8-25 王都前の戦い
「ようし、落とせ!!」
王都近くの山中。「三ツ足の金烏」のバリの声が響く。
直後、轟音とともに大岩が斜面を下り、眼下を進む魔物の群れに突っ込んでいく。
大岩は数匹の魔物を押しつぶし、魔物の進路を塞ぐ。
だが、それでも魔物の群れは怯まない。
大岩を乗り越え、迂回し、列を大きく乱しながらも王都へと進み続ける。
「次の仕掛けに向かうぞ、急げ!」
バリの指示に従って、メンバーたちは即座に行動を開始する。
彼らはジョーガサキの指示を受け、魔道具の再設置と並行して仕掛けた罠を発動させるために走り回っていた。
準備に十分な時間がとれないため天然の地形を利用せざるを得ず、あまり数は多くない。
それでも、ジョーガサキたちによる正確な地図の提供があったことで、罠を仕掛ける地点は厳選できている。
だが、一口に魔物の群れといっても、すべての魔物が整然と行軍するというわけではない。
険しい斜面を好んで進むような魔物もいるため、彼らの進路にも当然魔物はおり、次々と襲い掛かってくる。
「なんか俺たちだけ、過重労働すぎねえか、これ!」
「にゃはは。そこはまあ、金級冒険者の宿命と割り切るしかないかニャ。あとでジョーガサキから、新作の手作りスイーツを食べさせてもらう約束は取り付けたから、ここはがんばりどころだニャ。」
「え!シャヒダそれ本当!?」
「しまったにゃ。驚かそうと思って黙ってるつもりだったのに。」
「やる気わいてきた!」
「いや、それ俺たちにはなんのメリットもねえだろ!?」
「見える。スイーツが奪われる未来が見える・・・。」
シャヒダの言葉に喜んだのは、弓使いのソイリ。
対して自分の取り分を奪われる未来を想像して不満の声をあげるのは剣使いのウブライ、支援役のアバイ。
男女がキレイに別れる反応となった。
シャヒダの方は失言したと言いながらもあまりそんな様子はない。
切り出すタイミングを見計らっていたのだろう。
だが次の瞬間、前方に異様な気配を感じた瞬間、彼らの表情から余裕が消える。
「オーガの群れだニャ。数は8・・・いや10。」
「・・・まじか。ついてねえな。」
シャヒダが小声で鋭く叫ぶ。
足を止めて前方を警戒していた面々に緊張が走る。
オーガならばこれまでにも何度も倒してきたが、群れになると格段に危険度が跳ね上がる。
苛立たしそうに呟くバリに、弓使いのソイリが口の端をあげて言う。
「あら、王都に向かう前に発見できて良かったじゃない。武器を扱う魔物は面倒よ。」
「なんだよソイリ。珍しくやる気だな。」
「スイーツ食べ放題のためだもの。当然でしょ?」
「いや、食べ放題じゃねえと思うけど・・・たく、本当にわりに合わねえぜ。」
意外な執着を見せるソイリに、その横で無言で頷くシャヒダ。
そんな彼女たちの様子にバリは嘆息する。
だが、こんな山中ではその明るさは希望だ。
シャヒダにまんまと乗せられたと思いながらも、彼は前方に走り始めた。
一方、アルマたちは牛6号が牽く牛車で王都へと向かっていた。
「王都が見えてきたぞ!って、なんだありゃ!」
走る牛車の屋根の上で、マイヤが叫ぶ。
まだ山中に留まるものも無数にいるというのに、すでに夥しい数の魔物がそこにいた。
対するは、門を固く閉ざし、高い外壁を頼みに防衛の陣を張る王軍だ。
今はまだ、魔物たちは外壁を越えてはいない。
だが、この調子で魔物が増え続ければいずれは壁を越えられる。
そして、アルマたちにはより切実な問題があった。
「どうするんすか?これじゃ中に入るのはムリっすよ?」
「西門に進んでや。クドラトはんになんとかするように伝えてるそうや。」
シャムスの問いかけに答えたのは、アルマの頭上に座したヌアザ神だ。
どうやらジョーガサキがすでに指示を出しているらしい。
「に、西って、この群れを横切るんですか!?」
ランダが珍しく大きな声を上げる。
今、アルマたちの乗る牛車は王都へ向かう魔物の群れと並行して進んでいる。
