2-7 泉の怪異
「黒狼から逃げてたら、変な結界に入り込んでた。そこで小っさなおっさん拾ったら神さまだった。」
「なんだその雑な説明は。」
「うふふ。私が説明しますね。」
無事にタルガットたちと合流したアルマが、これまでの経緯を説明する。
だがまったくわからない。
ランダが代わり、細かく説明を加えていく。
「神の結界に入り込んで・・・要するに神さまなのか?」
「せやで~、よろしゅう。」
「うふふ~。アルマちゃんてやっぱり面白いわね~。」
「姉さま、さすがです!」
「・・・お前、神さまとか拾ってくんなよな。」
『もっと言ってやっていいぞ』
「え!私呆れられてる?」
ついでにアルマは、神とのチャネルが開きっぱなしという特異体質までばれてしまい、みんなに笑われていた。
ひとしきり笑われ、緊迫した空気が軽くなったところでエリシュカが言う。
「そんで~?これからどうしようか?」
「とりあえず、アルマたちは町に戻らせる。どんな異変が起きているのかわからない以上、危険すぎる。」
と、そこでヌアザが言う。
「それやけどなあ。あてが手伝ったろか?」
「なんかわかるのか?ですか?」
タルガットは妙に砕けた口調のヌアザ神にどう接していいのかわからないようだ。
「畏まらんでええで。森の異変やろ?なんやわからんけど、ケッタイな雰囲気っちゅうか、あっちが怪しいで、くらいのことはわかるで?」
「おっさんすごいね!」
『お前は砕けすぎだ馬鹿娘』
マルテがアルマに突っ込みを入れる。
「しかしなあ・・・。」
「いいんじゃない?ヌアザ様はアルマちゃんに憑いてるんでしょ~?アルマちゃんが私たちと一緒に行動するんなら、全員で動いても一緒よ。」
結局エリシュカがまとめて、全員で行動することになった。
予定が決まったところで、アルマ達年少組は天幕で就寝。少しでも寝て体力の回復に努める。
そして翌朝。日の出とともに行動を開始する。
野営地周辺は魔物が頻繁に現れるので、食事はパンのみ。天幕をしまったら、すぐに出発だ。
道案内はヌアザ神。ランダが召喚したネズミの雪さんにまたがって先導する。
道中は、前日から何度か遭遇した黒狼に加え、紫斑大蛇なども現れはじめる。
徐々に現れる魔物は手ごわくなっているが、奇襲さえ受けなければ何とかしのげる。
慎重に歩みを進めていく一行。
と、真昼を過ぎた頃から、魔物が襲撃してこなくなった。それどころか、生き物の気配すら感じられなくなっていく。
「いよいよか?お前ら、気ぃ抜くなよ。」
タルガットが先頭に立ち、ヌアザ神を追従する。
さらにしばらく進むと、突然視界が開け、小さな泉が現れた。
「ここなのか?」
「んー。この辺やと思うんやけどな。なんやぼやぼやしとってハッキリとはわからんのやなあ。」
「この泉に何かあるのかしら~?」
エリシュカが慎重に泉に近づき、水を掬う。臭いを嗅いでみるが、特に臭いはない。
念のためシャムスとランダにも嗅がせてみるが、違和感は感じられないようだ。
「とりあえず、この辺は魔物もいないようだし、ここを野営地にするか。」
タルガットの提案で、水辺の空き地で野営の準備を進めていく。年少組は天幕の設営。タルガットは周囲の偵察。エリシュカは野草の調達。魔物の警戒は、雪さんとヌアザ神。
エリシュカが戻ってきたところで、その日仕留めた紫斑大蛇を使って料理の支度。その間にランダが結界を築き、その様子をヌアザ神が興味深そうに眺めていた。
「おもろい術を使うなぁ。異国の術かいな?」
「そういえば、ご先祖様は外つ国からこの大陸に流れてきたと聞いたことがあります。」
「ほうかぁ。その咒は、自分で考えたんやろう?」
「はい。自ら祝詞を作れるようになるのも、巫女の修行のうちですから。」
「ほやけど、まだ自分を信じきれてないみたいやなあ。」
「自分を?」
「うん。言葉は、祈りのためのもんだけやない。祝いと祈りを言葉に乗せるのはええけど、世界をつくるんはランダはん自身やで。」
「わたし自身・・・?」
そのやりとりを、アルマ達は料理を手伝いながら聞いていた。
「姉さまはやっぱりすごいんだ・・・。」
「あれって、どういう意味です?」
