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2-15 お仕舞いの刻に

ジョーガサキの一計によって、迷宮からあふれた魔物たちはヌアザの神域に押し込められた。

魔物の進行速度が異なるため、一網打尽というわけにはいかなかったが、足の遅い魔物はランダが魔法で追い立て、その魔物たちも無事ヌアザの神域に収容された。


「あての神域が・・・美しい神域が魔物の巣窟に・・・」


あの美しい森に魔物がすし詰めになっているのを想像すると、おかしいような悲しいような気持ちになり、アルマ達は何も言えなかった。


ともあれ魔物の群れの処理をなんとか終え、一行は牛6号のピストン輸送で泉のほとりまで戻ってきた。気が付けばもう夜半を過ぎ、青く輝く月が中天に座していた。


泉は、もはや光を放ってはいなかった、だが、初めて来たときと同じように鏡面の如くで、星月の明かりをやわらかく照り返している。


そのほとりに、ランダが立つ。

以前は何物もいなかった泉に、今は一匹の魚がゆらゆらと泳いでいた。魚は、何かを語りかけるように水辺の近くから離れない。


「この月あかりに浮かぶその姿のなんと可愛らしいこと。その胸びれや尾びれがゆらめく様子のなんとたおやかなこと。」


かつて、夜の女神がそうしたように、ランダは声をかける。

魚は、何も応えない。


「・・・私と共に来てはいただけませんか。」


瞬間、魚がたじろいだように見えた。ランダの横にヌアザ神が歩み寄り、声をかける。


「かつて泉の神と呼ばれた者よ。今までよう尽くしてくれた。けど、夜の女神と共に消えることはできんのや。ならいっそ、この子の元に行くのはどうや?あいつがどんな思いだったのか、その答えもきっとわかると思うで。」


魚は逡巡した様子を見せた後、水面から顔をだした。

まるで、天に座す月を見つめているかのようだった。

どんな思いで月を見ているのかは、わからない。だがやがて、決意を固めたようにランダの足元に近寄ってきた。

ランダは自らの小指の先をナイフで切ると、その指を水面に近づけた。


四海(よつのうみ)四地(よつのくに)、九星、九天、遍く御座す諸神に(かしこ)み告げ(もうさ)く、今このとき万代(よろづよ)(さかずき)取り交わし(ちぎり)を結ぶ者の名は東雲(しののめ)(やすら)けく聞食(きこしめ)て、(さいわい)(たま)えと(かしこ)(もう)す。・・・この名前を受け取っていただけますか?」


そして、ゆっくりと小さな魚が近づき、ランダの指先から滴る血を口にして。

契約は成った。

星と月の明かりは、まるでそれを祝福するかのように、天と水面に揺らめいた。


「シノさんと呼ばせていただきますね。これから、よろしくお願いします。」


ランダは両手で小さな水たまりをつくって、そこにシノさんを入れると、大切そうに運んで、アルマとシャムスの前に立つ。


「私、決めました。冒険者を続けます。魔物はまだ怖いけれど、できるだけたくさん、美しい景色や人の暮らしをシノさんに見せてあげたいんです。」

「そっか・・・。そうかあ。もちろん大歓迎だよお!シノさんも、よろしくね!」

『おい、鼻水をふけ馬鹿娘。』

「もちろん私も大賛成です。姉さまのことは、私がずっと守りますから!」


泣きながら笑い合う3人を、タルガットとエリシュカもまた笑顔で見つめていた。ジョーガサキだけは、相変わらずのしかめっ面だ。


そして、一夜が明け。


仮眠をとって体力を取り戻した一行は、町に向けて出発した。

ただし、ジョーガサキだけは町に報告するといって、牛6号に乗って先に帰っていったが。


「俺たちに合わせて移動するのが耐えられなかったんだろうな。」

「野営とか嫌いそうだもんね~、ジョーガサキ君。」


とは、タルガットとエリシュカの弁。

その後、さらに二晩の野営を経て、翌日の夕刻前にようやく一行は町に辿り着いた。

体力的にはかなりの強行軍ではあったが、彼らには急ぐ理由があったのだ。

それは、今回の遠征のきっかけになった依頼だ。


「おお!嬢ちゃん、よく戻ったな!心配したぞ!」


町の入り口で、温かく迎えてくれたのは門番のムカサンだ。


「ただいま戻りました!迷宮の話は聞いてます?」

「ああ。昨日遅くにジョーガサキさんが戻ってきた。今日も、上役の連中がジョーガサキさんから聞き取り調査してるところだ。お前らも報告にいくんだろう?」

「うん。依頼を終わらせてからね。」


あいさつを交わして町に入る。町の様子は、いつもより少し慌ただしく見えた。

魔物の襲撃の恐れがなくなって、元の日常を取り戻そうとしているのだろう。


一行はまず、薬草にもなるサリムサクを届けるために、依頼主であるテシャ少年の家を訪れることにした。テシャ少年の両親は、ギルドに依頼を出したことは知っていたようで、すぐに迎え入れてくれた。


