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8-28 王都のナルミナさん

迷宮の暴走による被害を抑えるため、ティムルの大魔法によって更地となった王都の新市街では、魔物襲撃の後始末が大急ぎで進められていた。


大量の瓦礫に加え、王都周囲には無数の魔物の死骸がいまだに残されている。

それらのゴミが、次々と迷宮へと運ばれていく。


「大戦の記憶庫」を暴走させ、無数の魔物を吐き出したことで、いま迷宮は一時的に魔素が枯渇した状態にある。

瓦礫や魔物の死骸は、迷宮の状態を安定させるための「資源」となるのだという。


一方で、迷宮内に備蓄されていた食料は、更地となった街区の元住民への支援物資として迷宮内から運び出されていた。


支援物資は瓦礫を撤去した更地の一部区画にまとめられ、そこを中心に天幕が立ち並んでいる。

住む場所を失った住民の仮設住宅だ。

天幕群のなかでも、ひときわ大きな天幕には一輌の牛車が併設されている。

それはジョーガサキが旅のために用立てた食堂車で、現在は避難住民への食料を提供するために活用されていた。


「タオタオモナのスープができたよ!!一人一杯までだから、そっちで受け取りな!ケガ人や老人子どもの面倒もしっかり見てやるんだよ!!」


声の主は、ユグ島から城塞都市ミレンへと移って生協立ち上げを指導していたナルミナだ。

事後処理要員として、ユグ島に残した3人の馬鹿弟子とともに、ジョーガサキに呼び出されていたのだ。

もちろんそこには、この機会に生協の優秀さを示そうというジョーガサキの腹黒い計算があるのだが。


おいしそうな匂いにつられて、天幕から次々と住人たちが顔を出し並び始める。

中にはちゃっかり列にならぶ冒険者もいて、小さな騒動が起きたりもするが、そこは馬鹿弟子たちがきっちりシメている。


「にしても、未曽有の危機だったらしいのに王都の住民は落ち着いてるねえ。それとも王都じゃこういうのはよくあることなのかね。」

「いやいや、そういうじゃないよナルミナさん。こうしてメシは食えるし、寝床も今は天幕だけど、近いうちに仮設住宅が建つらしいからね。きっちり保証がありゃ不満もでねえさ。」