西に向かうにはこの群れに突っ込まなければならない。
それはさすがに自殺行為に思えた。
時間はあまりない。
ここで進路変更しなければ外壁の前に群がる魔物に突っ込むことになる。
そこで声を上げたのは槍マルテであった。
『ぶはははは!お前ら、こういうときに頼む相手がいるだろうが。』
「マ、マルテちゃん!?」
『ちゃん付けすんな崇めろ馬鹿アルマ。』
「マルテ~?あんたならどうにかできるって~?」
『あたしは神だぞ。あたしの深謀遠慮を聞いて驚け。』
「・・・なんすか?」
『いいか。エヴェリーナに習った魔力変換で、アルマに波長を合わせろ。アルマがそれをあたしに送る。そんであたしが、特大の魔法をぶっ放す。どうだ?』
「・・・深謀遠慮っていうか、脳筋御礼って感じだけど~。タルガット聞こえた~?突っ込むわよ~。」
「おいおいまじか・・・。」
「いいねマルテちゃん。その賭け乗ったよ!」
『ぶはははは!よおしお前ら、あたしにそのちっぽけな魔力を寄越しやがれ!!!』
「ああもう知らねえぞ!掴まれ!!」
馭者台に降りていたタルガットが叫びながら牛6号の右側の綱を引く。
それだけでタルガットの意図を理解した牛6号は、迷いのない足取りで魔物の群れに突っ込んでいく。
「よおし、いくよ!ぴかぴかどんどん、ぴかぴか!」
『どーん!!!!』
その瞬間、これまでより遥かに大きな光刃が魔物の群れに飛び込む。
光刃は魔物の群れを横薙ぎに突っ切り、その通った箇所だけキレイに魔物の流れが途切れる。
「うわ、すご・・・。」
『ぶはははは!!!オラ突っ込め!アルマ、もういっちょいくぞ!』
「ぴかぴかどんどん、ぴかぴか!」
『どどーん!』
全方向に放出された光刃が、魔物に向かって飛んでいく。
それによって生まれた空隙をついて、牛6号は魔物の群れを走り抜けた。
「・・・寿命が縮んだぜ。」
馭者台にいたタルガットには、危険がより身近に感じられたようで、額に浮かんだ汗をぬぐっていた。
だが、群れを突き抜けたから終わりというわけではない。
魔物の数が最も多いのは北から東にかけての領域だが、西側にまったく魔物がいないわけではない。
数の差はあれど、今や魔物の群れは全方位から王都に集結しつつあるのだ。
魔物の間を縫うようにして、牛車は進む。
普通の牛であれば怯えて足が竦んでしまいそうなものだが、牛6号は恐れを知らぬかのように力強く牛車を牽く。
アルマたちは、牛6号をサポートするべく、前方に向けて光刃を放ち続ける。
そして前方に西門が見えてきた。
外壁の上にいた冒険者が、こちらに向かって合図を送っているのが見える。
ジョーガサキの指示は届いているようだ。
だが、門のまわりは特に魔物の数が多い。
「このまま突っ込む!門前で牛車を盾に魔物を蹴散らすから、お前らはそのまま市内へ向かえ!」
タルガットが叫ぶ。
牛車は音を上げて西門前の魔物の群れに突っ込んでいく。
アルマたちは牛車と体とを結びつけたロープのみを頼みに、矢や魔法を放って進路上にいる魔物を打ち倒していく。
だが、あまりに魔物の数が多い。
魔物にぶつかり、あるいは倒した魔物に乗り上げて牛車は徐々に速度を落としていく。
『アルマ、人化をつかうぞ!』
「え!でも・・・。」
『人化なら、お前と離れてもしばらく行動できる。魔力が切れたらその場で消えるんだから、囮役にはちょうどいいだろ?』
「そ、そうだけど・・・。」
『信じろアルマ。お前が信じれば、あたしはどこまでも強くなれる。』
「そっか・・・よし、わかったよ。」
「シノさん、雪さん、援護をお願いします。」
人の姿になったマルテが、屋根から飛び降りて魔物のおびき寄せるように牛車から離れる。
その脇を、サカナの東雲とネズミの雪音が固める。
だが、それでもまだ足りない。
最早止まってしまった牛車を捨て、門まで走り抜けようかとアルマたちが考えたその時、外壁の上に異様な存在が現れたのをシャムスが見つけた。
「な、なんすかあれ・・・。」
「でっか!!え?虎?・・・でっか!!」
