8-27 終結
迷宮の奥。
エヴェリーナが大規模魔法を連発して、魔物の大群を打ち倒していく。
かつてバリガンがつくりだした「大戦の記憶庫」という記憶魔法に干渉し、その術式を魔力に変換しているのだ。
「大戦の記憶庫」は長年にわたって外部から魔力を供給されてきた影響で暴走状態にあり、はるか昔に存在していた魔物を次々と生成し続けている。
エヴェリーナは、この魔物生成に対抗する形で、迷宮から魔力を奪い続けているのだ。
彼女の横では、次々と現れては消える映像記録を残さず書き留めようと、メルグリムが必死になってメモを取り続ける。
貴重な歴史資料の消失は彼にとっては耐えがたい事なのだ。
だが、その拮抗は突然崩れ始める。
「ぐっ!!」
手の甲の先から肘にかけて、エヴェリーナの両腕が大きく裂け、血しぶきが吹き上がる。
大規模魔法を放ち続ける負荷に耐えきれなくなったのだ。
「エ、エヴェリーナさま。これ以上はっ!!」
「ま、まだです。まだできます。」
他の魔法への干渉は極めて高度な魔法技術であり、繊細な魔力変換能力を必要とする。
また、それを行いながら同時に大規模攻撃魔法を撃ち続けるのはかなり魔法に長けた者でも難しい。
さらに、大量の魔力を吸収・放出し続けるのはエヴェリーナ自身の体にも大きな影響をあたえる。
爪が割れ、皮膚が弾ける。
髪は逆立ち、視界が赤く染まり、狭まっていく。
それでもエヴェリーナはその手を緩めることはない。
記憶庫の中に飛び込み、体を張って暴走を食い止めようとしているバリガンを助け出すために、力を振り絞り続ける。
「この程度・・・!!」
記憶が現れる頻度が増していく。暴走が臨界に近づきつつあるのだ。
それに呼応するようにエヴェリーナも干渉と放出の頻度を高めていく。
だがそれは明らかに彼女の限界を超えていた。
「バリガン!!いい加減に出てこい、ろくでなし!!」
ありったけの力を振り絞り、エヴェリーナが特大の魔法を放ったその時だった。
彼女の周りに無数の記憶が一斉に現れ、そして同時に弾けて消えた。
だが、ひとつだけ消えずに残った記憶。
そこには、かつてのバリガンと第一の従者ホルミズド、そしてエヴェリーナの姿があった。
あらゆる冒険を共にした、仲間との記憶が、そして最愛の者との記憶が、エヴェリーナの心に去来する。
映像と現実という境界を越えて、エヴェリーナとバリガンが向かい合う。
「・・・悪かったなエヴェリーナ。手間をかけさせちまったみたいだ。」
「本当に。あんたは何百年経ってもろくでなしだね。ほら、とっととこっちに戻っといで。」
バリガンを取り戻した安心からか、笑おうとしたエヴェリーナの体から力が抜ける。
それを映像の中から飛び出したバリガンが抱きかかえる。
伝説の英雄を前にして、メルグリムは歓喜に打ち震えていた。
「いやあ、正直ヤバかった。お前が来てくれなかったら、記憶の暴走に飲み込まれるとこだったぜ。」
「尻拭いをさせられるこっちの身にもなってほしいものだわ。後で覚えてなさい。」
「うえ、俺死んだ後も説教されんのかよ。」
そんなやりとりすら、どこまでも懐かしい。
自分を支える、この腕が愛おしい。
そう思えてしまうのが、無性に悔しい。
そんな気持ちを抱きながらも、バリガンの手を借り、エヴェリーナは魔物の群れに目を向ける。
「しっかし、これどうするかね。エヴェリーナが頑張ってくれたおかげで迷宮の暴走は収まったとはいえ、まだこんなにいるのか。こりゃ、あふれ出すのも時間の問題だぞ。」
「いいのよ。そっちはもう対処してるから。」
「お?そうなのか?あのアルマたちか?」
「ええそう。それに、魔族の少女。二柱の神さま。」
「ま、魔族に神さまだと?一体どういう・・・」
「ついでに冒険者ギルドの職員。面白いわよ。それじゃあ、適当に魔物を釣り出して迷宮をあふれさせちゃいましょうか。あ、私はもう疲れたから、あとはあんたがやってよね。」
話したいことが山ほどある。
バリガンが残した村の事。村を出てからの事。
