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3-10 ほころび

迷宮の村に朝が来た。

不思議なことに、迷宮の中であるにもかかわらず、ちゃんと夜が来て、朝が来た。

まだ薄闇の気配が周囲に残る頃合。村の中を流れる小川の辺りには、のそのそと顔を洗う少女4人の姿があった。アルマ達である。


「ひぃいい!冷たい!でも気持ちいい!」


小川で顔を洗ったアルマが叫ぶ。

と、その背後に人影。タルガットだ。まだ眠たそうなアルマ達の様子を見て声をかける。


「さすがのお前らも、魔物の村ではぐっすりとはいかなかったか?」

「あ。タルガットさんおはようございます!いやあ、なんというか、あはは。」

『他の奴らはともかく、馬鹿娘は(いびき)かいて寝てたぞ。』

「ちょ!マルテちゃんなんでそんな嘘つくの?嘘つくと錆びるんだよ!」

『錆びるか馬鹿!』

「え?槍業界の常識だよ?知らないの?」

『どこにあんだよ槍業界。』

「槍業界はともかく、アルマが鼾かいてたのは事実っすよ。」

「え?ちょっとシャムスちゃん?」

「あと歯ぎしりも辞めてもらいたいですね。寝不足は活動に支障をきたしますので。」

「ちょっとランダちゃんまで?」

「さ、姉さま朝稽古に行きましょう!」

「ちょ、シャムスちゃんまって!まってってば!」


きゃいきゃい言いながらアルマ達は村はずれへと向かう。稽古ができそうな空き地を昨日のうちに見つけていたのだ。

それを黙って見つめていたマイヤに、タルガットが声をかける。


「アルマの鼾だけが寝不足の原因ってわけじゃなさそうだなあ、マイヤ。」

「あ、あたしは別に。そういうタルガットこそ平気なのかよ!」


魔物の村に泊まることを最後まで反対していたのはマイヤだった。おそらく、この村の魔物たちのことを信用しきれないのだろう。


「冒険者やってりゃ、迷宮で、それこそ恐ろしい魔物がすぐ横を通り過ぎるような場所で寝泊まりすることもザラだぞ。そういうこともできるようになんねえとな。」

「そういうこと言ってんじゃねえよ!魔物の村だぞ、なんでそんな・・・!」


(なんでそんなに、簡単に信じられるんだよ)という言葉をマイヤは呑み込んだんだろう、とタルガットは思う。なるほど、確かにマイヤには、そう見えるのかもしれない。

だが、アルマ達とて、完全に信頼しているわけではない。村長宅で借りた寝室にはランダが結界を施したし、眠っている間はサカナのシノさんにお願いして周囲の警戒もしている。

ただ、魔物を警戒する気持ちよりも、ランダを信じる気持ちの方が強いだけだ。


さらにアルマ達は、泉の迷宮で魔物たちの事情に触れてもいる。

特にシャムスとランダにとって、村を襲った憎い狼・(あけ)(きば)の気持ちに触れるのは割り切れない思いもあっただろう。


魔物には、魔物の事情がある。

それを知ったうえで、それでも彼女たちは、冒険者であり続けることを選んだのだ。

なにがしかの答えが出たわけではない。

答えを見つけるために、割り切れない思いを抱えて、ここに立っているのだ。


「気に入らねえんなら、しばらくはこのパーティを離れたっていいんだぜ?」

「そ、そういうことも言ってねえよ!」


マイヤはそう言うと、アルマ達を追いかけて行ってしまう。その後ろ姿を見ながら、タルガットはため息をひとつ。


(やれやれ、やっぱり俺にゃ指導者は向いてねえ。ましてやあんな、少女ばかり。)


