3-7 迷宮とは
「ががが、骸骨がしゃべったあああ!」
「お、おい、アルマ!」
見たままをストレートに口にするアルマの口をマイヤが慌ててふさぐ。今は友好的といっても相手は魔物。ちょっとした言動でどんな行動を起こすかわからない。
だが次の瞬間。
『なんだこいつは?』
「ややや、槍がしゃべったああああ!」
「は?」
マルテに驚く骸骨。そして、それに驚く一同。骸骨は、アルマ達の反応を見て、しくじったと思ったのか、コホンと咳ばらいをして取り繕い、仕切り直す。
「・・・カラカラカラ。構いません。どうぞ、こちらへ。お座りくだされ。」
「いや、そんないきなりキャラ変えられても。」
アルマが突っ込むが、骸骨はそれを無視して椅子をすすめる。
仕方がないので、一同は警戒しながらも、席に着き部屋の中を見回した。
そこは20人ほども入れる食堂のようだった。テーブルを挟んで、玄関に近い側にアルマ達。対面には、骸骨が一体。
よくよく見ると、骸骨は、うっすらと壮年の男性のような姿が重なって見えた。
外の村人のように、その体には触れることはできないのだろう。
「色々と聞きたいことはあるが・・・とりあえずあんたは魔物ってことでいいのかい?」
タルガットが問う。壮年の男性が重なる骸骨は、数瞬、考える仕草を見せたが、うなづいて答えた。
「厳密には異なるが、この体は魔物。骸骨兵と呼ばれるものですな。まあ、ざっくり魔物と言ってよいのでしょうな。ただ、あなた方に危害を加えるつもりはありませんがのう。」
「そうか。それで、この村はなんなんだ。あと外にいた触れない村人も。死者とは違うのだろう?」
「その質問に答える前に、まずどうやってここを見つけたのか、教えていただいてもよろしいですかな?」
アルマ達は顔を見合わせる。だが、とりあえず骸骨には敵対する意思がないようだったので、質問に答えることにした。
と言っても、アルマが迷宮の震動で落ちてきた岩石を避けた際に、壁の違和感に気づいたということでしかないのだが。
「壁の違和感?それは普通感じんハズじゃがのう。お嬢さん、何か特殊な能力とか持っとらんかの?」
「いえ、特に・・・。」
答えるアルマを一同が「嘘つけ」という目で見る。アルマが変なチャンネルを持っていることはヌアザ神からのお墨付きだ。最近では変な称号まで生えている。
「ふうむ・・・まあ、いいでしょう。とりあえずご質問にお答えしますと、ここはこの迷宮の『良心の墓場』ですわい。」
「良心の墓場?どういう意味だそりゃ?」
「言葉通りの意味ですが、さて、どう説明したもんか・・・。」
タルガットの問いに言葉を詰まらせる骸骨。
だが、しばし思案した後、言葉をつなぐ。
「・・・まず、皆さんは迷宮が定期的に変化し、成長するというのをご存じですかな?」
「そりゃまあな。現に今も、その調査中だ。」
「ああ、なるほど。それであんな人の立ち寄らないエリアに・・・。では、なぜ変化し、成長するのか。それはご存じですかな?」
「なぜ?って・・・いや、そりゃ知らねえな。迷宮ってのはそういうもんだとしか。」
「ふむ。では、迷宮が成長すると、どうなりますかな?」
「そりゃあ・・・より広く、深くなるんだろう?そうするとまあ、大体はそれに応じて魔物が強くなるわな。」
「そうですな。すると、人々はどうします?」
「そら迷宮を調査するために、冒険者を送り出すだろうな。金を稼ぎたい奴らも群がるだろう。大きな迷宮となりゃあ、希少なお宝がでることもある。宝箱なんかもあるしな。」
「そういうことです。」
「うん。ん?どういうことだ?」
「つまり~。迷宮が成長するのは、『より多くの人を呼び込むため』ってことかしら~」
「左様。正確には、『より多くの人の欲望を叶えた結果』、かのう。つまり迷宮とは、『人々の欲望の鏡』のようなものじゃとわしは思うとる。人々が迷宮に強く惹かれるのは、迷宮が人の心を映しておるからなのじゃよ。」
そして、骸骨の男は迷宮について語った。
迷宮で人が死ぬとその肉体や魂は迷宮に吸収される。すると、その者の思いや欲望は迷宮の構成に変化を与えるのだという。
もっと強いものと戦いたい。
もっと優れた武器や防具が欲しい。
もっと富や名声を得たい。
もっと見たことのない景色が見たい。
こうした欲望を迷宮は叶える。なぜならば、叶えれば叶えるだけ、より多くの冒険者が訪れ、その血肉は迷宮をさらに巨大化させるための糧となるからだ。
「つまり、迷宮は生きていて、冒険者たちはそのエサってことっすか?」シャムスが口を挟む。
「まあそうじゃな。本当に生きているのか、意思があるのかはわからんがのう。」
「そういう話ならまあ、似たような説は聞いたことはあるぜ。別に珍しい説ってわけでもねえ。けど、良心ってのはなんだ?」
「んむ。人の欲望をくみ取って迷宮を成長させる糧とする。すると、迷宮にとって不要なものもくみ取ってしまうことになるじゃろう?」
「それが・・・人の良心ということですが?」ランダが問う。
冒険者とて、金や武器のことばかりを考えているわけではない。
仲間を支えたい。守りたい。家族を楽させてあげたい。安全に狩りがしたい。死にたくない。
そうした願望を叶えてしまえば、迷宮は糧を得る可能性を自ら減らしてしまうことになる。
「おそらく迷宮は、人の欲望をくみ取ることはできても、それを分別することはできんのじゃろう。そこで迷宮はどうするかと言えば、似たような欲望をまとめて、より糧がたくさん得られる方を成長させる。」
強い魔物と戦いたいという人の欲望をまとめて、強い魔物のエリアをつくる。迷宮は一般に成長するほど深くなるので、深いエリアほどより強い欲望が反映される。
その一方で、他者を守りたい、支えたいという願いも叶えられる。
「そうして生まれたのが、このエリアというわけじゃ。ここの魔物たちは、他者を守りたいという思いが強い。冒険者をあえて襲うことで危険から遠ざけたり、導いたりする。あるいは特に強い個体が現れた場合にはその魔物と戦うこともある。そして、幸せに暮らしたいという願いが叶えられた結果が、この村というわけじゃな。ちなみに村人も魔物じゃよ。亡霊と言ったらいいのかのう。もちろん、人を襲うことはないが。」
「なるほど、それで迷宮の『良心』か。けど墓場ってのは?」
「そのまんまじゃよ。このラスゴーの迷宮は、ある時からこのエリアの育成を放棄した。迷宮そのものの成長には寄与せんからのう。このエリアの魔物は長いこと増えてはおらん。村人は少しずつ存在が希薄になっておる。今ではもう、無意識に日常を繰り返すだけじゃ。
そこで、壮年の骸骨は話を一度区切り、一同を見回して言った。
「ラスゴーの迷宮の良心は、ここでじわじわと死んでいってるということじゃなあ。」
お読みいただきありがとうございます!
ちょっと説明臭いシーンになってしまいましたが。。。。
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