4-8 トグゥルの村
溪谷の途中。わずかに開けた場所で、この日最初の休憩となった。
「それじゃ行くよ!ぴかぴかどんどん、ぴかぴか」
『どーん!』
マルテの刃先から飛び出た光の刃が、すぐ近くにあった岩の表面を切り裂く。真っ二つとはいかないが、それでもかなりの威力があることがわかる。
「見た今の?すごいでしょ!」
アルマが得意げに振り返る。呪文を唱える恥ずかしさよりも、エルフ魔法を覚えたことを伝えたい気持ちが勝って、お披露目となったのだ。
それを見たランダとシャムス、そしてカリムの反応は。
「た、確かにすごいですね。すごいですけど。」
「まずその呪文のセンスがすごいっす・・・。」
「いやいや。しかしこれはたいしたものですよ。どういう魔法なのかさっぱりわかりませんが、発動の速さも威力も申し分ありません。」
「そうですか?そうですよね!わはーい!」
シャムスとランダからはやや引き気味に、けれどカリムからは手放しでほめられてアルマはご満悦だ。
「アルマだけずるいっす。あたしにも教えるっすよマイヤ。」
「おお!いいぜ。特訓してやるよ!」
「ははは、シャムスさんも魔法を習得中でしたか。人族の使う魔導書であれば、言ってくだされば格安でご用意しますよ?」
「え?ほんとっすか?」
「はい。もちろん。」
思いがけないカリムの申し出にシャムスはしばし考える。だが。
「すごくありがたいっすけど、もう少しエルフ魔法を練習してみるっす。それでムリだったら、またお願いしたいっす。」
「ははは、わかりました。いつでもお声がけください。」
どうやらアルマがエルフ魔法を習得したことで、シャムスの対抗心に火がついたようだ。
その後一行は昼休憩を挟みつつ渓谷を抜け、夕刻前にこの日の目的地であるトグゥルの村へと到着した。
村に入った一行は、馬車のまま村長宅へと向かう。
馬車に積んだ荷物の一部はこの村で下ろし、代わりに村でつくられた工芸品などを積みいれる。
アルマ達も積み替え作業を手伝った。
作業を終えた後は、そのまま村長宅で歓迎の宴が開かれた。
決して豪勢とは言えないが、工夫を凝らした料理がいくつも並ぶ。
どうやらカリムの商隊はずいぶんと歓迎されているようだ。
「たいした特産品もないこの村では、農閑期にわざわざ立ち寄って下さる商隊も少ないですからな。カリムさんには本当に良くしていただいてるんです。」
村長はそう言って感謝の意を示した。
こうした物資の安定供給も、裏商人の業務の一部という事なのだろうとアルマたちは理解する。
「ところで村長。我々はこのままオーゼイユの町に向かうのですが、最近なにか変わったことはありますかな?」
「そうですな。恒例の競売会が近いということもあって、周辺都市から集まる商隊も増えてますからなあ。」
「そのようですね。」
「競売会があるんですか?」
ランダの質問にカリムが答える。
「そういえば、ランダさん達はオーゼイユは初めてでしたね。あの町では毎年大きな競売会が開かれるんです。」
「そうなんですね、知りませんでした。」
「まあ金持ち相手のものなので、ご存じなくてもおかしくはありません。ああ、でも、競売会に合わせて臨時の市場も開放されますよ。まあ、お祭りみたいなものですがね。」
「わあ!お祭りがあるんですね!」アルマが食いつく。
「各地の特産品や珍しい調味料なんかもありますし、魔道具、武器もあります。露店もたくさん出ますから、急がないのであればのぞかれるといいですよ。」
「楽しそう!行ってみようよ!」
他のメンバーに異存はないようだ。オーゼイユでの予定が1つ決まった。
と、そこで村長がひとつの噂話を思い出す。
「そういえば、最近ちょっと変わった野盗が出るっちゅう話はありましたなあ。」
「変わった野盗ですか?」カリムが目を細める。
「はい。商人の馬車を狙って襲ってくるんですがね。荷物の一部を奪われたっちゅう商人もいるにはいるんですが、何も奪わない場合もあるそうなんで。」
「ふむ。何か目的の品物があるということですかね?」
「どうでしょうなあ。ただ奪われたモノもバラバラで、どうも目的がようわからんのだと言うとりました。」
「ふうむ。」
