2-10 泉の迷宮
森に入るにあたって、ジョーガサキは考えた。
生活協同組合の指名依頼をアルマ達に伝えること。そのうえで、彼女らと共に森で起きている異変の原因を探ること。
それが今回の、ジョーガサキに与えられたミッションだ。
異変の原因を探るのは問題ない。異常発生地点の予測は絞り込めている。
問題は、アルマ達とどのように合流するかだ。
アルマ達が探索に向かう場所は事前に聞いている。彼女たちがその予定通りに進むのであれば、ただ追いかければいい。いずれ追い付くだろう。
だが、相手はあのアルマ・フォノンだ。彼女がメンバーに入っていて、予定通りに進むとはとても思えない。ジョーガサキにとってアルマ・フォノンは、もっとも行動が予測しづらい存在だった。
忠告を聞かずに迷宮に入って死にかけてみたり。かと思えば、誰も手なずけられなかった槍のマルテをあっさり手なずけてみたり。長年ソロで活動してきたタルガットと突然パーティを組んでみたり。
きっと今回も、おかしなことに巻き込まれている可能性が高い。とすれば、今起きている異変がらみだろう。
そう考えたジョーガサキは、アルマ達との合流は考えず、異常が発生しているであろう予測地点にまっすぐ向かうことにした。
彼の予想はあたり、異常発生予測地点である泉のそばで彼らに合流することができた。
だが、さすがのジョーガサキも、まさかアルマ達が深夜に篝火をごうごうと焚いて、泉のほとりで怪しげな踊りを踊っているとは思わなかった。
あまりの非常識な、そして緊張感のない光景に、呆れや驚きを通り越して怒りを覚えながらジョーガサキは言った。
「あなたがたは一体何をやっているんですか?」
その声に最初に反応したのはアルマだった。
「げええええ!ジョーガサキさん!」
何はともあれ。こうして再会したアルマ一行とジョーガサキは、互いに情報の交換と共有を行う。
「まさか神さまを拾ってるとは。本当にあなたは予想の斜め下を行きますね。」
「え!私呆れられてる?」
『呆れない奴の方が珍しいわ馬鹿娘。』
「牛に跨って深夜の森を彷徨うジョーガサキさんの方が驚きだよ!あきれ果てるよ!」
「うふふ~。確かにそうよね~。」
「そこだけは同感っす。」
「私が飼育している牛をどうしようと私の勝手ですし、森を彷徨っていたのは異常の原因を探るためです。驚くに値しません。」
「ふふふ。なんというお名前なんですか?」
「牛6号です。」
「命名が雑!」
「そんなことより、迷宮や。ジョーガサキはんやったっけ?あんたの予想、合うとるかも知らんぞ。」
ヌアザ神に言われて、一同は泉を見る。
「泉が迷宮になるなんて、聞いたこともねえぞ?しかも、この泉はあの神さまの神域になってるんだろう?神域って迷宮になるのか?」
「滅多にならんけど、ないこともないんや。言うて、ほとんどないから、あても忘れとったんやけどな。」
「それで迷宮化しているのだとしたら、どうすればいいのですか?」
タルガットとランダに問われたヌアザはしばし考え、答える。
「閉じた神域はさすがに入れんけど、迷宮になりかけとんのなら入れる。アルマはんと、牛6号さんにひと肌脱いでもらおか。」
ヌアザ神は、アルマにロープを括り付け泉のそばに立つように、そして、牛6号はすこし離れた場所でアルマと向かい合うように指示した。
アルマの横には、括り付けられたロープの反対側の端を持ったタルガットが立っている。タルガットの頭の上にはヌアザ神。
「なぜかとても不安なんですけど!」
「大丈夫や。アルマはん、よう聞くんやで?神とのチャネル開きっぱなしっていうたけどな?あれは嘘や。」
「ええ!そうなの?」