ナルミナの呟きに反応したのは、すっかり顔なじみになったテント村の住民たちだ。


「けど、みんな商売道具も失っちまったんだろう?今後は大丈夫なのかい?」

「この地区は元々冒険者相手の宿屋を経営してる奴らばかりだったからね。商売道具はハコだけだよ。」

「そっちもキッチリ直してもらえるらしいからね。精細な地図付きで、部屋の数まで記録が残ってるんじゃ文句の言いようもねえやな。」

「ああ、ジョーガサキの野郎、そこは織り込み済みだったってわけかい。」

「ジョーガサキ?俺らに説明してくれたのはルスラナさんてのとイルミスさん、あとニコレグさんていう職員だったけどね。いやあ、あの子たちは優秀だね。たいしたもんだ。」

「ああ・・・。」


恐らくジョーガサキは魔物襲撃の前から、補償関連の準備を彼女たちに指示していたのだろう。

密かにジョーガサキを見返してやろうと企むルスラナは、彼の指示を必要以上に完璧にこなそうとする傾向がある。

ルスラナにつられて、本部職員のイルミスも手を抜けなかったのだろう。

その姿を想像して、ナルミナは少しばかりイルミスに同情した。


「それに待てねえ奴は、土地を手放す代わりに金を受け取っていったしな。」

「あいつらも馬鹿なことをしたよ。こんなうまいもん、王都でもなかなか食えないぜ。」

「それはユグ島っていうオーゼイユの向こうにある島の特産だよ。うまいだろ?いい島だから、一度観光にでも来たらいいさ。」

「オーゼイユっつうと最近話題の温泉郷かい?そりゃいいなあ。」

「そんで、土地を手放した連中はいいとして、その土地はどうするんだい?」

「なんでも、他の土地持ってる奴らと交換してひとまとめにするらしいぜ。そんで、鍛冶屋、道具屋、解体屋あたりを集めた冒険者街区をつくるらしい。」

「迷宮も動き出したらしいし、これから忙しくなるからなあ。いっそキレイに更地にしてもらってサッパリしたくらいだよ。」

「ははは、ちがいねえや。」

「なるほど・・・。」

「それによ、ああやって冒険者どころか、騎士さままでもが俺らのために働いてくれてんのを見るとよ。文句も言えねえやな。」


彼らの視線の先には、瓦礫を運ぶ冒険者たちの姿があった。

彼らの笑顔を見てナルミナは納得する。

明るい展望がしっかりと示されているからこそ、彼らはこうして前を向いていられるのだろう。

今回の事件は、むしろ彼らの心をひとつにまとめる結果をもたらしたのだ。

その流れを事前に想定していたジョーガサキには、悔しいが脱帽せざるを得ない。


「あいつらだけじゃない。勇者さまと魔王さまは今も魔物を誘導して王都の近くを走り回ってるんだろう。」

「ああそうらしいぜ。なんせ数が数だからな。ありがてえこった。」

「アルマたちのことかい?明日にでも戻ってくるって聞いたけどね。」


魔物の襲撃から4日。

アルマたちはまだ王都に戻っていなかった。

あまりに魔物が多かったため、その誘導にも時間がかかったらしく、聖獣青虎と牛車とを交互に乗り継ぎながら走り続けたのだという。

今は魔物の誘導も終わったが、まだラキの魔力が安定しないということで、そのまま王都北西部の平原端にいるとのこと。

完全に魔力のコントロールを取り戻すのを待って王都に帰還する予定だ。


「ナルミナさん。あんた虎姫と知り合いなのかい?」

「と、虎姫?」

「勇者さまだよ。聖獣を従える虎姫勇者。魔物を従える笛吹き魔王ってわけだ。」

「あはは。なんだいそりゃ。ずいぶん強そうだねえ。魔王さまの方は知らないけど、あの子たちはそんな大仰なもんじゃないよ。」

「何言ってんだい。王都の恩人だぜ?いや、とにかく知り合いならちょうどいいや。俺たちも勇者さまと魔王さまにお礼のひとつもしたいって話をしてたんだよ。」

「戻ってくる時間はわかるかい?」

「ん?そりゃわかるとは思うけど?」

「おお!そんじゃあみんなで食材でも持ち寄って、盛大に迎え入れようじゃねえか!」

「そりゃいいな!ナルミナさん、食堂車を使わせてもらってもいいかい?」

「え?ああ、そりゃ構わないけど・・・魔王さまも一緒なんだろう?いいのかい?」

「王都の恩人に変わりはねえさ。それにもう魔族を避ける必要はねえんだろう?だったら何の問題もない。」

「おっし。まずは食材だな?ちょっくら北街区まで走って仕入れてくるか。」

「酒もいるぞ。」

「任せとけ。東部の連中にも声かけて、宿屋組合総出で派手にいこう。お前らも冒険者ギルドに声をかけろ、ルスラナさんにイルミスさん、ついでに冒険者連中も呼んじまえ!」

