2-9 祈りの意味
翌朝、アルマ達は恒例となった朝練を中止して、早朝からヌアザの神域へと向かった。
「右手の茂みに3頭、左手に2頭。黒狼です。来ます!」
ランダはまだ森の魔物には有効な魔法攻撃がないため、攻撃は最小限にして索敵をメインとするようにタルガットから言われていた。
もしかしたら、こないだの夜、魔物が怖いとシャムスに打ち明けてたのを聞かれていたのかもしれない。聞かれていなかったとしても、タルガットはもう気づいているだろう。だが何も言わない。
また、エリシュカの戦い方も前々日とは大きく変わっていた。植物を操って魔物に絡ませたり、小さな水弾や石礫で魔物の目や口の中を狙ってみたり、時にはあえて木や枝を狙ってみたり。さまざまな魔法を使って魔物の動きを阻害する。
まるで、魔物を近寄らせない魔法の使い方を見せてくれているかのようだ。
ランダは心の中で感謝しつつ、その多彩な魔法を目に焼き付けていく。
「アルマはん、右手から狼や。突きやで。」
『馬鹿ちがう。振り払って一旦距離を置け!』
「そこや、かちあげや!」
『突きでいいだろが!』
「指示は統一してくださいー!」
アルマは、ヌアザとマルテの両方から矢継ぎ早に飛んでくる指示に混乱していた。
どうやらヌアザとマルテはあまり相性がよくないようだ。そもそもマルテと相性が良いといえる者を探す方が難しいのだが。
戦闘以外でも、ヌアザとマルテはことあるごとに対立しているので、喧しいことこの上ない。だがアルマは嬉しそうに、会話に混ざっては対立を煽って楽しんでいた。
「任せるっす!おりゃあああ!」
森の中で一番活躍しているのは、相変わらずシャムスだ。
武器を扱いやすい斧に変えたこと。そして、まだ数日ではあるがエリシュカから身体強化魔法の手ほどきを受けたこと。それによって、目に見えて動きが良くなっている。
さらに、やたらと突っ込むことが少なくなった。
ランダに追いつこうという気持ちが薄れ、ランダを守れるよう立ち位置や立ち回りを意識しだしたことで、魔物の動きを見極める余裕が生まれたためだろう。
タルガット、エリシュカとの連携も徐々にスムーズになり、一行は順調に歩を進め、目標としていた昼前に神域へと到達した。
「ようこそ、我が神域へ!」
「おお。なんか神聖な感じがするっす!」
そこからさらに奥の、アルマ達がヌアザ神と出会った祠をめざす。
しばらく進むと幾つかの泉が現れ始め、その水辺に咲くサリムサクも目に付くようになった。
「ふおぉ!めっちゃきれいっすね、ここ!」
「確かにサリムサクだわ。あんなにたくさん。すごいわね~」
「いやまあ、なんというか。確かにすごいな。」
やたらと興奮しているシャムスを筆頭に、エリシュカもタルガットも、神域の美しさに感動しているようだ。
その様子を見て、ヌアザ神も誇らしげに胸をそらす。
だがのんびりしてはいられない。一行は足を止めることなく、祠の前まで移動。そこでアルマ達がサリムサクを摘み取っていく間に、エリシュカとランダが食事の準備を進める。
「しかし、神域で煮炊きしたりして、罰があたりそうだな。」
「かめへん、かめへん。どうせ間もなく消える場所やしなぁ。」
周囲が美しすぎて落ち着かない様子のタルガットに、ヌアザが軽く答える。
アルマはふと、気になったことを聞いてみた。
「その、消えるのってさ、私たちがお祈りしてもダメなの?」
「アルマはんはこうやって会う前に祈りと供物を捧げてくれたからええけどな。後のみんなはもう、あてに会うてるやろ。それはあかんねん。」
祈りとは、純粋な畏れや崇敬、感謝を表すもの。ヌアザのように姿を見せ、気軽に会話をしてしまっては、祈りを捧げてもらったところで大した力は得られないのだという。
