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2-5 神の森

森の中、タルガットとシャムスの声が響く。


「アルマ!ランダ!返事をしろ!」

「姉様!どこですか、姉様ー!」


突然、黒狼の群れからの襲撃を受けたものの、数頭を討ち倒した一行。だが、その戦いの最中でアルマとランダがはぐれてしまった。

すぐに二人の逃げた方向へ向かおうとしたのだが、そこでさらに第2陣の襲撃を受けた。狡猾にもこちらの戦力を分散させるように立ち回る黒狼。その襲撃をなんとか凌ぎ切った時には、すでにアルマとランダの姿はどこにもなかった。


「くそ!俺のせいだ。くそ!」


タルガットが苛立った声をあげ、すぐ近くの木の幹に拳を打ち付ける。

通常なら、この辺りに黒狼が出没することはない。しかもあれほどの数が群れをなして襲いかかってくるなど。その意味で言えば、タルガットに落ち度があったとは言えない。

だが、それは同時に、何か異常な事態がこの森で起きているということなのだ。

その事実が、タルガットを焦らせていた。

と、エリシュカがタルガットに背後から近付くと、徐ろにその頭を引っ叩く。


「った!何すんだエリシュカ!」

「はいは〜い。頭冷やす〜。」

「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないっすよエリさん!姉様が・・・私が守らないといけなかったのに!」

「シャムスちゃんもちょ〜っと落ち着こう。だ〜いじょうぶ。アルマちゃんも一緒だから。」

「全然安心できないっすよ!」

「それ、アルマちゃん聞いたら泣くよ〜。とりあえず、やられちゃった痕跡も見当たらないないし〜。ちゃんと生きてるって〜。」


エリシュカとて、何か異常事態が起きていることに気づいていないわけではない。

わかったうえで、そう言っているのだ。

エリシュカに言われて、ようやく落ち付きを取り戻す2人。


「悪い、取り乱した。」

「はいは〜い。ほんで、どうしようか?」

「日暮れまでにはもう少しあるが、このまま探し続けるのは無理だ。とにかくこの辺りで野営できる拠点を探さねえと。」

「そんな!姉さまを置いてはいけません!」

「置いていくわけじゃねえ。あいつらが戻ってきた時に休める場所が必要だろう?」

「それは・・・。」


3人は再びアルマ達の名を呼びながら、来た道を戻っていく。

一方アルマたちは・・・


「うーむ。迷った。」

「すみません。私のせいで・・・。」

「ランダちゃんのせいじゃないよ!走ろうって言ったの私だし。私こそごめん。」

「いえそんな・・・。」

『どっちのせいでもいいが、とりあえずどうすんだ?』


マルテに言われて、辺りを見回すアルマ。だが、無我無中だったのでどちらから来たのかすらわからない。

完全に迷子になっていた。


「マルテちゃん、来た道わからない?」

『無理だ。ここは何か、方向感覚を狂わせるような、妙な気配がする。』

「妙な気配?」

「何かの結界のようなものかと。私もさっきから雪さんを喚ぼうとしているのですが、うまくいきません。」

「え?精霊術がつかえないってこと?」

「いえ、攻撃魔法は多分使えると思います。ただ、召還魔法は結界に弾かれるみたいで・・・すみません。」

「ううん、それは仕方ないよ。でも。どうしようか?」


森ではぐれてしまった時は、あまり動き回らない方がいいと聞く。

しかし、この状況が何かの魔法に拠るものなのだとしたら、その原因を突きとめる必要がある。

だとすると・・・


「とりあえず、ご飯にしようか!」

「・・・・は?」

「え?そろそろ夕方だし?あ!お腹空いてない?」

「いえ、そういうことではなくて・・・」

『この状況でよくそんなことが思いつくなって感心してんだよ。』

「いや、照れますな。」

『褒めてねえよ!』

「だって、なんかの結界なんでしょ?ランダちゃんの巫術は切り札なんだし、魔力回復したほうが良いし、今のうちにご飯食べた方が良くない?私、自慢じゃないけど頼りにならないよ?」