「ん~。ランダちゃんのは~エルフや人間が使う魔法とはちがうのよね。そうだ、アルマちゃん、魔法覚えてみる?そしたらわかるかも~?」
「え?覚えたいです!」
「あ、私も覚えたいっす!」
そうこうしているうちに、タルガットが薪を集めて戻ってきた。
「やっぱりこの辺りには魔物はいないようだな。昨日はほとんど眠れなかったし、異変の原因を探るのは明日からにして、今日は早めに休むか。」
まだ宵の口という頃合いではあったが、疲労が溜まっていたこともあり、全員が賛成。その後は食事をして、泉の水で体を拭いて、就寝となった。
夜間の警戒は、前半に年少組、後半にタルガットとエリシュカが受け持つことになった。
そして、タルガットとエリシュカがそれぞれ天幕に入って数刻。
全天を星が覆い、その煌めきを澄んだ泉の水面が映す。虫の音すら聞こえない。
そこで、ランダはシャムスに話をした。実は魔物が怖くてたまらないこと。そのことをずっと言い出せずにいたこと。
黒狼に襲われた時も、恐怖で身動きすら取れなかったこと。
「シャムスに失望されたくなくて、言い出せなかった。ごめんなさい。」
突然の謝罪にシャムスはキョトンとしていたが、しばらくの間考えてこう言った。
「私は、完璧な姉さまに追いつかなきゃって、ずっとそう思ってた。だからなんか、言ってくれて嬉しい。失望なんかしません。姉さまはやっぱりすごいです。」
二人は、互いを思うあまりに、そして相手の信頼を裏切らないために、自らを追い込みすぎていたのだろう。
ランダが自らの弱みを告白したことで、二人の絆はむしろ深まったようだ。
「良かったよー!ランダちゃん、がんばった!偉かったよー。」
『なんでお前が泣いてんだ。脳のチャネルだけじゃなくて、涙腺も壊れてるのか?』
「チャネルのことは言わないで!」
アルマとマルテも交じって、途端にいつもの空気に戻る。
「よおし。そんじゃあお互いの理解も深まったところで、そろそろ交代してもらおうか?」
と、その時だった。
突然、周囲の空気が変わったのを全員が同時に感じた。まわり中に見えない糸が張り巡らされ、それが鳴り出す直前の状態で静止しているかのようだ。
「な、なに・・・」
「静かに!」
思わず声をあげそうになるアルマを、さっきまでうたた寝をしていたヌアザ神が止める。
じっと泉を見つめていたヌアザは、その視線を泉から離さずに言う。
「ええか?今から、あてが言うまで動いたりしゃべったりしたらあかんで。何があってもや。」
無言でうなずく3人。さっきまで波ひとつ立っていなかった泉が、大きく波立っているのが見える。
それに伴って、あたりの空気も重苦しい圧力を増していく。
と、その時。
泉の中から、ごぽり、と音を立てて、何かが姿を現した。
その何かは、徐々に岸に近づいてくる。
そして岸にたどり着くと、ずるずると陸の上に這い出して。
ぬらりと立ち上がった。
それは、人間の女性のように見えた。
次の瞬間、その何かがアルマたちの方を向く。
アルマは本能的に、目を合わせてはいけないと感じた。
ずるずると、近づいてくる。
そして、その何かはランダがかけた結界の手前で止まると、そこからこちらの様子を伺う。
だが、ふいと視線を外すと、何かを探すように泉の周囲を歩き始めた。
だが、失せ物を見つけることができないのか、その何かは空を見上げて、両手で頭を抑えた。
その姿が、なぜかとても苦しそうで。
その姿が、なぜかとても哀しそうで。
やがてそれは、ずるずると泉に向かい、ゆっくりと水の中を進む。
やがて全身が水につかり、水が大きく波立ったかと思うと、次の瞬間にはそれまでの光景が嘘だったかのように静まりかえった。
それとあわせて、辺りを覆っていた緊張感も消え去る。
「おい!お前ら、何があった!」
天幕からタルガットとエリシュカが飛び出して来る。
「な、何かが泉から出てきて・・・。」
「泉?」
タルガット達が泉を見る。だがそれは昼間見たのと変わらない、ただ澄んだ泉だった。
と、泉をじっと見つめていたヌアザ神が言う。
「あれはあての同類やな。消えかけの森の神や。」
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