閑話 生協売店のナルミナさん
「ナルミナ・ヴィネル。元黒鉄級の冒険者だよ。迷宮でドジ踏んで、足を悪くしちまってねえ。いい機会だから足洗うことにしたはいいけど、行くあてもなくてさ。大した取り柄もないけど、良かったら雇っとくれ。」
それは6日前のこと。
あたしは、ギルドの掲示板で偶然見つけた「生活協同組合売店の店子募集」の張り紙に飛びついた。
冒険者としてはもう頭打ち。パーティの仲間は気にしていない風を装ってくれてるが、お荷物になりつつあるのは、あたしが一番わかってる。
いい機会だと思って、すぐに面接の申し込みをして、その日のうちにパーティを抜けた。パーティメンバーは引き留めてくれたが、その一方でどこか安心した気配も感じた。
思えば、何もない冒険者人生だった。
はじめこそ英雄に憧れ、一流冒険者を夢見て頑張っていた。だがいつしかそれは、日々の生活の糧を得る為だけの手段に変わっていった。
まあ、そのことに何の不満もない。所詮あたしはその程度だったということだ。
で、翌日に面接。
面接担当はジョーガサキとかいう職員。ああ、そういえば。ずいぶん前に一度だけ受付に並んだら、やたらネチネチと文句を言われて、それ以来避けてたから忘れてた。
なんかよくわからない組織作ったとか噂で聞いてた。
しまった。こいつが絡んでんのかい。
ジョーガサキはまったくやる気なさそうで、その顔を見てたら、なんだかもうどうでもよくなった。
一緒に面接を受けていた娘たちはみな可愛くて、礼儀もしっかりしていた。せめて取り柄くらい、適当に盛っとけば良かったかなと少し後悔はしたけど、もう遅い。器量も才能も初めから負けているのだ。嘘をついても、自分がみじめになるだけだ。
けど。
「今日からここがあなたの職場です。商品の販売と在庫の管理、新組合員の勧誘が主な業務となります。いずれは商店との交渉や組合員への仕事のあっせんなどもお任せする予定ですが、まずは業務に慣れてください。」
「あいよ。まあ適当にやるよ。」
何故か採用されちまった。
聞けばこのセーキョーとかいう組織はジョーガサキがつくりあげたもので、管理・運営のすべてはあの男が一人で担っているのだとか。
セーキョーについても説明を受けた。引退後の就職あっせんとか、初級者応援とか。要するに、会費を払うことで特典を受けられる富裕層向けサービスって感じかね。入れるなら入りたかった、と今は思う。まあ、現役時代にはそんなこと考えなかっただろうけど。
そんな組織を仕切るあいつが、なぜあたしなんかを選んだのか。もしかしてあいつ、年上好きなのかね。まあ、ないか。とにかく拾ってくれたことに感謝はしよう。それなりに売り上げに貢献しよう。職を失って野垂れ死には嫌だからね。
ギルドの食堂横の空き部屋を改装した売店。これからは、ここがあたしの戦場だ。
と。一応やる気を出してみたはいいけれど、やれることはあまりない。ヒマなのだ。
聞けば、今組合員は10人ほどしかいないらしい。こないだちょっと騒がれてた森の迷宮を組合員が攻略したのだそうで、その話を聞いて加入したのがちらほら。いずれも新人冒険者ばかりらしい。客がいないのに、何をがんばりゃいいのさ。
あんまりヒマなので、商品を見て回る。
初級冒険者向けの素材採集セット、野営セット、応急処置セット、非常食。後は貸出用の武器防具が数点。
悪くはない。むしろよく考えられてるし質もいい。なんなら冒険者やめるまでずっとこれでいいくらいだ。
だが高い。市価よりはだいぶ安いけど、それでも初級冒険者でこんなの買えるわけがない。
なんだか先のない職場に来ちまった。そう思って初日が終わった。
来客ゼロ。売上ゼロ
2日目も朝からただ座っているだけ。
ヒマを持て余して、非常食を自腹で購入してかじってみる。なんだいこりゃあ。土に毒草混ぜたのかね?