それでも、彼女たちの思いもわかってしまうから。せめて最低限、冒険者として生きていくための土台だけでも、築く手伝いをしてあげたい。


タルガットはそこで考えるのをやめ、頭から小川に突っ込んだ。

水は冷たく、絡まる思考を解きほぐす。

さあ、今日も一日が始まる。生きていく上での面倒なあれこれは一旦棚上げして、冒険者としての今を全うするだけだ。


その後は、マイヤが例によってシャムス達に戦いを挑み、こてんぱんにされて朝稽古を終える。

マイヤは攻撃はからきしだが、回復魔法はかなり効果が高い。それを見越して、シャムス達との対戦もだんだん遠慮がなくなってきていた。

実戦さながらの稽古の中で、少女たちの実力もずいぶんとあがっているのだが、タルガット以外はその事実には気づかない。


稽古を終え、再び小川で体を拭いたら、そのままそこで朝食の準備。

亡霊である村人は食事をしないので、食事が必要なのはアルマ達だけなのだ。

朝食のメニューは前日の夜に作ったスープの残りとパン。

だが、迷宮で温かい食事ができるだけでも、通常はあり得ないことだ。

ちなみにスープはタルガットがつくった。このパーティではタルガットがつくる機会はまずないのだが、長く冒険者を続けてきただけあって、簡単ながらもおいしかった。


「ランダちゃんの鈴、いつ頃できるかな?」

「さあ・・・作り方はもうわかってるから、そんなにかからないとヘルッコさんはおっしゃってましたけど・・・。」

「早くできるといいね!」

「カラカラカラ。喜んでもらえると、わしも案内した甲斐があったというものじゃ。」

「おっちゃん、その笑い方って骸骨に憑依してたからじゃないんだ。」

「あ、うん。骸骨っぽさを演出してるうちに、癖になってしもうてのう。」

「・・・・・。」


おっさん幽霊ジナイダの癖はともかく。

前日、村に戻ってきた一行は、ヴクブ・カキシュに頼んで2階層まで運んでもらい、その足で町の鍛冶職人であるヘルッコの元を訪れていた。

宝箱から出てきた金剛石でランダの武器をつくってもらうためだ。

費用はもちろんジョーガサキへの借入であり、すなわちアルマたちの借金となる。家賃問題が解決するまでは少しでも借金を減らしたいところだが、それよりも、ランダに武器を渡したいという思いが強かった。

