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8-24 反撃

王都に向かう魔物の進行方向を逸らすために設置した魔道具は、アルマたちによって、すべてジョーガサキの指示通りに再設置された。

だが、魔物たちの動きを多少混乱させたものの、進路を変更するまでには至らない。

その情報は、ケリドウェン神を通じて、ただちにジョーガサキに知らされた。


「ジョーガサキはん、なんやアルマちゃんたちから緊急連絡はいっとるわぁ。魔物の進路が変わらんのやて。」

「・・・そうですか。」

「なんだと?そりゃ一大事じゃねえか!どうなってんだジョーガサキ!」

「声が大きいです、ダリガ・ソロミンさん。」

「そんなこと言ってる場合か!」

「そもそも群れを完全に制御できるわけではないので。ある程度の魔物が王都に向かってくることは想定していたことです。」

「いや、ある程度と全部じゃ話がちがうだろう。」

「ひょほほ。まあ来るもんは仕方ない。ここは冒険者としての力の見せどころと割り切って、頑張ってくれんかの。」


そこで冒険者ギルドの本部マスターであるティムルが助け舟を出す。

ティムルにそう言われては、ダリガも引き下がるしかない。


「それはっ・・・くっ、わかりました。クドラトに伝え、今後の備えにかかります。」

「ああ、ついでに王都の下水溝で生きたネズミを捕まえてきてください。数匹もいれば結構です。」

「は?なんであたしが!」

「今後の作戦に必要ですから。」

「・・・くっそ。後で覚えておけよジョーガサキ!」


まるで捨て台詞のような言葉を吐いて、ダリガは対策室を出ていく。

一方のジョーガサキは不機嫌そうな表情を崩さず、対策室に設けられた小さな神棚に向かって言う。


「ケリドウェンさま。アルマ・フォノンさんたちに、直ちに王都に戻るようにお伝えください。魔物の進行を遅らせる作業などは不要です。」

「はいはい。まったく神使いの荒いお人やわ。」


そう言いながら、ケリドウェン神はその場から姿を消す。

そんなジョーガサキを見てティムルは笑う。


「さて、その様子を見ると、こういう事態も想定内かの?これからどう動く?」

「こういう事態も起こり得ると思っていただけですよ。どちらにせよ城壁で魔物を防げればこちらの勝ちですから、クドラト・ヒージャさんの手腕に期待しましょう。」

「しかし、迷宮側もどうなるかわからんぞ?内と外から襲われたらひとたまりもないが。」

「ええ、ですから私は、その最悪の事態に向けた準備に入ります。手伝っていただきますよ?」

「ほほう?よかろう。わしにできることであれば、何なりと言うがいい。」

「では聖獣を連れてきてください。」

「は?青虎をか?そりゃ可能じゃが・・・青虎はかなり衰弱しておる。魔物の一掃などはとても期待できんぞ?」

「構いません。聖獣はあくまで・・・そうですね。舞台装置のようなものですから。」

「舞台装置?・・・ははあ、なるほど。読めてきたぞ。」

「決戦の舞台は王都外が理想ではありますが、そこは迷宮次第。どちらになるにしても、こうなった以上はこの状況を利用するだけです。」

「王都始まって以来の危機を見せ物として利用するか。恐ろしいのう。」

「単なる成り行きです。それでは、私は準備がありますので。」


そう言って、ジョーガサキはティムルを追い出し、その場にいたルスラナ、イルミスに矢継ぎ早に指示を出し始める。

現時点で必要なのは、魔物の規模と進行方向を正確に把握し、それを現場に伝えて最適な防御陣形を築くこと。

時間さえ稼げれば、まだ勝ち目はある。


一通り指示を出し終えたジョーガサキは、自分の席について頭を巡らせる。


魔道具がうまく発動しなかった理由は簡単に予測ができる。

そのような能力を持つ少女をよく知っているからだ。


彼女がなぜ能力を発動するに至ったのかはわからない。

もしかしたら魔族に囚われているのかもしれないし、いまだ捕まっていないベリト・ストリゴイが絡んでいる可能性もある。


ともあれ、少女の居場所を特定すること。

それは簡単だ。

あとはタイミング次第。


「むしろ、状況はわかりやすくなったと思うべきでしょう。あとはアルマ・フォノンさんたちですが・・・。一応この状況に備えて彼女たちは王都近くに配置してあることですし、まあ、なんとかなるでしょう。」





