3-20 答え合わせと、蛇足のような結末と
ジナイダたち迷宮の亡霊が消えた日から、迷宮は完全に出入り禁止となった。
迷宮はその間、不規則に振動を繰り返し、成長を続けた。
完全に成長の終わりが確認されたのは5日後だった。
そして、さらにその3日後。
エリシュカの店には、冒険者ギルドのサブマスター、ダリガの姿があった。
店じまいの時間に合わせて突然訪れ、酒に付き合えと言い出したのだ。
だが本当の理由は、今回の一連の騒動でわからないことがいまだに多くあり、その答えを求めたからだった。
ジョーガサキ本人に聞けば良いのだが、ジョーガサキはここ数日ずっと機嫌が悪く、取りつくしまがない。
「全部、偶然だっただと?」
「そう、ぜ~んぶ。あの空き家が犯罪者の巣窟だったのも、下水溝の地下にあんな抜け道ができていたことも、ジョーガサキ君は知っていたわけじゃない。ただ、可能性としてあるかもしれないと思っていただけなんだよ~。」
「可能性でも、なぜそこに辿り着くのかがわからん!」
「きっかけは、ネズミよ~。」
「ネズミ?」
町の下水溝に巣食う魔鼠の活動が活発になっていることは、ダリガも報告を受けていた。
新人職員のルスラナが、エリシュカに殺鼠剤の大量注文をかけていたことも。
「それがどうした?鼠の異常発生など、数年おきにあるぞ?」
「そうね~。でも、つい最近、殺鼠剤を大量に設置したばかりだとしたら?」
ジョーガサキは、生協の指名依頼として、アルマ・フォノンに殺鼠剤の設置を依頼していた。
アルマの性格上、手を抜いたとは考えられない。
にも関わらず魔鼠が増えているのであれば、何か原因があるはずだ。
「そこに、迷宮で異変って話が出た・・・」
「ジョーガサキ君は、迷宮の異変と、ネズミの異常発生にはつながりつつあるんじゃないかって考えた。でも、それにしてはネズミの動きがおかしい。あふれて町に出るわけでもなく、狂暴化するわけでもない。そこで彼は、逆を考えてみた。」
「逆?」
「迷宮が成長する影響でネズミが異常発生したんじゃない。誰かが迷宮の成長を促していて、その影響でネズミが逃げ出した。」
「それで犯罪者組織か・・・。」
迷宮の糧となるのは人や魔物の血肉。ひと目のつかないところでそんなものを供給できるとしたら犯罪組織しかないだろう。
しかし、それも仮説でしかない。
「だから、あの人さらいの組織が見つかったのは偶然なんだよね~。」
「あの場所がわかったのはどうしてだ?」
「それは簡単。アルマ達が見つけた2階層の新しい通路。それを実際の地図に当てはめるだけ~。」
「し、しかし、迷宮の中では広さも距離も変わるんだぞ。」
「そう。だから誰も考えない。でも、距離が変わったってゼロになるわけではないでしょ~?」
さらにジョーガサキは以前、住居を探して複数の不動産屋を利用したことがある。その際に100軒近くの空き家を実際に見学してもいる。
そのためジョーガサキは、ラスゴーの町の空き家事情もほとんど頭に入っているのだ。
犯罪者組織がいれば一石二鳥。いなかったら、迷宮と繋がりつつある場所を特定し、防衛する準備をするだけのこと。
今回はたまたま、犯罪者組織にあたってしまっただけだったのだ。
「・・・まあ話はわかった。だが!それならなんであいつはあんなに不機嫌なんだよ!たまたまだろうがなんだろうが、可能性に気付いたのはあいつだ!犯罪者組織は壊滅したし、迷宮の騒動も収まっただろうが!」
「結果を見ればそうだけどさ~、ジョーガサキ君からしたら、今回は大失敗だったんだろうね~。」
「だから、何がだよ!」
「地下で、逃げられた男がいたでしょ~?あの男は人買いじゃない。最初から、迷宮を成長させることを狙ってたのよ~。」
「は?なんで?」
「さあ。実は私も詳しくは知らないんだよね。たまたま以前、その組織の人間にあったことがあるだけでね~。でもジョーガサキくんは知らなかった。」
