4-19 激流
オーゼイユの町のそばを流れるプレゲトン川、そしてラスゴーの東を流れるスティクス川はその源流を一にする。
今、その2つの川が分かれる地点に、多くの人影があった。
指揮を執るのは、ラスゴー冒険者ギルドの新人職員、ルスラナ・クエバリフ。
そしてその指揮の元、木々を運んでいるのは、神鹿救出のために協力を申し出た狼人族の面々だ。さらには、ひと際巨大な体躯を持つ牛を筆頭に、数頭の牛の姿も見える。
「皆さんそろそろ時間です。急いでください!」
ルスラナの呼びかけに応え、狼人族の士気が上がる。
彼らには見えないようにさり気なく顔を背けたルスラナは、そこで密かにため息を吐く。
「まったく、新人職員の私がなんでこんなことを・・・。」
ジョーガサキの作戦を遂行するため、ルスラナは前日からこの地点で作業監督を務めていた。戦闘力を持たないルスラナをこの地に運んできたのは、突出した体力を誇るジョーガサキの愛牛、牛6号である。
そして、狼人族たちを運んできたのは、ジョーガサキが餌付けに成功した迷宮の怪鳥、ヴクブ・カキシュであった。
と、その時、ルスラナの頭の上に一柱の女神が顕現する。
「ルスラナはん、おつかれさんやなぁ。」
「ケリドウェン様こそ、このような雑事に巻き込んでしまって申し訳ありません。」
「ええんよぉ。うちら、これでも楽しませてもろてるからなぁ。ああ、ほんで早速やけど、向こうは計画通り進んどるみたいやから、いつでもどうぞ言うてはったわぁ。」
「わかりました。では早速・・・」
ルスラナは狼人族に向き直り、大きな声で叫ぶ。
「皆さん、合図が来ました。お願いいたします!」
ルスラナの指示に応え、狼人族たちは川岸に立てられていた倒木を川に向けて倒していく。
さらに、牛たちがロープで括り付けられた倒木を対岸から引っ張り、川の中へと沈めていく。
せき止められた水は、もう片方の支流へと勢いよく流れ込む。
「冒険者ギルドの職員が、こんな、自然破壊みたいなことをしていいんでしょうか?」
「ジョーガサキはんの作戦いうたら、なんでか必ず大量の木を引き倒しはるからなぁ。まあ、後でちゃんと材木として活用するらしいし、今更やわ。神さまをお助けするためやしなぁ。」
「はあ・・・それにしても、氾濫はするけど町に被害を及ぼさない程度なんて、無茶な指示を出しますよ、あの人も。」
「あははは。それもまあ、今更やわなあ。」
こうして、流れを変えられた大量の水は、オーゼイユの町に向けて流れ込み始めた。
そのオーゼイユでは今、競売会の会場を抜け出したベリトがある冒険者たちと対峙していた。
銀級冒険者、タルガット・バーリン。
同じく銀級冒険者、エリシュカ・アールブル。
そしてラスゴー冒険者ギルドのサブマスター、ダリガ・ソロミン。
彼らを運んできたのもまた、怪鳥ヴクブ・カキシュである。
「・・・なるほど。私が会場を抜け出すのは想定済みということですか。」
「ああ。そして、ここで終わりだ。すぐに守衛たちも駆けつけるだろう。さらにあたしたちは、以前の汚名を挽回するってわけだ。」
どこで手に入れたのか右手に剣を構え、不敵な笑みを浮かべるベリト。
対して、両手に一本ずつの曲剣を持ったダリガが答える。
突然、死角に回り込んだタルガットが音も立てずベリトに襲い掛かる。
それを迎え撃とうとしたベリト。そこで何かを感じたのか、咄嗟に身を躱し素早いステップでその場から飛び退く。弓を構える仕草さえ見えない速射でエリシュカが放った矢が、無人の地面に突き刺さる。
だが、ベリトが飛び退いた先にはすでにダリガが待ち構えていた。
かろうじてダリガの剣を受け止めるベリト。しかし、もう一方の剣までは抑えられず、その剣先が脇腹を抉る。
それでもダリガの攻撃は止まらない。
双剣による嵐のような斬撃。それこそが【狂刀ダリガ】の真骨頂だ。ギリギリのところでそれを捌くベリト。巧みな位置取りで、エリシュカからの射線も防ぐ。そこに、背後からタルガットが迫る。
ベリトは脇腹を押さえながらも素早いステップで、ダリガから距離を置くと、厄介な遠距離攻撃で行動を制限してくるエリシュカに迫る。
だが、エリシュカの周辺はすでに彼女の支配下にある。
魔法の発動を察知したベリトは慌てて方向を転換する。
「くっ・・・【狂刀ダリガ】に【弓箭姫エリシュカ】、さらに【片翼の英雄タルガット】ですか・・・これはちょっと厳しいですか、ねっ!」
休む間を与えず責め立てようと動き出すタルガットの機先を制して、今度はベリトが攻撃を仕掛ける。
その挙動を読んでいたエリシュカが矢を放つが、巧みな動きで矢を躱し、タルガットに切りかかる。
だが、数合の打ち合いの後、ベリトが繰り出した鋭い剣閃はタルガットの左手の盾で受け流されてしまう。そして、体勢を崩されたところに迫るのはダリガの双剣。
