2-14 快心の一撃
「今度は一体何をやらかしたんですか?アルマ・フォノンさん。」
「あ、あらぬ誤解を受けている!」
ジョーガサキの誤解はさておき。
一行は、これまでの経緯をジョーガサキに伝える。
ジョーガサキは不機嫌そうにその話を聞いていたが、すべて聞き終えると大きくため息をついた。
「そういうわけでジョーガサキ、すまねえが、先にギルドに戻って魔物に備えるように伝えてくれねえか。」
「お断りします。」
「は?いや・・・え?」
「お断りします。」
「いや、なんでだよ。時間がねえんだ。」
「あなた方が迷宮に入って、もう2日と半分が過ぎているんですよ。私が町を出てからでいえば5日目です。もう町でも魔物への警戒はしています。」
「いや・・・そうだけど。え?2日半?」
迷宮にもよく潜るタルガットは、自身の時間感覚にそれなりの自信を持っている。だが、今回はそこまでの時間を過ごした感覚はない。
「迷宮の中と外では、時間の流れも違うみたいね~。」
「そのようで。それよりも、私が先に行って、あなた方はどうするのですか?」
「俺が残る。できる限り魔物の数を減らす。」
「タルガット・バーリンさん。あなた馬鹿ですね?」
「な!」
「そんなことをしたところで、どれほどの時間稼ぎもできないでしょう。それに、魔物が溢れるのを待っていたらあなたも泉の神とやらも死んでしまうではないですか。」
「だからって黙ってみてるわけにもいかねえだろう!俺は・・・」
「ちょ~っと黙って~、ジョ~ガサキくん、なにかアイデアでもあるのかな?」
「ありますよ。迷宮の主と友誼を結んでいたというのは想定外でしたが、迷宮の崩壊は当初から想定していたことですから。」
「なんか視線が痛いんですけど!私は何も悪くないですよ!」
「アルマさんまって。ジョーガサキさんの案なら、泉の神さまをお救いすることもできるのでしょうか?」
ランダの問いかけに、ジョーガサキは少し思案気な表情を浮かべ、一行を、そして泉の迷宮を見回した。
「1日といったところですかね・・・。超過労働になってしまいますが、早く帰るため。残業代は皆さんに請求しますよ。」
「は?」
「こちらと時間の流れが違うことを勘案すると、まだ1日くらいは余裕があるとみていいでしょう。では、私の案でいくということで。とりあえず、道案内をお願いしたいのですが、ランダさん、よろしいですか?」
「その案で、泉の神さまをお救いすることができるんですよね?」
「おそらく。」
「ではお手伝いします。」
「俺たちは何すればいいんだ?」
「仮眠です。」
「は?」
「今の状態で動かれても効率が悪い。仮眠して体力を取り戻してください。後で囚人のように働かせますからご心配なく。」
あっけにとられる一行。だが、エリシュカがその言葉に乗った。
「うふふ~。なにかわからないけど、指揮官くんがそう言うならそうしましょ~。さあ、みんな仮眠するわよ~。ランダ、疲れてるところ悪いけれどお願いね~。」
結局、ひとまずは体力回復を優先することとなった。
切羽詰まった状況で眠れるわけがないと誰もが思ったが、体力は本当に限界だった。迷宮の中と外で流れる時間が異なるとはいえ、迷宮に入ったのは深夜。迷宮に入る前と合わせると、少なくとも丸2日近くは動きっぱなしだったのだ。
全員が天幕の中で横になるなり、あっさりと意識を手放した。
そして。
「ひゅうり、ひょうら、ひょうひょうと唄え。その根源たる力は喜。我が喜悦の風よ、風刃となりて、敵を裂け。」
「シャムス、倒れるぞ!引っ張れ!」
「了解っす!」
エリシュカが唱えた魔法によって大木が倒れる。それに合わせてタルガットとシャムスが大木に括り付けたロープを曳き、倒れる方向を調整する。
3人はまさに、囚人の如く働かされていた。
「しかし、ジョーガサキもとんでもない作戦を思いつくな。木を倒して防壁代わりとは。こんなんで本当にいけんのか?」
「いけるんじゃな~い?誘導するだけなら~。」
