4-15 対峙
アルマ達が山中で狼人族から事情を聴いている頃、オーゼイユの町でも動きがあった。
とある商店の応接室。
今そこで、2組の商人が向かい合って座っていた。
ラスゴーを拠点とする、冒険者ギルド御用達の裏商人、カリム・ラキシェハ。
そして、王都を拠点とする魔獣商人、ベリト・ストリゴイ。
「このような場所にお呼びだてして申し訳ありません。是非ベリトさまのお耳にお入れしたいお話しがありまして。」
「いやなに。私はこの町に拠点を持ちませんからな。どうかお気になさらず。」
商人には、商業ギルドをはじめとして、商人独自の情報網がある。その情報網を辿って、カリムがベリトを呼び出したのだ。
笑顔で対峙する二人。
互いに眼の底は笑ってはいないのだが、気にする素振りも見せない。
「しかしまあ、競売会を控え、互いに忙しい身ですからな。用件を済ませてしまいましょう。」
「これは失礼しました。では単刀直入に申します。実は私が懇意にさせていただいている貴族が、どうしても『珍しい魔獣』を手に入れたいとおっしゃっておられまして。」
カリムの話を受けて、ベリトはあからさまに鼻白んだ表情を見せる。
「・・・珍しい魔獣ですか?たとえばどのような?」
「そうですね。他にはない独自の能力を持っていることが条件ですかね。」
「難しいでしょうね。独自の能力を持つものは、いわゆる上位種。害のあるものは討伐対象になりますし、そうでなければ、多くは神獣として崇められますからなあ。」
「そうですか。金に糸目はつけないとおっしゃっておられるのですが・・・。」
「神獣の取引は国によって禁止されている。ご存知ですよね?」
「はいもちろんです。神獣の中には恐ろしい力を持つものもいる。もし扱いを間違えれば町が1つ滅ぶこともある。したがって手出し無用。ですよね?」
「それが分かっていて、なぜ私にそのようなお話を?」
「神獣に手出し無用と言っても、実際に神獣かどうかを判断する明確な基準はありません。ある特定の地域で神獣と崇められていれば、それは神獣だ。」
「そうですね。」
「逆に言えば、その神獣を誰も知らない地域に連れて行けば、それはもうただの『珍しい魔獣』ということになりませんか?」
ベリトはそこまで聞いて、あからさまにため息を吐く。
「どうやらカリムさまは勘違いをなさっておられるようだ。」
「勘違いですか?」
「確かに私には、そういう噂があることは知っております。ですがそれはあくまで噂です。そのような危険なことをしなくとも、まっとうな商売で十分に稼げますからな。」
「いえいえ、まさか。もちろん私も、ベリトさまがそのような危険な商売をなさるとは思っておりませんよ。」
「では、なぜ私にそのようなお話を?」
「不幸にして取引される『珍しい魔獣』も少なからずいることでしょう。高名な魔獣商人であるベリトさまであれば、『珍しい魔獣』に『偶然』出会う機会も多いのではないかと思いまして。」
ベリトはソファに背中を預け、カリムを見据えてその真意を探る。
だがカリムは、あくまでもにこやかな笑顔を崩さない。
「参考までにお聞きしますが、その貴族と言うのはどのようなお方で?」
「某国の高貴な血筋のお方、とだけ。」
「ではなぜ『珍しい魔獣』を欲するのか、お聞きしても?」
「それは私もわからないのです。ただ・・・」
「ただ?」
「あまりに清浄なものを見ると、つい穢したくなるのが人の性というものではありませんか?」
笑顔のまま、ぞっとするような言葉を口にするカリムを見て、ベリトがピクリと眉を上げる。
そして。
「なるほど・・・。しかし、やはり私はあまりお力になれそうもありませんな。」
「そうですか。いえ、ムリを申しているのは承知しております。ただもし今後、そのような『珍しい魔物』の話が耳に入ったら、お教えいただければ幸いです。」
「わかりました。もしそのような機会があれば、お伝えいたしましょう。」
「ありがとうございます。これはわずかですが、情報料の手付としてお納めいただければ幸いです。」
そういってカリムは、皮の小袋をテーブルに置いた。
袋の口から、中に詰まった金貨がのぞいている。
「よろしいので?いつ情報が入るのかわかりませんよ?」
「ええもちろんです。それに、正直に申しますと、私自身にとっては『珍しい魔物』よりもベリトさまにお近づきになれることが重要でして。」
「・・・なるほど。あなたは思ったよりもやり手のようだ。では、これは遠慮なく。」
ベリトは金貨の詰まった小袋を取ると立ち上がる。
と、そこで思い出したように言う。
