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1-3 そして何かが始まった

「それじゃあ、よろしくね。」

「はい、今日中にお届けにあがりますので!」


依頼主である薬屋の店主の言葉に応え、アルマ・フォノンは町はずれの森に向けて出発した。

今日は冒険者生活協同組合の指名依頼としての初仕事だ。


依頼の内容は、これまでアルマがこなしてきた素材採取。


いつもと違うのは、ギルドから受けるのではなく、依頼主から直接内容を確認し、納品も依頼主に直接行う必要があることだ。


通常の依頼と区別するために、このような形式になっているのだという。

依頼を完了した時点で依頼主には依頼書に署名をしてもらい、それをギルドに持ち帰れば依頼料が支払われる。優良と認められれば報酬も上乗せされるという。


これまで行ってきた素材採取は常設依頼だったこともあり、特にその納品先を意識することもなかった。だがこうして、その素材を必要とする存在はちゃんといるのだ。その事実は、アルマにとっては新鮮だった。


「えっと・・・ラゴナスは根っこから。サルガヤの蔦はできるだけ枝先の柔らかいもの。それから、もし獲れれば針兎の角か。」


毒消しになるラゴナスの薬効成分は、根に近い茎に多く含まれる。さまざまな薬の効能を強くする成分をもつサルガヤの蔦は、新芽とその近くの柔らかい蔦付近が使われるのだという。


用途に応じて必要とされる部位が異なるのだということも、この依頼で初めて知った。

素材採取を専門としていたアルマにとっては恥ずべきことであったが、この機会がなければこれからも漫然と素材採取を続けていたことだろう。

そう思えば、ここで知ることができたことは僥倖だ。アルマはやる気に満ちていた。


「よおアルマちゃん。ケガはもういいのかい?」


町の出入り口で門番の男が声をかけてくる。

元冒険者という男の名はムカサン。壮年ながら引き締まった体躯と傷跡の残る禿頭が印象的な男だ。ずっと一人で活動するアルマを気にかけ、何かと声をかけてくれる。


「いきなり担がれて戻ってきたときはずいぶん心配したんだぞ。」

「あはは・・・ご心配をおかけしました。この通り、ケガは大したことありませんので。」

「そんならいいが。これを機に他の冒険者とパーティ組むことも本気で考えるんだな。」

「はい、ありがとうございます。」

「とにかく、無茶はしないようにな。」


ムカサンの忠告を受け、町を出る。

めざすは草原を抜けた先にある森の入り口だ。


「そんじゃあいきますか!」


大きく伸びをすると、彼女は手に持つ短槍から、鞘代わりの皮袋を取り外す。

その槍は、以前から使っていた小剣の代わりにと、ジョーガサキから与えられたものだ。通常の槍よりもやや長い、幅広の刃先。そして石突の部分は植物のような文様の描かれた金具がはめられている。


アルマは、槍での戦闘は経験がない。だが、ジョーガサキによればこの戦い方が彼女には向いているのだという。

元々しっかりとした戦闘スタイルも確立していないアルマは特に気にすることもなく受け入れたが、まずは弱い魔獣で試しておきたい。

その意味では、攻撃力の低い針兎はうってつけだろう。


「めざせ借金完済!針兎―、針兎でておいでー。」


いつ戦闘になっても良いように、武器を構え草原を進む。だが、戦おうと意気込む時に限って獲物は現れないものだ。


結局、特に魔物と出会うこともなく、太陽が中天にかかる前には、森の入り口から少し分け入ったあたりの少し開けた場所に辿り着いた。そこはアルマが素材採取時によく訪れる場所だ。


早速ラゴナスの花を見つけ、採取しようとして、ふと気が付く。

そういえば根っこから掘り出すための道具がない。今までは根元付近からむしり取っていたから特に必要なかったのだ。仕方がないので、槍の刃先をヘラのようにして、花の周囲の土を掘り返していく。