唖然とするアルマの見つめる先にいたのは、大人の身長ほどもある巨大な虎だった。
青みがかった白銀に、漆黒の縞が混じる毛並み。
虎は外壁から飛び降りると、一飛びに牛車の脇まで近寄り、周囲の魔物に対して鋭い咆哮を上げた。
そのあまりの迫力に、周囲の魔物が距離を開ける。
「アルマはん、そやつは青虎やで。」
「青虎?て、王都の聖獣?」
「せや、けど、あの魔道具のせいで弱ってんねんて。せやからアルマはん、魔力貸したって。」
「え?あ、はい!」
勇者の称号を持つ者の魔力は、聖に連なるものに力を与えることができる。
アルマは牛車から飛び降りると、青虎の首元に手を当て、魔力を注ぐ。
それに伴って、青虎の毛並みが美しく輝きだす。
だが、アルマの魔力ではまだ足りない。
「ご、ごめんみんな魔力貸して!やばいかも!」
慌てて「銀湾の玉兎」の面々が飛び降り、魔力変換を用いてアルマの魔力に同調する。
一気に4人分の魔力を得た青虎の毛皮が一層輝きを放つ。
魔力を得た青虎が大きく咆哮する。
『どわ!あ、あぶねえなこの野郎!』
「ひょえええ!なにこれすっごい!」
それは、地面から生えた氷の槍だった。
それが一帯の地面から無数に飛び出て、西門までの魔物を串刺しにしてしまったのだ。
青虎が放った大規模氷魔法により、前方の魔物は一時的に殲滅された。
だが、間を空ければすぐにまた後続の魔物に覆いつくされてしまうだろう。
「いまだ!お前ら走れ!」
「え?でも、タルガットさんたちは?」
「俺たちはこのまま牛車を走らせながら、遊撃に回る!急げ!」
氷の槍は魔物を一掃したが、それによって牛車を進めることもできなくなってしまった。
ならば一旦離脱した方がいい。
牛6号の突進力を生かせば、かなりの数の魔物を分断することもできる。
アルマたちは互いに顔を見合わせて頷きあうと、西門に向かって走り始める。
すると、青虎が彼女たちに追従しはじめた。
どうやらアルマたちを守護してくれるようだ。
それとほぼ同時に、門が音を立ててわずかに開くと、数人の冒険者たちが雄たけびを上げて飛び出してきた。
その先頭に立つのは、ラスゴー冒険者ギルドのマスター、クドラト・ヒージャ。
そしてその脇に並ぶのは、サブマスターであるダリガ・ソロミンだ。
「おうお前らよくやった!中でジョーガサキが待ってるからあいつの指示に従え!」
クドラトが叫ぶ。
だが見知った顔は彼らだけではない。
彼らを後続を固めているのは、ラスゴーが誇るもう一組の金級パーティ「熒惑の破者」の面々だ。
「マ、マスター?それに、ラカルゥシェカさんまで?」
「後はあたしらに任せるナ。ほら、さっさと行くといいナ!」
そして、アルマたちとすれ違ったクドラトたちは、そのまま牛車の元までたどり着く。
「ったく。指揮官が飛び出てくんなよ。」
呆れ声で言うタルガットに、クドラトは豪快な笑い声で応える。
「だっははは。壁頼みの防衛なんぞ性に合わん。指示はしっかり出してるから、後は王都の冒険者がしっかりやってくれるだろう。」
「いや、不測の事態が起きたらどうすんだよ。」
「それが起きないように魔物の数を減らそうってんだろうが。いいもんがあるじゃねえか。俺たちも乗せてくれよ。」
一方のアルマたちは青虎とともに門内へと走り込んだ。
と、息を切らすアルマたちの元にジョーガサキが近づいてくる。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、時間がありません。今すぐにラキさんを見つける必要があります。これをお使いください。」
ジョーガサキが差し出したのは一抱えほどもある袋だった。
だが、その中身はモゴモゴと蠢いている。
「ダリガ・ソロミンさんに捕らえていただいたネズミです。彼らが、ラキさんの居場所へと案内してくれるでしょう。」
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