「そう言えば、今度の競売会ですが、新興の魔獣商人がちょっと変わった魔物を出品すると聞きましたな。」
「ほほう。どのような?」
「鹿の魔獣と聞きましたが、詳しくは・・・。興味がおありなら、競売会に行かれるといい。」
「早速の情報、ありがとうございます。」
「いやいや。それでは、私はこれで。」
「はい。あ!そうそう。男爵にもよろしくお伝えください。」
「・・・どなたのことをおっしゃっているのかはわかりませんが、機会があればお伝えしておきましょう。」
会談はあっという間に終わり、ベリトは商店を後にした。
ベリトを見送り、再び応接室に戻ったカリムは窓の外を見ながら、ほうっと息をつく。
と、誰もいなかったはずの応接室に一つの影が現れる。
「お疲れ様。ずいぶんと踏み込んだにゃあ。」
金級冒険者のシャヒダだ。そして、シャヒダの頭の上には小さな女神さまの姿もあった。
「まあ仕事ですから仕方ありません。それよりケリドウェン様、どうでしたか?」
「うんうん。ジョーガサキはんの言わはった通りやったわぁ。怖いお人やなあ。」
「やはりそうですか。まったく私には荷が重すぎますよ。さて、先方はどう動きますかね?」
「ベリトが男爵とつながっていることは、ほとんど知られていないはずだにゃ。それを知っているカリムのことを危険と見做したなら、なんらかの対策はとってくるだろうにゃ。」
「まったく、勘弁願いたいですね。」
「まあ、さすがにそこまではせえへんと思うけどなぁ。せいぜい、逃げる段取りするくらいとちがうかなぁ。」
「それもジョーガサキさんの計算のうちだと?」
「まあ、せやろなぁ。」
「なるほど、それは恐ろしい。」
「さて、それじゃうちは、ベリトを追いかけるとするにゃ。」
「私は彼が言っていた『新興の魔獣商人』というのをあたってみましょう。」
「まかせたにゃ。」
「くれぐれもお気をつけて、シャヒダさん。」
カリムがそう言って振り返る。
だが、そこにはもう、誰の気配もなかった。
一方その頃。アルマたちは。
「ふわあ!極楽、極楽!」
「ピャ!ピヤアアア!」
「この湯はまた、ちょっと感じが違うぜ!同じ神泉のハズなのに、元が違うと変わるもんだなあ。」
「マイヤさん、はしゃぎすぎっすよ。こんなことしてていいんすかね?」
「うふふ。ジョーガサキさんがそうしろと言うんですから、いいんでしょう。」
「絶対良くないことが起きる気がするっす・・・。」
やっぱり温泉に入っていた。
場所は前日のうちに到達できなかった4カ所目の温泉だ。
前日、ヌアザからベリト・ストリゴイについての話を聞かされたアルマ達は、狼人族やファルハード、テスカと共に3か所目の温泉へと戻っていた。
山中にずっと籠っていた狼人族の男たちがあまりにも薄汚かったこともあるが、ヌアザ神から勧められたからだ。
ヌアザが神であることを知った狼人族は、ひどく畏まり、気安く話しをするアルマ達に驚きながらも素直に従った。
全員で温泉に溜まった木の葉をすくい、キレイにしたところで、神鹿のモアがまた聖泉に変えてくれた。
狼人族はそこでもまた、ものすごく畏まりつつ湯船に入っていた。
そしてその後、ジョーガサキたちがベリトの鼻をあかすために暗躍していると、ヌアザから説明があったのだ。
狼人族は、神鹿を取り戻すことを条件に協力を申し出た。
そこで彼らが言い渡されたこととは。
「まさか、温泉巡りをさせられるとは思ってなかったよ。」
風呂上がりのシャムスに話しかけてきたのは、テスカだ。
「それは私もっすよ。けどまあ、どうせ競売会までは他にすることもないんだから、いいんじゃないすか?」
「・・・なんか、変わったな、シャムス。」
「そうすか?」
「ああ、子供のころは、なんていうかもっと、張り詰めていたような気がする。」
「・・・まあ、色々あったっすからね。でも今は、テスカの方が張り詰めてるように見えるんすけど?」
「ああ、そうだな・・・。」
そこでテスカは押し黙った。シャムスは何も言わず、テスカの次の言葉を待つ。
「もし俺も、冒険者になったら・・・。」
「なったら、なんすか?」
「いや、なんでもない。悪かったな。お休み。」
そしてテスカは、自分の寝床へと戻っていった。
シャムスは何も言わず、その背中をじっと見ていた。
お読みいただきありがとうございます!
本格的に平日毎日の更新が厳しくなってまいりました・・・
ふんばりどころですね。
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