「けどこれ、きついです!囚人より働かされてる気がするっす!」
「私たちが迷宮に入っている間にここまで進めてくれてただけでもありがたいわよ~。ランダちゃんのおかげで美味しいごはんも食べられたし~」
3人が仮眠している間にランダはジョーガサキの案内を済ませ、さらに食事の用意までしてくれていた。温かい食事によって体力もかなり取り戻したのだが、それでも深い森の中での作業は重労働だ。
しかし、最後まで働いていたランダと、体力が少ないアルマはまだ仮眠中。3人が頑張るしかない。いや、あと1人と一頭がいるのだが。
と、遠くからドーン、ドーンという轟音が響く。牛6号だ。
「あっちもがんばってるみたいね。」
「あの音のおかげで、魔物が近寄ってこないのはありがたいっす。」
「そうね。それじゃあ、ジョーガサキくんに怒られないうちに続きをやっちゃいましょ~」
「ち。町に戻ったら、あいつのおごりでしこたま酒を飲んでやる。」
3人は再び倒木で防壁をつくる作業に戻っていく。
牛6号が体当たりをする轟音と、木が倒れる音は、その後半日近く続いた。
そして、日が暮れて。いよいよジョーガサキの作戦がスタートする。
先陣は一番仮眠をとって体力も十分に回復したアルマだ。アルマは一人、泉のほとりに立っていた。
「1番、アルマ・フォノン、行きます!」
アルマはそう宣言すると、泉の迷宮に入っていく。
迷宮の中は最後に出てきた時と変わった様子はないが、光の道はもう消えていた。
「ほな、やろか。」
『ったく。なんでこんなめんどくせえことを。』
「おやおやマルテちゃん、こういうのこそマルテちゃんの得意分野でしょ?」
『どこがだよ馬鹿娘。』
「照れちゃってもう。それでは元気よく参りますよー!」
そしてアルマは大声で叫びながら迷宮の奥へと進んでいく。その声に槍のマルテとヌアザ神が追従する。
「泉の神さまー!魔物たちへの備えができましたー!もう神域を解除してもだいじょうぶですー!」
『泉の神!聞こえてたら神域を解除しろ!迷宮を崩壊させろ!』
「おおーい。聞こえてるかぁ?聞こえてたら返事しい!」
まさかの迷宮崩壊を促す呼びかけ。しばらく泉の神に呼びかけながら進む。すると、遠くから地響きのような音が聞こえてきた。
「おっさん。これって・・・?」
「ああ。こっちの声は届いたようやな。迷宮が崩壊をはじめたで。」
やがて、魔物たちが上げる咆哮や、足音のようなものが混じりはじめる。
『馬鹿娘。引き上げだ!』
「了解です!」
アルマ達は踵を返して、迷宮の出口をめざす。魔物の足音がだんだん近づいてくる。急がないと追い付かれてしまう。
「どひええええ!」
アルマ達は迷宮の出口を飛び出ると、そのまま前方へと駆け抜ける。そこにいるのは、牛6号に跨るジョーガサキだ。
「任務完了いたしましたー!」
ジョーガサキがアルマに手を伸ばし、牛6号の背に引き上げる。
その直後、迷宮から魔物たちがあふれ出す。泉のほとり周辺は瞬く間に魔物であふれかえっていく。
だが泉の周辺は、牛6号が築いた倒木の防壁が幾重にも積み重なっており、魔物たちは行き場を失う。
「はいは~い。2番エリシュカ・アールヴル、いきますよ~。ごうり、ごうら、ごうごうと滾れ。その根源たる力は怒。我が怒りの炎壁よ、敵を掃え。」
泉を挟んでアルマ達の対岸に待機していたエリシュカが呪文を唱え炎壁をつくりだす。魔物は火から逃れようとして、その反対側、アルマ達がいる方向へと動き出す。
「では行きますよ!」
「あ、3番手って言ってくださいよ!」
アルマの言葉をさくっと無視したジョーガサキが合図すると、牛6号は森の奥へと走り出す。そこは泉周辺で唯一、防壁の切れ目になっており、さらに左右を防壁に挟まれた通路の様になっていた。
逃げ場がなければ魔物たちはなんとしても防壁を超えようとする。そうなれば倒木の防壁などすぐに破壊されてしまうだろう。
だが、逃げる道があるなら、魔物もわざわざ防壁を破壊しようとはしない。つまり、これは迷宮からあふれた魔物たちを特定の方向へと誘うためのものだった。
