3-5 迷宮の裏
「シャムス!いざ尋常に勝負だ!」
「・・・なんで早朝からそんな元気なんすか・・・。」
「文句を言うな。勝ったらあたしがこのパーティのエースだからな!」
いつもの空き地での、いつもの朝稽古。違う点は、いつもよりメンバーが一人増えたこと。
マイヤである。そのマイヤが当たり前のようにシャムスに勝負を挑む。どうやら昨日負けたのが悔しいらしい。そして、負けたら支援役に徹するという約束は一日限定のものであったらしい。
「ったく、勘弁してほしいっす!」
言いながらも駆け出すシャムス。対してマイヤは左腕の盾で応戦の構えだ。と見せかけて、シャムスの背後に聖盾を生み出し、シャムスの後頭部を狙う。シャムスの攻撃を防ぐのではく、攻撃に用いて相手の動きをけん制する。
前日の支援時に学んだことを早速活用した形だ。だが。
「かかったな!」
「かかってないっすよ。」
シャムスは振り向きざまに盾の突進を防ぐと、斧の刃先をその盾に引っ掛け、振り向いた勢いを生かしてそのまま盾を振り回す。
「どわあ!」
盾を避けようとして体勢を崩し、尻もちをつくマイヤ。そこにシャムスのもう一方の斧が付きつけられて。
「勝負ありっす。」
「くそおおお!なんでだ!」
「マイヤの盾は、衝撃には強いけど、押す力にはそれほど強くないっす。もっと自分の能力を知ることっすね。」
勝負は一瞬でついた。マイヤは真っ赤な顔でプルプルと震え、何か言いたそうな顔をしたがシャムスの指摘はもっともだ。
「次だ!アルマ来い!あたしが勝ったらサブエースだ!」
「どへええ!こっちきた!しかもサブ扱いだ!」
仕方なくマイヤと対峙するアルマ。だがこちらも勝負は一瞬だった。
走り出すアルマ。身構えるマイヤに向かって、下から大きく槍を振り上げる。
『後ろががら空きっすよ。』
「え?うわあ!」
シャムスの声真似をしたマルテに気を取られたマイヤ。その盾をアルマが槍でかちあげ、空いた胴に槍を突き入れる。
「わはーい!いっぽーん!」
「ななな、卑怯だぞ。!」
『ぶははは!あたしがどう動こうとあたしの勝手だろ?』
「ぐっ!!く、くそう、ランダ!こい!」
もはや前衛とは関係ない勝負になってしまったことに気づいていないのか、マイヤはランダにも勝負を挑む。
今度は一瞬とはいかなかった。だがランダが使役する雪さんとシノさんの手数にまったく対応できず、みるみるボロボロになっていく。
「ひえええ、ランダちゃん容赦なし!」
「姉さまが笑顔っす。あれはやばいっす。」
結局マイヤは誰にも勝つことはなく。というかほとんど勝負にもならなかった。
戦闘経験はあるものの、これまでは聖盾と力任せの一撃で済ませてきてしまったため、駆け引きの経験や技量がまったくないのだ。
加えて、マイヤのスキルはほとんどが支援に特化したものだった。魔法も支援系のものばかりで、攻撃魔法は得意ではないらしい。
「けどさ!憧れちまったんだよ!強烈に、私もああなりたいって思っちまったんだよ。これはもう、どうしようもねえだろ?」
前の晩。
アルマ達の借家にあがりこんだマイヤは、それはもうタルガットについて熱く語った。
どうやらタルガットは、若い頃にマイヤの住んでいた里を訪れたことがあるらしい。当時彼は、エリシュカとその兄カレルヴォとパーティを組んでいた。
マイヤは彼らの仲間になりたいと強く願った。そして、見よう見まねで剣の稽古まで始めた。
その後、カレルヴォは冒険の途中で命を落とし、パーティは解散したと聞かされたという。だがそれでも夢をあきらめることはできなかった。
そして。ついに両親も説得をあきらめ、エリシュカの元であればと、里を出る許可を出されたのだという。
「だからあたしは何と言われようとこのスタイルを貫く。もう決めたんだ!」
「あ、そっすか。」
その後もマイヤのタルガット愛は留まることがなかった。だがその途中、タルガットとエリシュカが同行した森の遠征に話が及ぶと、シャムスがランダの素晴らしさを滔々(とうとう)と語りだす。以降はマイヤのタルガット愛vsシャムスのランダ愛の構図になり、夜は更けていった・・・。
そして、現在。
「あー、なんだ。よくわからんけど、お前ら大丈夫なのか?」
「何がでしょうか?まったく問題ありませんが?」
ぼろ雑巾のようになって横たわるマイヤを見て心配そうに問うタルガットに、ランダが笑顔で答える。
「まあ・・・問題ねえならいいけどな。とりあえず迷宮に入る前にケガはしないようにな。」
その後はタルガットの忠告に従い、型稽古などを中心に行って朝稽古は終了。
アルマの家に戻り、軽く身支度を整えた後、全員で冒険者ギルドへと向かった。
例によって生協売店横で朝食。するとそこにエリシュカがやってきた。
「げ。エリシュカ!」
「マ~イヤ~。遅くなる時はちゃんと伝えるように。言ったよね~」
「パ、パーティの親睦を深めるためにアルマ達と話してたんだ。冒険者活動の一環だ!」
「まあいいけど。ちゃんと事前に言いなさい。心配するから~」
「う、わ、わかったよ。」
どうやらマイヤはエリシュカには頭が上がらないようだ。と、そこでアルマがエリシュカの格好に気づいた。いつもの店主姿ではなく、冒険者装備をしているのだ。
「エリさん、どっか行くんですか?」
