3-14 黒雷蛇
黒雷蛇は大人5人を縦に並べてもまだ余るような、巨大な蛇である。
その名前の由来ともなった黒光りする鱗は固く、中途半端な斬撃は弾いてしまう。そしてもう一つの名前の由来である雷の魔法を使ってくるため、遠距離から安全に狩るという方法も難しい。
そこで多くの冒険者は大型の魔物を餌にする。丸呑みしようとして黒雷蛇の口がふさがったタイミングを狙うのだ。
もちろんこの方法も危険だ。速すぎれば食事を中止して襲いかかってくるし、遅すぎると単に餌を与えただけになる。
だが今、マイヤ達はそんな用意すらなく、黒雷蛇に対峙する。
「それじゃあマイヤちゃん、囮役よろしくー。」
「え?き、聞いてないぞ!」
「共闘するって言っただろ?メインはお前に任せるっつってんだよ。喜べよ。」
「だはは。安心しろ。丸呑みされそうになったら俺たちが止めをさしてやる。死ぬことはねえからよ。体の半分くらいかじられるかもしれねえけどな。」
そこで初めて、マイヤは男たちの狙いを理解した。初めから、自分を囮とするつもりだったのだ。
悔しさに歯噛みする思いだが、共闘を承諾したのも、のこのこついてきたのも自分だ。まして、彼らに出会わなければここまで来ることもできなかったのだ。
仮に逃げ出しても、男たちに捕まって餌代わりにされるだろう。
やや離れたところでニヤニヤと笑う男たちを尻目に、マイヤは意を決して黒雷蛇に対峙する。
「聖援」
魔法防御力を高めるスキルを自分自身にかけ、マイヤは走り出す。だがその速度は、男たちの目から見ても遅い。手に持つ剣や盾が彼女には重過ぎるのだ。
男たちが声をあげて笑っているのが聞こえる。
黒雷蛇が雷の魔法を放つ。だがマイヤには、それを躱すスピードはない。聖援の効果を信じて、左手の盾で魔法を受ける。
「ぐぅうっ!」
盾で防いでなお体に伝わる衝撃。何度も受けるわけにはいかない。マイヤは左手の痛みをこらえ、さらに走る。そこへもう一度雷の矢が飛んでくる。さらに左手で受ける。
ほとんど捨て身ともいえる突進でなんとか黒雷蛇との距離を詰めたマイヤは、その勢いのまま渾身の力を込めて長剣を振りかぶる。
ガン!
手がしびれるほどの衝撃。だがその鱗には傷一つ付けられない。男たちがそれを見てさらに笑う。それを気にする余裕もない。黒雷蛇は忌々しそうに尻尾を鞭のようにしならせると、マイヤを横なぎに吹き飛ばそうと素早く尻尾をふるう。
「聖盾!」
とっさにスキルで盾を生み出して防ぐ。だが、聖盾ですら黒雷蛇の攻撃は防げなかった。
音を立てて聖盾は破壊され、そのままマイヤは吹き飛ばされてしまう。
「ぐあああっ!」
かろうじて左手の盾で直撃は防いだものの、その衝撃は想像していたよりはるかに大きい。すぐさま回復魔法をかけようとして。
「せ、聖盾!」
追い打ちで雷の矢を射ってきた黒雷蛇。その対処で回復をかける余裕がない。2発。3発。聖盾であれば3発までは雷の矢も防げる。だがそこまで。再び音を立てて破壊され、4発目の矢は左手の盾で防ぐしかない。
見る見るうちに、マイヤはボロボロになっていく。
それとともに、わずかに残されていた自信も損なわれていく。
魔物が相手なら。1対1なら戦える。そう思っていた自分の甘さに心底腹が立つ思いだった。
そんなマイヤの思いなど気にするそぶりもない黒雷蛇は攻撃の手を緩めない。
魔法での攻撃を続けながらマイヤに近づき、再びその尻尾を大きくふるう。
あっけなく吹き飛ばされたマイヤに、今度は大口をあけて飛びかかる黒雷蛇。
転げるようにその攻撃を何とか躱したところで、再び尻尾の一撃で吹き飛ばされる。
黒雷蛇は止めといわんばかりに、魔法の矢の準備を始める。
このまま私は、大した反撃もできずにやられてしまうのか。
やりきれない思いの中で、マイヤの目に、腰に差したワンドが映る。
それは、マイヤの魔法を底上げしてくれる武器。支援役として使うなら申し分のない武器だ。
自分は本当はどうなりたかったのか。
朦朧とし始めた意識の中でマイヤは考える。タルガットの様になりたいという思いは、たった一度、ちょっと死にかけたくらいであきらめるような安っぽい夢だったのか。
アルマは「肩を並べられる冒険者」と言っていた。ひとつでも、何かを任せられるようになりたいと。
あたしにできること。あたしにしかできないこと。それは。
ザクッ。
マイヤの手から離れた長剣が、地面に刺さる。
そしてマイヤは神官のワンドを手に取った。
「聖盾!」
生み出された聖盾は、ワンドの効果を受けて力強く雷の矢を弾いた。4発、5発。まだ耐えられる。
魔法が効かなくなったことに気づいた黒雷蛇は雷の矢を打つのをやめ、様子を伺う。
「ゆうり、ゆうら、ゆらゆらと揮え。その根源たる力は癒。癒楽なる命の水よ。沸き出でて傷を癒せ。」
その隙を見逃さず、マイヤは自らに回復魔法をかけると、左手の盾も外す。
できないことをできないと諦めることはしない。だけど、できることを封じる必要もない。だから今は、剣も盾もいらない!
