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2-13 崩壊

ドーン。

ドーン。

ドーン。

ズ・・・ズズズ・・・ズズズ・・・

ザザザザザー。


森中に響き渡るような大音響をあげて、立派な木が倒れていく。

しばしの静寂。しかしまた思い出したように、一定のリズムで大音響があがる。

その音を上げているのは、ジョーガサキが森に入るにあたって連れてきた牛6号だった。異常に発達した巨体と筋肉を使って、近くの木に体当たりを繰り返しては、なぎ倒していく。


飼い主であるジョーガサキは、そんな牛6号の奇行をまったく気に留めることもなく、持ち込んだテーブルセットでティータイムの様子。

だが、お茶の質に満足できないのか、牛6号の上げる轟音が耳障りなのか、あるいは普段からそういう顔なのか、その顔に不快な表情を浮かべている。

やがてジョーガサキはお茶を飲みきると、布巾と水を取り出す。食器を水で(すす)いで、魔導鞄にしまい、迷宮化した泉に視線を向けた。


「さて、そろそろでしょうか。」


アルマ達一行が迷宮に入り込んで、早くも2日が経っている。迷宮で何が起きているか分からないが、進むにしても戻るにしても、そろそろ戻ってくる頃だろうと、ジョーガサキは考える。


「とりあえず、こちらも用意を急いでおきましょうか。」


そこでようやくジョーガサキは、牛6号に目を向けた。そして、慣れた手つきでテーブルセットをしまうと、牛6号の元へと歩み寄った。


一方、当のアルマたちは・・・


「うぅぅ、うぁあああぁあぁああああ!!」


まさに慟哭(どうこく)の最中といった様子の泉の神に、どう声を掛ければ良いかもわからず、ただじっとその様子を見つめていた。

その声はあまりに悲しげで、アルマが渡したサリムサクの花を大事そうに抱える様子は、あまりに儚げだった。


その慟哭は周囲の空間を揺るがし、それに怯えた魔物たちは戦闘を放棄して慌てて逃げ去っていく。


その時間はあるいは刹那のようでもあり、あるいは無限とも思えるほどの時間でもあり。気が付けばアルマたちは巨大な宝物庫のような空間にいた。


棚にはさまざまな物が飾られていた。小さな木の実、着物、武器、動物の骨・・・

その一つひとつが泉の神と、その主である夜の女神にまつわるもの。なぜかアルマ達にはそのことが自然と理解できた。そして泉の神の思いが、するすると心の中に入ってくるのを感じた。


ここはおそらく、泉の神の記憶を集めた空間なのだろう。

そうしてアルマたちは、泉の神と夜の女神の長い物語を知った。

それはあまりに長く、悲しい物語だった。


「泉の神さま。どうぞ、その花の蜜をお飲みください。」


動いたのはランダだった。

泉の神さまは、私と一緒だ。大切なものを失うのが怖いんだ。

だけど。だから。


ランダは泉の神が大切そうに抱えるサリムサクにそっと手を添え、その花弁を泉の神の口元へと近づける。

泉の神の顔は、なぜか見えない。目の前にいるのに、目も鼻も口も、なぜか見えなかった。

それでも、その口元へ花弁を近づけると、泉の神はわずかに顔を上げ、その蜜を飲んだ。


サリムサクがさまざまな病に効く、あるいは万病薬ともされる理由。それは、その薬効のみによるものではない。

サリムサクが持つ特殊な効能は「幸福な記憶を呼び起こす」というものだった。人生の仕舞いを幸福な時間の中で過ごす。それはまさに、神からの恵みだ。


そして。


泉の神は思い出した。思い出してしまった。女神と過ごした幸福な時間を。女神が愛したものを。それを人の子によってもたらされるというのは、なんと皮肉なことだろう。

それでも、ランダはそうしたかったのだ。大切なものを失う苦しみも、守れない恐怖も、よくわかるから。だからこそ、これ以上悲しませてはいけないのだ。


気が付けば、周囲はまた一変し、誰かの部屋に変わっていた。

机と椅子。机には、書きかけの手紙。そして窓の向こうには、満天の星と、月。

そこは、人間の暮らしを真似してつくりあげた、泉の神の神域だった。


「・・・感謝しなければなりませんね。ありがとう、人の子よ。もう少しで私は、あの優しい夜の女神さまを悲しませてしまうところでした。」


泉の女神は、そう言ってランダと、アルマと、そして一行をしっかりとした目つきで見回した後、頭を下げた。

今はもう、顔立ちがはっきりとわかる。それは、とても美しい女性の顔に見えた。薄桃色の、ゆったりとした上質な布をまとっていて、それは水中を揺蕩(たゆた)う魚のひれのようにも見えた。

と、アルマの頭の上にヌアザがぴょこりと姿を現した。


「よう戻ったな。」

「あ、あなた様は昼の・・・」

「畏まらんでええで。今は、ヌアザと名乗っとる。それよりもあては、あんたがあいつの御先やと気づかんかった。あいつのことを大切に思ってくれてるのも知らんかった。すまん、堪忍な。」