だんだん腹が立ってきた。だいたいこの陳列も部屋の雰囲気も、客を呼ぼうって意識がない。立ち寄りたいって気持ちにさせる工夫がない。陳列を変えたいけど、それも管理しにくくなるからと禁止されている。
あと、あの神棚。なんの神か知らないけど、時々気配がして怖い。祟られたくないから拝んどくけど。
2日目終了。
来客ゼロ。売上10コルン。
3日目。
ヒマすぎるので椅子を持って売店の前に移動。ギルド内の様子をぼんやり見て過ごす。
おや、あれは見ない顔だね。新人冒険者だね。
それを見て、ニヤニヤ笑いながら立ち上がる野郎が3人。鉄級の奴らだ。新人いびりで日頃のうっぷんを晴らすつもりだろう。
「あんたら、やめときな。」
「うっせえ。引退した奴はだまってろ。」
「セーキョーはセーキョーで仲良くおままごとでもしてろや」
「だはは。確かにな。安全と安定て、冒険者から最も縁遠いわ。」
あいつら、あたしが冒険者だった頃はこそこそして目も合わせなかったくせに。
腹が立った。お前らが冒険者を語るなと、そう思った。もうこんな売店はほっといて、今すぐあいつらぶちのめしてやろうか。
けど、3人組が新人に絡みだしたその瞬間。
あの男、ジョーガサキの手が動いた。そして、次の瞬間には、3人組の一人の顔を掠めて筆記具が壁に突き刺さる。
「失礼。手元が滑りました。」
「てめえ、職員ごときが何してくれて、うわ!」
「失礼。今日は手が滑りやすいようで。お気をつけください。」
「こ、この野郎。覚えとけよ!」
捨て台詞をはいて、3人組はギルドを出ていく。
へえ、意外とやるもんだと思ったのもつかの間、ジョーガサキはさっきの新人冒険者を捕まえて、生協への勧誘をはじめた。
何だい、結局自分の組織に入れるために恩を売りたかっただけかい。
馬鹿らしいので、もう売店に引っ込む。
と、さっきの新人君が来店だ。ああ、こりゃ押しに弱そうだ。無理やり生協に入れられたのかね。
「いらっしゃい。何を探してんだい?」
「あ、ええと。生協メンバーはここを使えるって聞いて。ここで色々揃えられるって聞いたんですけど・・・うわ、高い・・・。」
「だよね。ああ、いいよ。バラして売ったげる。今もってる装備と使えるお金を教えとくれ。お金は全財産じゃなくて、無理せず使える範囲でいいからね。宿代3日分くらいは残しとかなきゃだめだよ。依頼は何から行く?採取系?討伐系?パーティは?」
バラすのはいいけど、一個ずつの値段はどうするかね。もういい。知るもんか。大体でいいさ。こんな新人の子まで巻き込んで日銭を稼いだって仕方ない。
せめてこの子が今後少しでも冒険者としてやりやすくなるようにしてやろう。
・・・・で。
新人君は感謝してくれたが、案の定、ジョーガサキからは、不機嫌そうな顔でネチネチと文句を言われた。
何を偉そうに。もう、あんまりにも腹が立ったので言ってやった。
「そんなこと言ったってこんな値段じゃ誰も買わないだろう!」
「市価よりは安いはずですが。」
「市価より安くてもここまで揃えられる新人なんてどこにいるってんだい!」
「しかし安全を考えれば、最低限この程度は必要です。」
「買えなきゃ安全もへったくれもないんだよ!それになんだい、こんな配置じゃ誰も買いにきたいなんて思わないだろ。あと非常食、あんなの食えるか!」
「緊急時に必要な栄養素はすべて詰め込んであります。」
「あんたにゃ人の心がないのかい?緊急時だからこそ、味は大事なんだよ。あんなの3食出されたら、あたしだったら死を選ぶよ。あんたは冒険者の心ってものがまるでわかってないんだ。この金の亡者め!」
「・・・なるほど。わかりました。」
ジョーガサキは何も言えなくなったのか、そのまま出て行った。
あーあ。やっちまった。けど後悔はない。こんなけったくそ悪い職場、もうどうでもいいさ、。
本日の来客数1。売上300コルン
で、4日目。
正直もう、クビだと思う。でもはっきり言われてないし、言われていない以上は責任ってものがある。重い足を引きずって、売店へ。
するとなんだい?商品の配置が変わってる?
それぞれの商品ごとに特長や使い方を書いた札まで。てか、字めちゃくちゃキレイなんだけど?
