3-1 生協の情報掲示板
日の出から間もない、薄明のなか、棍を打ち合わせるような音が響く。
「てりゃ!」
『そこで止まるな。常に次の動きを考えろ。ほら来るぞ、持ち手にこだわるな。なんのために両手がついてんだ。』
対戦形式で稽古を行っているのは、アルマとランダだ。アルマの槍術とランダの杖術は、異なる体系の技術ではあるが、通ずる部分も多い。ランダとの対戦はアルマにとって非常に有意義であった。もっとも、純粋に槍術と杖術の対戦というわけではない。
『来るぞ、後ろだ!』
「シノさんお願いします。」
「わ、ちょっと、数が多い!うわっぷ!」
ランダの指示を受けて、アルマ達から一定の距離をおいて空を泳いでいたサカナのシノさんが威力の弱い水弾を飛ばす。最初の数発は避けたアルマだったが、ついに顔に水弾を受け体制を崩してしまう。そこへランダの持つ短棒が付きつけられて。
「はい。私の勝ちですね。」
ランダが笑う。ランダが使役するネズミの雪さんとサカナのシノさんは、新たな能力を獲得していた。雪さんは体毛を針の様に飛ばすことができる。シノさんは空を泳ぎ、水弾を飛ばすことができる。
そう、これはランダの戦闘の幅を広げるためのものでもあるのだ。
「くっそう。ちょっとは躱せたんだけどなあ。」
『お前は視野が狭すぎるんだ。あと体勢を崩しすぎだ馬鹿娘。』
「ぐぬぬぬ。」
ランダたちと出会ってから、意思を持つ槍マルテは積極的にアルマの指導を行うようになった。なぜそうなったのか、アルマは未だによくわかっていないが。
ただ、最近になって少しだけ、ジョーガサキが槍を勧めた理由はわかるようになった。小柄で腕力も取り立てて強くないアルマにとって、リーチの差を埋めるとともに、長めに振り回すことで威力を上乗せできる槍は、彼女の弱点を補うものだったのだ。
もちろん、まだまだ使いこなすには程遠いが。
「あちらもそろそろ終わりそうですね。」
見れば、シャムスが両手斧を振り回して、銀級冒険者のタルガットを攻め立てている。対してタルガットは両手に木刀。だが危なげなくシャムスの攻撃をいなしている。
「まだまだ攻撃が軽いぞ。相手の防御の上からでもねじ伏せろ。切るんじゃない。刃先に力を集中して叩きこめ。」
「了解っす!」
タルガットの忠告を受け渾身の一撃を打ち込むシャムス。だがその斧に木刀を横から合わされ、転がりながらタルガットの横を通り過ぎてしまう。
「力を乗せるのはいいが、躱された時のことも考えろー。」
「ま、まだまだっす!」
闘志を見せてすぐに立ち上がるシャムス。今このパーティで一番成長しているのがシャムスだ。彼女の戦闘スタイルに両手斧が合っていたこともあって、メキメキという音が聞こえるほどの勢いで進化している。
だが、その勢いを吹き飛ばすような長閑な声が響き渡る。
「おつかれさ~ん。そろそろ朝稽古は終わらせて、朝ご飯に行きましょ~。」
見れば、声の主は町の道具屋の女主人エリシュカだった。
「あれ?エリシュカさん、今日はお休みでは?」とアルマ。
泉への遠征以来、タルガットとエリシュカはアルマ達の朝稽古に日替わりで付き合ってくれるようになっていた。
今日はタルガットの日で武器の練習。エリシュカの日は魔法を学ぶ。
「ちょ~っとみんなにお願いがあってね。ほらほら、準備して~」
シャムスにとっては、不満の残るタイミングとなってしまったが、いいきっかけでもあったので、結局そこで朝練を終えて、みんなで朝食を食べに行くことになった。アルマ達はそのまま冒険者ギルドで依頼を物色するということで、一旦アルマ達の家に立ち寄った後、冒険者ギルド内の食堂に向かう。
あいにく食堂は冒険者たちで満員だったため、料理だけ頼んで食堂横につくられた生協メンバー専用の売店へ。ジョーガサキがギルド長の許可を得て作った売店だ。ここには、生協メンバーのための食事スペースが設けられている。
「ナルミナー。机と椅子借りるぞー。」
「あいよーって、あんたとエリシュカは組合員じゃないはずだけどねえ?」
「固えこと言うな。こいつらの付き添いだ俺は。」
「ったく。次からは金とるからね。」
店員であるナルミナは元冒険者で、何度かタルガットとパーティを組んだこともあるらしい。
ジョーガサキに真っ向から意見を言い、かつ言い負かせることができる希少な人材で、この売店も彼女の意見が大きく採り入れられているという。
ともあれ、ナルミナの了解を得たので一同はいそいそと席に着く。
朝食は、小さいが重量のある黒パンに皿豆という平たい豆を煮込んだスープのみ。質素だが二日酔いの胃にやさしく腹持ちも良いので冒険者たちには人気のメニューだ。
アルマがひと匙分のスープとパンひと欠片を神棚にお供えし、皆で狐人式のいただきますをしてから食事を始める。
