3-9 策謀
アルマ達から迷宮についての報告を受けた後。冒険者ギルドのマスター室には、3人の職員が集まっていた。
ギルドマスターであるクドラト・ヒージャ、サブマスターであるダリガ・ソロミン、そして平職員であるジョーガサキ。
「さぁてとぉ。ほんじゃあ今後のことを決めとこうか。」
「お断りします。」
「まだ何も言ってねえよ。」
「どうせ面倒なことを私に押し付けるつもりでしょう?」
「ジョーガサキ!お前マスターに向かってその口の利き方はなんだ!」
激高するダリガをクドラトが「まあ落ち着け」となだめる。
「ジョーガサキ、もうあきらめろ。セーキョーの連中が持ってきた案件だぞ。何と言おうとこの一件はお前の仕切りだ。セーキョー指名依頼とする。ただし、迷宮が成長期に入るとなると任せっきりってわけにもいかねえ。だから俺とダリガも動く。いいなダリガ?」
「はい!もちろんです!」
「え、普通にジャマなのでいりませんけど。」
「ジョーガサキこの野郎!なに断ってんだてめえ!」
ジョーガサキの返事に過剰に反応するダリガ。
だがクドラトは、そんなジョーガサキの態度ですら楽しんでいるようだった。
「ダリガ待て。安心しろジョーガサキ。この件に限り、俺たちゃお前の指揮下に入ってやる。ただの駒だ。どうだ?俺とダリガを使い倒す機会なんて、そうそうねえぞ?」
「・・・どう使っても文句は言いませんか?」
「ああ約束する。それにな、森での騒動に続いて、ラスゴーの迷宮まで解決できたら、セーキョーとやらの有用性も示せるってもんだ。まあそう簡単にゃ収まんねえだろうが、ある程度成果が見えたら、王都のギルド本部にセーキョーの本格運用を打診してやる。どうだ?」
「・・・わかりました。お引き受けします。」
「なんで嫌そうなんだよ。ほんとに殴るぞお前。」
「ガハハ。こいつの表情の機微が読み取れねえようじゃまだまだだなダリガ。」
「・・・・・。」
「え?は?」
クドラトに言われてジョーガサキの表情を改めて見るダリガ。だがいつも通りの渋面でしかないように見える。
「もうやる気になってるよジョーガサキは。どうせ作戦も考えてあるんだろ?説明しろ。」
「・・・わかりました。お二人にお願いしたいのは2つです。」
「2つ?そんだけでいいのか?」
「はい。まず・・・・」
そしてジョーガサキは自分の作戦を説明する。
「・・・以上です。では私は準備を進めておきます。お二人はまず、噂を流してください。」
「おもしれえ。いいぜその案乗ってやる。こっちの方は任せろ。」
「では。」
嫌そうな表情を微塵も崩すことなく、ジョーガサキはマスター室を後にする。その姿をニヤニヤしながら見送ったクドラトが言う。
「相変わらず変なことを考える奴だぜ。」
「いいんですか、あんな突拍子もない作戦。とても成功するとは思えませんが。」
「構やしねえよ。成功するにしろ失敗するにしろ、結果はすぐにわかる。間に合わなかったときの保険も一応あるしな。いや、間に合わなかった時の方がおもしろそうじゃねえか。」
「しかし・・・罰当たりというかなんというか・・・。」
「そこは俺たちゃ関与しないってことでいいだろ。そんじゃ、せいぜい頑張って流すか。『妖怪の噂』ってやつを。」
こうして、迷宮の異変に対する方針は決められた。
翌日、冒険者ギルドには迷宮が成長期に入る可能性があることを冒険者に知らせる張り紙が掲示される。だが、あくまで注意喚起のみであり、立ち入り制限などはない。
迷宮が成長期に入ると、魔物が異常発生してあふれ出すこともあるので、下手に制限をせず迷宮内の魔物を減らした方が後々の被害が少ないという判断だ。
またその日暮らしの冒険者にとっても、猶予期間があるのはありがたい。
そして一方でこの日から、冒険者たちの間では、迷宮に関する怪しげな噂がまことしやかに囁かれることになるのだが、その内容がアルマ達の耳に入ることはなかった。
なぜならばアルマ達は、黒雷蛇の素材採取と迷宮調査を兼ねて、この日から迷宮の村で寝泊まりすることを決めたからである。
恒例となった試合形式の朝練でマイヤをやり込めた一同は、まず、おっさん幽霊ジナイダの案内で2階層の従業員通路へと向かった。
今回はエリシュカは不参加。新人職員のルスラナの注文で大量の殺鼠剤をつくるためだ。
2階層の出入り口は、かつてアルマが小鬼たちに追いつめられたあの部屋だった。
小鬼たちを倒しながらやってきたので、特に戦闘に苦労することもなく部屋を制圧する。
「まさかこんなところに出入り口が・・・。」
「新人の冒険者がこの階層で危ない目に合うとしたらここじゃからな。逆に慣れてる冒険者はわざわざここには来ないから都合がいいんじゃよ。嬢ちゃんの時も、村の魔物が助け出そうとしておったのかもしれんのう。」
「そうだったのか・・・」
『小鬼如きにはめられて死にそうになる冒険者なんてお前くらいだと思うけどな。』