「遅いですよ、ナルミナ・ヴィネルさん。これ、見てください。昨日あなたが販売したものを参考に、新たに簡易版のセット案を作成しました。ご意見をお聞かせください。こちらは個々の商品の販売価格をまとめたものです。バラで売る時はこちらを参考に。昨日の場合だと、312コルンになるはずですので、12コルンはお給料から差し引きます。」
「ちょちょちょ、まっとくれ。あたしはクビじゃないのかい?」
「なぜですか?計算間違いくらいではクビにしません。あまりに繰り返されたら考えますが。」
「いやでも、勝手にバラで売ったり、あんたのことも、人でなしみたいに言っちまったし。」
「正直、安全に冒険者をやっていただくためにはセットでの購入をおススメしたいのですが、懐事情までは考慮していませんでしたから、あなたのご意見は参考になりました。私が人でなしなのは、事実ですから非難にはあたりません。」
「は?あんた自分で人でなしって・・・」
そこであたしは、改めて店内を見る。
「この配置替えも、説明書きも、全部あんたがやったのかい?」
「見やすくなるよう意識したつもりですが、気になる点はご指摘ください。他にも何かあればどうぞ。」
そこであたしは思ったんだ。もしかしたらあたしは、勘違いしてたのかもしれない。
見れば、相変わらずの不機嫌顔。
ああ、なんかわかっちまった。こいつはきっと・・・・。
「そんじゃあ言わせてもらうけどね。あんたが改めてつくったこの案でもまだ高い。」
「いや、しかし最低限の安全を。」
「安全の前に明日のおまんまだよ。これとこれは後回しでいい。そうだね、地図をつけよう。セーキョー独自の地図をつくって安全に素材採取ができる場所を記して、このセットではここまでしかいけないよって決めときゃいいさ。それと、情報掲示板もいるね。独自の情報網が自然にここに集まるようにすりゃ、みんな顔を出すようになる。意見箱なんかもおいて、扱ってほしい商品を聞くのもいい。あとは・・・あ、あれだ。売り子をもうちょっと可愛げのある若い子にしたらいいんじゃないか?」
「わかりました。最後以外はすべて採用しましょう。」
「え?なんでだい?若い子目当てに来る奴だっているよ?」
「意味がわかりません。あなたは元黒鉄級の冒険者です。過去に達成された依頼を確認しましたが、幅広い依頼をこなした知識と経験がある。元パーティメンバーの職業も多彩で、武器やパーティについて、新人に必要な道具や武器のアドバイスもできる。若さに何の意味があるのです?」
・・・・ああ。あーあ。
ダメだ。今の一言はダメだ。
まったく、なんてこったい。こいつは、こんな奴に限ってちゃんと、あたしを見てくれていた。
あたしのこれまでの冒険者生活が、まったくムダでなかったと。あたし自身は一流の冒険者にはなれなかったけど、あたしの知識で、未来の一流冒険者を育てることもできるんだと、その道を示してしまった。こんなやる気なそうで不機嫌そうな奴に!
そんなことを言われたら私は・・・。
「ではその方向で。非常食はしばしお待ちを。数日内に味を調えた試作品を持ってきますので。」
「なに言ってんだい!そうやって何でもかんでも自分でやるからダメなんだろうが!レシピをあたしによこしな!それはあたしがやるよ!」
「しかしその業務は、契約に入っていません。追加の報酬はだせませんので私が。」
「はあ・・・だいぶあんたのことが分かってきたよ。いいから、よ・こ・せ。あたしがやりたいんだから。」
「そうですか。ではそのように。」
「・・・・ちなみにさ。あんた、なんでこんな組織つくったんだい?」
「生協ですか?それはもちろん、私が楽をするためですが?」
「は?」
「冒険者というのは、無策で無謀で無茶をする生き物です。それに付き合っていたら、私は残業することになる。安全・安心な冒険の在り方を伝えて、誰もが余裕を持てるようになれば、私は残業しなくて済むでしょ?」
・・・・・。
やっぱりこいつは、ろくでもない奴だった。
ていうかあれだ。
「あんた、馬鹿だろ?」
「は?なんでそうなるのですか?」
残業しない仕組みをつくるために、いま自分がどんだけの仕事を抱えて、どんだけ残業してるかわかってんのかね?
まあいい。もうなんか、どうでもいい。
見てな、あたしがこの売店の売り上げ、伸ばしてやる。ははは、なんだろうね。俄然やる気がわいてきた。みてろよジョーガサキ。
お読みいただきありがとうございます!ブックマークが増えました!
2章の結末が不安だったので超うれしい!
ここから数話、閑話となります。3章も頑張りますのでよろしくおねがいします!