ジョーガサキから一方的な期待をかけられていることも知らず、アルマたちは魔物の群れとは反対側の斜面を駆け下りていた。


彼らの進む先に見えるのは、一輌の牛車だ。

ラスゴーから王都に向かうためにジョーガサキが用立てた三輌建て牛車から切り離された、アルマたちの寝台兼戦闘車両だ。

簡易式の軛を牽くのは一頭の牛。

牛6号である。


アルマたちが飛び込むと、牛6号は指示を出さずとも委細承知と言った風で走り出す。


「急いで王都に向かえって話だけど・・・もしかしてラキちゃんの居場所が分かったのかな?」

「さあ?あては言伝を頼まれただけやから。」


屋根上に上がったアルマの頭上で、ヌアザ神が言う。


「まあ、ジョーガサキくんのことだから、こういう事態も想定済みでしょ~。考えるだけムダよ~。」

「けど、全員で戻る必要があんのか?俺だけでも残って、魔物の進行を遅らせた方が・・・。」

「タルガット。前から思ってたけど、あんたってこういう場面になると発想がワンパターンよね~。」

「は?いや、そう言うがな・・・。」

「こうなったら多少進行を遅らせたところで意味ないし、戦力は集めた方がいいわよ。それに・・・」


言いながらエリシュカは徐に魔法を放つ。

山の反対側を進んでいた魔物たちがいつの間にか見える位置を進んでいて、エリシュカの放った魔法はその群れに吸い込まれるように飛んで行った。

突然の魔法を受けた魔物がその場でバランスを崩し、たちまちのうちに後続に飲み込まれていく。


「この牛車はジョーガサキくん特注の戦闘車両でしょ~?これなら、王都に向かいながら魔物たちの妨害ができるわよ~。」

「おお!いいじゃねえか。誰が一番魔物を仕留められるか勝負しようぜ!」

「ただし、戦いは王都に戻ってからが本番だから、魔力は温存してね~。ということで、みんなあたしの予備の弓を使ってね~。」


そう言うとエリシュカは自分の魔導鞄から弓と大量の矢を取り出した。

アルマたちはそれぞれに弓を手に取ると、どこか楽しそうな様子で矢を放ちだす。

どうしても緊張感に欠けるその様子に、タルガットは半ば呆れた表情だ。

そんなタルガットに、エリシュカが言う。


「自己犠牲もいいけどさ。短絡なのは良くないわよ~。王都には、聖獣も、エヴェリーナさまも、ティムルさまだっている。クドラトにダリガも。そんな彼らをあのジョーガサキくんが顎で使ってるのよ?大丈夫。なんとかなるって~。」