その後アルマは、ランダとシャムスに揃って「ごちですリーダー」と頭を下げられ、おごりではないことを訴える一幕もあったが。

ともかく、深い層の探索をしながらも、戻る気になればいつでも迷宮の外に戻れるのはかなりのアドバンテージだ。その意味でも、アルマ達は恵まれているといえた。


食事を終え、本日の探索へ。

鍋などはどうせ夜にまた使うのでそのまま放置して、7階層の従業員通路に向かう。

前日と同様、広範囲を歩きながら迷宮の異変を探っていく。朝稽古で持ち直したかに見えたマイヤは、やはりこの日も精彩を欠いていた。

だがアルマ達には、マイヤが何に不満を抱いているのかまではわからない。


わずかな違和感を皆が感じながらも、探索は進む。7階層でも、所々で迷宮が「動いた」跡は見つかった。

こうした跡を記録していくことで、今後どういう変化が起きるかが予測できるらしい。迷宮がいつ成長期に入ってもおかしくない今だからこそ、調査は必要なのだ。


午後からは8階層へ。

8階層では、蛇や兎に加えて、紅狼と呼ばれる小型の狼が現れる。小型ながらもかなり素早く、また群れを成して襲ってくるため、注意が必要な魔物だ。

だが、狼型の魔物はマルテの音真似攻撃が特に効く。アルマ達はこの階層でもそこそこ戦える感触を得ていた。


そこに、油断があった。


それは紅狼との3度目の戦闘の時だった。

紅狼は群れを成し、四方から襲ってくるので、アルマとシャムス、タルガットを外側に、ランダとマイヤを内側に配置するという陣形を取っていた。


外側の前衛陣は互いの距離を均等に保ち、間を抜かれないことを最優先に動く。

ランダは、前衛が牽制している間に遠距離攻撃で数を減らす。

そしてマイヤは、回復魔法で前衛を支え、前衛が抜かれた時に盾で押し返す。

すでに出来上がりつつあったこのスタイルで、紅狼はみるみる数を減らしていく。


あと2頭というところまで数を減らしたタイミングで、アルマとシャムスが一気にたたみかけるべく走り出す。だが実際には、草むらにさらに2頭が潜んでいた。

狼が狙うのは、正面に立つマイヤ。だがマイヤは、すでに戦闘が終わったものと思い込み、注意が散漫になっていた。


一気に走り出す2頭の紅狼。タルガットがそれに気づき、投げナイフで牽制するがわずかに速度を抑えることしかできない。

ランダは同時に対応しようとしたが、迫りくる魔物への恐怖で体が硬直してしまう。

ネズミの雪さんが針の矢を、サカナのシノさんが水弾を飛ばして一頭を牽制。

だがその間に残りの一頭がマイヤの首元を狙い飛びかかる。


「姉さま!」


最後の最後で、ランダがマイヤを突き飛ばした。だがランダの腕に紅狼が食らいつく。

すでに走り出していたタルガットが駆けつけ、その紅狼の首元を剣で切り裂き絶命させる。

やや遅れたシャムスは、雪さんとシノさんが牽制していた一頭を背後から仕留めるとランダの元に駆け寄った。


「う・・・あ・・・。」


突き飛ばされたマイヤは何が起きたのかわからず、ぼんやりとその様子を眺めていた。


「マイヤ、回復だ!マイヤ!」

「え・・・?あ、はい!ゆうり、ゆうら、ゆらゆらと(ふる)え。その根源たる力は(ゆう)。癒楽なる命の水よ。沸き出でて傷を癒せ。」


マイヤの生み出した魔法の水がランダの腕の傷を癒す。


「ありがとう。もう充分です。」


ランダが腕を動かし、具合を確かめながら礼を言う。エリシュカに仕立ててもらった着込みをつけていたこともあり、どうやら傷自体は大したことはなかったようだ。

だが、姉が傷つけられたことがシャムスには我慢ならなかった。


「盾役が庇われてどうするんすか。」

「わ、悪かったよ。」

「悪かったじゃないすよ!一歩間違えてたらケガどころじゃなかったんすよ!」

「シャムス止めて。」

「だって姉さま!」

「マイヤさんだけのせいじゃない、私が咄嗟(とっさ)に動けなかったのも悪かったわ。」

「そんな、姉さまは・・・」

「シャムスそこまでだ。」


ランダが制止してもなお収まりそうもないシャムスに、今度はタルガットが声を掛ける。


「シャムスとアルマは最後と思い込んで一か所に集まりすぎた。ランダは判断が遅れた。俺もカバーが遅れたしな。全員が少しずつミスをした。そうだろ?」

「それは・・・はい、そっすね・・・。」

「うん。ただまあマイヤが気を抜くのが早すぎたのは大きい。反省してるな?」

「う、うん。ごめん。」


自らの不手際を遅ればせながらに理解したマイヤが顔を青くしながら謝る。

タルガットはマイヤの頭に手をやり、ぐしゃぐしゃと乱暴になでながら言う。


「反省してんならよし。敵が強くなりゃ、今みたいに連携を崩されることもある。そうした時にどう対応できるかが大事なんだ。だからといって、常に仲間のミスを気にしてろってことじゃねえぞ。仲間を信じろ、でも頼るな。ん?んー・・・なんか違うけど、まあ、そんな感じだ。」

「なんか途中までベテラン冒険者っぽかったのに、最後が雑!」

『ヘタレたな。ヘタレ』

「アルマもマルテもうるせえぞ。だいたいわかるだろ、こう・・・雰囲気で。」


最後はアルマとマルテが混ぜかえして、その場はそれでおさまった。

だが、一度ずれた歯車がすぐにかみ合うわけではない。

その後の戦闘では、互いが味方の挙動を意識するあまり微妙に行動のタイミングがずれ、それがストレスとなってのしかかってくる。

こうして、結局この日は連携をうまく修正できないまま、8階層で探索は終了となった。


一方、迷宮の村では。

迷宮が大きく「動く」のに備えて、着々とある準備が進められていた。


ドーン。

ドーン。

ドーン。

ズ・・・ズズズ・・・ズズズ・・・

ザザザザザー。


一定の間隔で響く轟音と、何か巨大なものが倒れる音。

そこに蠢く複数の魔物の影。

そして、それを指揮するのは・・・


「おっしゃ、ええでええで!そのままそのまま。バッチグーやでぇ。ほな、次はそっちいってみよかぁ!」


生協の守護神、ヌアザ神である。


お読みいただきありがとうございます!

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