『自慢にはならないな、確かに。』

「・・・うふふ。はい、じゃあご飯にしましょう。」

「そうしよう!あ!でもお鍋がない!」

「いや・・・そんなに本格的にしなくても・・・」


アルマたちは近くの大木の根元に移動し、携帯していたパンと干し肉を取り出した。

座り込んで初めて、ランダは自身の疲労がかなりのものだったことに気付いた。

きっと顔色も悪くなっているのだろう。食事にしようと言ったのも、自分を気遣ってのことかもしれない。ランダは思う。


「ねえねえ、ランダちゃん。ここの木、なんかおかしくない?」


アルマの声に木々を見上げるランダ。

この辺りの木々は随分と立派だ。いや、立派すぎるのだ。黒狼との戦闘になった辺りではここまでの木々はなかったように思える。


「確かに・・・何か、古の森といった風情を感じます。」

「だよね。いいとこ見つけちゃった。」

『お前は一回、危機管理意識のネジを締め直した方がいいぞ。』

「エリシュカさんに聞いたら、ねじ回し売ってくれるかな?」

『なければあたしの刃先を使え。こめかみの辺りをグサッと行ったらいいぞ』


アルマとマルテの悠長なやり取りを見て、つい吹き出すランダ。

だが、言っておかねばならないことがある。


「さっき、黒狼と対峙したとき、私は何もできませんでした。」

「ん?いやだからそれは・・・」

「いえ。違うんです。聞いてください。」


ランダは語り始めた。

かつて住んでいた、狐人族の村のこと。古い習俗を守り続ける、厳格な、しかし平穏な村だった。

ある日を境に、村を襲撃する魔物の数が増えだした。村の戦士たちが対応に当たったが、魔物の数は増える一方で、次第に戦士たちの中に負傷者が現れはじめた。

このままでは、いずれ対応しきれなくなる。ついに族長は、近隣の町の冒険者ギルドに救援の依頼を出すことを決めた。


だが、それも遅かった。ある日突然、大量の魔物が襲い掛かってきたのだ。村の戦士たちは勇敢に戦ったが、劣勢は明らか。戦士たちが時間を稼いでいる間に、村民は避難させることとなり、ランダはシャムスとともに両親に連れられて村を出た。


必死で逃げた。どこをどう走っているのかもわからなかった。しかし、それでもだめだった。魔物に追いつかれ、目の前で両親を殺された。


あわや自分たちも、というところで助けてくれたのがタルガットだった。


シャムスとランダは、町の孤児院に預けられることになった。だが、シャムスは両親を目の前で殺されたショックで、完全に心を閉ざしてしまっていた。


これ以上家族を失うわけにはいかない。ランダは必死でシャムスに語り掛けた。


私は村の巫女候補。私さえいれば、村はきっとまた元に戻る。そのために、私はまず冒険者になる。バラバラになった村の生き残りを見つけられるように。

そして、あの時助けてくれたあの人のように、シャムスも、村のみんなも守れるように。

私がきっとなってみせる。


ランダの粘り強い語り掛けで、シャムスは徐々に心を取り戻し、やがて彼女自身が冒険者を強くめざすようになった。


けれど。だから。ランダは・・・


「本当は、冒険者になりたいとは思っていなかったんです。あの時にきちんと気持ちの整理をつけたシャムスとは違う。私は中途半端なまま、ただ、そのまま流されてしまっただけなんです。だから」


魔物が怖い。怖くて怖くて、仕方ない。

倒しきれなかった時のことを思うと、それだけで身がすくむ。

だから、つい攻撃に込める魔力が多くなる。それで倒しきれるうちは良かった。なんとか踏みとどまれた。

けれど、この森に入って、一度の攻撃で倒せないとわかるともう駄目だった。


「本当は、昨日の時点で限界だったんです。でもシャムスを失望させたくなくて、私は言い出せなかった。そのことをきちんと伝えておけばこんなことには・・・。本当にすみません。」