「まさか本当にサリムサクを見つけてくださるとは・・・。どうぞ、祖母に会ってやってください。」


そして、アルマたちは老婆と対面することとなった。会うのは、これが初めてだ。


その老婆は、飾り気のない部屋の窓際で、ただじっと椅子に座っていた。

まるで置物のようで。

まるで心が固まってしまったかのようで。

アルマ達にも関心を示すこともない。

瞬きすら忘れ、今にも呼吸まで忘れてしまいそうだった。


「最近は、もうずっとこんな調子なんだ・・・。」


(ひざまず)いて、老婆の手をなでながらテシャ少年が泣きそうな声で言う。

その声にも、反応することはない。

心が乾いて、乾ききって、その表面が固く(こご)ってしまっているかのようだった。


「もっと早く持って来ればよかった。すみません。」

「とんでもない。感謝こそすれ、文句など。ギルドに依頼を出した時には、もうこんな調子だったんです。」

「アルマ。サリムサクを。」


タルガットに促され、アルマがサリムサクを取り出し、老婆の口元にその花びらを近づける。


「おばあさん、この花の蜜を。」


その言葉に反応することはない。

テシャ少年が手伝って、ゆっくりと老婆の口に花の蜜を落とす。


サリムサクを口にした老婆は、しばらくそのまま動かずにいた。

誰もが、身動き一つしなかった。

もしかして、間に合わなかったのだろうか。どうか、どうか効いてくれますように。


すると突然、一同が見つめるなかで老婆がわずかに動いた。

目を閉じて、椅子の背に持たれ、静かに息を吐いた。

そして、ゆっくりと目を開けて、こう言った。


「おや、テシャ。ここにいたのかい。」

「ばあちゃん?ばあちゃん!僕のことがわかるの?」

「ん?当たり前だろう。ああ、すまなかったね。ちょっと、昔のことを思い出していたんだよ。」

「昔のこと?」

「そう。昔々のこと。テシャが生まれた時のこと。テシャのお母さんがお父さんと結婚した時のこと。それから、爺さんのこと。」

「お母さん・・・。」


テシャの母親が、老婆に近寄り、その手を取る。

サリムサクのもつ不思議な効能。それは、「幸福な記憶を呼び起こす」というものだ。

その不思議な力は、今まさに消え入ってしまいそうな老婆の心にも届いた。

それは、サリムサクを手にしたものだけが享受できる奇跡。だが、奇跡はそれだけではなかった。


「ああ。それから、そう。森で女神さまに会ったこと。」

「女神さま?」

「そうだよ。まだテシャよりも小さかった頃のことさ。あたしはね、森で迷子になっちまったことがあってね。そこで、森の女神さまに会ったのさ。お供のお方も、それはそれは美しかった。ああ、なんで今まで忘れてたんだろうね。あの夜、あたしは女神さまの神域に招かれたんだよ。あんまり綺麗な場所で、あたしはもう、天国に来ちまったのかと思ったもんさ。」

