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3-8 骸骨の願い

アルマ・フォノンは困惑していた。


壮年の男の姿が重なる骸骨から聞かされた「迷宮の良心が死につつある」という事態を、どう受け止めればいいのか分からなかったからである。

それは他のパーティメンバーも同様で、皆その事実がもたらす事態を図りかねているように見えた。

なので、手を挙げてさらに質問をする。


「質問です!」

「なんじゃろう、お嬢ちゃん。」

「ここにいる皆さんや魔物たちが『迷宮の良心』だとして。その、皆さんが・・・消えてしまったら、どうなるんでしょう?」

「さて、どうなるか・・・それは、わしにもわからんのじゃよ。」

「ほへ?」


骸骨はそこで、窓の外を見た。つられて一同も窓の外を見る。そこからは村の様子が一望できる。先ほどまでと変わらない、牧歌的な村の光景がそこにはあった。

そして骸骨は、口を開く。


「今でこそこんなナリじゃがな。わしはかつて、人間じゃった。迷宮を研究しておってな。このラスゴーの迷宮での調査中、魔物に襲われて殺された。・・・・んじゃが、わしの昔話、聞きたい?」

「いえ、重い話はちょっと。」即答するアルマ。

「あ、そう・・・じゃあ、かいつまんで話そうかの。。。」


骸骨は若干寂しそうな表情を浮かべたが、気を取り直して話し始めた。

この村の住人のことを。


この村の住人である亡霊のうち幾人かは、かつて冒険者だったという。

ある者は魔物との戦闘に敗れ、またある者は仲間を逃がすための犠牲になり、またある者は他の冒険者に裏切られて殺された。


どういう因果が働いたのかは、誰にも分らない。だが彼らは、亡霊として再びこのラスゴーの迷宮に現れてなお、元の記憶を持ち続けていた。

そして、亡霊に身を落としながらも、彼らは善良であった。あるいはそれもつくられた記憶、人格であったのかもしれないが。


彼らは考えた。亡霊としてここに存在する意味を。それを教えてくれたのは、この場所で共に在る魔物たちだった。

魔物たちはなぜか、当たり前のように冒険者を助け、導き、迷宮の安定のために働いているように見えた。


いつからか彼らは魔物たちと共に動き、冒険者たちを陰から支えるために動くようになる。

だが冒険者には魔物の区別などつかない。亡霊になった自分たちの言葉を聞いてくれるはずもない。だから、内緒で。このエリアを、通常のエリアとは隔離して。


時には、導いたつもりで冒険者に傷を負わせてしまうこともあった。

時には、気づかない場所で冒険者が魔物に襲われたこともあった。

強力な魔物を抑えきれず、迷宮から大量の魔物が溢れてしまったこともあった。


たとえうまく冒険者たちを導けても、彼らに感謝されることもない。

助けたはずの冒険者の手によって、ひどく傷つけられることもある。

それでも、一緒に働く仲間や魔物がいる。

人知れず働く自分たちへの皮肉を込めて、こっそりとつくった秘密の通路には「従業員専用」の立札を立てたりもした。


だが。


ある時から、新たな仲間が増えなくなった。

どうやらこの迷宮は、自分たちのことを不要な存在と切り捨て、排除することを決めたようだ。

彼らは考えた。これから、どうするべきか。

人ならざる身に落ち、誰からも感謝されることもなく、ついに迷宮からも必要とされなくなってしまった。


ある者は現状を知らせようとして冒険者に接触を試みたが、その場で消滅させられた。

ある者はかつての仲間に会うために村を離れた。

またある者は人を憎み、自ら進んで悪霊となった。


時とともに、亡霊も、魔物も、数を減らしていった。魔物はまだ心身が丈夫なのか、今もなお冒険者を導くために活動しているが、その数を減らし続けている。

そして、村人たちは少しずつ、少しずつ良心をすり減らして、やがて何も考えなくなっていった。

いつからか彼らは、平和な日常の記憶を淡々と繰り返すだけの存在になっていった。


「それが今の、この村の現状というわけですなあ。」


そして骸骨は口を(つぐ)んだ。


「ぶえええ!重い話はやめてって言ったのに!言ったのにいい!」

「ちょ、ア、アルマ離れて。は、鼻水が。」


そしてアルマは瞳に涙を浮かべて隣のシャムスに泣きついていた。


「まあ、すべてを信じるかはともかく、あんたの話はだいたいわかった。けど、村人があのザマなのに、あんたはなんで無事なんだ?」タルガットが問う。

「ふむ・・・いや、無事というわけではないがな。亡霊である村人よりも肉体をもつ魔物の方が、どうやら長生きできるようじゃと気が付いてな。森の魔物に頼んで、骸骨兵を連れてきてもらって憑依することにしたんじゃよ。しかし、無理やり憑依したところで元は別の魔物。この通り、ほとんど動けなくなってしまってのう。それでも、もう一度憑依をやめるわけにもいかん。・・・いつか話を聞いてくれる冒険者が現れるかもしれん。その時には、説明できる者が必要じゃからのう。そして、あんたらが来たというわけじゃ。」


「迷宮の良心」が消えて、その後この迷宮がどうなるかはわからない。だが、少なくとも冒険者を導く者はいなくなる。強力な魔物を抑える者もいなくなる。

この迷宮は、冒険者にとっては今よりも過酷な環境になるだろう。

死してなお使命を与えられたものとして、そして他の亡霊たちの遺志を継ぐものとして、せめて現状を誰かに伝えてから消えたかった。


「それともう一つ。あんたらも調査しに来たのなら気づいておるじゃろう?」

「何がだ?」

「この迷宮は近々、大きく『動く』ということじゃよ。

「ああ・・・やっぱりそうなのか?」

「んむ。おそらく強力な魔物が現れる。わしは最後に、ここに残った魔物たちとともにそれに対処しようと思っておる。おそらくそれが、従業員としての最後の仕事になるじゃろうからなあ。その前に、あんたらに話ができて良かったわい。」