「実は、私には従妹がいるんだけどね。その子からこっちに来るって手紙が届いたの。もう今日の夜にはこっちに着くんだけど~」と、話を切り出すエリシュカ。
「ほうほう?」とアルマ。
「その子は前々から冒険者になりたいって言ってるの。それで、申し訳ないんだけど、こっちに来ている間だけ、アルマちゃんたちのパーティに入れてもらえないかな~って。」
「その従妹って・・・もしかしてマイヤか?」
タルガットが微妙な表情を浮かべて言う。どうやらタルガットは従妹と面識があるようだ。だが、なんとなく歓迎していない雰囲気も感じられる。
「私たちは・・・タルガットさんがいいならいいですけど?」
アルマの言葉にうなづくシャムスとランダ。だが、当のタルガットは。
「俺か?うーん・・・お断りしたいところだがなあ。」
と煮え切らない。
「なんかあるんですか?」とアルマ。
「いや、何があるってわけでもねえが、あいつはちょっと苦手なんだよなあ。」
「タルガットさんがそういうのって珍しいっすね。」
「そうか?まあ・・・会えばわかるとは思うが・・・」
「では、どうしますか?」
「うーん。まあ、どうせ会わないわけにはいかねえしなあ。」
「そうそう。あきらめて~。」
「しょうがねえなあ。」
「よかった~。それじゃあ、明日、またここで会いましょう。顔合わせするから~」
そんなわけで、エリシュカの従妹マイヤが暫定でパーティに加わることとなった。
その後、エリシュカは開店の準備をするために店に戻っていった。
アルマ達は食後のティータイム。最近は生協の仕事ばかりだったが、ようやくひと段落ついた。今日は適当な常設依頼を見繕って、タルガットとともに迷宮に向かう予定だ。
と、その時シャムスがあるものに気が付いた。
「これって・・・」
それは飲食スペースのそばに置かれた組合員向けの情報掲示板だった。これもナルミナのアイデアで設置されたものだという。
そこには、生協メンバーから寄せられた意見書が張られていた。それぞれの要望に丁寧に返答が書かれている。返答を書いているのはジョーガサキ。異常に字がきれいだ。
よくわからないイラストなどには、これまた異常画力の絵で返答している。
「シャムス、どうしたの?」
「あ、姉さま、これなんですけど。」
シャムスが一つの意見書を指さした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【ご意見書】
●お気軽に皆さまのご意見・ご要望をお寄せください
→黒雷蛇の皮を商品に加えてください。
●生協職員からの回答
→現在入荷の予定はありませんが、ご要望にお応えできるよう善処いたします。しばしお待ちください。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「こういうのもあるんだねえ。」とアルマ。
「これがどうしたの?」
「あ。いや黒雷蛇ってそんな簡単に狩れない魔物っすよねえって」
「ああ。それなら、ただの嫌がらせだよ。」
シャムスの疑問に答えたのはナルミナだった。
なんでも少し前、新人の冒険者が鉄級の冒険者たちに絡まれたのをジョーガサキがいさめたことがあったのだそうだ。
その新人組合員はそのまま生協に入ることになった。
だが鉄級の冒険者たちはその時のことを快く思っておらず、わざわざ組合に入って、組合の冒険者たちには狩れない魔物の入荷を希望してきたということらしい。
「ジョーガサキがなんとか入荷しようとして困ればよし。入荷できなければ、意見も聞けないならいる意味はないとか言って退会してから、悪い評判でもばらまく算段なんだろうさ。」
「はえー。暇な奴もいるもんっすねえ。」
「そんで、ジョーガサキはどうするつもりなんだ?」
「評判とか気にするタイプじゃないだろうし、どうでもいいんだろうけどね。ただ、初めての要望がうれしかったらしくてね、珍しく笑ってたよ。ブラックでサンダーなところが素晴らしいとかって。そんで、うまいこと入荷できたら報奨金だすとか言ってたよ。」
嬉しがるジョーガサキというのはどうにも想像できないが、黒雷蛇は強力な魔物なだけあって、さまざまな素材が買い取り対象になる。通常の素材買取価格に加えて報奨金もでるならば、結構な金額になるだろう。
だが、それも狩ることができればの話だ。アルマ達にはまだまだ無理だろう。
と、思っていた。その時は。
だがその日の夜には、アルマ達は黒雷蛇の討伐を決意することになる。
それが新たな騒動の始まりになるとも知らずに。
お読みいただきありがとうございます!
ここからは、第3章となります!
ごブックマーク、ご評価、ご感想、ご意見、ご罵倒など、なんでも結構です。お寄せいただけると喜びます!ほんとにほんとです。