2-8 ジョーガサキさん、森へ行く
「泉の中に、消えかけの神さまがいるってのか?」
「神っちゅうか、御先やろなあ。ほんで、崇り神になりかけとるなぁ。」
今は何の異変も見られない泉を見て訝しむタルガットに、ヌアザ神が説明を加える。
神は信仰を糧とし力を揮い、信仰する者がいなくなれば存在を保つことができなくなる。
その神が、怒りなどの強い感情に支配されると、崇り神になるという。
「荒御霊、荒神とか、色々言いようはあるけどな。まあ要するに人に仇なす存在になるっちゅうこっちゃな。」
「そ、そんなの困るよ!」
ヌアザの説明に、アルマは抗議する。
「困られても困るわぁ、それも神さんの1つの側面やしな。まあ、怒っとるんやったら怒る理由があるんやから、それをなんとかしたらええんちゃうか?」
「理由ってどんな理由?」
「それこそわからんわ。あれは神の御先やから、仕える神さんがいるっちゅうこっちゃ。その神さんが消えかけてて、そのことに対する怒り、とかかいなぁ。どっちゃにしても、今はどうもこうもできん。また向こうから出てきてくれるのを待つしかないなあ。」
目の前にある泉は、波一つ立てず、鏡面のように星明りを映している。この状態では、神に祈っても語りかけても、その声は届かないだろうとヌアザは言う。
とりあえずは再び顕れるのを待つしかない。年少組3人はタルガットとエリシュカ、ヌアザに見張りを任せ、仮眠を取ることにした。
しかし、朝になるまで、崇り神が顕れることはなかった。
そして翌朝。
「おはよ~諸君。おきろ~!!」
「ふぁ!え、エリさん?神さま出ましたか?」
「ちがいま~す。朝稽古で~す!」
「あ、朝稽古すか?」
「ただ待ってるのも暇だしね~。ほらほら、とっとと顔洗っといで~。」
エリシュカに促され、3人は身支度を整える。
一方その頃、ラスゴー市の冒険者ギルドのギルドマスター室にて。
ジョーガサキが気付いた森の異変について、サブマスターが報告を行っていた。
「迷宮が誕生する可能性?」
声をあげたのは、ギルドマスターのクドラト・ヒージャ。元は金級冒険者として鳴らしたが、魔物との戦いの最中で左目を失い引退したという経歴の持ち主だ。
昔ながらの冒険者らしく、大柄な体躯を持ち、豪放磊落を絵に描いたような男だ。
「あくまでジョーガサキの報告によれば、です。ラスゴーの森でなんらかの異変が起きている可能性はありますが、証拠はありません。個々の報告でみれば、異変と言っても出没する魔物がわずかに増減しているという程度です。」
クドラトの迫力にも動じることなく答えるのは、サブマスターのダリガ・ソロミン。こちらもまた元冒険者であり、クドラトがこの支部のギルドマスターに就任した後、「追う様にして」ギルド職員になった女性だ。そして今では、クドラトに意見できる貴重な存在となっていた。
「だが全体でみれば、広範囲で異変が続いているんだろう?」
「それは・・・まあ、確かに。」
クドラトは改めてジョーガサキの報告書に目を通す。
ラスゴーの森周辺で報告された異変の詳細に加え、従来の魔物の生息域から予測した異変発生予測地点まで、丁寧にまとめられている。
確かに微妙な変化だが、気になる。そしてジョーガサキの予想通り、迷宮が誕生しつつあるのだとしたら、一大事だ。
なぜなら、初期の迷宮は内部構造が不安定なため、大量の魔物を吐き出す可能性があるからだ。
迷宮誕生による周辺の魔物の生息域の変動。加えて大量の魔物の放出。これらが重なった場合、周辺都市に飢えた魔物の大群が襲い掛かってくる事態も起こり得る。
「今、異変発生の予測地点付近にいる冒険者は?」
「銀級のタルガットとエリシュカが薬草採取の依頼でその付近にいるそうです。」
「ん?あいつら、よりを戻したのか?」
「さあ。セーキョーメンバーの指導をしてると聞きましたが。」
「セーキョー?ああ、ジョーガサキのつくったあれな。そうか・・・。」
タルガットは優秀な冒険者だ。異変に気付く可能性は高い。
だが、新人の冒険者と共に行動しているのであれば、危険にはあえて近寄らないかもしれない。
「どっちにしろ時間はあんまりねえな。」
「あくまで、ジョーガサキの予想が正しければ、です。」
「あいつが言ってんなら、なんかあるだろ。」
「そのジョーガサキに対する信頼の根拠は?」
「逆に、ジョーガサキの分析を信じない根拠は?」
「それは・・・。」
「そう毛嫌いするもんじゃねえ。あいつは優秀だぞ。」
そう言われてダリガは押し黙る。確かにダリガは常々、ジョーガサキのことをいけ好かない男だと思っていたからだ。
やる気がない。覇気がない。人づきあいが悪い。他人に厳しい。冷たい。口が悪い。愛想がない。笑顔が怖い。
なのに仕事は人一倍できる。そして、クドラトの信頼も厚い。時にはクドラトから直接指示を受けて、何やら単独行動をしていることもある。
それがまた腹立たしい。クドラトからの直接指示を受けるべきは自分なのに!
