4-17 ジョーガサキさん、考察を披露する
オーゼイユの競売会は、商人街区とは別に設けられた、大商人街区と貴族街区との境目にある、さる大商の店舗で行われる。
店舗と言ってもその敷地は広い。
正面玄関前には複数の馬車を同時に受け入れることが可能な回廊を備え、厩舎も十分なスペースを確保している。
1階は展示場。国内各地の珍しい食材をふんだんに用いた料理を楽しめるレストランが併設され、商談に利用できる個室も複数用意されている。
2階は競売会の会場。まるで劇場のように壇状に組まれた来賓席は200席が用意され、さらには貴賓室も用意されている。
この競売会に参加できるのは限られた貴族と大商人のみであり、参加すること自体が大変な名誉であるとされる。
その競売会の会場に、初顔となる一人の男の姿があった。
ぴったり7:3の比率で左右に分けた、この辺りでは見かける機会の少ない黒髪。平たい顔に唯一のアクセントとなるメガネ。
そして、不機嫌そうな表情が、周囲を拒絶するかのような印象を与えている。
商人でも貴族でもなさそうな男の雰囲気に、周囲は遠巻きに様子を窺っている。だが当の本人にはどこ吹く風だ。
やがて、あまりにも周囲から浮いた男を見かねたのか、1人の商人が男に話しかける。
「失礼。お隣よろしいでしょうか?」
「・・・ええ、どうぞ。」
「私、魔獣商を営むベリト・ストリゴイと申します。」
「ジョーガサキと申します。」
「失礼ですが、ジョーガサキさまはどのようなご職業を?どうもその、商人と言う風情ではないようですが。」
「私はただの冒険者ギルドの平職員ですよ。」
ジョーガサキの返答は予想外だったのか、ベリトは目を丸くする。
「冒険者ギルド?それはまた、よく参加できましたね。商人でもなかなか参加する機会は得られないというのに。」
「懇意にしている商人の方の代理という事で。ご存知ですかね、カリム・ラキシェハという方なのですが。」
「ああ、カリムさまの。先日お会いしたばかりですよ。珍しい魔物をお探しとおっしゃっていたので、今日お会いできるかと期待していたのですが。」
「ええ。実は私は、ちょっと変わったスキルを持っているものですから。その魔物探しについてもお役にたてるのではないかと思いまして。」
「ほほう。」
カリムの名前が出た瞬間に、ベリトがわずかに身を固くする。
だが、あくまで表情は笑顔のままだ。
それを見て、ジョーガサキは悪魔のような笑顔を浮かべる。
「それにしても、少し安心いたしました。」
「ふむ?安心とは?」
「未来が見えると言っても、すべてを見通せるわけではないようなので。」
「・・・はて?一体なにを・・・」
「おっと、どうやら始まるようですね。」
意味深な言葉を残して、ジョーガサキは正面に向き直る。
競売会は招待されておらずとも、商人であれば誰でも出品することができる。
ただし、競売会の参加者にはその日のラインナップは伝えられない。
そして競り落とした場合は、現金即払いが鉄則。
前半に張り込みすぎると、後半に手持ちの資金が尽きてしまう。
逆に慎重になりすぎると、のぞむ商品を競り落とせないまま終わってしまう。
そうした読みや駆け引きも、この競売の魅力のひとつ。
参加する貴族や商人は、さまざまな手段を使って出展される商品を調べ、競売に臨む。
競売が始まり、次々と商品が競りにかけられていく。
目の肥えた貴族や商人たちが、これはと思う商品の購入に名乗りを上げ、徐々に会場全体が熱を帯びていく。
見事、競り落とした者は、その場で中央の舞台にあがり、現金を支払うようだ。後払いにすると不正が起きたり、売れたはずの商品が売れ残ったりしてしまうからだろう。
活気を帯び始めた会場の中で、ジョーガサキとベリトだけが、淡々と競りの様子を眺めていた。
そんななか、ジョーガサキがベリトの方を見ることなく、ひとりごとのように言う。
「きっかけはオーガでした。」
「・・・は?」
「つい最近、ラスゴーの町で、冒険者たちがある犯罪組織を検挙しようとしたんです。ところが、組織の人間の多くは、その場で殺されてしまったのです。」
「一体何を・・・」
「殺したのは一人の男でした。その男の目的は、強制的な迷宮の成長、そしてそれによる魔物の暴走。最初から、組織の人間を生け贄にするつもりだったわけですね。さらに、逃走用の囮としてオーガまで用意していた。」
「まってください。一体何のお話しですか?」
「冒険者たちは力を合わせてオーガを倒しました。しかし、倒されたオーガの血と肉が最後の後押しとなって、結局迷宮は成長をはじめてしまったのです。」
「・・・それは災難でしたね。」
「不思議だったのですよ。男はどうやって、迷宮が成長をはじめるのに必要な血と肉の量を正確に知ることができたのかと。」
「・・・・・。」
