2-6 頭の上のおっさん
タルガット達が黒狼を退け、アルマ達が謎の結界に入り込んでしまった頃。
冒険者ギルドでは、ジョーガサキが前日の依頼終了確認書に目を通していた。
やがて、すべての確認書に目を通し終えたジョーガサキが、研修中の新人職員ルスラナに声を掛ける。
「ルスラナ・クエバリフさん。この3日間、ラスゴーの森周辺で、魔物の出没状況に異変があるという報告があがっていますが。」
「ああ。はい。でも、誤差の範囲内かと思いますよ。」
「個別に見ればそうですが、これだけ広範囲で何らかの異変が報告されているというのが気になります。それも3日連続です。通常より多くの魔物が見つかった地点、少なかった地点、従来とは異なる魔物の目撃報告、それらをすべて、この地図上に纏めてください。おそらく報告に上がってない事例があるはずですので、過去5日分について他の職員にも確認を。」
「わ、私が一人でですか?」
「無理なら私がやります。」
「やります!やりますよ!いつまでにやればいいですか?」
「今日の窓口業務終了後にサブマスターに報告しますから、それまでに。」
「そ、そんなすぐ・・・いえ、わかりました!」
ラスゴーの森の異変。冒険者たちがわずかな違和感としか捉えていなかったその異変に、ジョーガサキはいち早く気づいていた。
だが、その異変の正体にまでは、当然のことながら気づくことができない。
そして、まさにその異変が起きている現場近くにいるアルマ達。
ジョーガサキが森の異変を上申したその日の深夜、異変とはまったく関係ないところで、予想外の事態に巻き込まれることになる。
「ひやあ、死ぬか思たわぁ。お嬢ちゃん、ありがとうなぁ。」
「なななな・・・!」
祠の中の像が突然光り出したかと思いきや、次の瞬間、祠の像をそのまま写したかのような男性が顕れた。
神像そっくりということは、神の一柱なのだろう。だがその容姿は・・・
「小っさなおっさんが現れた!」
「誰が小っさなおっさんやねん!これでも神さまやぞ!」
まさに小っさなおっさんという風情であった。
人間で言えば50代から60代。口髭と禿頭が印象的な、彫の深い顔。大きな布に穴を開けて上からかぶって腰ひもで絞っただけの、ざっくりした服装。
そしてその大きさは掌に載せてしまえるほどしかない。
「か、神さまなの?」
「せやでぇ。名前は・・・ヌアザとでも呼んどくれ。よろしゅう!」
「軽っ!神さま軽っ!」
『その神に突っ込むお前もたいがいだけどな。』
神と名乗る存在の突然の顕現に、口をあんぐりと開けて固まるランダの横で、アルマが突っ込みを入れる。
異教の神とはいえ、突っ込みをいれるとはなんたる不敬。慄くランダの心を読んだかのように、ヌアザ神は言う。
「あー。神さん言うても、この通り死にかけや。そないに畏まらんでもええで。」
「し、死にかけなのですか?」
「うん。まあせやな。それにしても、ようこんな消えかけの結界に入れたもんやなあ。獣人の嬢ちゃんも素養あるけど、たぶんそっちの嬢ちゃんの力やろなあ。力ちゅうか、体質か。」
「わ、私?」
指を指されて驚くアルマに、ヌアザ神が頷く。
「せや。まがりなりにも神域やぞ。立ち入るにはそれなりの素養が要んねん。普通は獣人の嬢ちゃんみたいに修行して身に付けんねんけどな。自分のは、天然やな。」
「天然?」
「うん天然。なんちゅうかな、頭ん中に、神さんと交信するためのチャネルがあるとするやん?普通はそれ、閉じとんねん。修行してようやく開いても、一部の神さんとの交信専用になるだけや。それが嬢ちゃんと来たらもう、全方面開きっぱやで。」
「ひ、開きっぱ!」
「開きっぱのおっぴろげや。神さんからしたら、心の声だだ漏れやで。」
「だ、だだ漏れ!」
『ぷ・・・。ぶはははは!』
良く分からないけど、乙女としての大切な尊厳を傷つけられた気がする。
アルマは両手を地面につけてうなだれる。さらにマルテが大笑いするので、衝撃も倍増だ。
「まあ、そんでもおかげで少しだけ命拾いした。ありがとうな。」
「その・・・命拾いというのは?」
ランダが問う。
聞けば、ヌアザ神はかつてこの地方一帯で広く信仰された神の一柱だったのだという。
だが、長い年月のなかで、ヌアザを祀る種族は減少していった。
「信仰する人がいなくなったら、どうなるのですか?」
「消えてまうなぁ。」
神とは、人の信仰心を糧に存在する。信徒がいなくなれば、消えてしまうのが道理だ。
ヌアザ神の力は弱り、それに伴って神域の維持も難しくなる。アルマたちが見た結晶化した木々は、実は結界の崩壊によるものなのだという。
いつ消えてもおかしくない。結界を維持するのも限界というタイミングでアルマが現れ、祈りを捧げ、供物を供え、神像を磨いてくれた。