「ぶええええ!おっちゃんがああ、おっちゃんが良い人だよおお!」

「ちょっ、だから鼻水。アルマ鼻水!」


シャムスの肩に鼻水をこすりつけるアルマを見て、骸骨は驚きながらも嬉しそうな表情を浮かべた。


「カラカラカラ。ありがとう。お嬢ちゃんは良い子じゃな。そんなお嬢ちゃんに、ひとつ頼みがあるんじゃが。」

「ぶえ・・・なんでしょう?」

「うん。あのな。ちょっとの間でいいから、お嬢ちゃんに憑依していいかの?」


そして。


アルマ達はいま、村の入り口に立っている。

アルマ達の前には、村に来る途中に襲い掛かってきたあの鳥ヴクブ・カキシュの群れ。ちなみに名前は骸骨に取りつく壮年の男もとい、おっさんに教えてもらった。おっさんの名前はジナイダというらしい。

ついでにヴクブ・カキシュがアルマ達を襲ったのは、この村を守るためであって危害を加えるつもりはないこともおっさん通訳で判明した。

そして当人は骸骨から離れ、ただのおっさん幽霊になってアルマの背後にぴっとりと寄り添っている。


「さあさあ、この子らの乗っておくれ。出口まで送り届けてくれるぞぉ!」


おっさんはアルマに憑依した。そして、なぜか憑依した途端に見違えるように元気になっていた。

なぜアルマに憑依したのかといえば、「一番憑りつきやすそうだったから」とのことで、アルマは他のメンバーから「やっぱりか」という目で見られていた。


「なあこれ、いいの?こんなんでいいの?」

『ぶはははは。いいんだよ、こいつはこれで。』


一人混乱しているのはマイヤだ。だが他のメンツは目を合わせようとしない。マイヤの問いかけに誰も答えられないからだ。

槍のマルテだけがおっさんを背負うアルマを笑っていた。


「・・・んじゃ、乗せてもらおうか?」

「え?まじで?タルガットまじで言ってるの?ま、魔物だよ?え?」

「マイヤ~。大人になりなさい。」

「え?エリシュカ?大人になるってそういうことなの?え?ちょ、まって!目を見て!」


そして一同はそれぞれヴクブ・カキシュに乗って元来た従業員通路へと戻ってきた。ちなみに、ヴクブ・カキシュに乗っての空の旅は意外と快適で眺めも良く、楽しかった。


その後アルマたちは、事情を説明するために冒険者ギルドへ。例によって不機嫌そうなジョーガサキの受付に並ぶ。


「・・・アルマ・フォノンさん。今度は一体、何をやらかしたんですか?」

「な、なにもやらかしてません!」

「ではなぜ、おっさんばかり拾ってくるのです。趣味ですか?」

「これには深い事情があるのです!」


タルガットが代表して説明する。

迷宮の村のこと。そして、迷宮が近々大きく「動きそう」であるということ。

ジョーガサキは、とても不機嫌そうに話を聞いていたが、報告をまとめるのも手間だからとギルドマスターを呼びに行った。


ギルドマスターにサブマスターも交えての報告会は生協売店の飲食スペースにて。

途中からは生協の守護神であるヌアザ神とケリドウェン神も参加した。


二柱の神の存在を知らなかったギルドマスターとサブマスター、売店の売り子であるナルミナ、そしてマイヤは大いに驚いていた。


「アルマはんはまた、けったいなことに巻き込まれとんなぁ。」

「ほんま、愉快な子ぉやなぁ。」

「ぐぬぬぬ。」


ヌアザ神とケリドウェン神がケタケタと笑う。それをマイヤとナルミナが呆然といった表情で眺めている。


「迷宮の異変を迷宮の魔物に教えてもらうことになるとは・・・。それも元人間の・・・」

「こんなのは前代未聞です。」


ギルドマスターのクドラトとサブマスターのダリガは、腕を組んでどう対処すべきか考えていた。ジョーガサキは不機嫌そうだが、いつものことなので変わらない。


「まあ、信じるか信じないかはあんたら次第じゃがな。ともあれ、これでひとつ肩の荷がおりたわい。ありがとう。」


おっさん幽霊ジナイダはそう言うと、すぅっとアルマの肩から離れた。

そして、天を仰ぐ。


「え?おっさん?も、もしかして?」


アルマが驚いて声をかける。

ジナイダの体は少しずつ、薄れていく。


「ちょっと、おっさん?そんな、まだ迷宮の異変は・・・」


アルマの声は届いていないのか。ジナイダは身動きもせず。

さらに存在は薄れ、ついにその姿を消・・・・さなかった。


「あ、やっぱり迷宮の外では嬢ちゃんから離れるとダメじゃな。」

「え?」

「え?」

「・・・昇天するんじゃないの?」

「嬢ちゃんから離れたらどうなるか、確かめとっただけじゃよ?」


きょとんとするジナイダ。アルマはしばしプルプルと震えていたが、顔を真っ赤にして叫ぶ。


「紛らわしいことするなー!」


お読みいただきありがとうございます!

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※タイトルの数字を半角に変更。誤字修正しました。

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