4-12 神鹿
時はやや遡り、ラスゴーの冒険者ギルドで会議が行われる前日。
アルマたちは朝からオーゼイユの町を出て、すぐ近くの山へ分け入っていた。
「ええと、ここから一番近いのは、まず北側だね。」
ジョーガサキに渡された地図を見ながらアルマが言う。
「雪さん、シノさん、お願いします。」
「チチチ。」
「ピ。」
ランダの呼びかけに答える二匹の召喚獣。いつものように、ネズミの雪さんが地表を、サカナのシノさんが空中を、索敵しながら先導していく。
「前々から思ってたけど、ランダのそれ、反則だよな。」
「うふふ。褒め言葉と受け取っておきます、マイヤさん。」
出発前に冒険者ギルドで聞いたところによると、どうやらこの辺りは、昆虫型の魔物が多いようだ。
その中でもいくつかの魔物については討伐依頼を受けている。
あのスイーツ店で心置きなく注文できるくらいには、懐を温めておきたい。
「チチ。チチ。」
「右前方に2体。おそらく、蟷螂型魔獣です。」
「依頼書に乗ってた奴っすね。アルマは左から、鎌を傷つけないように頼むっすよ。」
「了解!」
『おっしゃ、アレやるぞ馬鹿娘。シャムス、先に飛び出すなよ。』
「了解っす。」
アルマとシャムスが左右に分かれ、魔物に近づいて行く。
しばらく進むと、2匹の魔獣の姿が木々の合間に現れる。人間の大人ほどもありそうな大きさに、アルマが眉をしかめる。
「うげえ、おっきい虫とか・・・。」
『田舎の村出身なら、虫なんぞいくらでもいただろうが。それより、もう少し移動だ。どうせなら二匹同時に狙うぞ。』
「マルテちゃん、今日は妙に張り切ってるねー。」
小声で話しつつもアルマはさらに回り込み、2体が重なる位置を探す。
「ここからいけそう。」
『ようし。威力がわからんから、あまり下は狙うなよ。ついでにシャムスまでぶち抜いたらシャレにならねえからな。』
「そこまでの威力はないと思うけど、了解。それじゃあいくよ。ぴかぴかどんどん、ぴかぴか」
『どーん!』
その瞬間、マルテの刃先から撃ちだされた光の刃が飛び出す。その威力は強烈で、一体目の蟷螂の胸部を切り裂き、さらに2体目の胸部にも傷をつけて霧散した。
『くっそ、まとめてはムリか!』
「上等っすよ!」
魔物の背後から飛び出たシャムスが、即座に蟷螂の首を断ち切る。
「わはー!マルテちゃんすごい!シャムスちゃんもお見事―!」
「おいおい、すげえな。」
「甲殻を持つ魔物には雪さんもシノさんも有効な攻撃手段がありませんから助かりますが・・・」
その後も、アルマとマルテの快進撃は続く。
「マルテちゃん絶好調だね!」
『ぶはははは!おい馬鹿娘、次は属性付与をやるぞ。お前の光属性であたしを覆うイメージだ。』
「おお、すごそう。」
『呪文はおまえが「ぴかぴかどんどん、ぴかぴか」つったら、あたしが「しゃきーん」だ』
「え!あたし一緒なんだけど!」
『お前は物覚えが悪いからそれでいいだろ。』
マルテはこれまで、音を使った攪乱や連携のサポート、アルマの指導などは行ってきた。
音を使うというアルマの提案で、できることは格段に増えた。
しかしそれも、あくまでサポートでしかない。
だが今は、アルマから受け取った魔力を魔法に変換するという形で直接戦闘の役に立つことができる。それはマルテにとって新鮮であり、何よりも嬉しかったのだろう。
誰の目から見てもはっきりとわかるほどのマルテの浮かれようを見て、しかし、アルマはもとより他のメンバーも諫めることはしない。
戦闘には直接役に立てないことをマルテ自身がいかに心苦しく思っていたのか、今の浮かれようを見て気付かされてしまったからだ。
その後も、アルマとマルテが中心となって魔物を狩りつつ、一行は最初の目的地をめざす。
今日中に目的地にたどり着くため、昼食は移動しながら携行食をかじるだけの強行軍だ。
と、突然、何者かが魔物に襲われるような音が聞こえてきた。雪さんとシノさんが同時に魔物の存在を知らせる。
「前方に魔物8。おそらく小鬼です。」
「誰かが襲われてる?アルマ、いくっすよ!」
「了解!」
シャムスとアルマが一気に駆け出す。足元の悪い森の中でもまったく速度の衰えないシャムスを必死で追いかけるアルマ。