「その話、昔聞いたことがあるわ。」

「そうだったかい。」


老婆はテシャ少年を、そして少年の母親を優しくなでた後、辺りを見回して、初めてアルマ達に気づいた。そして、涙を浮かべるランダに声をかける。


「おやまあ、こんなにたくさんのお客さんがいたなんて。あらあら、お嬢ちゃんどうしたの。何か悲しいことでもあったのかい?」

「いいえ。いいえ、お婆さん。うれしいのです。あなたが女神さまのことを思い出してくれたのが。」

「そうかい?うん、そうかい。それなら、良かった。」


ランダの言うことはわからないなりに、気持ちは伝わったのだろう。

老婆はそう言って、笑った。


その後も、老婆の話は止まらそうになかったが、せっかくの家族の団欒(だんらん)を壊したくはない。

アルマ達は追加で1束ほどのサリムサクを渡すと別れを告げ、テシャ少年の家を出た。

ランダはそこで召喚できるようになったサカナのシノさんを掌の上に呼び出していた。


何も言わずとも、シノさんには伝わっていたようだ。

アルマたちも、何も言わなかった。

誰も何も言わずに、来た道を戻っていった。

老婆の病気が、サリムサクによって良くなるのかはわからない。

老婆が思い出したことで、夜の女神がどうなったのかもわからない。

だがそれでも。この遠征は無駄ではなかった。


気が付けば、町はもうだいぶ落ち着いて、日常を取り戻しつつあった。

人というのは、なんとたくましいのだろう。

そんなことを思いながら、一行は冒険者ギルドに向かった。


ギルド内に入ると同時に聞こえてきたのは、意外にも怒声だった。声の主は、サブマスターのダリガ・ソロミンだ。


「おい、まだ報告は終わってないぞ!まて!ジョーガサキ!」

「伝えるべきことはすべて伝えました。後日報告書にもまとめます。まだなにか?」

「まだ何かじゃねえよ。自分らで何とかできたならなんでもっと早く報告しねえんだ!周辺都市から警備が無駄になったという苦情がジャンジャカきてんだぞ!この町でも警護の冒険者を募るのにどんだけ金かかったと思ってんだ!」

「それは、私の知ったことではありません。私の報告を待たずに先走ったダリガ・ソロミンさん、あなたの責任では?」

「な!まてこの野郎!」


ダリガの制止を振り切り自分の席へと戻るジョーガサキ。しかし、それを新人職員のルスラナ・クエバリフが阻む。


「こ、今回は対応が遅れましたけど、私だって異変には気づいていたんです!これで勝ったと思わないでくださいね!」


言うだけ言うと、ルスラナは席に戻ってしまう。そこでダリガが追い付き、ジョーガサキに説教を始める。

アルマ達一行は、目を丸くしてその様子を見ていたが、やがて互いの顔を見て、笑いだす。


「あー、なんだ。報告はまた今度にすっか。」

「うふふ~、そうしましょうか。」


どうやらジョーガサキは、今回の働きでまた周囲の反感を買ったようだ。

だがそれは、いつもの、当たり前のようにここにあった光景。

アルマ達はそれを肌で感じて、なんだかとても可笑しくなって、そのまま踵を返してギルドを出る。


こうして、アルマ達の初めての遠征は、終わった。






はずだった。






数日後。冒険者ギルド、受付近くの一室にて。


「ジョジョジョジョーガサキさん・・・これは一体?」

「祠です。」

「いや、なんでギルド内に祠が?」


アルマの質問に、ジョーガサキは相変わらずの不機嫌そうな顔で答える。


「先日の迷宮封じ込めの報酬として、生協メンバー専用の売店をつくることをギルドマスターに承認いただきました。それで、売店をつくるついでに祠をつくってもらっただけですが?」

「いや、なんで?」

「神域に閉じ込めた魔物が出てきては困りますから。ヌアザさまの信仰を集めてもう少し永らえていただくことにしました。せっかくなので、女神さまもセットで。」

「えええええ!」


祠というよりは神棚と言った方が似合いそうなミニチュアのお堂。そして、その前には二柱の神。

ちっさなおっさん。ヌアザだ。その横にいるちっさなおばさんは?


「ももも、もしかして・・・夜の女神さま?」

「あはは。そないに畏まらんと。ケリドウェンって呼んでな!」

「なんや妙なことになってしもたけど。そんなわけで、まだしばらく、よろしゅうな。」

「ええええええ!」

「これで組合員倍増もまちがいなしですね。」


相変わらず不機嫌そうな様子で語るジョーガサキにアルマが叫ぶ。


「こんなこと考えたのなら、何で先に言わないんですか!私たちの心配と涙を返せー!」


こうして冒険者生活協同組合に、新たに売店と守護神が加わったのだった。


お読みいただき、ありがとうございます!これにて、第2章は閉幕です。

2章を書き始めた当初から、結末をどうするかはずっと悩んでいました。


ご都合主義に見えたり、部分的に蛇足に感じたりする部分もあるかもしれません。

それでも、今はこれがベストな結末だと思っています。

皆さんはどのように感じられたのか、もしよければ、ご感想などいただけたら飛び上がって喜びます。

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