「それがなんで失敗になる?私だって知らないぞ、そんな組織。」
迷宮が人為的に成長させられているとしても、それは意図的なものではなく、何かの犯罪行為に付随する結果だとジョーガサキは考えていた。
犯罪組織であれば秘密の通路を作ることもあるだろう。それがたまたま迷宮に近ければ、そして、たとえば流血沙汰などが起これば、それが迷宮に影響を与えることもあるかもしれないと。
「普通はそう思うだろ。迷宮を育てて何のメリットがある?」
「ん~、他国の工作とか?まあ可能性だけで考えるなら、色々思いつくわよね~。でも冒険者ギルドはその可能性を考慮せず、冒険者たちに迷宮の異変を大々的に告知してしまった。」
「あ・・・。」
冒険者ギルドが異変を察知し、原因究明に乗り出した。その結果、悪意を持って迷宮の異変を起こそうとしていた者は、その計画を早めなければならなくなった。
それが、ジョーガサキのミスだ。
「本当だったら、迷宮が成長期に入るのはもっと先のはずだったと思うんだよね~。そうであれば、ジョーガサキくんはもっとしっかり準備ができた。自力で迷宮の真名に辿り着けたかもしれない。真名を知れば、あの村人たちを犠牲にせずに済んだかもしれない。てね。」
ダリガはそこまで聞いて、うつむいて考え込んでしまう。
あまりにも長い時間考え込んでいるので、もしかしたら泣いてるのだろうかとエリシュカは思った。
だがダリガは、コップに残っていた酒を一気にあおると、それをテーブルに叩きつけて言った。
「ふっざけんな!なんだあいつは!神にでもなったつもりか!迷宮の異変の裏に人間の工作があったことに気付いたのはあいつだけだろうが!迷宮の騒動を死傷者ゼロで収めたのも、亡霊の親族を探し出したのもあいつだ!迷宮の成長が止まったのもあいつのスキルだろうが!誇れよ!なんで偉そうに反省してんだよ!」
「・・・それ、ほめてんの?けなしてんの?」
「怒ってんだよ!くそっ!ああもう!やっぱりあいつは気に入らん!」
「まあ、あんたの気持ちもわかるけど~。今回は亡霊さんたちのこともあったし。そういうのは、彼の流儀ではないんでしょうね~」
「だから!それだって、あいつが全部背負う事じゃねえだろ!むしろ流血沙汰を避けろって言われてたのに守れなかったあたしを責めろよ!」
「あれはまあ、私も同罪だけど~。でもあれは誰が行ってもムリだったよ~。オーガは倒される前提だったからね~。」
ダリガとエリシュカは地下でオーガに襲われ、討伐した。だが、オーガを倒させること、そしてその血肉を迷宮のエサにすること自体が、あの謎の男の計画だった。
結果、迷宮は成長を早めてしまったのだ。
「そうだろう!誰がそんなこと事前に想像できる?それをあのバカ、くっそ、今からあいつん家押しかけてぶん殴ってやろうか。」
「うふふ~。あんたにしろ、ルスラナにしろ、ジョーガサキくんには女難の相でも出てるのかしらね~。」
「ふん、自業自得だ。」
「殺鼠剤は、注文通り全部納品でいいのよね~?」
「ルスラナがそれでいいって言ってんだ。好きにさせるさ。」
迷宮騒動が収まったことで、殺鼠剤はそれほど必要ではなくなる。
ジョーガサキはそれを事前に予想し、エリシュカに空き家の情報を伝えることで間接的に殺鼠剤の製作を止めていた。
だがそれは、新人職員ルスラナのプライドを傷つけたらしく、当人がすべて自腹で買い取るので注文通り納品しろと言いだしたのだ。
「私が勝手に発注したのだから私が責任を取ります。ジョーガサキさんの情けなど不要です!」
とは、当人の弁。
その時の様子を思い出し、そして目の前で飲んだくれるダリガを見て、エリシュカはくすりと笑う。
どうやらジョーガサキくんは、まだまだこれからも苦労しそうだわ。
「それはそうと、あんたちゃっかりマスターと共闘なんかしてたけど~?何か進展はあったのかしら~?」
「な!ななな、何を言ってる!私は別に、そんな邪なことは考えてないぞ!」
