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8-26 遭遇

魔族の少女ラキは、魔物を呼び寄せてしまう特殊な魔力の持ち主だ。

その効果はラキの感情の揺れに応じて強くなる。


もしも、魔物の襲撃がラキの魔力に依るものであれば、ネズミはラキにおびき寄せられるはず。

そして、ラキが魔物をおびき寄せているのであれば、彼女は何らかの精神的打撃を受けている可能性が高い。


ジョーガサキの言わんとしていることを理解したアルマは、無言で頷くと、袋を受け取った。

そこでジョーガサキの横にいた本部ギルドマスターのティムルがアルマに話しかける。


「どういう状況かわからんから青虎も連れていくがいい。」

「ギ、ギルドマスター!?もしかして、青虎はギルドマスターが?」

「王都がこんな状況なのに、聖獣を連れまわしていいんすか?」

「構わんよ。どのみち今の青虎は君らの魔力なしでは役に立てん。君らが連れていく方がいいじゃろう。」

「アルマさん、ここはお言葉に従いましょう。」

「そ、そうだね。」


ランダの進言にアルマが頷く。


「そうするがいい。それに、青虎には大事な役目があるからのう。」

「役目?」

「ああ。なあ、ジョーガサキ君?」

「??と、とにかく、お願いね青虎さん!」

「グルル・・・。」


青虎の迫力に驚きながらも、アルマは受け取った袋を開く。

解放されたネズミたちが一目散に町の中に向かって走り出す。


「それじゃあ行ってきます!」


アルマたちはネズミを追いかけて走り始め、それを青虎が追従する。

魔物の襲撃で町の中は混乱していたが、異様な巨体と迫力を持つ青虎に気づき、誰もが慌てて道を譲ってくれた。

もしかしたらこれが青虎の役目だろうかと思いながらも、アルマたちは走る。


ネズミたちは、新市街の大通りを抜けて、入り組んだ路地へ。

巨大な青虎が通リ抜けるのにも窮するような道を進んでいく。

そしてついに、一件の民家の前に辿り着いた。

扉を開けようと爪を立てるネズミたちを見て、アルマたちはそれぞれに武器を構える。


「ここが・・・そうなのかな?」

「ここからどうするっすかね?」

『どうもこうもねえだろ。押し破ろうぜ!』

「うわ神さまのくせに!邪神?邪神なの?」

「でも、様子を探ってるヒマはありませんよ?」

「そうだぜ!時間がねえんだ!」

「と、ともかくノックしてみよう。それで反応がなければ押し破る。」


アルマが話をまとめて一歩踏み出そうとしたその時、青虎がスッと前に出て扉に爪を立てた。

何気ない一振りのように見えたその一撃で、民家の扉とその周りの壁は音を立てて破壊されてしまう。

唖然とするアルマたち。

だが、さらに驚く光景が敗れた壁の向こう側に見えた。

それは・・・。


「ラキちゃん!!!」


部屋の奥で椅子に座り、恐怖に目を見開くラキの姿であった。

慌てて駆けだそうとするアルマ。

だが、すぐ横にいたシャムスが肩に手をかけて引き留める。

ラキの隣に一人の男が立っているのを見つけたからだ。


「ベ、ベリト・・・・。」


かつてオーゼイユで捕らえられたはずの魔族、ベリト・ストリゴイ。

【未来視】を持つこの男は、アルマたちが現れることをすでに予測していたのか、落ち着き払った笑みを浮かべて言う。


「どうにも手荒いご来訪だが歓迎しよう、『銀湾の玉兎』の諸君。よもや王都の守護を担う聖獣付きとは恐れ入ったよ。」

「ラキちゃんをどうするつもり?彼女を返して!」

「もちろんお返しするとも。彼女がそれを望むならね。」


思わずアルマが叫ぶと、ベリトは油断なく武器を構えながらも、予想外の答えを返してきた。

だが当のラキは目を見開いたままこちらを見つめるだけで、動く気配はなかった。


「・・・彼女に何をしたの?」

「何って、彼女が望む通りのことをしただけだね。魔族がどのように虐げられてきたのかを教えてくれと乞われたので教えた。魔物の襲撃計画の詳細を教えた。そして、彼女自身が魔族にどのように扱われてきたのかを教えた。それだけさ。」

「彼女自身が魔族に?どういうことっすか?」


アルマに代わって、シャムスが会話を受け継ぐ。


「ああ、君たちも知らなかったか。では教えてあげよう。実は彼女の家族は、随分前から魔族の監視下にあったのだよ。」

「魔族の監視下?」

「彼女が持つスキルは君たちも知っているだろう?魔族はそれを、人族への復讐に使おうと考えていた。だが、そのためには人族への強い復讐心を育てなければならない。」

「あ・・・あ・・・ああああ。」


ラキが目を大きく見開いたまま呻き声をあげる。


「だから、魔族たちは彼女たちの家族を追い詰めることにしたんだ。人族を使ってね。」

「あ・・・ああああ・・・・あああああ!!!」

「彼女のご家族の隠れ家を人族に知らせたのは、魔族だよ。」

「ああああああ!!ああああああ!!!!」

「出鱈目を言うなクソ野郎が!!!!」


聞くに堪えないベリトの独白に、マイヤが叫びながら矢を放つ。

だがその矢は、やすやすと躱されてしまう。


「もちろん私は止めたのだよ?そんな残酷なことは許されないとね。だが、残念ながら計画は実行された。彼女の両親を殺したのは魔族だ!人に裏切られ!魔族にすら裏切られた!まったく可哀そうだとは思わないのかい?だから僕が、彼女の知りたいことを教えてあげたのさ!!」