だがそれは、後の楽しみにとっておこう。
彼らはメルグリムと共に、魔物の群れの襲撃をしのぎながら迷宮を後にするのだった。
丁度その頃。
牛6号が牽く牛車は魔物の群れに突撃しては離れ、また突撃してを繰り返していた。
魔物の群れに突撃するたびに、数体から数十体の魔物が倒されていく。
牛車に乗り込んだタルガットとエリシュカ、クドラト、ダリガ、そして金級冒険者パーティ「熒惑の破者」たちの攻撃によるものだ。
戦闘車両として用意された牛車は設置された柵を立てることで屋根上からの攻撃ができる。
さらに、左右の窓を開け放つことで、移動しながらの攻撃が可能なつくりとなっているのだ。
筐体や車輪は丈夫な素材がふんだんに使われており、魔物の突撃に耐え、死体に乗り上げた程度では壊れない。
その分、乗り心地は最悪で、体に縄をつけておかなければ放り出される危険はあったが。
「にしても、指揮官と金級パーティが揃って遊撃にまわってていいのか?そろそろ外壁の防衛も限界が近いんじゃねえか?」
「あん?いや、あっちはジョーガサキがなんか仕組んでやがるからな。下手すりゃ暴れる間もねえかと思ってよ。」
タルガットの問いに、クドラトが答えたその時、魔物の動きに変化が現れたことにエリシュカが気づく。
「どうやらジョーガサキくんの仕掛けがはじまったみたいよ~。」
ダリガが、王都の外壁上に現れた人影に気づいて指をさす。
「あそこです!」
「あれは・・・王都の守護獣、青虎じゃねえか?」
「それにアルマたちもいるナ。」
クドラトとラカルゥシェカが叫ぶ。
「ほんとだ・・・て、ラキもいるじゃねえか。もしかして・・・。」
タルガットの視線の先には、魔族の少女ラキの姿があった。
白銀の光を放つ青虎に乗ったラキが笛を取り出し、エヴェリーナに習った曲を奏で始める。
同じく青虎に乗ったアルマが、ラキの後ろで槍を高く掲げると、槍先がまばゆい光を放つ。
シャムスとランダ、マイヤは青虎に手を付け、魔力を送り込んでいるようだ。
魔物たちはその光と笛の音に吸い寄せられるようにそちらに向かいだす。
魔物の動きの変化に合わせて、青虎は外壁の上を進み始めた。
そして、王都をぐるりと囲む外壁のまわりに、大きな魔物の流れが生まれ始める。
「あらら~、こりゃまた、派手なことね~。」
「魔物を誘導するつもりか?しかしどこへ?」
「とりあえず戦闘は終わりっぽいな。おい、王都へ戻るぞ!」
タルガットの疑問には答えず、クドラトが指示を出す。
牛6号は、それだけで牛車を西門に向けて動かし始めた。
彼らを出迎えたのはジョーガサキだった。
「お疲れさまです皆さん。ちょうど良かった。急いで次の作業にかかってください。」
「おいジョーガサキ次ってなんだ。状況を説明しろ!」
「王都周囲の魔物は魔族の少女ラキ・ミゲルさんが釣り出してくれていますが、間もなく迷宮があふれ出します。」
「な、なんだと!!」
「この際なので、そっちの魔物も一緒に釣り出してもらおうかと。」
「いや、しかし市街地だぞ?どうするんだよ?」
「そのために、バリケードを組んだではありませんか。」
「そ、そうだけどよ。バリケードの内側は滅茶苦茶になっちまうぞ?」
「そうですね。なので、いっそのこと更地にしてしまいます。」
「は?」
ジョーガサキにクドラトが食ってかかる。
だがその時、頭上から声がかかった。
「おおい!ジョーガサキくん。もういいのかね?」
「はい。よろしくお願いします。」
「わかった!危ないから全員さがっておくんじゃぞー!」
それは、王都が誇る冒険者ギルドの本部マスター、ティムルであった。
人族ながら強大な魔力をもち、かつては凶獣と恐れられた青虎を倒した実力者。
彼は外壁の上から新市街に向け、立て続けに大魔法を放っていく。
みるみる崩壊していく建物。
そしてついに、迷宮と西門とをつなぐエリアの建物がことごとく瓦礫の山と変わった。
「ジョ、ジョ、ジョーガサキ!!!」
「なんでしょう?」
