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1-2 組合登録は突然に

ふわふわと、宙に浮かんでいるような感覚と。

人の肌の温もりと安堵感。

ああ、私は今、誰かに背負われているんだっけ。

小さい頃、よくお父さんにおんぶしてもらったなあ。

なつかしいなあ。


と。

今朝見た夢を思い出しながらも。

アルマ・フォノンは困惑していた。


現在の自分が置かれている状況にである。なぜ、こうなってしまったのか。

初挑戦となった迷宮で魔物の罠にはまり、もはや絶体絶命!というところで、ギルド職員の男に助けられた。そこまではいい。


いや、よくはないのだが、ひとまずおいておくとして、問題はそのあとだ。

魔物との戦闘で疲れ切っていた彼女はその場で気を失ってしまったらしい。男に背負われて迷宮の中を戻っているところはわずかに覚えているが、その後は再び気を失い、目が覚めたのは翌日、町の治療院のベッドの上だった。


その職員の名は、ジョーガサキという。


ちなみにアルマが負った傷の治療費も、ジョーガサキが立て替えてくれているらしいことを治療師から聞かされた。


(退院したら早々にお礼に行かないといけないなあ。あと、治療費のことも。あ!家賃どうしよう・・・)


アルマがそんなことを考えていると、そこに当のジョーガサキがやってきた。

とても嫌そうな顔で。


「おや。お目覚めでしたか。」

「あ・・・おはようございます。」

「いや、もう昼ですが。」

「あ、そうですね・・・。」

「はい。」

「あ、あの、助けていただいてありがとうございました!それと、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


ジョーガサキが放つ、何とも言えない負のオーラに耐えかねて、アルマはそう言った。


「確かに迷惑でした。2階層に行ったら死にますと、私、忠告しましたよね。」

「それは・・・はい。軽率でした。」

「夕刻の鐘までに戻ることもできませんでしたしね。」

「ぐ・・・。」

「その上わめくだけわめいて、あなた寝ちゃいましたしね。」

「ぐぐぐ・・・」


(そういえば私、カッとなってなんか色々言っちゃってたなあ。命の恩人になんてことを・・・。)


アルマはその時の状況を思い出して赤くなる。


(その上おんぶまでしてもらって・・・)


背負われていた時に感じた、妙な安心感まで思い出して、さらに赤くなる。


「まあ、それはもういいです。」


ジョーガサキは、ものすごく嫌そうな顔でそう言う。まったく良くはなさそうだ。


「こちら、アルマ・フォノンさんが討伐した魔物の魔石を換金しておきました。どうぞ。」

「そんなことまで。本当にありがとうございます!」


礼を述べつつ、中を確認する。おおすごい。これだけあれば、家賃分はなんとかなる。すっかりあきらめていた収入にアルマは喜ぶ。だが、どうも多すぎるような気がする。


「これって、ジョーガサキさんが倒してくれた分もはいってませんか?」

「私は職員としての仕事をしただけですし、その分の給料はギルドからいただいていますから。」

「そういうわけにはいきません。それに、ここの治療費のこともありますし。」

「それもおいおい返していただければ結構です。」


言葉だけ聞くと聖人君子のようだ。だが、それを話す当人の顔がとても嫌そうなので、感謝する気持ちが起きない。


「・・・もしかして何か、条件があったりしますか?」

「条件というか、ご提案があります。」

「それは?」

「先日お話しした生活協同組合です。加入について考えていただけましたか?」


ほらきた、謎の組織への勧誘。


「あのう・・・私、いまいちよくわかってなくて。その、セーカツキョードー?」

「冒険者生活協同組合です。要するに、各種特典が受けられると思っていただければ。」

「武器の貸出とか、備品の割引でしたっけ?でも、今はまだ無理なんですよね。」

「武器の貸し出しはなんとかします。それ以外は残念ながら。でもそれも、組合員が増えれば始められます。そのほか、引退後の職業斡旋なども予定しています。」

「職業斡旋?」


冒険者というのは、過酷な職業だ。常に命の危険がつきまとう。死なないまでも、冒険者を引退せざるを得ないほどの怪我を負う可能性もあるのだ。


そうした場合に備えてきちんと貯蓄を行っていればいいのだが、多くの冒険者は稼いだ金を武器や防具に回してしまう。より強い装備を揃えれば、より稼げるからだ。余った金は酒として消える。


では、廃業に追い込まれた冒険者はどうなるかというと、多くは転業する。だが転業が難しい者は犯罪に手を染めることになる。もちろん、本人もそれを望んでいるわけではない。冒険者としてやっていけず転業も無理ならば、生きていくには他にどうしようもないのだ。


だが、引退後の収入が安定すれば、犯罪に手を染める必要はない。冒険者だけでなく、その家族を救う事にもなる。


「冒険者というのは、とにかく後先を考えない。無策、無謀、無茶をする生き物ですからね。」

「それを冒険者である私に言うのはどうかと思いますけど・・・。でもそれって、本来は冒険者ギルドがやることでは?」


アルマは思わずそう口にする。

冒険者ギルドの本来の活動目的は冒険者の支援。ならば、ジョーガサキがいう装備品の割引や廃業後の職業斡旋などは冒険者ギルドこそが担うべきだ。

だが現実には難しい。その理由は2つある。


ひとつは人手不足だ。冒険者ギルドの職員の仕事は、依頼主からの依頼の受理とその審査、冒険者への依頼の斡旋、依頼達成時の審査と報酬の支払い(未達成時の依頼主への払い戻し)、各種素材の鑑定と買い取りなど、実に多岐にわたる。