それによって、わずかながらヌアザ神も力を取り戻すことができたということらしい。
「ま、消えるのはええねん。」
「いや、よくないでしょ。」
「言うてもそういうもんやしな。ただまあ、心残りっちゅうか、最後にできれば、結界の外の様子を見ておきたかってん。せやしな、アルマはんにお願いがあんねん。」
「なんでしょう?」
「しばらく取り憑いてええ?」
そんな神の願い事を聞いている頃。
タルガット達は、野営地で順番に休憩をとっていた。
いまだに見つからない二人のことは心配だったが、さすがに暗くなっては捜索を続けるのは無理だ。
むしろ暗い森の中では、野営地の焚火は目印になる。
捜索を続けたがるシャムスを何とかなだめ、背後から襲われる心配の少ない窪地に拠点を設けた。
だが、その日は数度にわたって魔物からの襲撃があった。まだレベルの低いシャムスは、体力的に限界。明日からの捜索に余力を残すためと言って無理やり休ませ、タルガットとエリシュカで順番に警戒にあたっていた。
「おつかれ~。」
「ああ、エリシュカ。シャムスはどうだ?」
「目を閉じてるってだけね~。眠れないんでしょう。」
「そうか・・・。」
「はいは~い。君まで思いつめないの~。」
「ん?・・・。そうだな。すまん。」
「ん~。」
タルガットの横にエリシュカが座る。
タルガットは、火に薪をくべながら言う。
「森の様子がな。どうもおかしい。」
「そうね~。」
「アルマとランダが戻ったら、すまねえがあいつらを町に送り届けてやってくれ。」
「そんで自分は残って原因を探るって~?おことわりで~す。」
「おい。」
「私も残りま~す。あの子たちは、昨日の野営地点まで送ったら自力で帰れるでしょ~。」
「いや、でもな」
「君を一人にする方が危なそうだもん。人手があった方が、色々と対応もできるでしょ~?」
「・・・わかった。」
「だ~いじょうぶ。10年前のようなことは起きないよ。その前に、原因を突きとめよう。」
「ああ。・・・わかった。ありがとう。」
かつて大量の魔物に襲われて滅んだ村があった。
二度とあんな悲劇を起こさない。タルガットは、改めて強く思う。
そんなタルガットの決意を、エリシュカは誰よりも分かっていた。
誰よりもずっと、ずっと彼のことを見守っていたのだから。
と、そんな二人の空気を読まずに、間の抜けた声が暗闇の森に響く。
「タルガットさん!ごめんなさいー!!」
それはアルマの声だった。
「アルマ?アルマなのか?」
「そうです。ランダちゃんもここにいます!けど!魔物もついてきちゃいましたー!」
見れば、暗い森の斜面を駆け下りてくるアルマとランダの姿。その背後には数頭の狼が見える。黒狼だろう。
「姉さま!今助けます!」
天幕から飛び出してきたシャムスが、その勢いのままランダの元へ駆けつける。
「馬鹿野郎!暗がりに行くな。火の近くで戦え!」
言いながらタルガットも駆け出す。
エリシュカが弓で牽制。一頭の首元にその矢が突き刺さり、ひるんだ黒狼が距離を取る。
その間にタルガットがランダの元に駆け寄ったシャムスを追い越し、剣を一閃。矢が刺さって動きの鈍った一頭を仕留めることに成功する。
アルマたちを火の近くにゆっくり下がらせ、黒狼との距離をさらに開けさせる。
と、タルガットのすぐ横を矢が通り過ぎる。エリシュカだ。その矢がタルガットに襲い掛かろうとして構えていた黒狼の足にあたる。
その一撃で、黒狼たちの攻撃意欲が消えたのだろう。低く唸りながら、立ち去っていく。
しばし黒狼たちの姿を追っていたタルガットは、ふうう、と深いため息を一つついて、警戒を解く。
振り返ると、シャムスが顔をぐしゃぐしゃにして、ランダに抱きついていた。
「姉さま!姉さま!よかった、無事で良かった!私、姉さまのことを守れなくて・・・ごめんなさい!」
「いいのシャムス。私こそ、心配させてごめんなさい。」
シャムスをあやすように頭をポンポンと叩くランダと、その様子を滂沱の涙を流しながら見つめるアルマ。
まったくこいつら、心配させやがって。
タルガットが3人に近づいて言う。
「言いたいことは色々あるが、とりあえず無事で良かった。ケガはないか?」
「はい。タルガットさん、ご心配をおかけしてすみませんでした。」
頭を下げるアルマとランダ。
「うん・・・そんで、その頭の上に乗ってる小っさいおっさんは何なんだ?」
お読みいただき、ありがとうございます!
ブックマーク&評価もありがとうございます!
ほんともう、感謝しております。
作中、関西弁風味のやり取りがありますが、筆者は関西ネイティブではありません。
違和感があるかとは思いますが、キャラづくりという事で
生温かく見守っていただければ幸いです。