「それ以上口を開くな!!!」


マイヤが再び矢を放つ。

それと同時にシャムスが突っ込み、ラキとベリトとの距離をこじ開ける。

さらにいつの間に忍び寄っていたのか、東雲と雪音が魔法を放ってベリトを強襲する。

だがベリトは、そのすべての攻撃を読んでいたかのように巧みに躱して、家の前へと飛び出した。

そこで丁度アルマと対峙する形になった。


「・・・ラキちゃんの角をどうしたんですか?」


アルマのその声は、今までに聞いたこともないような低いものだった。

アルマの言葉に、他の面々は思わずラキを見返した。

特徴的な巻き角が片方だけ、根元から切り取られているのだ。


「ああ、これのことかい?」


対してベリトは、飄々とした口調を崩さない。

武器を持つのとは反対の手に持っていたものを、ポンとアルマに投げ渡す。

それは紛れもなく、ラキの巻き角だ。


「もう魔族を辞めたいってラキ君が言うのでね。だったら角を切ったらどうだいって言ったら、切ってくれってさ。」

「・・・・。」

「そしたらなんと、その角は彼女の魔力を制御する役割を担っていたようでね。魔力が暴走してしまったというわけさ。」

「・・・ベリト・・・。」

「まったくこんなことになるとは。だがこれも、彼女を追い詰めた人族と魔族のへの報いというものかね。」

「あなた、角を切ったらどうなるか知っていたんでしょう?」

「・・・さて、どうだったか、痛っ!!」


ベリトの言葉が終わるのを待たずして、アルマが横なぎに槍を振るう。

それはあまりにも速く、攻撃を読んでいたベリトですら躱しきれないものだった。

その場を飛びのいたベリトは、そこでようやく右肩を切り裂かれたことに気づいたかのように驚愕の表情を浮かべる。


「あなたは絶対に許さない!!」

「・・・さすがは勇者の一振りと言うべきかね。オーゼイユで見た時とは別人のようだね。」

「黙れ!!!」


それはアルマが初めて見せた怒りの感情だった。

そして、怒りに身を任せて揮う槍は信じられない速度でもってベリトへ迫る。

あまりの気迫に虚を突かれた他の面々も気を取り直し、ベリトへと向かう。

さらに青虎も攻撃に加わった。


だがそのすべての攻撃をベリトは皮一枚のところでかわし続け、ついに彼女たちの包囲網を突破する。


「さすがに、勇者のご一行と聖獣が相手では分が悪すぎる。今日のところはこれで失礼させてもらうよ。」

「逃がすかよ!!」


マイヤが矢を放つが、真正面からの攻撃はさすがに躱される。


「ジョーガサキくんには、これは貸しだと伝えてくれたまえ。」

「逃げるなああああ!!!!」


路地の角へと姿を消すベリト。

叫びながら追いかけるアルマ。

だが、路地に辿り着いた時には、ベリトの姿はもう消えていた。


なおも走り出そうとするアルマを止めたのは、槍マルテだった。


『止まれアルマ!止まれ馬鹿!!』

「なんでよマルテちゃん!ベリトを追わなきゃ!!」

『あの野郎が逃げ道を用意してないわけがねえだろうが!もう追いつけねえよ!!』

「だって!!!」

『いいから止まれ!!落ち着け!!怒りに身を任せるような戦い方は、あたしの相棒のやり方じゃねえだろうが!』


その一言で、アルマはハッと我に返った。

いつになく真面目な声色。それを聞くのは二度目だ。

一度目は、つい最近。バリガンと戦った時だった。


『逃がすのは癪だが、今はラキの方が心配だ。そうだろう?』

「・・・そうだね。ごめんマルテちゃん、ありがとう。」

『あたしのありがたみがようやくわかったか?だったら、まずはラキだ。急げ。』

「うん!」


アルマたちがラキの元に戻ると、ラキは変わらずそこにいた。

だがその瞳は、はっきりとアルマたちを拒絶していた。

彼女は、明らかに恐慌の中にいる。

ムリに近づけば、それだけで彼女の心が壊れてしまいそうだった。


「こんなのひどいっす・・・。」

「マルテちゃん、ちょっとごめんね。」

『おう。』


アルマはマルテを壁に立てかけ、ラキに歩み寄る。

たった一歩。それだけで、ラキの瞳に怯えの色が浮かぶ。

数日前までは溶けかけていた彼女の心は再び固く閉ざされてしまった。

こんな時に、どんな言葉を掛ければいいのか。

だが、考えるよりも早く、思いがアルマの口からこぼれる。


「・・・ごめんねラキちゃん、つらかったよね。」


ボロボロと涙をこぼしながら、アルマはラキに言葉をかけた。


「本当にごめんね。許してなんて言えないけれど、それでもね。」