「おやめください。お会いする機会もほとんどありませんでしたので、気づかぬのは当然のこと。ヌアザ様・・・ご心配をおかけしました。」

「ええて、ええて。それよりも、これからどうするかやなあ。」

「はい・・・。」

「まだなんかあるってのか?」


どうやらヌアザ神は、泉の神のことを知っていたようだ。だが、泉の神が心を取り戻したところで終わりではないらしい。タルガットがそのことを尋ねる。

気づけばタルガットは、強力な魔物との相次ぐ戦闘であちこちに傷を負っていた。銀級冒険者のタルガットですらその状態なのだ。年少組はもう、心身ともに限界に近かった。


「この神域は、すでに私の手を離れつつあるのです。本当にすみません。」

「つまり~?どういうこと~?」

「迷宮化が進みすぎてて、もう戻せないっちゅうこっちゃなぁ。しかも、途中で迷宮化を止めてしもたからな。迷宮になることもできず、神域に戻すこともできない。もうすぐ崩壊がはじまるやろな。」

「えええ!大ピンチじゃないですか!」

「魔物はどうなるんだ?」

「そら、魔物かて死ぬのは嫌やからなぁ。崩壊から逃れるために、出口に殺到するわなぁ。」


完全に迷宮化していないとはいえ、まだかなり多くの魔物が残っている。1階層や2階層の魔物は、ほとんど迷わず進んできたため、出会っていない魔物も多いだろう。その群れが一気に森に溢れたらどうなるか。

ジョーガサキが恐れていた都市への襲撃が始まってしまうかもしれない。


「私に残された力を使って、できる限りこの神域を維持します。それで、時間稼ぎにはなるでしょう。皆さんはその間にできるだけこの神域から離れてください。できれば皆さんが人の集落に戻り、動物たちの襲来に備える時間がつくれればよいのですが・・・。」

「そんなことをしたら、泉の神さまも消えてしまうのではないのですか?」

「えええ!そんなのだめだよ!せっかく心を取り戻したのに!」

「そうです。それでは、夜の女神さまが悲しみます。」


泉の神の言葉に、アルマとランダが反対の声をあげる。


「ありがとう。でも、これは私の不始末ですから。私がすべてを終わらせることができればいいのですが、残された力ではそれも叶いません。せめて、少しでも多くの命が犠牲にならないようにしたいのです。」

「でもそれでは・・・」

「姉さま・・・。」


なお食い下がるランダをシャムスが止める。

今は少しでも被害を抑えるために動くほかないのだ。


「皆さまにも何かして差し上げられれば良いのですが。これくらいしか。」


そう言って泉の神は両手を広げた。すると、アルマ達の傷が癒えていく。


「おおすごい!」

『なんていうのか、お前は単純でいいな。』

「え?マルテちゃんがほめてる!」

『褒めてねえよ馬鹿娘。』

「私が道をつくります。そこを通っていけば、魔物には気づかれずに地上まで戻ることできるでしょう。ですが、決して口を開かないこと。魔法が解けてしまいますからね。」

「え、ま、まってください。私は・・・」


ランダが言いかけるのを、泉の神は人差し指を自らの口に当てることで制した。そして、その手を正面に伸ばしていく。

すると、その指先から光の粒子があふれ、次第に細い光の道を形づくる。


「この道から足を踏み出さないように。さあ、もう行ってください。時間はあまりありません。」


そう言って泉の神はアルマ達を促した。

タルガットは皆を見て頷くと、先頭に立って光の道を進んでいく。

ランダはまだ何か言いたそうではあったがシャムスに促されて、アルマもぺこりと頭をさげてタルガットに続く。

最後にエリシュカが、泉の神にやさしく微笑んだあと、頭を下げて一行を追いかけていく。


残された泉の神は、窓の外に浮かぶ月を見て、それから、書きかけの手紙を見る。


「この手紙は、もう出せそうにありませんね。」


タルガットたちは、ただ黙々と歩いた。

傷は癒えたとはいえ、疲労まではとれない。足はもはや石のようだ。

本当にこれで良かったのか。もっと他にやりようがあったのかもしれない。そんな思いもある。だが、まだすべてが終わったわけではないのだ。

とにかく今は一刻も早く、外へ。


そうして、また、どれほどの時間が経ったのか。

前方に光が見えた。きっとあれが出口だろう。入ってきた時とは異なるが、きっと泉の神が何かしてくれたに違いない。


はやる思いが、歩を速めていく。

そうして、最後には駆けるようにして出口に向かい、(まろ)び出るようにして泉のほとりへと戻った。そして、アルマは叫ぶ。


「な、なんじゃこりゃああ!」


そこには、巨大な竜が暴れた後のように大量の木々がなぎ倒された光景と、いつにもまして不機嫌そうなジョーガサキの姿があった。


お読みいただきありがとうございます!

ブックマークが。。。2日連続で増えている!!!わっほーい!ありがとうございます!


2章は佳境、あと2話で完結の予定ですが、週末はおやすみです、ごめんなさい!

がんばって書き溜めて、3章のプロットも練ってきますので。。。

ブックマーク、評価、ご意見、ご感想、ご罵倒、ベルマークなど、なんでもお寄せいただけると飛び上がって喜びます。ほんとに。

よろしくお願いします!


※誤字を発見。。。なんで何度も読み直してるのに、、、すみません。

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