「へえ~、それにしては楽しそうだったけど~?」
「そそそそんなわけあるか!そ、それよりお前こそ、とっとと冒険者にもどってタルガットとよりを戻せばいいだろうが!お前らなら、今すぐにでも金級になれるってのに、何のんびり道具屋なんかやってんだ!」
「私はいいの~。もう、待つって決めたんだから。タルガットの、心の整理がつくのをさ~。」
エリシュカはダリガの反撃を予想していたのか、軽くいなしながら酒を注ぎ足す。
「ったく、あいつはいつまでも昔のことを引きずりやがって。今度ぶん殴っておく。」
「うふふ~。それはお願いしようかな?でもさあ、今は冒険者より、教える方が楽しいから~。」
「ああ、セーキョーのメンバーか?」
「うん。タルガットもさ、あの子らと関わって、ちょっとは変わってくれるんじゃないかな~ってね?」
「・・・は!気の長いこった。だがまあ、危なっかしくって、目を離せないってのはわかる。ジョーガサキが目をつける訳だ。」
「見てて飽きないわよ~?」
「せいぜい見守って、父性なり母性なりに目覚めろ。そんでとっととくっつけ。」
「あんたもね~。」
「うるせえよ。じゃあ、あたしは行くわ。」
そこでダリガは、コップの酒を一気に呷り、立ち上がる。
「え?まだ仕事?」
「ああ、ジョーガサキがとんでもねえ宿題残しやがったからな。腹が立つが、今回ばかりは不甲斐ない上司として、尻拭いくらいはしてやるさ。」
「どうするの?」
「とりあえず迷宮に近い地下は完全に埋めて、封印を施す。迷宮側は、お前んとこの巫女さんが張ってくれた結界で様子見だな。後はもう知らん。」
「ええええ?それでいいの?」
「他にどうしようもねえだろ?こんなの前代未聞なんだからよ。とにかく報告書つくったら、後はもう放置だ。あ、迷宮の村はジョーガサキに再整備させるぞ。セーキョーの出張所っていう名目でな。それがまあ、今回のあいつの報酬だ。」
「それは・・・報酬なのか罰なのかわかんないわね~」
「報酬だろ。だがまあ、楽させるつもりはねえからな。迷宮をめちゃくちゃにしやがったんだから、それくらいは当然だ。」
「うふふ~。それはかわいそうに~。」
ジョーガサキのスキル【育種】による迷宮の成長。
それによって、2つの顕著な特徴が迷宮に現れた。
そのひとつは、深層部の増設。以前は全30層であったラスゴーの迷宮は、さらに深い階層ができた。それが果たしてどこまで続いているのかは、今後の調査次第だ。
そしてもうひとつは、定時制の導入。どういうわけか迷宮に出没する魔物は、活動する時間を厳守するようになったのだ。
かっきり朝の鐘から、夕刻の鐘まで。それ以外の時間はとっととねぐらに戻ってしまう。
冒険者が近づかなければ、襲ってくることもないらしい。
おそらくそれはジョーガサキの思想を強く反映したものであろう。
だがそんな迷宮は他に類を見ないため、おそらく今後は多くの研究者の研究対象とされる。必然的にジョーガサキ自身も注目されるだろう。
ジョーガサキの性格上、そんな研究に付き合うとは思えない。そこでクドラトとダリガは、今回の一連の騒動について、ジョーガサキの名前を伏せることを決めた。
不要な嘘を吐かなくてはならなくなったため、ダリガとクドラトの業務はさらに増すことになるのだが。
なんだかんだで、認められてるってことよね。
ついさきほど飲んだくれていたとは思えないほど、しっかりとした足取りで冒険者ギルドに向かうダリガの背中を見ながら、エリシュカは笑みをこぼした。
お読みいただきありがとうございます!
これにて、第3章は閉幕でございます。やっぱり最後まで、ラストをどうするかは悩みました。
皆様の目には、どう映ったことでしょう。
何か少しでも、皆様の心に残るものがあればいいのですが。。。
ともあれ、ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。
※誤字修正しました