倒れこむようにしてその剣を躱したベリトの左手が光る。
「魔法が来る!下がって!」
エリシュカが叫ぶと同時に矢を射かける。その矢がベリトの片足を穿つ。だがベリトはその矢を避けもせず、詠唱を完成させる。
周囲に放たれるのは、漆黒の矢。ダリガたちは即座に距離を空ける。
わずかにできた間を使って、ベリトはひと際大きな漆黒の矢を天に向けて放った。その矢は空中で複数の矢に分かれると、町の外に向かって飛んでいく。
そしてなお、複数の矢を手元に浮かべてダリガたちを見据える。
「何をした!」ダリガが叫ぶ。
「ふぅぅ・・・いやあ、参りましたよ。まさか、いざというときのための合図を撃つ間も与えてもらえないとは。だが、これで形勢は逆転ですよ。」
そこへ騒動の顛末を聞きつけた守衛たちが現れる。
さらにその背後には、神鹿の姿まで見える。その背に乗っているのはアルマ・フォノンだ。背後には、仔鹿のモアもいる。
『見つけたぞ。人間よ、彼の者を捕らえ我の前に差し出せい!』
神鹿に扮したマルテの声に従って、守衛たちはベリトを取り囲む。聞くものが聞けば、妙にやる気に満ちたその声に違和感を感じるはずなのだが、守衛たちにはわからない。
逃げ道をふさがれた形となったベリトに、ダリガが言う。
「さあて、何がどう逆転なのか、教えてもらおうか?」
「まあ、そう焦らずに。ほら、聞こえませんか?」
ベリトは剣先で厩舎の方を示す。
そちらの方からは、先ほどから何かを破壊する音と、唸り声のような音が響いていた。
その唸り声がみるみる近づいてくる。
と、突然、建物の陰から異常に赤黒い巨体が姿を現す。
「オ、オーガだ!オーガが檻から逃げ出したぞ!」
守衛の誰かが叫ぶ。その容姿は確かにオーガのもの。だが通常のオーガよりもさらに一回りも大きく、その咆哮は聞くものの魂を震わせる。恐らく上位種だろう。
「貴様っ!」
「さてさて。それでは前回同様、私はこれにて失礼させていただきます。追ってくるのは構いませんが、あのオーガは私のお気に入りでして。放っておけば、守衛はおろか貴族たちも皆殺しでしょう。まあ、どちらでもお好きにどうぞ!」
ベリトとエリシュカが同時に矢を放つ。
ダリガたちが矢を避けている間に、ベリトもまた剣で矢を打ち払う。そして、足に刺さった矢を力づくで抜き去ると、一気に敷地の外へと走り去る。
負傷しているとは思えない素早さだ。
その間にも背後からオーガが迫ってくる。
「くそ!とりあえず、こいつを倒すぞ!」
ダリガは即座に決断を下し、タルガットが即座にオーガに向かって走り出す。守衛側にいるアルマとシャヒダもすでに戦闘態勢だ。
その時、町のあちこちでも、ベリトの合図を受け、数多くの魔物が解き放たれていた。
湧き上がる悲鳴。逃げ惑う人々。
だが、ほとんどの地点では、いち早く冒険者たちが対応を始めていた。
ラスゴー冒険者ギルドのギルドマスター・クドラトを通じ、オーゼイユの冒険者ギルドが多くの冒険者を動員して警戒にあたらせていたのだ。
そして、特に強力な魔物の出没した地点には、それぞれに、魔物と対峙する3つのグループがあった。
バリ・ウテムラト率いる金級冒険者パーティ「三ツ足の金烏」。
ラカルゥシェカ率いる金級冒険者パーティ「熒惑の破者」。
そして、狼人族の捜索隊長ニザーム、狐人族ファルハード、テスカを臨時メンバーとして加えた「銀湾の玉兎」。
それぞれの場所で、それぞれに、戦闘の火ぶたが切って落とされる。
だが、ベリトが用意した逃走時の備えはそれだけではなかった。
ベリトが合図として天に打ち出した矢は、そのまま無数の火矢となり、オーゼイユ周辺の森に放たれていたのだ。
方々で上がる火の手に追われ、森の魔物たちは一斉に動き出す。
彼らが向かう先にあるのは、白亜の城壁が煌めく商業都市、オーゼイユだ。
「魔物だ!魔物が押し寄せてくるぞ!」
「城門を閉ざせ!急げ!!」
森の異変に気付き、慌ただしく動き出す門衛たち。
その中の一人が更なる異変に気付く。
「あれはなんだ・・・?」
「おい!ぼんやりするな、急げ!」
「ち、ちがう、あれを見ろ!」
「あ、あれは・・・」
「洪水だ!川が溢れるぞおおお!」
見る見る迫る大量の水が、奇しくも町に迫る魔物たちの進路をふさぐ。
同時に、町は完全に閉ざされ、逃げ出すこともできなくなった。
それもまた、ジョーガサキの計画のうちであったのだが。
オーゼイユの町を舞台に、ベリトとジョーガサキの駆け引きは続く。
お読みいただきありがとうございます!
なんだか戦闘シーンが久しぶりな気がします。
戦闘の描写って難しいですよね。。。
ブックマーク&評価をいただけると嬉しいです!よろしくお願いいたします!
※タイトルの表記を修正しました。