「あ~うん。ルスラナちゃんに頼まれちゃって。うふふ。迷宮探索、ま~ぜて。」
「ルスラナって、確かジョーガサキについてる新人か?なんかあったのか?」
「よく知らないけど、殺鼠剤がたくさんほしいんだって~。」
「ああ、あれか。」
エリシュカが言っているのは、町の下水溝に棲むネズミの魔物が増えているらしいという、前日ジョーガサキから聞いた件だろう。原因もわかっていないのに随分と対応がはやい。ジョーガサキの指示だろうか。
ともあれこうして、この日は大所帯での迷宮探索となった。
朝食を終え、ぞろぞろと連れ立って迷宮へ。前日と同様、迷宮が「動いた」痕跡を探しながら進んでいく。
3階層まではすでに調査がおわっているので、戦闘は最小限にしてどんどん進む。
エリシュカは採取を優先してるので戦闘にはほとんど加わらなかったが、マイヤも徐々に戦闘に慣れ、特に問題なく進んだ。
4階層では広い範囲を見て回った。だが迷宮が「動いた」痕跡はあまり見つけられなかった。単に定期的な、わずかな変化だったのかもしれない。だが油断はできない。
タルガットはさまざまな例を挙げ、異変を早期に発見する方法をアルマ達に伝えていく。タルガットの指導は戦闘や採取の方法、武器の手入れなど多岐にわたるが、なかでも特に重視しているのがこうした異変の兆しを見つける方法だった。
獣人の村が魔物の大群に襲われたというかつての事件が、タルガットの思考に影響を及ぼしているのかもしれない。
そして一行は、5階層へと足を踏み入れた。アルマ達にとっては未踏の領域だ。
5階層も4階層とほぼ同じような眺め。だがこの階層には新たに猿の魔物が現れる。
木や岩の上から攻撃してくるので厄介だが、シャムスは投斧、タルガットは投げナイフで対応。エリシュカとランダは元々距離を問題にしないし、マイヤは盾を器用に操作して攻撃した。アルマ以外は対応できるため、問題はなかった。
のだが。
それはかなり遅めの昼食を終え、食休みの休憩をしていた時のこと。
アルマ達は小さな川の近くに陣取っていた。通常だったら、あまり冒険者が通ることはないエリアだという。
だが近くには小高い崖があり、背後から襲われる心配はない。崖には小さな滝がかかっていて、眺めも悪くない。
そこで、アルマがマルテに言う。
「わたし、マルテちゃんは飛べるんじゃないかって思うんだ。」
『ぶっ!飛べるか馬鹿娘!』
「そんなこと言って、試したこともないくせに。」
『口にしたら何でも叶うと思うなよ。どうせさっきの猿に攻撃できなかったのが気になってんだろ。』
「ううう、だって私だけ役立たずだよー。攻撃の幅を広げねば・・・。」
『殊勝な心掛けだが、ムリなもんはムリだから。』
「そう言わずに一回やってみようよ、ね!」
そう言ってマルテを手に立ち上がるアルマ。
マイヤは流れが理解できずに驚いていたが、他のメンツは気にも留めない。ああまたアルマがアホなことを言い出したなあ、くらいなものだ。
「ほいじゃあいくよ。投げたらすぐシューって力入れてね。」
『シューってなんだよ。』
「効果音に決まってるでしょ。速く飛ぶイメージだよ!」
『わ、馬鹿止めろ!し、シュー!!!』
文句を言いながらもとりあえず口には出してみるマルテ。
だがもちろん、速くも遠くへも飛ぶことなく、山なりの曲線を描いて崖の手前に落ちる。
「ちょっとマルテちゃん手抜いたでしょ!」などと言いながらマルテの元に歩み寄るアルマ。
と、アルマがマルテを手に戻ろうとした瞬間、迷宮全体が小さく震えだした。
「全員、低い体勢をとれ!」
タルガットの声が響く。慌てて低い体勢をとる一同。
時間にして、約10秒ほどだろうか。幸いにも震動はすぐ収まった。だがその影響で、崖の上にある岩が転がり落ちてくる。
『アルマ上だ!』
「へ?どわああああ!」
危うく落石が直撃するところだったが、何とかすれすれで躱し、崖に背を付けるアルマ。
「アルマ~!生きてる~?」
「あ、問題ないですー!」
エリシュカの呼びかけに答えるアルマ。と、そこで、今背を付けている岩肌に違和感。
『どうした?』
「ここ、なんか周りと感じが違う?」
アルマは石突をつかって岩肌をつつく。すると、何か抜けたような音が聞こえた。どうやら岩の向こうに空洞があるようだ。
もう一度、今度は全力で岩を打つ。すると、グゴッっと音がして岩を通り抜けてしまう。どうやらかなり薄い。さらに周囲も突き崩していくと、奥に続く通路が現れた。
「アルマ、どうしたん・・・なんすかこれ?」
アルマの様子を見に来たシャムスが通路を見て驚きの声をあげる。
通路の手前には小さな立札が立てられていた。
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従業員専用
関係者以外ノ立チ入リヲ禁ズ
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「姉さまー。またアルマが変なもの見つけてるー。」
シャムスの呆れ声は、アルマが見つけてしまった通路に響き、いくつもの木霊となって消えた。
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※タイトル間違えてました。。。修正しました!