8-29 魔王誕生
アルマたちが王都に戻ってから、さらに10日あまり。
王都では魔物の襲来によって延期されていた建国記念式典が執り行われることとなった。
日が空いてしまったのは、更地となってしまった新市街西部の瓦礫処理や魔物の処分、避難住民への対応などが重なったことがあげられる。
だが、最大の理由はそれ以外にあった。
「虎姫の勇者と笛吹き魔王のお披露目だって?」
「ああそうだ。しかもよ、魔王の後見人として、バリガンさまとエヴェリーナさまがご登場なさるって話だぜ。」
「バリガンさまって、英雄王バリガンか?何百年前の話だよそりゃ。」
「なんでもバリガンさまは迷宮に自らの記憶を封印してたんだとよ。それが、こないだの迷宮騒動で実体化したっつう話でな。」
「まじかそりゃ。じゃあ本物のバリガンさまってわけじゃねえのか。」
「バリガンさまの姿かたちでバリガンさまの記憶を持っているんだったら、バリガンさまだろうよ。」
「はあ。迷宮ってえのは、信じられないことが起きるもんだなあ。」
「ほんとにな。ともかく、今日は歴史的な一日になる。ほら、早く行って、いい席を確保しねえと。」
住人たちがそんな話をしているのは、まさに更地となった新市街西部であった。
今では瓦礫の処分も終わり、完全に更地となっている。
広大な更地は式典を行うには好都合ということで、急遽会場として使われることになったのだ。
メインの舞台は、市街地には似つかわしくない小さな岩山の前。
その岩山こそが、迷宮への入り口だ。
岩山前には急造の式台と要人のための特別席が据えられ、さらに一般客向けの広場には多くの出店も並んで、お祭りの雰囲気を盛り上げている。
一般客のお目当ては、バリガンとエヴェリーナだけではない。
長年姿を現すことがなかった聖獣青虎。
その聖獣を従える勇者とその仲間たち。
さらには勇者とともに手を取り合って王都を危機から救った魔王まで。
話題の種が詰め合わせでやってくるということで、すでに会場には大勢の市民が詰めかけていた。
だが、肝心要の主役たちはどうしているかというと。
「やっぱり納得できません!こんなの晒し者じゃないですか!!」
式典前のパレードを控え、王宮内の控えの間に詰めていた。
『ぶはははは!アルマ、お前最高だよ!輝いてるって!』
「嘘ばっかり!私はもうだまされないからね!」
「まあまあアルマさん。勇者としての威厳を保つためには必要らしいですから。」
「・・・ランダちゃん、これ見て、勇者の威厳を感じる?」
「え?・・・それは・・・。」
アルマは、虎の毛皮をふんだんに使った装備に身を包んでいた。
ごていねいに頭防具には虎頭のはく製が使われ、それがそのまま外套の役目も果たしている。
王宮がアルマのために特別につくらせた一品で、装備そのものはたしかに迫力あるものだ。
だが、冒険者としてはさほど大柄ではなく、むしろ華奢な部類のアルマにはまったく似合わない。
ランダは、スッと視線を逸らす。
「どっちかっつうと・・・山賊?」
「のマネをして粋がってる、痛い子っすかね・・・。」
「ほら!ほら、そうでしょ!やだこんなの!やだやだやだ!!」
『ぶはははは、いいじゃねえか山賊。山賊勇者。』
「良くないよ!ラキちゃんはあんなしっとり女子力高めなのに、なんで私だけ!?」
「・・・え、わ、私は・・・その・・・。」
話を振られたラキが身を固くする。
ラキはかつて魔族が好んで使っていたという漆黒のドレスに身を包んでいた。
こちらもまた、王宮が特別につくらせたものだ。
使っている素材は最高級のもので、年齢よりもかなり幼く見えるラキが着ると、まさに人形のようだった。
折れた角だけはそのままであったが、そのアンバランスさが何か不思議な魅力をラキに与えていた。
魔力のコントロールができるようになったことも彼女に自信を与え、今ではわずかながら魔王としての威厳すら感じさせるようになっている。
「・・・アルマ、私のと交換する?」