「そうなのや。正確には、『追いつめられるとチャネルが開く』んや。」
「・・・それってもしかして?」
「ほいじゃあ牛さん、よろしゅう!」
「ま、まさか・・・。」
ヌアザの合図を受け、ジョーガサキがアルマに向けて牛を突進させる。
みるみる迫ってくる巨体。暗闇がその恐怖をさらに助長させる。
「ちょちょちょ!まってまって!」
「ほらアルマはん、牛にひき殺されたくなかったら、泉に飛び込むんやでぇ。」
「どわああ!おっさんの鬼!悪魔!」
「いや、神やけどな?」
こうなってはもう逃げようもない。アルマは意を決して泉に飛び込んだ。
すると、立つはずの波が立つこともなく、アルマは泉の中へ消えていく。そしてその直後、大きく水面が波だったかと思うと、再び鏡面のようになり、泉全体が光り始めた。
「成功・・・なのか?」
「ああ、成功や。ほな、みんなで迷宮探検といこか?」
そう言って、ヌアザ神は胸をそらす。
「お気をつけてどうぞ。」
「え!ジョーガサキさん行かないんすか?」
「迷宮探検は冒険者の仕事です。それに私は、この二日間走り通しで超過勤務です。皆さんが戻ってくるまで、ここで仮眠させていただきます。」
「ジョーガサキ君はブレないわね~。それじゃあ、ここはジョーガサキ君に任せて、行きましょうか~。」
地面の杭を打ち、そこにロープの端を括り付けると、まずタルガットが水面に顔を付けて迷宮内の様子を伺う。
水面を超えた瞬間に、途端に空気が変わるのが肌で感じられた。水面を隔てて、向こう側はもう迷宮だ。内部はうっすら青く発光しているようで、少し下にいるアルマが見えた。
「問題ない。入り口から地面まで距離があるから順番にロープをつたって入ってきてくれ。」
そして全員が迷宮内に降り立った。
その間アルマは、膝を抱えて座り込み、光を失った瞳で虚空を見つめていた。
「・・・ほんで、アルマはなんでこうなってんだ?」
『ぶははは。牛に追いたてられたのが、乙女の尊厳を傷つけたんだそうだ。こいつ顔から落ちて、「ごべ!」て言ったんだぜ。そんな悲鳴あげてて乙女の尊厳もなかろうに。』
「ま、マルテちゃんひどいよ!なんで言うの!」
『ぶはははは!』
「あー。アルマ、すまなかった。だが必要なことだったんだ。勘弁してくれ。誰もそんなことでお前を笑ったりしないから。」
「タルガットさん・・・笑ってますよね。」
見ればタルガットだけではない。エリシュカもシャムスもランダも、ヌアザ神までもが肩を震わせてアルマの目を見ないようにしている!顔から落ちるアルマの姿を想像してしまったのだろう。
「みんな!こっち見て!」
『馬鹿娘。ごべ!て言ってみ。』
「ごべ!」
「ぶっ!や、やめろアルマ。」
「ごべぇ!」
「ぷ。あはははは!アルマやめるっす!」
「あははは!もうだめ~!」
「ごべぇぇぇ!」
「く・・・あ、アルマさん、もう本当に・・・あはははは!」
アルマの様子がツボに入ってしまった一行。それを見て、さらにアルマが憤り、その様子がまたメンバーたちのツボに入ってしまう。
しばしの間。全員がなんとか持ち直したところで、辺りを見回す。
それは透明な洞窟といった風で、その全体に光の粒子のようなものがちりばめられていた。まるで、星の光を集めた泉で迷宮をつくったかのような、幻想的な光景だった。触れる感触は水の上に薄い透明な布をおいただけのようで、不思議な弾力があった。
「恨んでやる・・・みんな恨んでやるぅ。」
「戻ったら、好きなもんおごってやるから、それで機嫌直せ。」
「うう・・絶対ですよ。」
「それにしても、こんな迷宮はじめてだわ~。ヌアザ様の神域もだけど、ここも綺麗ね~。」