「・・・ああ、そうだな。まだ負けると決まったわけでもない。今はただ、その時に備えて力を残しておくべきか。」

「何言ってるの、タルガット?」


大げさに目を丸くして見せたエリシュカは、次に口の端を持ち上げて言う。


「勝つわよ?当たり前でしょう?ということで、はい。弓をどうぞ~。」


エリシュカに渡された弓を受けたタルガットは、彼女と並び、矢を放ち始めたのだった。






一方その頃。

迷宮の研究者メルグリムと共に迷宮に乗り込んだエヴェリーナは、アルマたちが訪れたという雪山を進んでいた。


周囲には、無数の魔物の屍。

ハイエルフであるエヴェリーナが膨大な魔力を用いてつくり出した光景だ。

だが、魔物の数と種類は、異常と言って片付けるにはあまりにも多いものだった。


こんな数の魔物を王都に放つわけにはいかない。

しかし迷宮の暴走を抑えるには、迷宮核と融合したバリガンと協力する必要がある。

彼女たちは、バリガンの捜索を続けていたのだ。

だが、3日にわたる捜索を経ても、いまだにバリガンは現れなかった。


休みなく襲い掛かってくる魔物の群れ。

頻繁に起こる迷宮の鳴動。

さらには、アルマたちも見たというかつての大戦の光景が唐突に現れては消え、地理感覚を狂わせていく。

さすがのエヴェリーナにも、その顔には疲労が色濃く浮かんでいた。


「まったく。あの阿呆はどこにいるのやら。」


幾度目か分からない襲撃を撃退し魔物除けの結界を展開したエヴェリーナが、疲れた声でつぶやく。

最初こそエヴェリーナの異常な魔力に驚いていたものの、今は落ち着きを取り戻して鳴動の頻度と時間を記録していたメルグリムが、ふと思いついた考えを口にする。


「バリガンさまは、ご本人ではなく記憶だと言いましたかな?」

「そう聞いています。それがなにか?」

「ここは、かつての大戦の記憶庫・・・もしかしたら、その記憶庫とやらも異常な魔力を受けて暴走しているのではないだろうか?」

「無作為に現れては消える記憶を見ればその説も頷けますが、それがなんだというのです?」

「もしかして、この異常な数の魔物は、過去の記憶が実体化したものなのではないかと、ふとそう思いましてな・・・。」

「記憶の実体化?」

「こうも種類や数が多様なのは、通常の迷宮では考えにくいことでしてな。そこからの連想なのですが。」


そう言ってメルグリムはカバンから書付をとりだした。

それは、エヴェリーナが倒した魔物の種類と系統を記したものだった。

改めて見てみれば、確かに通常の迷宮ではありえない。

普通は迷宮ごとに魔物の種類や系統は偏っているものなのに、ここではその常識をはるかに超える魔物が記録されていたのだ。


メルグリムの考えは、現状を見れば一考の価値がある。

そして、もしそれが真実ならば、恐ろしいことになる。

下手をすれば大戦当時の大陸全土の魔物が現出する可能性すらあるのだ。


「さすがにそこまではないと思いますがな。それに、過去の戦士や魔族が実体化しておらぬ理由もわからぬ。」

「もし記憶が実体化しているのだとしたら、人がいないのは・・・。」


そこまで言ってエヴェリーナは押し黙った。

これが記憶の暴走によるものだとすれば、バリガンがそれを放置するはずがない。

バリガンはもしかして、それを食い止めようとしているのだろうか。


膨大な記憶の暴走の中に身を投じ、その制御を試みているのであれば、人や魔族の実体化はなんとしてもとめるだろう。

魔物でさえ手に負えないのに、当時の記憶を持った存在は人であれ魔族であれ混乱の原因にしかならない。


しかし、記憶のなかに身を投じたバリガンをどうやって見つけ出せばいい?


自ら記憶の中に飛び込むにしても、その術がない。

まして長い大戦の記憶の中からバリガンを見つけ出すなど不可能だ。

そして、エヴェリーナは一筋の光明を見つけ出す。

そうか。迷宮だということで無条件に受け入れてしまっていたけれど、大戦の記憶といってもそれはバリガンが迷宮核を利用してつくりあげたもの。

つまり、記憶魔法だ。


「さすがは迷宮の研究者ですね。おかげで、バリガンに会う方法が見つかりそうです。」


そう言って、エヴェリーナは魔物封じの結界を解除する。


「エ、エヴェリーナさま!?魔力が枯渇しそうだというのに結界を解いてしまっては・・・。」


慌てるメルグリムに対して、エヴェリーナは不敵な笑みを浮かべる。


「魔力なら、ここにあるではありませんか。」


手を差し伸べたエヴェリーナの視線の先には、かつての大戦の記憶映像が不鮮明に浮かんでいた。

その映像が魔力の塊となって、エヴェリーナの手に吸い寄せられていく。


「これでもハイエルフの端くれ。記憶魔法には長けておりましてね。」

「ま、まさかエヴェリーナさま、大戦の記憶を魔力に変えて?ああああ!貴重な記憶が!」

「所詮は過去の出来事。役立つものであればともかく、今を害する歴史などになんの価値もありませんよ!」


膨大な情報の海にバリガンがいて見つけられないのなら、膨大な情報を消してしまえばいい。

エヴェリーナは次々と現れる記憶に魔力のパスをつなげ、そこから魔力を奪い取って自らの魔力に変換していく。

これもまた、エヴェリーナの得意とする技だ。


「あ、あ、ああああ、記憶が・・・大戦の記憶がっ!!」


学究の徒として、貴重な歴史資料はメルグリムにとって何物にも代えがたいものであろう。

至極残念そうに消えゆく映像を凝視し、必死にメモを取る。

そんなメルグリムに対して、エヴェリーナは膨大な魔力を一心に受けながら、獰猛な笑みを浮かべる。

その様子は、かつて魔女と恐れられた彼女を髣髴とさせるものだった。

魔力の効果で、見た目までもが若返っているようだ。

だが、残念ながらこの場に当時の彼女を知る者はいない。


「さあて。それじゃあ本格的に、反撃開始といこうかね。」


お読みいただきありがとうございます!

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