木々の間を縫うように抜けていくと、斜面のやや先で小鬼の群れが真っ白な仔鹿をいたぶっているのが見えた。
仔鹿はどうやら足をケガしているようで、うまく逃げられないようだ。
まわりを囲む小鬼が手に持つ古びた剣や槍でジワジワとなぶるように、仔鹿に傷を与えていく。
「アルマいくっすよ!」
『馬鹿娘、属性付与だ!』
「了解!ぴかぴかどんどん、ぴかぴか」
『しゃきーん!』
瞬間、マルテが光を放つ。
シャムスとアルマは斜面を一気に駆け下りると、その勢いのまま小鬼に飛びかかる。共に1体を仕留め、さらに仔鹿から引き離すように群れをばらけさせる。
「とりゃあ!」
アルマが横なぎに振るった槍を小鬼がボロボロの鉄剣で防ごうとするが、光を帯びたマルテはその剣ごと小鬼を断ち切ってしまう。
どうやら属性付与により、マルテの切れ味が増しているようだ。
「マルテちゃん切れてる!」
『キレてねえよ!』
「いやそっちの意味じゃなくて」
『どっちでもいいから止まんな馬鹿!』
「やっぱキレてる!」
そんな会話をしている間にシャムスは投斧を使って2体を仕留め、さらに次の1体に襲い掛かっていた。
残った一体は恐れをなしたのか、すでに及び腰だ。
アルマはその小鬼に横から飛びかかると、一突きで心臓を突き刺した。
「あっけなかったっすね。」
「そうだ、さっきの鹿さんは?」
振り返ると、襲われていた仔鹿はその場で倒れていた。
小鬼たちをバラけさせる際にぶつかって倒されたのだろう。だが足をケガしているため、うまく立ち上がることができないようだ。体もところどころに刺し傷があるのがわかる。
「もう怖くないよ。ほら、怖くないからね。」
「ピャ!ピャ!」
仔鹿は警戒しているようだ。
と、後ろからランダとマイヤがやってきた。
「おお、お前らケガはねえか?」
「マイヤさん、この子に治療をお願いします!」
「これは・・・霊獣ですね。」
「おいおい、まじか、ランダ。」
「雪さんやシノさんと同じような、いえ、それよりも強い力を感じます。神獣と言った方が良いかもしれません。」
「そ、そんなのに手を出していいのか?」
「治した瞬間に神罰が下るとかないっすよね?」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!早く!」
「あ、ああわかった。ゆうり、ゆうら、ゆらゆらと揮え。その根源たる力は癒。癒楽なる命の水よ。沸き出でて傷を癒せ。」
マイヤの生み出した魔法の水が仔鹿の体をやさしく包む。
体に傷がみるみる癒えていく。と、すべての傷が癒えた仔鹿は立ち上がると、そろそろとアルマに近づき、その頭をぐりぐりとアルマにこすり付けてきた。
「あらまあ、アルマさん、懐かれちゃいましたね。」
「・・・今度は神獣っすか。」
「さすがだなワクワク担当。」
「え?なんで生温かい目?てか可愛いよこの子!」
意外と人懐こい仔鹿を全員が愛でた後、改めて移動を開始。
仔鹿はそこで離れるかと思いきや、とてとてとアルマの後ろをついてきた。
魔物との戦闘になれば怯えて逃げるのかと思いきや、その素振りもない。
「なんだかずいぶんと人慣れしてるっすね。」
「もしかしたら、どこかの村で祀られていた神さまなのかもしれませんね。」
「まじか。それに懐かれるアルマってなんなんだ?」
「あー、アルマってチャネルがガバガバらしいっすよ。まあなんていうか・・・神殺しっすね。」
「そうね、神殺しね。」
「言い方!せめて神泣かせにして!」
そんな会話を挟みつつ、ついに一行は本日の目的地に到着する。
「たぶん・・・これだよね?ジョーガサキさんが知らせてきたのって。」
「よくこんな場所知ってたっすね。」
「まさか・・・こうきましたか。」
「いいじゃねえかこれ!最高だろ?」
急峻な岩場の上。やや拓けたその場所には、湯気をたたえる水場があった。
温泉である。
お読みいただきありがとうございます!
描く場面が複数になると、順番とかいろいろ考えちゃいますね。
時系列通りでなくってややこしいかもしれませんがご勘弁を!
ブックマーク&評価いただけると嬉しいです!もっともっと頑張ります。