閑話 進め!迷宮開拓団
「今日からここが皆さんの職場となります。主な業務は防護柵の設置と素材の収集。防護柵の材料は周辺の倒木を活用してください。監督は、こちらのヘルッコさんにお願いしてありますのでわからないことがあれば彼にお聞きください。それではよろしくお願いします。」
平たい顔のギルド職員、ジョーガサキはそう言うと、巨大な牛に乗ってどこかにいってしまった。
クソ!なんでこうなった!
俺は心の中で毒づく。
きっかけは冒険者ギルドでの出来事。ちょっと新人くんに、冒険者の厳しさを教えてやろうとしただけだ。それをあのジョーガサキの野郎が止めやがった。
腹が立ったので、嫌がらせをしてやろうとわざわざ高い入会金を払ってセーキョーとかいうのに入ったまでは良かった。
セーキョーの売店の品ぞろえは意外に悪くなかったし、値段も安い。ナルミナのばばあが売子ってのは気に入らねえが、まあしばらくの辛抱だと思うことにした。
セーキョーのご意見箱に「黒雷蛇の皮を仕入れてほしい」と投書したのがケチのつき始め。
要望だけ出しといて、自分らで黒雷蛇を仕留めて採れなくしてやろう、てのがざっくりした計画だった。
黒雷蛇の狩りのついでに、エルフの小娘をハメたのがバレたのが運の尽き。
あれだって冒険者の厳しさを教えるつもりだっただけだ。その授業料として黒雷蛇の素材くらい安いもんだろうが。
だが相手が悪かった。ジョーガサキの野郎はまったく表情を変えることなく、淡々と、理屈だけで俺たちを徹底的に追い詰めやがった。
どこで調べたのか、俺たちが過去にやったイタズラやら、出身やら交友関係まで持ち出して、それはもう執拗に責められた。
最初に折れたのはハサドギ。泣きすぎて吐きやがった。
次に折れたのがウヴライ。赤子みたいに縮こまって震えてた。
さすがの俺も降参だった。たぶん一生、夢であいつに苦しめられそうな自信がある。
俺たちの心をきっちり折ったところでジョーガサキは、黒雷蛇を買い取れと要求してきやがった。
「この要望書の筆跡はウムートさんのものですよね?要望を出したんですから、当然買い取ってくれますよね?全部。」
「ぜ、全部って、そんな金ねえよ!」
「ではお貸ししましょう。足りない分は、労働で返していただきます。」
「ふ、ふざけんな!誰がそんな!」
「ウムートやめてくれ!もうこの人に逆らうのはやめてくれ!」
「なんでもするから!だからもう解放してくれ!」
「嫌ならいいんですよ、ウムートさん。もう少しじっくり話し合いましょう。」
「ひっ!や、やめろ。わかった!わかったから!」
俺たちは負けた。
もうとにかくあの場所から一刻も早く逃げ出したかった。
それで、結局引き受けることになったのだ。
この迷宮の村の開拓を。
1日目。
俺たちはだらだらと、作業を開始する。
俺の父親は田舎で杣人をやって生計を立てていた。俺も小せえ頃は手伝っていたから、枝打ちやらなんやらの流れは分かる。
1時間もしねえうちに腰が痛くなる。
くそ、こんなのやってられっかと思ったところで背後に気配を感じて振り返ると奴がいた。
「少しペースが遅いようですね。」
「ひっ!ジョジョジョ、ジョーガサキさん!」
「ウムートさんの能力なら、1.3倍の作業が可能なはずですが?」
「ちょ、ちょっと作業のコココ、コツを忘れちまって!もう大丈夫だ!もう思い出した!」
「そうですか。期待していますよ。」
そして、また音もなく去っていく。
くそ、なんだあいつは。あの目、絶対何人か殺してるだろ。
その後も何度かジョーガサキは現れた。決まって俺たちの作業が遅れ始めたタイミングに。
どっかで見てやがんのか?ふざけやがって。
食事はナルミナのばばあがつくってくれた。しばらくこの村に泊まり込みで作業をするらしい。ふざけやがって。
だけど、食事はうめえ。畜生、疲れ切った体に温かいスープが染みわたる。
一日中働き通しでとにかく疲れた。与えられた村人とやらの家で泥のように眠る。
2日目。
ふと目が覚めたらジョーガサキがいた。
「どわああ!なななな、なんだ!なんだ!俺の魂を食おうってのか!」
「魂は食べません。就業時間なので起きてください。」
「な!き、昨日あんだけ働かされたんだ。少しくらい休ませろよ!」
「ですが就業時間ですので。」
「ベッドが固くて疲れがとれねえんだよ!」
「なるほど、では改善します。とりあえず朝食を食べて作業に入ってください。」
「食欲がねえんだよっ・・・」
「そうですか。では朝食は私が・・・」
「ひっ!や、やめろ。大丈夫だ!だから食うな。俺を食わないでくれ!」
戦慄が走った。
あれは人じゃない。人の皮を被った別のナニカだ。
3人で慌てて飯を腹に詰め込んで作業に向かう。
体のあちこちが痛い。だが休むと奴が来る。
振り返ると奴がいるっ!