「ナンデショウじゃねえよこの野郎。どうすんだよこれ!」
「バリケードだけでは魔物の暴走を止められない可能性があります。この瓦礫を使って、バリケードの強化をお願いします。」
「お、おまえなあ・・・。」
「時間がありません。冒険者は急いで瓦礫をバリケード周辺に運んでください!迷宮から魔物が現れたら即時バリケードの外に退避!門は開放したままでお願いします!」
あきれ果てるクドラトを無視して、ジョーガサキが周囲に合図を出す。
すでに指示を受けていた冒険者たちが動き始める。
クドラトはさらに言い募ろうとジョーガサキに近づくが、そこにティムルがやってきてクドラトを制した。
「王都始まって以来の危機じゃから、これくらいは必要経費じゃよ。すでに王宮の許可は得ておるし、破壊したエリアの地図はジョーガサキくんたちがばっちり残しておるから、補償も冒険者ギルドが責任をもって行うと誓おう。」
「そ、そんなことを言うが爺さん、あんた久しぶりに特大魔法を撃ちたかっただけじゃねえだろうな?」
「はて、なんのことかのう・・・?」
そして。
王都の市民は、奇跡を目の当たりにすることになる。
冒険者たちが急ピッチで瓦礫の撤去を進める中、迷宮から魔物が溢れ出す。
それを促すように迷宮の脇に立つ二人の男女は、建国神話に語られる勇者と魔女だ。
あふれた魔物は、何かに吸い寄せられるように門を出て、外にいた魔物と合流していく。
人々は我先に王都の周囲を守る外壁へと昇る。
そして、知る。
魔物たちの先頭を走る、巨大な聖獣を。
笛を吹く魔族の少女を。
輝く槍を掲げる人族の少女を。
その横を走る牛車に乗る少女たちを。
やがて、王都を二回りした後、聖獣は魔物の群れを引き連れて王都から離れていく。
向かうのは、ジョーガサキが魔素の流れを変えて魔物を誘導しようとした平原だ。
王都から離れていく魔物の群れを茫然と眺める市民たちに向けて、ティムルが大声で告げる。
「王都最大の危機は過ぎ去った!魔物の群れは、聖獣青虎が引き連れて行ってくれた!」
市民から歓声があがる。
だが、ティムルはさらに言葉をつなぐ。
「聖獣とともに立ち上がったのは、今代の勇者アルマ・フォノン!英雄シャムス!賢者ランダ!聖女マイヤ・アールブル!いち早く王都の危機を察知した彼女たちのおかげで、脅威は防がれた!」
観衆から、大きな歓声があがる。
それは、アルマたちすら知らない、だが旅の途中でジョーガサキに匂わされていた称号であった。
そして、ティムルはさらに驚くべきことを口にする。
「そしていまひとり。聖獣とともに王都を救ったのは、魔族の少女ラキ・ミゲル!彼女こそが、今代の魔王じゃ!」
観衆からざわめきが上がる。
「王都の危機は、聖獣と、勇者と、魔王がともに手を組むことで過ぎ去ったのじゃ!見よ!脅威は去った!だがそれだけではない!人と魔族がいがみ合う時代もまた、今ここで過ぎ去るのじゃ!」
観衆のざわめきがさらに大きくなる。
だがそれは、次第に大きな歓声となっていく。
迷宮の入り口に立つバリガンとエヴェリーナがそれを見つめていた。
やがて、満足そうに笑みを浮かべたティムルは、その足をジョーガサキの元へと向けた。
「ふうう。やれやれ、これで満足かね?」
「ええ。まったく問題ありません。」
「年寄りをこき使いよって・・・。」
そこへ、クドラトたちが駆け寄ってくる。
「ジョーガサキ!この野郎、知ってやがったな?」
「何をですか?」
「ラキだよ!あの子が魔王の称号持ちって知ってたんだろうが!」
それこそが、ジョーガサキがラキを魔族の代表として擁立しようとした理由だった。
ジョーガサキのもつ【育種】の影響を受けて、ラキには旅の途中から【魔王の卵】という称号が生えていたのだ。
魔族の代表として、これ以上の適任者はいないだろう。
だがジョーガサキは、メガネを指の先で持ち上げて言う。
「さて・・・どうでしたかね。」
その顔は珍しく誇らしげで、クドラトは追及する言葉を失ったのだった。
お読みいただきありがとうございます!