『ち・・・』


その時何か、舌打ちをするような音が聞こえた。作業を止め、辺りを伺う。だが、周囲には人どころか魔物の姿も見えない。気のせいかと割り切り、再び土を掘り返す。その作業をしばらく続けると、依頼された量はすぐに集まった。


「次は、サルガヤ・・・あれだ。」


サルガヤは他の木に巻きつくようにして生長する蔦状の植物で、このラスゴーの森ではごく普通に見られるものだ。

木の幹に巻きつくサルガヤを見て、できるだけ枝先の蔦を採取するなら、木に登らなければならないということに気づく。だが当然、そのための準備は何もしていない。

しばし考え、手に持つ短槍に紐をくくりつけると、その刃先を地面に突き立て木の幹に立て掛けた。そのまま単槍を足掛かりにして手前側の太い枝によじ登ると、紐で結ばれた短槍を引き上げる。


「私、天才かもしれない。」

『はあ・・・』


と、今度は誰かがため息をつくような音が聞こえた気がした。周りを見回すが、やはり誰もいない。

ちょっと気を張りすぎているのかな。アルマは、小さく頭を振ると、その枝から四方に伸びるサルガヤを、短槍を使って引きはがしていく。これもここだけで十分な量を集められそうだ。


ほぅ、と息を吐き、周囲を見回す。と、視点が変わったおかげか、先ほどラゴナスを掘り返した辺りの草むらが動いているのに気が付いた。


息をひそめ、草むらを注視する。と、そこから現れたのは針兎だった。全身を針状の毛で被われた大型の兎で、ラスゴー周辺ではよく見かける魔物だ。

その肉は食用になり、毛皮は防具などに用いることができる。額から突き出た角は比較的加工がしやすいため、さまざまな道具に用いられている。今回、もし可能なら取ってきてほしいと薬屋に頼まれていたものだ。


(うまく仕留められたら、これで依頼完了だ。)


現れたのは2匹。気を付ければ子供でも倒せる魔物だ。何とかなるだろう。

アルマはなるべく音を立てないように木の幹をつたって下りると、針兎の背後へと回る。そのまま奇襲できれば良かったが、そこまでの技量はない。あと10歩ほどの所で不用意に物音を立て、あっさり気づかれてしまう。


「だあああ、もう!惜しかったー!」

『惜しくねえよ、馬鹿野郎!』

「うえ?誰?」


奇襲が失敗したアルマは針兎が攻撃態勢に入る前にと突撃しようとするが、突如響いた謎の声に動きを止めてしまう。


『馬鹿野郎。前見ろ前!』


再び響く謎の声。見れば、今まさに針兎がこちらに突進を仕掛けるところだった。


「どわああ!こんにゃろう!て、切れない!なまくら!」

『ふざけんな!己の未熟をあたしのせいにすんじゃねえ!』

「だから誰!て、槍?槍がしゃべったああああ!」


どうやらこの声は槍から響いてくるらしい。その事実にアルマは再び動きを止める。


『だまって見てりゃあ人様を土堀やら踏み台やら蔦切りに使いやがって。いい度胸だな、小娘。』

「え?いきなり怒られてる、私!」

『挙句の果てになまくらだと?ああん?』

「ご、ごめんなさい!」


戦闘中だというのに、会話に夢中になりかけるアルマ。だが、魔物は待ってはくれない。


「てか、魔物来た!そいやああ!て、やっぱりなまくら!」

『ちがうつってんだろうが!刃筋を立てろよ!だあもう、腰を入れろ馬鹿!』

「ちょっとそんなに言われてもわかんないよ!変な横槍入れないで!」

『何が変な横槍だ!アドバイスしてやってんだろうが』

「・・・槍だけに?」

『真面目にやれ!糞ガキがぁ!』


魔物のひそむ森に、妙に明るいアルマの声と、男性とも女性ともつかない、中性的な槍の声が響き渡った。


牛歩ですが、ちょっとずつ物語が進んでいきます。

まったりお待ちいただければ幸いです。

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