「え!?い、いやいいよ。そういう意味で言ったんじゃないから。ラキちゃんはそれがいい。すごく似合ってるもん。」
「だったらアルマもそれでガマンするしかねえな。すごく似合ってるもん。」
「似合ってないよ!似合ってないでしょマイヤさん!やだよ山賊は!?」
アルマが一人で大騒ぎしていると控えの間の扉を叩く音がした。
「失礼いたします。ソフィリス殿下が皆さまにお言葉をくださいます。」
「で、殿下が?」
現れたのは王宮でソフィリス第三王女に仕える侍女だった。
聖獣の契約を代々受け継ぐ王家にあって、現在青虎と契約を結ぶ王女。
アルマたちは王都に戻ってから王宮に招聘された際に彼女とも会っていた。
アルマたちは慌てて臣下の礼をとる。
ラキだけは異国の大使という扱いであり、そうした礼を取る必要はないと教えられていた。
「ああもう、そういうのはやめてって言ったでしょ!」
「で、ですが姫さま・・・。」
「救国の勇者さまなのですよ!私などより彼女の方がよっぽど偉いのよ!アルマもいいから、楽にして。」
「あ、はい。」
遅れて入ってきた王女はアルマたちに近づき、礼をやめさせる。
「いよいよお披露目ねアルマ!その衣装、着てくれたのね!やっぱり、私の見立て通り、すごく立派で・・・立派で・・・。立派だわ!」
「ソフィリスさま?」
「ラ、ラキもすごくお似合いですね!なんてかわいらしい!」
「ソフィリスさま、ちょっともう一回こっちを向いて下さい。」
「み、皆さまも!すごくお似合いですね!さすが勇者のパーティです!」
「ソフィリスさま!!」
「ア、アルマももちろん似合ってますよ?すごく、なんていうかその、あれです。」
「山賊っぽいですか?」
「ブフォッ!!!」
「やっぱり思ってたんですね!!ひどい!」
「ち、ちがいます。アルマは市民の希望なのですから、その衣装は必須なのです!シルトワを従えてることが一目でわかりますからね!」
シルトワというのは青虎の名前だ。
アルマの魔力を好み、そばから離れようとしなかった青虎の様子を見て。ソフィリスは魔力が回復するまでの期間限定で、シルトワをアルマの従魔とすることを認めた。
今日の式典ではそのことも合わせて市民に発表されるのだ。
「う、うう。それはわかりますけど・・・。」
「そうでしょう?ね、だからアルマはその山ぞ・・・勇者の衣装を着てもらわなければ困るのです!」
「いま、山賊って言いかけましたよね?」
「言ってません!さ、さあ皆さん、そろそろお時間ですよ。行きましょう!」
「あ、逃げた!」
やいやい言いながら、ソフィリスたちはパレードの列に加わるために控えの間を出る。
いずれにしてももうパレードは始まる。
さすがのアルマもあきらめて、後を追ったのだった。
王宮の城門前にはすでに待機していた青虎が、アルマたちを見つけて近づいてくる。
ソフィリスが、その顔をやさしくなでる
「シルトワ、今日はアルマたちをよろしくね!」
「グルルル・・・。」
アルマとラキはそのままシルトワの背に乗る。
他の面々は、牛6号が牽く牛車だ。
牛6号も牛車も、今日のパレードのために色々と飾り付けられていて見違えるようだった。
王族はアルマたちとは離れて進むため、ソフィリスとはいったんここでお別れだ。
「それじゃあまた後でね、アルマ、ラキ。」
そして。
予定の時刻となり、城門が開かれた。
王城前はすでに多くの市民であふれていた。
「うわ、すっごい・・・。」
パレードが始まった。
アルマたちの姿が城門前に現れると、市民の歓声がひと際大きくなる。
歓声の一部に、アルマの姿を驚く者の声が混じっている気がするが、ここまで来たらやり通すほかない。
アルマは半ばやけになりながらも、観衆に向かって手を振る。
「ラキちゃん、ほら、手を振って!」
「・・・え、でも。」
「いいから、ほら!みて、みんなラキちゃんを認めて、お祝いしてくれてるんだよ。」
「・・・・。」
「これからは、ラキちゃんが魔族の顔になるんだから。」
「・・・魔族の、顔?」
