4-6 タルガットとマルテ
月が中天を過ぎた頃。
シャヒダとアルマが夜番についた。
「マルテはうるさいから、テントに置いといていいにゃ」とのシャヒダの言葉を受けて、アルマは手ぶらだ。
渓谷を抜ける風は冷たく、二人は焚火の元へ急ぐ。
「でも、いいんですか?もし魔物が出たら・・・。」
「ランダの結界があるから多分寄ってこないにゃ。来たところで、この辺の魔物ならあたし一人で十分だにゃ。」
「え?じゃあ私は一体?」
「にゃはは。本来ならあたしが一人で、シャムスとアルマが組んだ方がいいんだけど。ちょっと話しがしたかったんだにゃ。」
「話しですか?」
「そう。タルガットさんと、マルテの過去について。」
「え?」
「本人がいないところで言うのはどうかと思うんだけど、アルマはパーティのリーダーでしょ。話しておいた方がいいってダリガが言うんだにゃ。」
「ダリガさんが・・・。」
そこでシャヒダは言葉を区切り、火に薪をくべる。
「まあ人の過去を他の人の口から聞くってのはあんまり気分のいいもんじゃないしにゃ。無理にとは言わない。どうするかにゃ。」
アルマはしばし考える。タルガットやマルテからしたら、きっと聞かれたくはないだろう。
だが、冒険者ギルドのサブマスターであるダリガがそれでもというのならば、聞いておくべきなのかもしれない。
借金をまとめるだけの便宜上とはいえリーダーなのだから。
「聞きます。教えてください。」
「そうかにゃ。じゃあ話すね。と言っても、ランダやシャムスがいるんだから、もうある程度は知ってる話だと思うんだけど。」
「ああ、やっぱりその話しなんですね。ランダちゃんとシャムスちゃんが住んでた村が魔物に襲われた件ですよね。おそらく、その時に二人を助けたのがタルガットさん、ですよね?」
「そう、正確にはタルガットさんが所属していたパーティ『双頭の鷲』のメンバーだにゃ。当時は実力派パーティとしてすっごく注目されてて、私も憧れたもんだにゃあ。」
「わあ、そうだったんですね!」
「その時のメンバーがタルガットさん、エリシュカさん、エリシュカさんの兄であるカレルヴォさん、あと虎人族でナジュマさん。」
「ほほう。」
「タルガットさんは当時すでに剣の腕は飛び抜けてたにゃ。カレルヴォさんもまた槍の達人。二人が揃って『双頭の鷲』というわけだにゃ。さらに、カレルヴォさんの操る槍は人の言葉を理解する不思議な槍で、当時は神器かとも言われてた。」
「え?」
「その槍の名は、マルテ。」
「マ、マルテちゃん?」
「そうだにゃ。だけど、さっき話した獣人村の襲撃事件で、カレルヴォさんとナジュマさんは亡くなった。」
「あ・・・」
当初、ランダ達の住んでいた村の住人は自分たちで魔物を退けることを考えていた。
だが魔物の数があまりに多く、戦士たちの一部が死傷するに至って、村は近隣の町の冒険者ギルドに助けを求めた。冒険者ギルドは即座に救援隊の編成を進めた。
そこで先発隊として名乗りを上げたのが「双頭の鷲」だったという。
しかし、時すでに遅く。
「双頭の鷲」が村に到着した時には、村は多くの魔物に襲撃されている最中だった。
「双頭の鷲」は即座に救援隊に報告を行うことにした。だが、そのまま放置することもできない。
そこでエリシュカが救援隊への報告に走り、タルガットとカレルヴォ、ナジュマは残って魔物と戦うことを選んだ。
しかし一際大きな狼の魔物との戦いの最中、カレルヴォとナジュマは致命的な傷を負ってしまう。
タルガットは一人、その狼を執拗に追いかけ、遂には打ち倒した。
さらにその過程で、2人の獣人の子どもを救出することにも成功したという。ランダとシャムスだろう。
そして、ようやく現地についた救援隊の働きで、魔物の群れは駆逐された。
問題が起きたのはその後だ。
カレルヴォとナジュマの遺体は救援隊の手によって回収されたのだが、遺体には刺し傷があったことから、タルガットが疑われることになった。
そこでなんと、タルガットは自分が殺したと自白した。
「タルガットさんがやったという証拠は、称号に現れていた。【味方殺し】というのがそれだにゃ。カレルヴォさんの実力に嫉妬したタルガットさんがやったのだろうとか、色々な噂がたった。本当のところはわからない。けどタルガットさんは何も語らなかったんだにゃ。」
タルガットが自白している以上、更なる追及も難しい。何より当人が具体的なことを語ろうとしないのだから。
だが、タルガットの性格上、意味なく二人を殺したとも思えない。
冒険者ギルドは結局、魔物討伐の功績を持って、カレルヴォとナジュマ殺害の疑惑については不問とする決定を下した。
だが、それ以来、タルガットはソロで活動するようになり、当時の恋人エリシュカとも別れることとなった。
そして槍マルテは、さまざまな持ち主の手を転々とすることとなった。
タルガットにとってはかけがえのない親友の形見。
しかしマルテにしてみればタルガットは、自分の相棒を見捨てた男だ。ウマが合うはずもない。
一時期はマルテを手元に置いていたタルガットだが、ついには手放すことを決めた。自分が持っていてもマルテを使ってやることはできないという思いもあっただろう。
マルテは荒れた。
カレルヴォが所持していた時からすでに苛烈だった性格はさらに激しいものへと変貌し、ついには呪いの槍として武器屋の片隅に放置されてなお、治まることはなかった。
「そんなことが・・・。」