魔物たちは、先頭を走る牛6号に釣られる形で、ジョーガサキが作り上げた防壁の通路を通り抜けていく。
うまく倒木で塞げなかった箇所では篝火が焚かれ、隙間を埋めるとともに目印にも、灯りにもなっていた。
「そういえば、この後の作戦、聞いてないんですけど!」
「あなたの出番はもうありませんよ。」
「ええええ!そうなの?じゃあなんで私ここに?」
「他の方の出番がありますから。さあ、少し速度を上げますよ?」
ジョーガサキが合図すると、牛6号は一段とスピードをあげる。急な加速にアルマは落ちそうになり、慌ててジョーガサキにしがみつく。
魔物に追い立てられている最中だというのに、アルマはふと、迷宮で気を失ってジョーガサキに背負われていたことを思い出してしまう。
「おおい、追い付かれそうやで!」
ヌアザ神に言われ、背後を見ると、足の速い魔物が迫ってきていた。
「問題ありません。想定の範囲内です。」
ジョーガサキはそう言って、手を上げる。すると、左右の木の上から矢が飛んできて。背後の魔物に突き刺さる。樹上に待機していたタルガットとシャムスだ。アルマも慌てて槍を振り、近づく魔物を牽制する。
矢の餌食になった魔物が倒れ、その魔物が障害となって魔物たちの進行が乱れる。
「おっと、前方から黒狼です。マルテさん。前方の魔物にだけ聞こえる音で妨害を。」
『は?なんであたしが。』
「時間がありませんよ、さあ早く!」
『てめえ覚えてろよ!』
この地域で黒狼が出没するのはわかっている。その群れと迷宮の魔物が戦闘にでもなれば、誘導が難しくなるかもしれない。そこでジョーガサキはマルテを使う。
『ゥアオオオオォン!』
マルテが狼の長・朱牙の咆哮を真似して黒狼たちを怯ませる。
その間に牛6号は黒狼たちを置き去りにして駆け抜ける。
「さあ、いよいよ目的地です。」
「ちょちょちょ、まってえな。ここってまさか。」
「ええ。お話を聞いて大体の場所は把握していましたが、最後にランダさんに確認していただきました。」
そこは、もともと開けていた地形を生かした袋小路の様になっていた。タルガットとエリシュカ、シャムスが半日かけてつくったのはこの場所だ。その一番奥にはわずかな隙間が設けられている。牛6号が一気にその隙間を通り抜けると同時にジョーガサキが飛び降り、仕掛けを解除してその隙間を埋める。
仕掛けの横には高台が設けてあり、ジョーガサキとアルマはそこに登る。
袋小路はみるみる魔物たちで埋め尽くされていく。
行き場を失った魔物たちが逆走しようとしはじめるが背後の通路の防壁が炎をあげる。
待機していたランダが魔法の火矢を放ったのだ。
「えげつな!」
『けど、こんなの時間稼ぎにしかならねえぞ。しびれを切らした魔物から防壁を超えてくる。』
「そうですね。だからこうします。」
そういってジョーガサキは突然、アルマの頭の上にいたヌアザ神をわしづかみにした。
「ちょ、まってえな。まさかとは思うがジョーガサキはん・・・」
「ここは、ヌアザさまの神域のすぐ近く。なぜこの場所を選んだのか、わかりますよね?」
そう、魔物の群れを神域に誘導すること。それがジョーガサキの作戦のすべてだった。
その理由は。
「ジョ、ジョーガサキさん?もしかして・・・」
『おいおい、まじか』
「おおい、やめぇ!神域やぞ、あての神域やぞ。」
「さあ、ヌアザさま、『あの魔物たち全部、神域にご招待』してください!」
そう言って、ジョーガサキは魔物の群れのなかにヌアザ神を全力でぶん投げた。
「この罰当たりものがぁぁぁ!」
ヌアザ神の悲鳴が、徐々に遠くなっていく。
「作戦、完了です。」
唖然とするアルマを気にする風もなく、ジョーガサキはそう言って、悪魔のような笑みを浮かべた。
お待たせいたしましたー!!!
ブックマークが。。。。3日連続で増えましたー!わっほーい!
そんなタイミングでお待たせしてすみません。。。お楽しみいただければ幸いでございます!