「だったら、私にしか姿を見せないようにすれば良かったのに。」
「ええねん。最後はこうやって、楽しく人の子らと話がしたかってん。それにな、無理して永らえても、あの泉の神さんみたいになってもうたらなぁ。」
月夜に浮かぶその姿からは、なんとも形容しがたい思いが伝わってきた。
悲しみか、苦しみか、怒りか。あるいはそのすべてか。
「あの泉の神さんも、長いこと人に崇拝されとったんやろうからな。そのことを思い出して、鎮まってくれたらええんやけどなぁ。」
ヌアザ神はそういって口を閉じた。神には、神にしかわからない思いがあるのだろう。
一同はそれ以上は追求せず、慌ただしく食事をしながらも、美しい景色を目に焼き付けていた。
帰路は、比較的魔物が少なかったため、なんとか夜の帳が下り切ってしまう前には神の泉まで戻ってくることができた。
泉周辺に変わった様子はない。泉も変わらず波ひとつない、鏡面のような静けさをたたえている。しかし。
「なんや、ちょっとまずいかもしらんなぁ。」
星明りと焚火から漏れる光ではよくわからないが、ヌアザ神が言うには、泉の淀みが増しているという。腕を組み、深刻な表情で泉を見つめるヌアザにランダが問う。
「どうすればいいのでしょうか?」
「これは待っとったら手遅れになってまうかもなぁ。ちょっと呼び出してみよか。」
「呼び出すことができるのですか?」
「やってみんとわからんけどな。古来、神さんを呼び出すいうたらあれやろ、宴や。」
下手な接触はかえって泉の神の勘気にふれるかもということで、昨日まではあまり積極的に呼びかけることはヌアザ神から禁止されていた。
だが、状況が危機的であるならば話は異なる。勘気にふれようとも、接触できないよりはましだ。
「この際、形式はどんなんでもいい。誠意を表すことが肝心や。」
そんなわけで、泉側の拠点に戻るなり、いそいそと宴の準備を進めることになった。
タルガットとシャムスは木の枝を集め、ロープでくくって即席の祭壇と篝火の準備。
エリシュカとアルマは料理と供物の準備。ちなみにエリシュカがこっそり持ち込んだ酒も供物となり、エリシュカが泣いていた。
それらを仕切るのは、巫女であるランダだ。
慌ただしく準備を進めたものの、すべての準備が終わったのは夜半すぎになってしまった。
「一番、マルテちゃんの音真似シリーズ!矢が飛んでくる音!」
『やらねえよ!』
「では2番~。私の生まれた村で伝わる歌を唄いま~す!」
宴は楽しくなくてはならない。
ヌアザがそういうのだから、仕方ない。アルマたちは順に芸を披露しあって盛り上がる。
「村の巫女に伝わる、神前の舞を捧げます。皆さんもご一緒にお願いします。」
「姉さま、お手伝いするっす!」
「お、俺もやるのかよ。」
「いいじゃない。ほらほら~。」
「おっさんもマルテちゃんも踊ろう!」
『踊れねえよ馬鹿』
なぜこうなったのか。誰もわからないまま、篝火を囲むようにして見様見真似でランダの舞を追従する。
ランダの舞はとても美しく、伝統を感じさせるものだった。
それを真似する他のメンバーは、とても見られたものではなかったが。
と、その時。
泉とは反対側、森の奥で、突然強烈な殺気が膨らんだ。
全員が舞を辞め、即座に臨戦態勢をとる。
森の陰から、さらに暗い影が近づいてくる。
巨体だ。
その巨体が徐々に近づいて、やがて火の灯りでその姿を明らかにする。
「あなたがたは一体何をやっているんですか?」
そこにいたのは、筋肉質で巨大な牛に乗り、こめかみに青筋を浮かべたジョーガサキだった。
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