「まるで、未来を知る能力でも持っているようだ。だが、それにしてはお粗末です。実際、迷宮は成長をはじめましたが、冒険者たちによって大した騒動もなく収まりましたから。」
「・・・良かったじゃないですか。」
あくまでよくわからないという姿勢を崩さないベリト。
ジョーガサキはそこで再び、ベリトに視線を向けて言う。
「ええ。ですからね。私は思ったのです。未来を見通せると言ってもごく一部。あまり遠い未来は見ることができないのだろう、と。使用回数にも制限があるのかもしれません。」
「私が、そのような能力を持っているとでも?」
「ラスゴーの迷宮騒動で、1人の少女が有名になりました。『牛姫』と呼ばれています。あなたもご存じでしょう?」
「はて?一体誰のことやら・・・」
「あなたはどんな少女なのか気になり、わざわざスイーツ店まで会いに行きます。そこで彼女たちに、ある地図の場所まで行けとアドバイスをしましたね?」
「ああ・・・思い出しました。彼女たちがそうなんですか?」
「あなたはそこで未来を見た。恐らくそうですね・・・狼人族と彼女たちが、神鹿を巡って争う場面でしょうか。」
「・・・・。」
「うまく共倒れになれば、新たに神鹿の子どもまでが手に入ると思いましたか?残念ながら彼女たちは狼人族たちと打ち解けてしまいましたよ。今は協力体制にあります。念のためにあなたが送った下っ端たちもみな拘束されています。」
「・・・どうやらあなたは私を怒らせたいようですが、正直なんのお話しなのか・・・」
「いえ、私はあなたを怒らせたいとは思っていませんよ。」
「ほう。ではなぜそのようなお話を?」
「あなたの鼻っ柱を折ってみたいと思いまして。」
「は?」
ベリトは目をスッと細め、ジョーガサキを見つめる。
端正な顔立ちを特徴づける、赤い瞳が妖しく輝く。
しかしジョーガサキはそんなベリトの変化を意にも介さず続ける。
「神獣を捕まえるのはなぜか、そこもよくわからなかった。最初はその神獣に、人間を襲わせようとしてるのかと思いました。」
「ふふふ、さて、どうでしょうね?」
「その割に、そういう事件は起きていない。だったらもっと別の目的があるはずだ。」
「それが何か、あなたにわかりますかね?」
もはや隠すのはムダと思ったのか、ベリトはとぼけるのをやめたようだ。
「ラスゴーの迷宮には、神の名がつけられていました。」
「・・・・・ほほう。」
「その迷宮をなぜ暴走させたかったのか。そして、なぜ神獣を人の手に落とそうとするのか。その目的はひとつ。あなたは、神から神性を奪いたいのです。」
ベリトは、ここに至ってようやく心の底からの表情を見せる。
唖然としたのだ。そして、無意識にそのような表情をしてしまったことに気づくと嬉しそうに笑い始めた。
「ははは。まさかこのようなことが起きるとは、さすがに未来視を持つ私でも予想できなかった。いいでしょう。そこまでたどり着いたのだ。それは正解だと言っておきましょう。」
「今の表情を見れただけでも、ひとつ溜飲が下がった思いですよ。」
「ふふ。しかし、それでどうしようというのです。私の犯行だと立証することは難しいですよ。そして神獣も、今ここに連れてこられている時点で神格は損なわれた。もはやすべて終わっているのですが?」
「さて、それはどうでしょうか?」
「・・・何をなさるおつもりで?」
と、そこで次の商品が壇上に上げられる。ベリトとジョーガサキの視線がそこに注がれる。
狼人族が崇める神鹿だ。妙におとなしい。何か術にでもかけられているかのようだ。
それでいて強烈な神性と気高さを感じさせる姿に、参加者たちが息を呑み、次々と購入の意志を示す。
10万、20万、25万・・・
徐々に釣り上がる競り値。その中で、ジョーガサキが一際大きな声を挙げる。
「1000万コルン!」
月900コルンの家賃でひいひい言っているアルマたちが聞いたら卒倒するような金額だ。
驚く参加者たちの視線がジョーガサキに注がれる。
しかしジョーガサキは不機嫌そうな表情を微塵も崩さず、ベリトに向き直る。
「私に話しかけたのは、この場面を未来視で見たからでしょう?さあ、この後どうなると思いますか?まだ見ておられないなら、急いで見ておくといい。」
「・・・・。」
「あなたが未来にどんな備えをしようとも、その全てを、ことごとく潰して差し上げましょう。」
そしてジョーガサキは、再び悪魔のような笑みを浮かべた。
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4章もいよいよ佳境に入ってまいりました。
ここ数日、ブックマーク&評価が増えました。
本当に、本当に、応援くださってるのが嬉しいです。ありがとうございます。
4章の最後まで、がんばって面白いお話をお届けしたいと思います。