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1-5 あの子の噂

アルマ・フォノンは町はずれの森を抜け、草原を走っていた。


なぜ、彼女は走るのか。

それは、本日の依頼を完了するのに思いがけず時間がかかってしまい、依頼主に指定された素材を届ける時間が差し迫っているためだ。


生活協同組合に加入して15日。この15日間、アルマはひたすらジョーガサキが持ち込む組合員指定依頼をこなしていた。

現時点での組合員はアルマ一人。必然的に、指定依頼はアルマがこなさなくてはならない。

それはもう、組合に入った時点である程度は覚悟していた。


(だけどこれは・・・ちょっと多すぎるかも!)


どうやらジョーガサキは、以前から町の住民に組合のメリットを喧伝し、根回しを済ませていたらしい。そしてアルマが組合に加入するやいなや、次々と指定依頼をとってきたのだ。


(どうやってもこなしきれないわけでもないってのが、またむかつく!)


どういうわけか、ジョーガサキはアルマの実力を的確に把握していた。

朝、冒険者ギルドでジョーガサキから依頼書を受け取り、依頼主から詳細を聞く。それがここ最近のアルマの習慣となっているのだが、渡される依頼書は日によって1枚だったり2枚だったりとまちまちだ。


しばらく依頼をこなすうちに、渡される依頼書の量はアルマの能力を考慮して振り分けているのだとわかってきた。

1日に1件なら1件。3件なら3件。全力でやれば、夕刻の鐘までに終わる。

しかもこなせない依頼は絶対にまわってこないのだから、本来ありがたいことだ。


だが裏を返せばそれは、決して手を抜けないということなのだ。


夕刻の鐘までに仕事を終えようと思ったら、全力でやらないと間に合わない。そして夕刻の鐘を過ぎてから報告に戻るとジョーガサキが不機嫌になる。不機嫌なジョーガサキは途轍もなく、めんどくさいのだ。