「まあ、できるだけ客観的に話したつもりだけど、あくまで第三者の話だからにゃ。全部信じる必要はないけど、それに近いことがあったってことだけ、覚えといて欲しいんだにゃ。」
「・・・ぶ・・・」
「ぶ?」
「ぶわああ!マルテちゃんもタルガットさんも、辛すぎるよおおお!」
「え?ちょ、ア、アルマ落ち着くにゃ。よ、夜中だから静かに。静かに!」
「ぶああああ!」
「ちょ、はな、鼻でてる。鼻でてる!にゃああ!」
その後、アルマが泣きやむまでは、かなりの時間を要した。
ようやく落ち着いた頃にはシャヒダの服は袖口辺りがガビガビになっていて、シャヒダの目からは光が失われていた。
「お・・・落ち着いたかにゃ?」
「ううう・・・す、すびばせん。」
「き、気にすることはないにゃ。でもちょっと離れてもらえると嬉しいにゃ。」
シャヒダが半ば引きはがすようにして距離を置く。魔獣の毛を使って編んだ特注の防護服だが、これはもうダメかもしれない。
「・・・すびばせん、落ち着きました。でも、なんでこの話を私に?」
「んにゃ?まあ、ランダやシャムスがいるからってのもあるけど、一番はタルガットさんのためだにゃ。」
「え?どういうことですか?」
「さっきはああいう言い方をしたけど、当時のタルガットさんを知ってる者はみんな、タルガットさんが仲間を殺すような真似をするわけがないって思ってる。きっと、やむを得ない理由があったんだって。」
「それは、私もそう思います。」
「でもタルガットさんは、いまだに自分を責めているみたいで。正直見ていられないんだにゃ。」
「でも・・・私にはどうすればいいか・・・」
「何もすることはないにゃ。」
「え?」
「アルマは、マルテの心を解きほぐした。あの当時のマルテの荒れようは、それはもうひどかったからにゃあ。あの時のマルテを知ってる人間は、アルマとマルテの会話を目を丸くして見てるって知ってるかにゃ?」
「え?そ、そうなんですか。」
「そうなんだにゃ。それどころか、マルテを使うアルマを、あのタルガットさんが指導してるなんて。もう、信じられないことなんだにゃ。」
「・・・そっか。」
「タルガットさんとマルテの関係がよくなれば、タルガットさんももう少し前を向けるかもしれない。んにゃ、もう前を向き始めたってことなのかもしれない。ただそのことを、アルマにはきちんと話しておいた方がいいとダリガは思ったんだにゃ。」
「・・・そっか。」
思えば、本当に私は名前だけのリーダーだ。アルマは思う。
タルガットのことも、エリシュカのことも、シャムス、ランダ、マイヤのことも、そしてマルテのことも、何にもわかってなかった。
これからは、もっとしっかりしよう。もっとリーダーとして、キチンと向かい合おう。
「けどうちは、やっぱりアルマには話すべきではなかったと思ってるにゃ。」
「え!なんでですか?」
「だってアルマ、今の話聞いて、なんとかしようと思ったでしょ?」
「お、思いましたけど。」
「アルマがやる気になると、ろくなことにならない気がするにゃ。」
「え!素で言われた!ひどい!」
「にゃはは。人間関係なんてなんとかしようとしたってどうにもならないんだから、ほっといたらいいにゃ。アルマは余計な気をまわさず、素のままでいるのが一番だにゃ。」
「ううう。それはそうかもしれませんけど・・・。」
「ただ、うちらがそう思っているって知ってくれてたらいいんだにゃ。なんかあったら相談にくらいのるにゃ。」
「ありがたいですけど・・・。」
「けど、なにかにゃ?」
「極度の人見知りのシャヒダさんに、人間関係のことで相談するのはちょっと・・・。」
「・・・・・・グサッとくるにゃ。」
その後はシャヒダが落ち込んだり、アルマがまた泣き出したり。笑ったり、怒ったり。
そんな感じでアルマたちは夜番を終え、シャムスと交代した。
真っ暗な天幕の中。布団代わりのマントにくるまり、アルマはこれまでのことを考えていた。
今から思えば、ジョーガサキはマルテの過去を知っていて、アルマにマルテを託したのかもしれない。
アルマがマルテを持っていなかったら、タルガットはパーティを組もうと言ってくれなかったかもしれない。
アルマがタルガットと組んでいなかったら、シャムスやランダ、エリシュカ、マイヤと出会えていなかったのかもしれない。
そしていま、奇跡のようにしてつながった縁は、ダリガやシャヒダにもつながりつつある。
縁というのは、なんとも不思議なものだ。
遠い昔の因縁が、それとは全く関係なく生きてきたアルマの日常を変えていく。
その因縁が、これからどんな未来を呼び込むのか。
それは楽しみでもあり、怖くもあり。
とにかく、一つだけわかっていることがある。
この先何があろうとも、この縁に感謝し、この縁を大切にしていこう。
そこまで考えて、アルマは暗闇のなか、そっと目を閉じた。
お読みいただきありがとうございます!
タルガットさんの過去について、ようやく明らかにすることができました。
特に出し惜しみしてたわけではないのですが、なんかタイミングを見いだせず。。。
と言っても、ほぼほぼ予想できたことかとは思いますが。
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自分でもびっくりするくらい、一喜一憂の毎日。
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