様子が変わったマイヤに危険を感じたのか、黒雷蛇がジリジリと近寄ってくる。マイヤは一歩も動かず、それを待ち受ける。まだだ。まだ遠い。もっと寄ってこい。
黒雷蛇が雷の矢を射つ。
剣と盾を捨て身軽になったマイヤはそれを躱し、呪文を唱える。
「ゆうり、ゆうら。ゆらゆらと奮え。その根源たる力は嬌。嬌態なる命の水よ。踊れ、歌え、水弾となりて敵を弄せよ。」
エルフ魔法は己の感情をその力の根源とする。マイヤは負の感情を魔法に乗せるのが得意ではなく、そのため攻撃魔法の威力は弱い。だがそれでも構わず、マイヤは水弾を打ち続ける。
対する黒雷蛇は、最初こそ警戒したものの、魔法の威力が弱いことに気づくと更にマイヤとの距離を詰める。
そして。
マイヤと黒雷蛇は後10歩ほどというところで、対峙する。
じりじりと緊張感が高まる。
突然、黒雷蛇はその口を大きく裂き、一気に襲い掛かる。
その瞬間、マイヤもまた魔法を発動させる。
「ゆらゆらと奮え水の竜。どうどうと唸れ土の竜。その根源たる力は信。我が信念に従い、堅牢なる枷となれ。」
私にはこの魔物を倒すことはできない。でもワンドの力を使えば、倒されないようにすることはできる。
具現化するマイヤの思い。それは先ほどから射っていた水弾の水を含んだ土の枷だった。
無数の泥の縄で地面に縫い付けられ、身動きが取れなくなった黒雷蛇は雷の矢を使ってマイヤを攻撃しようとする。だが現れた矢はマイヤが聖盾で撃ち落とす。落とされた矢が泥の縄を通して黒雷蛇に伝わり、その身を焦がす。
「ジュラァアアアア!」
忌々しそうに唸る黒雷蛇。だが、もはや攻撃の手段はすべて封じた。
ほう、と息をつくマイヤ。やった。なんとか抑え込んだ!
しかし、それで終わりではなかった。
「おうおう。まさか勝っちまうとはなあ。」
「いやいや、まだせいぜい引き分けってところだろ。後は俺たちがやっとくから。お疲れー。」
「だはは。ついでに素材も俺たちがもらうけどいいよな?授業料っつーことで。」
ニヤニヤと笑いながら近寄ってくる3人組。
「な、ふざけんな!あたしが一人で戦って、ここまで追い詰めたんだぞ!」
「ああ?お前こそ何言ってんだ。魔物の素材は、止めを刺した奴のもんだろうが。」
「なっ!」
「マイヤちゃん、見たとこ支援役だろ?どうやって止めさすの?」
「そ、それは・・・。」
「だはは。いいんだぜ俺たちはこのまま帰っても。このままずっとこいつとにらめっこしとくか?その魔法、いつまで保つ?拘束がとけたら、その瞬間にお前死ぬぞ?」
「くっ・・・・。」
マイヤは何も言い返せなかった。悔しいが、彼らの手を借りなければ黒雷蛇を仕留めることはできないのだ。
「くそっ!」
「わかったか?まあいい経験ができたと思え。あ、めんどくせえから、雷の矢はさっきの盾で防いでくれよ。そうしたら、牙の一本くらい恵んでやるよ。」
「だはは。そりゃやりすぎだろ。鱗1枚ってとこだろ?」
無防備に黒雷蛇に近づく男たち。マイヤには、黙ってそれを見ていることしかできない。悔しかった。こんな奴らにいいように使われて。腹立たしかった。
だが次の瞬間。突然迷宮が彼らの行為に怒ったかのように震えだした。
「うお!な、なんだこれ。」
震動は前日のものよりもさらに大きく、激しく、長かった。
そして震動が収まった直後。
「なんだったんだ、今の?」
「ギルドで張り紙が出てたろ、迷宮が成長期に入るかもってよ。」
「やべえな。とっとと黒雷蛇仕留めて町に戻った方が良さそうだ。」
言いながら黒雷蛇に近づく男たちの目の前で。
バツンッ!
黒雷蛇を拘束していた泥縄が、音を立ててはじけ飛んだ。
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週末はお休みの予定ですが、3章はあと数話で完結。頑張って書き溜めます。