そして、問題はもう一つ。


彼女が走る少し先、生い茂った草が揺れ動く。

草むらから飛び出てきたのは針兎だ。攻撃力はさほど高くないが、全身の毛が針状になっているため斬撃が通りにくい。


「悪いけど、急いでるんだよね!」


針兎の登場を予測していたアルマは、走る速度を緩めることなく右手に持つ短槍を叩きつける。だがやはり斬撃は通りにくいため、針兎を仕留めるには至らない。

と、アルマの頭に声が響く。


『だっさ・・・』


そう。その声こそがもう一つの問題だった。

アルマは短槍をチラリと見て叫ぶ。


「う、うるさいな!こいつ切りにくいんだよ!」


短槍の名は、マルテ。ジョーガサキから与えられた、意思を持つ魔道具だ。


『切れねえのは刃筋を通さねえからって何度も言ってんだろ、技術が低いのをごまかして言い訳すんなクズ。』

「言い方!」


マルテは、あまりの扱いづらさから呪物認定を受け、武器屋で捨て値で売られていた槍だ。それをジョーガサキがさらに値下げ交渉して買い取った。

だがアルマは、そのねじくれた性格を受け入れていた。むしろ会話ができて嬉しいくらいに思っていた。


『口より手を動かせよ愚図、ほら来たぞ!』

「だから言い方!傷つくよ!」

『傷ついてる場合かよ、戦闘中に悠長な奴だな』

「マルテちゃんのせいでしょ!・・・と、せえの!」

『その名前で呼ぶんじゃねえっつってんだろ!』

「どわあ!」


反撃とばかりに飛びかかってきた針兎を小太刀で横なぎに払う。だが、マルテの剣幕に驚いて、刃先はぶれ、吹き飛ばすだけに終わってしまう。

そう。問題はアルマがマルテとの会話を受け入れすぎてしまうことにあった。集中が途切れ、どうしても戦闘が長くなってしまうのだ。


「マルテちゃん声でかいよ!」

『おい右から来るぞ!』

「え?」

『嘘だけどな。』

「ひどいよマルテちゃん!」

『ほら前』

「わあ、今度はホントだよ!」


苛立ちを乗せて両手に持ち替えた単槍を振り下ろす。その一撃が針兎の頭蓋骨を砕き、針兎は絶命する。


『わあすごーい。槍で骨砕いたよ。切ればいいのに。』

「・・・平常心平常心。」

『刃こぼれをおそれない勇気、感心するなあ!』

「え?・・・あああ!」

『嘘だ馬鹿娘。あたしがこれくらいで刃こぼれなんかするかよ。』

「マルテちゃんのばか!」

『その名前で呼ぶな!』

「マルテちゃんマルテちゃんマルテちゃん!」


ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、仕留めた針兎を回収する。


「と、とにかく依頼をおわらせないと!」


これ以上の借金を増やさないためにも、依頼は確実にこなさなければならない。

アルマは仕留めた針兎を背負子にしまうと、再び町に向かって走り始めた。


『血抜きもしないのかよ。野蛮人め。』

「しょうがないでしょ!時間がないんだよ!」

『くっさ!血なまぐさ!これが現代女性の嗜みかー、勉強になるなあ』

「う、うるさいな!後でちゃんとするわよ!」


意志を持つ小太刀の揶揄に反論しながら、アルマはひた走る。

めざすは町の中心よりやや北東側に位置する武器屋だ。


「すみません!依頼いただいていた品物をお届けにあがりましたー!」

「随分とまあ息を切らして。急いでくれたんだな。ありがとうよ。」

「こちらでお出ししてもいいですか?」

「ああ、確かめさせてもらうよ。」


店主の了解を得て、アルマは依頼された品物を背負子から出していく。


「カシュクシュの枝とサルガヤ、脂瓜の実と・・・はいよ、確かに受け取ったぜ。」

「それじゃあ、こちらにサインをお願いします!」

「はいよ。評価は優にしとくからな。まあそのなんだ・・・がんばれよ。」

「あ、ありがとうございます?」


なぜか励まされてしまい、アルマは首をかしげる。


「どうした?」

「いやあ、なんだか最近、依頼主の方に励まされることが多くて。私、そんなに頼りない感じに見えるんですかね?」

「ああ・・・いや、そりゃあ姉ちゃん、有名人だからなあ・・・。」

「え?有名人って、私が?」


店主の言う意味がわからず、アルマは傾げた首をさらに倒す。

店主は言いにくそうに、困った表情を浮かべて頬を掻く。


「いや、そのほら、姉ちゃんていうか、ジョーガサキさんがな。」

「ジョーガサキさん?」

「セーキョーだっけ?その宣伝でずいぶんとこの界隈の商店に出入りしてたからな。あの性格だろ。有名なんだよ。」

「ああ・・・・・。」


嫌そうな顔して理詰めで交渉を持ち掛けるジョーガサキの姿を思い浮かべながら、アルマは応える。


「あの人が有名なのはわかりますけど、でもそれが?」

「そのジョーガサキさん肝入りのセーキョーに入ったのはどんな奴なんだってな。姉ちゃん、注目されてんだよ。」

「え!そ、そうだったんですか・・・。」

「そんで、かわいい子なのに可哀想にって。なあ?」

「あ、あはは・・・」

「だけど、病むくらいなら、辞めちまえばいいんだぞ。言い辛かったら、俺たちからジョーガサキさんに言ってやっからよ。」

「え?」

「ん?」


今何か、衝撃的な発言があったような?


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください。病んでないです、私!」

「隠すこたあないさ。大声で見えない何かと話してるところ、あっちこっちで見られてるらしいじゃないか。」

「いやいやいやいや!それはこのマルテちゃ・・・槍のせいであって!てか、そんなことになってるんですか、私?一人で狂ったようにわめきながら戦う女と思われてるんですか?」

「あー・・・自分では気づいてないのか?現にここに来る道中も」

「だから!それはこの槍の!」

「あのジョーガサキさんに目ぇつけられてんだ。ストレス半端ないんだろ、可哀想に。」

「いや聞いて!」

「うんうん。何でも聞いてやるからな。ちゃんと相談するんだぞ。な!」

「え?あ、はい。」


思わずうなずくと、武器屋の店主は納得顔で店の奥に引っ込んでしまう。

なんということだ。自分の知らないところで、とんでもない評判が立っていたようだ。


アルマは衝撃を受けながらも、よろよろと歩きだす。

この数日間の依頼主たちの生温かい対応。あれはそういう意味だったのか。知らず知らずのうちに痛い子認定されていたなんて。


これはなんとかしなければ。このままでは日常生活に支障をきたす。だが、どうすればいいのか、対策が思いつかない。

と、そこで見知った顔を見つけた。アルマは藁をもつかむ思いで声をかける。


「タルガットさん!」


それは先日ギルド内であったタルガットであった。マルテを使うのをやめろと勧めてくれた人。こういう状況になることも、分かっていたのかもしれない。


「おお嬢ちゃん。どうした?」

「助けてください!」

「おおお?」

「ジョーガサキさんが!あ、いやマルテちゃんが!」

「落ち着け。えっと・・・ちょっとそこ入ろうか。飲み屋だけどいいよな?個室があるからよ。」


アルマはタルガットに連れられて、飲み屋の個室へと入る。とりあえず飲み物を注文。

給仕係がもってくるなり、アルマは一気に飲み干した。


「ちったぁ落ち着いたか?そんで、どうした?」

「ありがとうございます。えっとですね・・・。」


アルマはついさっき知ってしまった衝撃の事実を説明する。ジョーガサキのせいで、自分が思った以上に注目されていたこと。マルテのせいで、町の人から痛い子認定されてしまっていること。


タルガットはそれを、黙って聞いてくれた。

だが、次にタルガットから告げられたのは、さらに衝撃的な事実だった。


「そのことか。可哀想だけどなぁ、嬢ちゃん。そりゃ町の住人だけじゃねえ。冒険者たちの間でも噂になってるぞ。」

「・・・なんと!」

『あんだけ派手に騒いでりゃ、そうなるだろ。』

「マママ、マルテちゃん!もしかしてわざと?」

『その呼び方をやめろっつってんのにやめねえからだよ。』

「なんという・・・恐ろしい子!」


ぎゃあぎゃあと騒ぎだすアルマとマルテ。タルガットは目を細め、その様子を興味深そうにしばらく黙って見ていた。そして、あることを思いつき、口を開く。


「まあなんだ。嬢ちゃんがその槍を手放せば済む話なんだが。それは嫌なんだろ?」

「そ、それは・・・」

『ふん。手放せばいいだろ。こっちだってヘッポコ冒険者は願い下げだよ。』

「マルテちゃん言い方!」

『お前は呼び方!』

「やっぱり、だめです。この子は私の相棒にするって、もう決めたんです。ずっと一人だったんですよ。可哀想です!」

『な・・・』

「そうかぁ。そうすっと、あれだなぁ。しばらくは他の冒険者と一緒にパーティ組むとかかなぁ。」

「パーティ?」

「誰かが一緒にいりゃあ、一人でしゃべってるとは思われねえだろ?」

「なるほど!・・・あ、でも私あんまり知り合いは・・・」

「だろうな・・・。」

「どうしましょう?」


そう言って肩を落とすアルマにタルガットが提案する。


「そんじゃあ嬢ちゃん。しばらく俺と組んでみるかい?」


ブックマーク&評価いただきました!

うれしいです!ありがとうございます!


週末は投稿できるかわかりませんが、がんばります!

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