アルマはさらに一歩を踏み出す。

ラキの呼吸がさらに速まり、瞳から色が失われていく。


「ひとつだけ、聞いてほしいんだ。私たちね、ラキちゃんのご先祖さまにあったよ。」


さらに半歩。

ラキの喉から、声にならない叫びが漏れ出す。


「お話しもした。ご先祖さまはね、みんなに慕われる巫女さまだったんだよ。」


アルマはその場でゆっくりとしゃがみ、ラキの目をしっかりと見つめる。


「その人の名はルシ・ミケアレ。代々受け継ぐその名前は、巫女の証なんだって。ラキちゃんの本当の名前は、ルシ・ミケアレだよ。」


アルマの言わんとすることが理解できないラキは、ただ息をひそめる。


「その人は、ラキちゃんとおんなじ力を使って、みんなを助けてた。その力は、呪われた力なんかじゃなかったよ。」


その瞬間。

ラキの瞳に、怯えとは異なる小さな色が浮かんだ。


「ラキちゃんの力は、みんなを助ける力なんだよ。だから、お願い。お願いします。ラキちゃん、自分を嫌いにならないで。自分の力を、嫌いにならないで。」

「あ・・・あ・・・・。」

「ごめんね。本当にごめんねラキちゃん。だけど・・・私たちはラキちゃんを傷つけたりしないからね。」

「ア・・・ルマ・・・。」

「全部わたしたちのせいだよね。ごめんね。」

「・・・わたし・・・あの人に言われて・・・もう、何を信じればいいか、わかんなくて・・・。」

「うん。うん。そうだよね。ごめんね。遅くなってごめんね。」

「力も・・・もう止まんなくて・・・だけど・・・もうどうしようも・・・止まんないの。」

「うん。いいんだよ。無理しなくていいの。ごめんねラキちゃん。」

「だって止めないと・・・だけど、止まらないの。助けてアルマ、助けて・・・。」


そして、アルマは最後の一歩を踏み出して。

ラキをそっと抱きしめた。

その瞬間、ラキが大声をあげて泣き出した。

抱きしめる方のアルマはすでに涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。


ふと気がつけば、アルマ以外の面々もラキのそばにいた。

全員が抱き合って泣いていた。

そして、どれくらいの時間が経ったか。


「・・・アルマ、私、どうしよう。もう止められない。止まらないの。」

「きっとジョーガサキさんがなんとかしてくれる。ラキちゃんは何も心配しなくていいんだよ。」


アルマとラキがそう言葉を交わした時だった。

破壊された壁の向こうから、一人の男が現れた。


「いえ。私にはどうすることもできませんよ。」


ジョーガサキだ。

驚く面々を意に介せず、ジョーガサキはいつも通りの不機嫌そうな表情でツカツカと歩み寄る。


「ジョ、ジョーガサキさん、あの、ラキちゃんはちょっと大変な目にあってですね・・・。」

「わかっていますアルマ・フォノンさん。ちょっと黙って。」

「あ、はい。」


ジョーガサキは折れてしまった角に手を伸ばす。

ラキに再び怯えの色が浮かぶ。

だがジョーガサキは、折れた角をやさしくなでると、次の瞬間、ラキの頭に思いきり拳骨を落とした。


「ちょ!ジョーガサキさん!!!」


思わず叫ぶアルマを無視して、ジョーガサキは言う。


「ラキ・ミゲルさん。」

「・・・は、はい・・・。」

「ラキもしくはルシ。それは、私の国では最悪の厄災をもたらす者にかかる名と言われます。」

「・・・ぁ・・・。」


ラキの目に、大きな怯えの色が浮かぶ。

だがジョーガサキは言葉を続ける。


「ですが。ミゲルもしくはミケアレ。こちらは福音をもたらす者にかかる名と言われます。」

「・・・え?」

「あなたは、けじめをつけなければなりません。」

「・・・・。」

「厄災か、福音か。あなたはけじめをつけなければなりません。さあ、どちらを選びますか?」

「・・・でも私は・・・力をうまく使えなくて・・・。」

「いいえ。あなたはもうその力を使いこなせますよ。何のために、私があなたに笛を渡したと思っているのですか?」


その言葉は、ラキの心にどう届いたのか。

それは、彼女の瞳の色が語っていた。

彼女は、懐にしまっていた笛を取り出す。


「よろしい。では、大逆転劇といきましょうか。」


そしてジョーガサキは、悪魔のような笑みを浮かべた。


お読みいただきありがとうございます!

ちょっと長め。。。

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