そう言って頭を下げるランダ。

だが、再び頭を上げた彼女の視界に映ったのは、全く予想外のものだった。


「ランダちゃん、偉い、偉すぎるよー!」


それは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたアルマだった。


「え?いや、そうではなくて。私が言いたいのは私がいかに中途半端で冒険者失格かということで。ちょっと、抱き着かないで、は、鼻水。」

「失格なんかじゃないよ!怖かったら戦わなくたっていい。私たちを頼ればいいんだよ!」

「・・・頼る?」

「それにさ、冒険者は魔物と戦うのが仕事じゃないよ?」


アルマの冒険者生活は、ひどく味気ないものだった。意味も分からずただ薬草を採取する日々。だがそれはジョーガサキとの出会いで一変した。

採取した薬草は、それぞれに用途があることを知った。倒した魔物は人々の生活を潤すことを知った。そして、より豊かな未来のために準備できることがあると知った。


「誰かのために、勇気を出して危険を冒す。ランダちゃんは、もうずっとそれをやってきたんだよ。だからさ、無理する必要なんてない。シャムスちゃんだって、きっとそう思ってると思うよ。」


無理する必要はない。その言葉は、なぜかランダの心にストンと落ちた。

やっとわかった。私は、完璧でなければならないと、そればかりを考えていた。巫女としても、冒険者としても、憧れの存在でなければシャムスがまた心を閉ざしてしまうかもしれないから。

そうやって、自分で自分を追いつめていたんだ。


「そうか。私は・・・」

「それでも、やっぱり冒険者は向いてないって思ったら、やめちゃえばいいんだよ。」


そう言って、アルマは笑った。

その屈託のない笑顔につられて、ランダも微笑む。


「よおし、そんじゃお腹もふくれたし、この謎結界から抜けちゃおう!」


アルマが立ち上がる。遅れてランダも立ち上がり、周辺の探索に向かう。

と、ランダだけに聞こえる声で、マルタが語り掛ける。


『意を決しての告白がすかされた気分はどうだ巫女そこない。こいつはな、お前が思ってるより遥かにポンコツだ。前向きなポンコツがいかに厄介か思い知っただろ。』

「うふふ。そうですね。でも、おかげで心が軽くなりました、」

『ふん。これでしばらく冒険者をやめるわけにもいかなくなっただろ。せいぜい苦しめ。』

「・・・はい。」

「ん?なんか言った?」

「いいえ、何も。」


アルマの問いかけには答えず、ランダは先を促す。

鳥の鳴く声も、風の吹く音さえしない森を進む。やがて木々の中には、幹や枝の一部が水晶化したものが現れはじめた。

夕暮れ時のはずなのに、なぜか陽光が降り注いでいる。時間の流れが異なっているのかもしれない。

さらに森のそこここに、小さな泉が現れる。その水もまた清らかに輝いて、水辺には見たこともない美しい白い花が咲いている。

木々の葉は小さな雫を時折落とす。その雫がまた次の葉に落ちて、小さな雫が無数に降り注ぐ。無数の水滴が陽光に煌めいて、一帯をさらに荘厳な空間へと変えている。


「植生から何から、完全に別の世界のようです。」

「本当にね。あ、あれは何かな?」


アルマが指さした先にあるのは、小さな祠のようだった。

かなりの年月、放置されていたのだろう。朽ちかけた祠は苔で覆われていた。


「昔、この辺りで崇められていた神を祀っているのでしょうか。」

「おお。神様があそこにいるんだね!謎結界から出してくれるかお願いしてみよう。」

「いや、どういう神かもわからないので、あまり近づかない方が・・・て、アルマさん!」


ランダが注意する間もなく、アルマは駆け出してしまっていた。

祠に辿り着くなり、適当なお祈りを捧げて、干し肉を置いている。

なんで干し肉?供物のつもり?

まあ、祈りまで捧げてしまったのであれば仕方ない。ランダはため息を一つ吐いて。アルマの元に。

近づくと、アルマは祠の中にあった像をせっせと磨いていた。


「アルマさん。異教の神です。あまり近づかない方が。」

「え?そうなの?」


と、その時。

突然アルマの磨いていた像が光り始めた。


お読みいただき、ありがとうございます。


なんかちょっと長くなってしまいました。。。

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