「そうだよ。誰かが魔族の話をするときに、まず最初にラキちゃんのことを思い出す。その顔が、暗く沈んでいたり怯えていたりしたらどう思う?」
「・・・・。」
「逆に、笑顔だったらどう?みんな、魔族は思ったよりも親しみやすいのかもって思うよきっと。だからさ、今日は笑顔でいこうよ!」
「・・・うん。そうだね。私は魔族の代表なんだから。」
ラキが恐る恐るといった感じで観衆に手を振る。
歓声がさらに高まる。
その声にほだされるように、ラキの表情から、次第に緊張の色が消えていく。
そうしてパレードは王宮を離れ、ゆっくりと迷宮前の式典会場へ向かう。
式典会場に設けられた招待客席には、冒険者ギルドのマスターであるティムルをはじめ、クドラト、ダリガ、イルミス、ルスラナ、ニコレグといった職員たちの姿も見える。
その一段前にいるのは、タルガットとエリシュカ、「三ツ足の金烏」、「熒惑の破者」の面々だ。
隊列が式典会場にたどり着くと、迷宮から2人の男女が現れる。
バリガンとエヴェリーナだ。
アルマたちは彼らに迎えられるように式台へと上がっていく。
最後に王族が貴賓席へと移動したところで、式典が始まったのだった。
こうして華やかな式典が迷宮前で執り行われている最中。
ジョーガサキはいつもと変わらず、冒険者ギルドの一室で事務処理を行っていた。
魔物騒動の後処理だけでなく、北西部に誘導した魔物の討伐計画や更地になった新市街の復興計画、さらには正式に冒険者ギルドの付帯サービスとして展開することが決まった生協の運営計画まで、やらねばならないことはいくらでもある。
そのすべては今後、冒険者ギルド本部が直接動かしていくことになるのだが、計画骨子の作成はジョーガサキに一任されているのだ。
元はと言えばジョーガサキが元凶なのだから、当然ではあるのだが。
そんなわけで、ジョーガサキは騒動の後もひたすら事務作業に追われる日々だった。
ふと、窓の外から漏れ聞こえてきた歓声に、ジョーガサキの手が止まる。
「どうやら、式典がはじまったようですね。」
今日の式典では、アルマとラキが勇者と魔王として、王国から正式に認められる。
ラキはユグ島の魔族村運営に携わるだけでなく、王国各地に今なおひっそりと暮らす魔族の支援に明け暮れることになるだろう。
その後見たるアルマもまた、勇者としての立場から、これまでにはなかった依頼が舞い込むことになる。
彼女たちが旗印となる生協も、加入者はどんどん増えていく。
今後すべきことをシミュレーションしたジョーガサキは、ふっとため息をつくと、お茶を淹れるために席を立つ。
「残業をしなくて済む環境づくりのためにはじめたのに・・・なぜこうなったんでしょうかねえ。」
そもそもの計画が破綻した元凶は、恐らくあの少女。
常にジョーガサキの想像の斜め下を行く少女と関わったことが、すべての始まりだ。
「なるほど。それが君の原動力というわけか。興味深いね。」
唐突に、ジョーガサキの背中に声がかけられる。
聞き覚えのあるその声に、ジョーガサキは不機嫌そうな表情で振り返る。
「あなたをご招待した覚えはありませんが。ベリト・ストリゴイさん。」
「君と僕の仲じゃないか。堅苦しいことを言うもんじゃないよ。ジョーガサキくん。」
「私としては、できれば一生会いたくない人種の筆頭なのですがね。」
「君にそれほどの印象を与えられているなら光栄の至りだね。ともかく、休憩時間の間くらい、相手をしてくれてもかまわないだろう?僕にもお茶をいただけないかね?」
「・・・・。」
いつの間にか執務室のソファに陣取っていたのは、ベリト・ストリゴイ。
ジョーガサキよりもはるか昔に、この世界に落ちた男だった。
向かい合う二人の耳に、ひと際大きな歓声が窓の外から届く。
「それじゃあ、お茶ではちょっと味気ないけど、新しい魔王の誕生を祝して。」
ベリトはジョーガサキから受け取ったティーカップを右手に、朗らかな笑顔を浮かべた。
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