「神域っちゅうのうは、そこに御座す神の内面を表すもんや。つまりここは、あの泉の神さんの心の中みたいなもんなんやで。」
とりあえずはアルマの機嫌が直ったところで、一行は探索を開始する。
ランダがネズミの雪さんを呼び出して、タルガットとアルマ、シャムスが前衛、ランダ、エリシュカが続く形で迷宮を進んでいく。
ほどなく、先頭を進む雪さんが異常を知らせてくる。
「角の先に灰狼3頭。まだ気づかれてません。」
「はいは~い。あたしがいくわ~。」
角の陰からエリシュカが速射で2頭に矢を射かけ、残った一頭も襲い掛かってくる前に仕留めて終了。
そこからは魔物と戦闘する機会が徐々に増えていく。
延焼の心配がなくなり、得意とする火魔法を使えるようになったランダも参戦し、序盤は順調に進んでいく。
しかし徐々に、複数の種類の魔物が同時に襲い掛かってくる機会が増えていくと、戦闘の時間が長引くようになっていく。
「どうやら、出てくるのは森にいる魔物ばかりみたいだな。」
タルガットが背後から迫っていた紫斑大蛇の頭を剣で地面に縫い付けたところで言う。黒狼たちとの戦闘に乗じて、こっそり忍び寄っていたのだろう。
「着実に迷宮化しつつあるようやなぁ。異なる魔物がまざって襲ってくるところを見ると、まだ安定はしとらんのやろ。急がんとあかんなぁ。」
森はもちろん、迷宮であっても、複数の種類の魔物が共闘して襲い掛かってくることは少ない。そもそもの生息域が異なるためだ。
ところが初期の迷宮では、まだそうした住み分けができていない。魔物同士の闘争が起こることもしばしばで、それはより強力な魔物を生み出す温床となってしまう。強力な魔物は他を排除し、排除された魔物が他の場所でまた闘争を繰り返す。その結果、弱い魔物は逃げ場を迷宮外に求める。それが初期迷宮が魔物の大群を吐き出す理由だと考えられていた。
「こっちにとってはいい迷惑なんですけど~」
そんな話をしながらも進んでいく一行。すると突然、下に向かう階段があらわれた。
迷宮ではよく見かける風景。だが、ここがかつては神域だったかと思うと、不思議な気分だ。
「さあて、普通に考えたら、こっからはさらに強力な魔物が出てくる。どうすっかなあ。」
迷宮攻略はアルマ達のような新人を連れて行えるようなものではない。
ここで引き返して、ギルドに協力を要請してベテラン冒険者たちで攻めるのも一手だ。だがその場合、この神域は確実に、完全に迷宮化してしまうだろう。下手をすれば冒険者たちが到着する前に迷宮が魔物の大群を吐き出し、手遅れになってしまうかもしれない。
迷うタルガットの決断を促したのは、アルマとランダの言葉だった。
「あの・・・私は先に進みたいです。」
「ん?そりゃわかるがな。危険だぞ?」
「それでもです。」
「私も、アルマさんに賛成します。」
「姉さま?」
「ここが、あの神さまの御心を表しているというのなら、こんなにも美しい御心をもった神さまが何に憤っておられるのか、聞かせていただきたい。それができるのは、私たちだけなんです。」
引き返し、ギルドに協力を要請すれば、恐らくこの迷宮は、そしてあの神は攻略対象とされる。魔物からとれる資材によっては、多くの冒険者の生活を潤す資源として管理されるかもしれない。だが同時に、あの神の心を慮る機会は永遠に失われるだろう。
タルガットは、二人の言葉に強い意志を感じた。
「わかった。だが、危険は覚悟しろよ?」
タルガットの言葉に一行は強くうなずくと、階下に向けて足を進めはじめた。
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