その上、冒険者が行方不明になった場合の捜索、危険な魔物発生時の討伐隊編成など、突発的な問題が発生した場合にはさらに仕事が増える。新たな業務に割く余力がないのだ。


そしてもう一つは、冒険者自身が嫌がるということ。冒険者ギルドが新たなサービスをはじめようと思えば、それだけコストがかかる。

その費用は当然、冒険者への依頼斡旋料、素材買取時の手数料などに上乗せされるのだ。その日暮らしの冒険者たちにとって収入減につながる事柄は認めにくい。

要するに、自分のことは自分でやるから余計な干渉するな、ということだ。


「そこで、そうしたサービスを受けたい者だけを募って、独立採算でやってみよう、というのが生活協同組合なのです。もちろん、これが軌道に乗って、冒険者たちにもその利点が理解していただければ、冒険者ギルドの正規サービスになりますが。」

「なるほど・・・」

「はいりますよね?」

「う・・・」


アルマは口ごもる。

改めて聞いてみれば、冒険者にとって組合はそれなりに利点もあるようだ。武器なども融通してもらえるのであれば、入っておいたほうが良いのかもしれない。

だが逆に、組合指定の依頼などを受ける場合には、素材の買取も含めて手数料が上乗せされる。その日暮らしとまではいかないが、家賃を払うのにも窮しているアルマにとって収入減は受け入れがたい。というか、まず入会料が払えない。


「入会料は私が立て替えておきます。」

「あ・・・」


そんなアルマの心を読んだかのように、ジョーガサキが言う。恩人にそこまで言われては、断りにくい。

どうしようか。アルマは迷う。

ジョーガサキは黙って、じっとアルマを見つめる。


これはあれだ、無言の圧力というやつだ・・・。


真意を図るようなつもりで見つめ返してみるが、断るための正当な理由がないアルマには分が悪い。

なんとなく蛇っぽいと思っていた瞳も、改めてみるとなんか、つぶらな瞳って感じだし。

結局、先に折れたのはアルマの方だった。


「そういうことでしたら、まあ・・・」

「そうですか!ではこちらにサインを」


ジョーガサキは相変わらず嫌そうな顔で、それでもすばやくカバンから書類を取り出す。

なんとも用意の良い。でも嫌そうなのはなぜだろう。

もしかしてこの人、表情に乏しいだけなんだろうか?


「ていうか、書類もってきてたんですね・・・」


そう言いながら、アルマは渡された入会届に署名をする。そして署名したと同時にジョーガサキがそれを奪う。


「おめでとうございます。これで晴れてあなたは冒険者生活協同組合の一員となりました。」

「は、はあ。あの、ちなみに組合員て今、どれくらいいるんですか?」

「あなたが最初ですけど?」

「え?」

「問題ありません。一人でも入ったら、色々動き出しますから。というか、あなたが今日入るだろうと思っていたので、指定依頼もとってきましたから。受けてくださいね。」

「え、いやちょっと」


組合員が一人だけって、それは十分に問題だろう。だがジョーガサキは構わず更なる爆弾をアルマに投げつける。


「依頼を受けるにあたって、装備を整える必要がありますよね。あなたの剣ですけど、あまりに粗悪だったので私の方で買い替えておきました。古い剣は新しい組合員が来た時に貸し出す武器として活用させていただきますね。」

「ええええええ!」

「ここの治療費と組合の入会金、新しい武器の代金を合わせて1800コルンとなります。返済は分割で構いませんので。」

「えええええ・・・・。」

「指名依頼は3日後ですから、それまでにしっかり体調を戻しておいてください。ちなみに依頼内容はごみ集積場の害獣駆除となります。詳細はこちらに。」

「いや、そんな勝手に決められても・・・。」

「借金、早く返したいですよね?」

「う・・・」


そこを突かれると厳しい。アルマはしぶしぶ依頼書を受け取った。


「おっともうこんな時間ですね。昼休憩が終わりますので私はこれで。いやあ、組合員が増えて本当に良かった。」


そう言いながら、すごく嫌そうな表情を浮かべたジョーガサキは病室を出て行った。告げることは告げたので、もう用はないとばかりに。

まるで嵐のようだ。

アルマはしばし呆然と彼が出て行った病室の扉を見つめる。


(なんか、とんでもない人に目をつけられちゃったなあ・・・。)


ふと窓の外を見やれば、急ぎ足で去り行くジョーガサキが見える。

去り行くジョーガサキの背中を窓越しに見つめながら、アルマはため息をついた。

家賃を稼ぐために迷宮に挑んだら、謎の組合に加入させられることになった。おまけに借金を抱えることになった。なぜこうなったのか。


(けどまあ、いっか。)


冒険者になって半年。その中身は、思い描いていたものとはかけ離れた、地味なものだった。それはそれで自分らしいと、アルマはそう思っていた。だが、強敵に立ち向かい、人々を救う英雄に、アルマとて憧れがないわけでもないのだ。

もちろん、自分がそんな英雄になれるとはアルマとて思ってはいない。

でも・・・


(変わり映えのない冒険者生活を終えるには、いいきっかけなのかな。)


昼下がりの強い日差しの中、小さくなっていくジョーガサキの背中を見つめながら、アルマは迷宮でのことを思い出していた。あの広い背中に身を預けた時の安心感を。

彼女は、どうにも説明のつかない不思議な高揚感と、そんなことを感じる自分への困惑を心の中で持て余していた。


(もしかしたら、ここから何かが変わるのかもしれない。)


そしてそれは、現実となる。

彼女の冒険者生活は、この日から劇的に変化していくのだった。



なんか長くなってしまう。。。

簡潔に面白く読めるよう、頑張っていきたいです。。。

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