「オーゼイユの町の近くは警備もしっかりしてますが、そこまではどうぞご注意ください。」
「ありがとう村長。気を付けます。」
その話を最後に、宴はお開きとなった。
アルマたちはそのまま村長宅に泊めてもらえるらしい。
商品を積んだ馬車があるのだが、長年つきあいのある村だからと夜番も免除となった。
慣れない馬車での移動で腰や尻に痛みを感じていたアルマたちは、ありがたく好意に甘えることにした。
わずか一日であっても野営の後は、風呂や布団のある環境は心底うれしいものだ。
ちなみにシャヒダは、「ちょっと一杯いってくるにゃ」と言って村で唯一の飲み屋にでかけていった。
そして、翌朝。
アルマ達はいつものように朝稽古を行った。結局夜の間は戻ってこなかったシャヒダもやってきて稽古に参加する。
アルマとランダはシャヒダが指導。シャムスはマイヤの指導でエルフ魔法の特訓だ。
その後は、村長宅で朝食をごちそうになり、カリムに同行する形で村を散歩した。
カリムのことは村の誰もが知っているようで、気軽に話しかけてくる。
その一人ひとりと話しをしながら、カリムは村で不足しているものや周辺地域の情報などを聞きだしていく。
なるほど、こうやって情報を集めているのか。
アルマたちは、小さな村でもおろそかにしないカリムの姿勢に感心しつつ、冒険者として、情報を集める姿勢を彼に学んだ。
散歩を兼ねた情報収集を終えた一行は、再びオーゼイユを目指して出発した。
わずか一泊だけの慌ただしい移動だったので村人とはほとんど交流できなかった。
だけど、長閑で落ち着く村だなとアルマは感じていた。生まれ育った村のことを少しだけ思い出した。
オーゼイユの帰りにでも、また寄らせてもらおうかな。
そんなことを考えながら、アルマは見送りに出てきた村人たちに笑顔で手を振った。
街道は再び丘陵地帯に差し掛かり、周囲の景色には木々の割合が増えていく。
魔物の襲撃は散発的にあったが、特に苦労することもなく撃退し、馬車は順調に街道を進む。
だが、小高く拓けた場所に出たところで問題が発生した。
「前方で商人の馬車が野盗に襲われています!敵の数は10!」
停車した前の馬車でランダが叫ぶ。
「アルマ、マイヤ、ランダは周辺を警戒。シャムス来い!」
シャヒダが普段とは別人のような声で叫ぶと、馬車を降り矢のように走り出す。
慌ててシャムスが追いかけ、さらにサカナのシノさんが追従する。
だが、シャヒダ達が現場に到着したときには、すでに交戦状態になっていた。
どうやら護衛側は劣勢のようで、すでに2人が倒されている。
「加勢する!野盗ども手を引け!」
シャヒダが声を上げ、野盗の意識をこちらに向けさせる。
下手に対峙する間をつくれば、倒されている護衛や商人を人質にとられる可能性もある。
シャヒダはその間を与えず戦闘に突入する。
攪乱が目的。シャムスはそう理解し、シャムスにならう。
だが、野盗の集団は手練れだった。
金級冒険者であるシャヒダとの力量の差は大きいが、うまく連携して決定的な状況をつくらせない。
全員が顔を隠しているのでわからないが、おそらく獣人の集団だろう。動きがすばやい。
そして敵わないと見るや、頭目らしき男が「退け!」と声を掛け、即座に撤退の姿勢を見せる。
「逃がさないっすよ!」
シャムスが野盗の一人に斧を振り上げて飛びかかる。
野盗の中でも一際小柄。おそらく少年だろう。野盗の少年はシャムスの斧を手に持つ盾で防ぐ。近い距離で、シャムスはわずかに見える相手の目を睨む。やはりまだ若い。
と、突然少年の体から感じる圧が膨らみ、シャムスは盾で弾き飛ばされた。
弾き飛ばされてなお姿勢を崩すことなく少年と対峙するシャムス。だが、シャムスはそこで違和感を感じた。
「お前、もしかして狐人族っすか?」
ピクリと、野盗の少年が反応する。
だが何も答えず、警戒の姿勢を崩さないままシャムスと距離を置き。
野盗の集団はそのまま木々の間に姿を消した。
お読みいただきありがとうございます!
少しずつ、物語が進み始めました。
週末はお休みの予定ですが、よろしければブックマーク&評価いただけると嬉しいです!
頑張って書き溜めたいと思います!