そんなことを考え、さらにジョーガサキへの怒りを高まらせているダリガに、クドラトは告げる。
「ただちに周辺の町村に連絡して、警戒態勢の強化を要請。さらにラスゴーの森全体を警戒地区に指定。冒険者は鉄級以下は立ち入り禁止にしろ。」
「そ、それは・・・。もし何もなかったとなったら、下手をすれば賠償問題ですよ。」
「だから直ちにジョーガサキに森の異変の原因を調査させる。ジョーガサキんとこのセーキョーメンバーが近くに居るってんなら好都合だ。これはセーキョー指名依頼とする。」
「職員を直接現地に出向かせろと?危険です。」
「なんとかするだろ。」
「そんな業務、あの男が引き受けるわけが・・・」
「問題ない。こう言うんだ。『セーキョーの名を売るチャンスだぞ。それに、とっとと解決しないと残業が増えるぞ』ってな。」
こうしてジョーガサキは、その日の午前中にラスゴーの町を出発する。
まるで、世界中のすべての苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべて。
そんなことなど露知らぬアルマ一行は、引き続き交代で泉の監視にあたっていた。
だが、神の姿は一向に顕れない。
チャネルが開きっぱなしという謎体質のアルマや、神と対話する資格を持つランダが泉に向かって語りかけたりもしたが反応はなく、結局その日は、何事もなく終わった。
「むうう。こんなことなら、サリムサク探しでもしてれば良かったよー!」
もう日が暮れるかという頃。アルマが夕食の用意をしながら言う。そんなアルマの話し相手は、アルマの頭の上が定位置になりつつあるヌアザ神だ。
「なんや?サリムサク探してるんかぁ?」
「おっさん、サリムサク知ってるの?私たち、その薬草を探しに森に来たんだよ。」
「なんやそうかぁ。そんならはよ言ってくれたら、うちの結界にぎょうさん生えとったんに。」
ヌアザがさらりと、衝撃的な事実を告げる。
「ななな、なんですと!」
「泉の近くに、白い花咲いてたの覚えとるか?あれがそうやで。ちゅうか、サリムサク言うんは、そもそも神域とその周辺にしか生えとらんのやで?」
「早く言ってよー!」
「いや知らんし。ん?そうか、サリムサクか・・・。」
「どうしたの、おっさん?」
「アルマはん、ちょっと、みんなでサリムサク取りに行こか?もしかしたらそれで、崇りが収まるかもしらん。」
その後、夕食を囲みながら、アルマがヌアザから聞いた話を説明する。
「あのお花がサリムサクだったのですね・・・。」
「姉さまが訪れた神域!見てみたいっす。」
『くそめんどくせえ。』
「サリムサクは、清浄な水と魔素が豊富な場所に自生するってきいたんだけど~。」
「それはあれやなぁ。神さんが好んで神域を作る場所っちゅうことやなあ。その神域がなんかのきっかけで消えると、そこに生えとった草花や泉が残んねん。」
「なるほど~。」
「けどなんでそれが崇りと関係するんだ?」
「うん。サリムサクの花にはな、特別な効能があんねん。」
そう言ってヌアザ神は、アルマの頭の上でニヤリと笑った。
お読みいただき、ありがとうございます。
今日は仕事が忙しくて、更新が遅れました。すみません。。。