「うん、マルテちゃん後で飛ぶ訓練しようね!」
そんな話をしながらも、ジナイダが魔法で通路の扉をあけ、中へ。
ジナイダは迷宮内にいる限り、迷宮が「動く」予兆をかなり早く察知できるらしい。
事前に情報が得られれば対応もできる。また、アルマ達は家賃という喫緊の課題に対処するために迷宮での活動を続けたい。
両者の利害が合致したため、タルガットも渋々承諾したのだった。
従業員通路を抜け、崖の上からヴクブ・カキシュに運んでもらって迷宮の村へ。
宿泊に必要な荷物は村長宅に置かせてもらい、再びヴクブ・カキシュの輸送で5階層へと移動する。
「よし、それじゃあ昨日の冒険の続きと行こうか。」
「「「「はい!」」」」
黒雷蛇が現れるのは10階層だ。
そして迷宮の村は2~10階層の間に位置しており、崖の穴を通ればどの階層にも出ることができる。
素材を狙うのであれば直接10階層の従業員通路を通ればよいのだが、アルマ達はまだ経験が少ない。
大物を狙うにはもう少し連携を高めなければ許可できないというタルガットの判断で、順に各階層を攻略することとなった。
猿の魔物はアルマ以外が対処。アルマはエリシュカから習い始めたエルフ魔法を使おうとしていたが、まだ実戦では魔法の発動が追い付かない。
ちなみに襲い掛かってくる猿の魔物の中には、村の魔物も混ざっていたらしく、ジナイダが紹介してくれた。
5階層を攻略して6階層へ。
6階層は草原が続く丘陵地帯のような地形となっていた。天井が高くなり、ところどころに塔型の岩がにょっきりと生えているが、基本的に隠れるところがない。その分魔物と出会う機会が多く、継戦能力が試されるエリアとなっている。
この階層で現れるのは蛇の魔物と針兎。
針兎はラスゴーの町周辺にいるものよりも一回り大きく、色も薄黒く、黒針兎と呼ばれていた。草陰に潜まれると見つけにくいので厄介だ。
個々の魔物はそれほど強くはない。気配察知の能力を鍛えるため、ネズミの雪さんとサカナのシノさんは使わずに進んでいく。
「そういえばこの先に宝箱があるぞぃ。開けに行くかね?」
幾度目かの戦闘を終えたところでジナイダが言い出し、一同は案内してもらうことにした。
それはやはり、冒険者の多くが通る通常ルートとはかなり離れた場所だった。
にょっきり生えた塔型の岩の一番上にわずかに宝箱の端が見える。
そこにあると教えてもらってもわからないほどだ。普通は見つけられないだろう。
「またすげえとこにあんなぁ。どうやって開けるかね?」
「マルテちゃん出番だよ!」
『出番じゃねえよ。飛ばねえぞ』
「シノさんにお願いして水弾で落としてもらいましょうか?」
「あたしが盾で・・・」
「あー。私が行くっすよ。」
シャムスはそういうなり駆け出した。大きくジャンプして斧頭の尖った部分で岩に穿つと、その斧を踏み台にしてあっというまに岩のてっぺんに飛び乗る。
「トラップがあるかもしれんからシャムスは開けるな。宝箱ごと下に落としてくれ!」
「了解っす!」
シャムスが落とした宝箱をタルガットが開錠。特にトラップはなかった。
宝箱を開け、タルガットが中に入っているものを取り出す。
それはこぶし大ほどもある鉱石のかたまりのようだった。
だが、以前どこかで見たことがあるようにアルマは感じた。
「ん?この感じって・・・」
「これ、金剛石ですよ!」タルガットから受け取ったランダが石を確かめて言う。
「おおお。そうだよね。2階層の壁のやつ!じゃあこれでランダちゃんの武器ができるね!」
金剛石は非常に固い希少石で武器などに用いられる。そのままでも高く売ることはできるが、長いこと武器の購入を見送っていたランダに使わせてあげたい。
結局、満場一致で鉱石はランダのものとなった。
「ランダちゃん、これでどんな武器つくるの?」
「鈴をつくりたいと思っています。」
「鈴?」
「はい、咒と合わせて鳴らすと、咒の効果を高めることができるんです。鈴の音自体に魔除けの効果を乗せることもできます。」
「おおお、なんかすごそう!」
ランダの説明にアルマがはしゃぐ。それを聞くシャムスはいつものように何故か自慢げだ。
そんな感じで探索は進み、7階層へ。
7階層の途中で従業員通路へと入り、この日の探索は終了となった。
全体としては、特に問題らしい問題もなく、順調に進んだ一日だった。
だがその中で、やや精彩を欠いていた者が一人。
それはマイヤだった。
基本的にはランダの指示で動くマイヤが戦闘の足かせになるようなことはなかった。だが誰もが、前日より少し散漫なマイヤに気づいていた。
タルガットは声をかけるべきかと思ったが、あえて他のメンバーに任せることにしていた。
ほんのわずかな変化。
それゆえに、誰もそれを指摘することなく、その日の探索を終えたのだった。
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