「聖獣って何喰うんだ?」

「魔物でいいだろ?新鮮な死骸をもらってこようぜ。」


慌ただしくスープを飲み干した住人たちは、口早に段取りを話し合うと我先にと走り出していく。

何事かと聞きつけた連中も、机がいるだの食器がいるだの言いながら、楽しそうに話しはじめる。


「なんだなんだ。ずいぶんと楽しそうだな。」

「おや。タルガットさまにエリシュカさま。これからおでかけで?」

「ちょっとやめてよナルミナ~。なんでさま付け?」

「そりゃ、本家本元の英雄さまと賢者さま相手にタメ口を利く度胸はないさ。」


たまたま通りがかったタルガットとエリシュカは、ナルミナの言葉にバツの悪そうな表情を浮かべる。

アルマたちがそれぞれに【〇〇の卵】という称号を得たのと同様、彼らもまた称号を得ていたのだ。

タルガットは【蘇りし英雄】、そしてエリシュカは【賢者】という称号だ。


「英雄も賢者も、表向きには弟子に譲ってんだって言ってんだろう。」

「ああそうだったね。けどあの子たちはそれを知らないんだろ?帰ってきたときが楽しみだね。」

「そうね~。さっきの騒ぎはそっち関連かしら~。」


エリシュカが、住人たちが走り去った方角を見て言う。


「ああそうだね。王都の恩人に感謝の意を示すんだそうだよ。あんたらもあんまり遠出するんじゃないよ。」

「近場に見逃した魔道具がないか確認しにいくだけだ。明日には戻るさ。」

「ああ、そんなのあるんだね。」

「なんせ数年がかりで埋められたらしいからね~。今後はギルドで回収依頼が常設でだされるらしいけど。」

「集められた魔物はどうなるんだい?」

「そっちも常設で討伐依頼がだされるし、定期的な討伐隊の派遣も予定されてるな。メルグリムっていうおっさんが迷宮からあふれた魔物の種類を記録してたらしくて、特に危険な魔物の討伐が優先されるらしい。いま、ジョーガサキがメルグリムと一緒に討伐計画を立案中だとよ。」

「は、さすがは我らのジョーガサキさまさまだねえ。」


不機嫌そうな顔で書類仕事を進めるジョーガサキを想像して、誰ともなく笑いあう。


「そんじゃあな、ナルミナ。また明日。」

「ナルミナ~。あんた、足もだいぶ良くなったんでしょう?また冒険者やりたくなったら、声かけてよね~。リハビリくらいつきあうわよ~。」

「おありがたいお言葉だけど、あたしゃ今の仕事が気に入ってるんでね。」

「うふふ。そうみたいね~。それじゃあまた明日~。」


ひらひらと手を振って去っていくタルガットとエリシュカの後ろ姿を眺めながら、ナルミナは息を吐く。


「冒険者か・・・。」


不思議なことに、今の方が昔より、はるかに冒険の日々を送っているような気がする。ナルミナはそう思っていた。

生協売店の売り子。


「売り子というにゃ、とうがたちすぎてるし、業務内容も幅広すぎるけどねえ。」


今回の騒動で、王都でも生協の立ち上げは正式に決定されるというし、すでに加入希望者も後を絶たないという。

思わぬ危機が迫ったことで、後世の備えに対する意識が人々に芽生えたのだろう。

そこをつくジョーガサキの腹黒さには思うところも多々あるが。


と、そこに憔悴しきった様子の顔見知りが現れた。

ルスラナ・クエバリフ。

ラスゴーでジョーガサキの薫陶を受け、残念な方向に育ち始めているギルド職員だ。

彼女の横にいるのはティムル直属のギルド職員イルミス・サイケ。

そしてもうひとりは城塞都市ミレンの職員ニコレグだ。


「ユグ島の名物がいただけると聞いて、休憩がてら足を運んだのですが。」


疲れ果てた様相ながらも、努めて冷静を装うルスラナの言葉に、ナルミナは思わず吹き出してしまう。


「・・・ナニカ?」

「いや、悪かったね。なんでもない。ジョーガサキがレシピを開発したタオタオモナの特製スープだ。熱いから気を付けな。」


食堂車輛でつくっていた新しい鍋からできたてをよそい、ナルミナはふたりにスープをふるまった。


「あんたら、今日の夜はひまかい?ちょっと飲みにでもいかないかい?」

「は?仕事はきっちり定時で終わるのでそれは構いませんが、何かあったのですか?」

「なんにもないさ。ただ、王都の新しい門出を祝おうと思ってさ。」


ナルミナはそう言って、特大の笑顔を浮かべた。


お読みいただきありがとうございます!

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