1-4 槍の名は
夕刻は、冒険者ギルドの職員たちにとって、最も忙しい時間だ。その日の稼ぎを受け取って、そのまま酒場に繰り出そうという冒険者たちでごった返すからだ。
それぞれに依頼内容の確認、素材の査定と買取、精算という手順を踏まなければならないため、時間がかかる。
ギルド側ではスムーズな事務処理のために受付を複数設けて対応するが、この時間帯はどうしても列が長くなってしまう。
その中で一つだけ、不自然に冒険者の並びが悪い受付がある。それはジョーガサキの担当する窓口だ。
依頼以外の情報をこと細かに聞かれる。
素材買取の査定が細かい。
冒険者たちが嫌がる依頼を勧められる。
そして、冒険者生活協同組合という謎の組織に勧誘される。
理由は色々挙げられるが、要するにめんどくさいというのが、ジョーガサキに対する冒険者たちの評価だ。だが、冒険者のすべてが彼を敬遠しているというわけでもない。
「これ、頼むわ。」
どさり、と素材を依頼書をジョーガサキの前に出して男が言う。この町では数少ない銀級冒険者の一人で、タルガットという男だ。固定のパーティを持たない変わり種で、依頼に応じていくつかのパーティに助っ人として参加するが、普段はソロで活動していた。
「こんにちは、タルガット・バーリンさん。」
「フルネームで呼ぶんじゃねえよ。」
タルガットの言葉を気にした風もなく、いつも通りの不機嫌そうな表情でジョーガサキは依頼内容を確認する。
「灰狼討伐の常設依頼ですね。数は二回分で依頼達成扱いとしておきます。依頼料が2回分で400コルン。素材買取の場合、依頼料と合わせて720コルンになります。」
「おいおい。ふざけんなよ。1000はかたいだろ。」
「こちらの毛皮、戦闘時の傷が残ってます。こちらは剥ぎ取りまでの時間がかかりすぎですね。血が固着してしまってるので、処理が必要になります。」
「・・・ち。わかったよ。」
タルガットは肩を竦め、了解する。だがジョーガサキの場合はこれで終わらない。
「では魔物の動向調査にご協力をお願いします。道中遭遇した魔物の種類と数を教えてください。ラスゴー迷宮内部で何か異変に感じたことがあれば教えてください。各階層での休憩ポイントはこちらの地図で示してください。」
「その定型文まるだしの質問やめろよ。魔物の数は平均、休憩ポイントはいつも通り、異変はなし。以上!」
ジョーガサキの質問をばっさり切るタルガットの振る舞いに、それとなく様子を伺っていた周囲の冒険者たちが驚く。だがそれは、銀級のタルガットだからできることで、自分らがやってもジョーガサキには通じないだろう。
「質問の意図はわかってっから。なんかあればこっちからちゃんと報告するよ。あとセーカツキョードークミアイには入らない。よろしく!」
「・・・わかりました、」
「あと笑え。愛想よくしろ。他の連中ビビッてんぞ。」
「そんなわけないでしょう。」
ジョーガサキはしかめっ面を崩すことなくそう言うと、依頼料に素材買い取り料を上乗せしてタルガットに支払う。
と、突然ギルドの扉が勢いよく開かれ、1人の少女が走り込んできた。
「ジョーガサキさん!あ・・」
それはアルマだった。妙に興奮した様子の彼女はジョーガサキの窓口まで来て、タルガットの存在に気づく。
「ん?ああ、俺は終わってるから。どうぞ。」
「ありがとうございます。」
タルガットに譲ってもらい、アルマはジョーガサキの前に立つ。
「どうしました?アルマ・フォノンさん。私の計算より少し早いようですが。」
「今日はちょっと、運が良かったというか。はい、これ依頼書です。」
「確認します・・・おや。優良認定されてますね。」
「薬屋のおじさんに、きちんと必要な部位を聞きましたから。用途によって、必要な部分が違うんですね!私、あんまり考えたことなかったです!」
「では考えてください。」
「うぐっ!はい・・・あ!それよりも!お話しが!」
「はい。」
「あ。えっと・・・あのう・・・」
と、そこでアルマはタルガットを見る。なんとなく行きそびれて二人の会話を聞くともなく聞いていたタルガットは、言いにくそうにしているアルマを見て、その意味を理解する。
「ああ、悪かったな嬢ちゃん。聞くつもりはなかったんだ。」
「いえ。こちらこそ、いきなりすみません。ちょっとあまり、大きな声で言えないというか」
「いや。冒険者やってりゃ、秘密にしたいこともあるわな。て、その槍・・・」
「え?こ、この槍がなにか・・・」
アルマは、思わず槍を抱えるようにして身を固くする。タルガットは、両手を頭の横に上げて害意がないことを示してから、ジョーガサキの方へ向き直る。
「おいジョーガサキ。お前だろ。」
「何のことか分かりませんが、その槍を彼女に与えたのは誰か、という質問なら、私ですね。」
「お前なあ。いくらなんでも、この槍はないだろ。」
「彼女なら問題ないと判断しました。」
ジョーガサキが嫌そうな顔で応えると、タルガットはガシガシと頭をかき、ため息をついた。そして周囲には聞こえないよう声量を落としてアルマに声を掛ける。
「ええと・・・嬢ちゃん。」
「あ、アルマです。アルマ・フォノンと言います。」
「こりゃご丁寧に。タルガット・バーリンです。」
「タルガットさんですね。改めまして初めまして。」
「ああ、うん。そんで、話ってのは、その槍のことかい?」
