シノさんとともに水弾で、魔物の体表と周囲にまき散らされた粘液を洗い流す。
再び斬撃が通り始め、魔物は傷を増やしていく。
「銀湾の玉兎」の面々の息のあった連携に、ニザームが感嘆の息を漏らす。
治療を終えたファルハードが盾役を引き受け、タルガットが前衛に加わると、魔物はいよいよ追い詰められていく。
長い時間をかけた戦いも、ようやく終わりが見え始めたその時。
「そろそろこいつの相手も飽きた。一気に行くぞ!」
「テスカ!勝負っすよ!」
「おう!」
瞬間。二人の腕が同時に光りを放つ。彼らの住んでいた村で戦士たちが使っていた技。
精霊降ろしだ。
能力を解放した二人は、示し合わせたように左右から魔物へと迫り、渾身の力を持って己の武器をふるう。
痛みに叫びながらヴォジャノイが振り回す手を、マイヤとファルハードの盾が防ぐ。
長い時間の共闘で、彼らの息もしっかりとあってきていた。
そしてついに、シャムスの渾身の一撃が魔物の首元を大きく切り裂き。
「グゴァア・・・アアア」
ヴォジャノイはついに、その巨体を硬い石畳の上に投げ出した。
お読みいただきありがとうございます!
昨日はちょっと慌ててアップしてしまったので、ラスト当たりの文章おかしかったです。
すみません、修正いたしました。
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ホント最近、それだけが心の支えですw