へとへとになって作業を終え、夕飯。
くっそ、今日もめちゃくちゃ飯がうめえ。
足を引きずって村人の家へ向かい、ベッドに倒れこむ。
なんじゃこの分厚い敷布は!めちゃくちゃ快適になってやがる!
3日目。
起きたらそこにはジョーガサキ。
「ひいいいっ!」
「就業時間です。」
「わ、わかった。わかったから食わないでくれ。あ、あと、これからは自分らで起きる。」
「いい心がけです。そのお気持ちを忘れないでくださいね。」
「ひっ!!」
わ、笑いやがった!あれは悪魔だ。
わかったぞ。くそう、俺たちは悪魔に捕らえられてたんだ。
「それと、少しでも疲れを癒していただくために風呂を用意するようにします。ご利用ください。」
アクを落としておいしくいただこうとしてやがる!
くっそ、冗談じゃねえぞ!
4日目。
ようやく作業に体が慣れてきた。
質のいい食事とベッド、しかも風呂付。
くっそ、メキメキ健康になっていきやがる。
完全な健康体になった時が俺たちの終わりか。
「何か不満はありますか?」
「こ、こんな道具じゃ作業に時間がかかってしょうがねえ。」
「わかりました。改善します。」
5日目。
ヘルッコのおっさんが新しい道具を用意してくれた。
腹立たしいことにすげえ使いやすい。
こんなの俺の親の道具より上等じゃねえか!
ちっ、サクサク作業が進んで気持ちいい。
「俺・・・なんかもうこのままでもいい気がしてきた。」
「何言ってんだハサドギ!それこそが奴の狙いだ。惑わされるな!」
「でもよ・・・早起きして、思いっきり体動かして、うまい飯食って、夜はぐっすり寝て。正直、快適なんだよぅ・・・」
「だから!それこそが奴の罠だろうが!魅了だ!魅了の魔法にかけられちまってんだよ!」
「本当にそうなのかなあ・・・。」
「ウグライ!お前だって見ただろう、あいつの目を!あいつの笑顔を!あれは人間にできる表情じゃねえ!あいつは悪魔だ!」
「そ、それはまあ。」
「ああ・・・思い出すだけで胃が・・・ううっ」
「だろ!こんなところにいつまでもいられねえ!今日だ。今日ここを抜け出すぞ。この町は出て、どっか誰も知らねえ町でやりなおすんだよ!」
「お、おお。」
そして俺たちは動き出す。
夕飯を食べ、風呂に入り、仮眠をし、体調はバッチリ。
魔物すら眠りこけるこの時間、いくらなんでもこの時間なら誰に見とがめられることもあるまい。
「行くぞ。」
「「おお・・・。」」
村を抜け、村はずれの森へ。
案の定、魔物も眠りこけてる。いける。俺たちは自由になるんだ!
だがなんだ、この不安は。
ヒタ・・・ヒタ・・・ヒタ・・・
「おい、ななな、なんだよこの音。」
「わ、わかんねえよぉ・・・」
「振り向くなよ。絶対振り向くなよ!」
ヒタ・・・ヒタ・・・ヒタ・・・
「せ、せえので振り返るか?」
「あ、ああ、わかった。」
「いくぞ・・・せえの!」
「ブモオオオオ!」
「牛だー!逃げろおおお!」
くそ、なんなんだよ!なんなんだよマジで。
崖を這うようによじ登り、俺たちは2階層の出口へ。
出れた!
必死で迷宮を抜け、町の入り口に。
やった、町に入った!俺たちは自由だ!
と、誰かが肩を叩く。
「ああん?なんだよってジョジョジョジョーガサキさん!!」
「こんな時間に。何の御用ですか?」
「ちょちょちょ、ちょっとい、息抜き、息抜きに!お酒でもってえええ!!」
「ああ、なるほど。確かに息抜きも必要でしょう。では、明日はお休みにしましょう。」
「へ!い、いいのかよ?」
「ええ、構いません。これからは3日仕事、1日休みとしましょう。では、私はこれで。」
そして、ジョーガサキはどこかへ消える。
俺たちはなんだかよくわからないまま、忌まわしい記憶を忘れるために、浴びるように酒を飲んだ。
飲んで。飲んで。飲んで。
そして翌朝。
いつも通り、早朝に目が覚めた。
「・・・あー・・・なんだ。迷宮の村、戻るか?」
「そうだな・・・あのベッドじゃねえと、ゆっくり眠れねえ。」
この時俺たちは気づいたんだ。
俺たちはとっくに、悪魔に魂を渡しちまってたってことに。
お読みいただきありがとうございます!
今日はこの作品史上、最高のプレビュー数です!!
・・・と思ったら、昨日2話投稿していたから、2話分ってことなのかな?(´・ω・`)
でもまあ、うれしかったからいいのです!
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