「・・・そうですけど・・・この槍をご存じなんですか?」
「ああ、まあ。この町でも古株の冒険者しか知らないんだけどな。その槍はいわくつきでな。」
「そうなんですか?」
「呪いの槍と言われてる。」
「呪い・・・!」
「実際には呪われていませんけどね。」
ぐっと声を低くして、アルマに告げるタルガットの言葉を、ジョーガサキが即座に否定する。
「いわゆる魔道具って奴だ。その槍は意志を持ってる。」
「結構なことですね。」
「だがその性格はすこぶる悪い。」
「槍としての機能が損なわれるわけではありませんね。」
「しかも単に意志を持っているだけで、特に優れた性能があるわけではない。」
「その分安いですからね。」
「あまりの性格の悪さに、次々と持ち主を転々としたが、ついに誰にも使いこなすことはできなかった。」
「アルマ・フォノンさんが最初で最後の持ち主になれば解決ですね。」
「武器屋で二束三文で売られたが誰も買い取ることなく、埃をかぶっていたような代物だぞ。」
「槍としてはきちんと使えるのに安い。何の問題もありませんね。」
矢継ぎ早に繰り出されるタルガットとジョーガサキの言葉に混乱し、アルマはただ首を振り続けることしかできない。
「ジョーガサキは黙ってろ。事情は知らねえが、こいつに押し付けられたんだろ。俺が文句は言わせねえから、安心して突き返してやれ。」
「ちょ、ちょっとまってください!」
槍に手を伸ばすタルガットに驚いて、アルマは慌ててぴょこんと跳ねて後ずさる。
「えっとその・・・要するに、この子は魔道具だけど、特別な力があるわけではなくて、ただ意志があるだけで、でも性格悪すぎて呪いのアイテム認定されて・・・要するに、ちょっとポンコツな子ってことでいいですかね?」
『小娘、てめえなんつった。』
「ポンコツって・・・まあ、そうだよ。悪いことは言わねえ。そいつはやめとけ。」
「でも槍としては普通に使えますよ。しかも安い。」
「でもポンコツ・・・」
『おいこら。』
じっと槍を見つめて考え込むアルマを見て。ジョーガサキがため息をついて言う。
「・・・仕方がありませんね。どうしても嫌だと言うなら・・・」
「いえ!いえ、私嫌じゃないです!」
意図せず大きな声を出してしまったアルマは、慌てて声量を下げて言う。
「私、驚いてしまって。だって意志を持つ武器なんてすごくないですか?だから、きっとものすごく高いんじゃないかと思って、それを確認したかったんです。でも、事情がわかって安心したというか。私、このままこの子を使いたいです。」
「おいおい嬢ちゃん本気か?そいつの性格の悪さは・・・」
『だまれヘタレ』
「ほら、ずっとこんな調子なんだぞ。」
「あはは。楽しいじゃないですか。私、パーティの経験とかあんまりないからむしろ新鮮っていうか。だから、ありがとうございますですけれど、このままで。」
「いやまあ、嬢ちゃんが良いっていうならまあ・・・だがなあ」
「いいんです、本当に。ありがとうございます!」
そう言われると、タルガットとしては文句も言いにくい。仕方がないので、ジョーガサキをジロリと睨むが、ジョーガサキはどこ吹く風だ。
「あ!そうだ。ジョーガサキさん、素材採集用の道具て何を用意したらいいんですかね。今日、この子使ってたら怒られちゃって。」
この話題は終わったとばかりに、アルマは声を上げる。
「そもそも持っていなかったことに驚きを隠せませんが、仕方ありません。私が用意しておきましょう。」
「うぐっ!あ、でも、あんまり高いのは困るんですけど。あと、呪いのロープとかも困ります!あ、楽しいかもですけど、これ以上にぎやかだとなんか冒険してる気分じゃなくなるっていうか。」
まだ物言いたそうにしていたタルガットは、その言葉で思わず吹き出してしまう。
「ぶは!嬢ちゃん、あんた変わってんな。」
「え!何それひどい!」
「あーすまん。そんじゃあ、俺が見繕ってやるよ。」
「タルガットさん、いいんですか?」
「ああ。なんか立ち入ったこと言っちゃったし、その詫びだ。この後時間あるか?ついでに店を回りながら、道具の選び方を教えてやるよ。」
「わあ!ぜひ!ぜひ!ありがとうございます!ジョーガサキさん、それではまた明日!」
「はい。さようならアルマ・フォノンさん。」
と、行きかけて。ああそうだ、と言いながらアルマが振り返りジョーガサキに言う。
「この槍、名前とかあるんですか?」
「マルテと、そう呼ばれていたそうですよ。」
「マルテ!ありがとうございます!それでは!」
そうしてアルマは、入ってきた時と同じような勢いで、タルガットを伴ってギルドを立ち去る。
まわりの冒険者たちは、タルガットとジョーガサキという、二人の有名人と親しげに話していたアルマ・フォノンという少女に驚いていた。実は呪いの槍の話をしていたのだが、会話の内容まではわからない。
そしてジョーガサキは。
しばし彼女たちが出て行った扉を見つめていたが、嫌そうな表情を変えることなく、ふう、とため息をひとつ。
だが、何を思ったのか、他の受付に並ぶ冒険者たちの方を向くと、ぐにゃり、と口角を上げた。
その冷え切った目と。
とってつけたような笑みを浮かべる口元のアンバランスさに。
それとなく様子を伺っていた冒険者たちは、慌てて視線を逸らした。
ジョーガサキさんは笑顔をつくるのが下手。