8-19 神のちから
ながい記憶の旅を経て、マルテは一つの疑問を抱いた。
マルテを手にした歴代の槍使いたちは、その才覚も技量も、確かに素晴らしいものだった。
マルテ自身の記憶にない者もいたが、いずれ劣らぬ一騎当千の名手ぞろい。
だが、だからといって、ただ意識が芽生えただけの自分を神槍とみなすのは行き過ぎではないか。
特に目立ったスキルのようなものがあるわけではない。
あえて言えば、持ち主の魔力を用いた魔法が使えるくらいのものだが、それもアルマと組んでからのことで、ごくごく最近のことなのだ。
そこでマルテは、歴代の名手たちがどんな思いでマルテをふるっていたか、というところに思いをはせる。
彼らはいずれも素晴らしい向上心の持ち主で自らを研鑽していた。
もっと速く。もっと強く。一人でも多くの罪なき人を守る力を。
そう、彼らは強くそれを望んでいた。
マルテが最も信を置いていたバリガンもそうだった。
そしてマルテは、そんな彼らのために何かできないかともがき続けてきた。
もがき続け、でも何もできることはなく、ついには呪槍呼ばわりされるようにまでなった。
そこで、ようやくマルテは気づいたのだ。
己の持つ真の力に。
『アルマ、お前に神槍の本当の力を見せてやんよ。』
強い思いを感じさせるマルテの言葉に、アルマは立ち上がる。
だがもうすでに満身創痍。
しかもバリガンとの力量の差はあまりにも大きい。
「マルテちゃん。あきらめるつもりはないけどさ、バリガンさんに勝つのはさすがに・・・。」
『そう言ってる時点であきらめてんじゃねえか。いいかアルマ。あたしがついている限り、槍さばきにおいてお前はバリガンにだって負けやしねえ。』
「マルテちゃん・・・?」
『願え、アルマ。誰よりも速く、強く、巧みに槍をふるうお前自身をだ。あたしがそれを叶えてやる。それがあたしの力だ。」
神槍マルテの持つ力。
それは、「使い手の魔力を用いて、その願いを具現化する」力。
歴代の名手たちは、その強い信念でもってマルテを神槍に育て上げた。
だがマルテもまた、彼らの強い願いを支えていたのだ。
彼らが名手であれたのは、マルテが彼らの思いに応えていたからだったのだ。
アルマは体中の痛みを無視し、目を閉じて集中する。
手本となるのは、ここに来るまでに見てきた歴代の名手たち。
そして目の前にいるバリガンだ。
対するバリガンは、腕を組み、不敵な笑みを浮かべながらその様子を黙ってみていた。
そして十分な休息を与えたと判断したところで、再び魔力で生み出した槍を構える。
「どうやら心変わりはなさそうだな。マルテ、お前には失望した。そんな程度の相棒で満足だというのなら、お前の器もその程度ということなのだろうさ。」
『うるせえぞバリガン。こっちはまだ準備運動だよ。こっから本気を見せてやるから、泣くんじゃねえぞ?』
「うはははは!そうかそうか。マルテ、だったら見せてみろ!ここからはこっちも本気でいくぞ!」
『来るぞアルマ!いいか!お前は強い!信じろ!』
「わかった・・・行くよ!」
走ってくるバリガンに向かって、アルマもまたマルテと共に駆け出す。
その動きは、先ほどまでとはまるで違うものだった。
マルテに受け渡されたアルマの魔力が、アルマ自身の身体能力を向上させているのだ。
しかもマルテが自分の力に気づいたことでより洗練され、より高い効果を発揮する結果となって表れていた。
「どわああ!はやい!」
『馬鹿野郎、集中しろ!あたしもまだ加減がわかんねえんだよ!』
「そそそそんな!」
『いいから集中!ほれ来るぞ!』
バリガンが向かってくるアルマに向けて、得意の三段突きを繰り出す。
先ほどまでの戦いではまったく対応できていなかった技だが、その技はすでに数度見た。
アルマは一撃目を避け、二撃目にマルテを合わせることで技を潰しにかかる。
だがバリガンは、そのアルマの払いに合わせて体を捻り、最後の攻撃を横なぎに変化させて対応する。
かろうじてこれを躱すアルマ。
だが体勢が崩れたところで、バリガンは石突を前にして下からのかち上げを繰り出してくる。
「おらどうした!そんなもんか!」
状況の変化に対応する場面では、やはり経験の差が大きすぎる。
アルマは手痛い一撃をくらって、後退させられてしまう。
そこからは、似たような場面が続いた。
バリガンの技にアルマが合わせると、それに応じてバリガンがさらに技を変化させる。
だが、打ち合う事すら叶わなかった先ほどまでとは大きく異なる。
速度も力も、少しずつではあるが近づいている。
目も徐々に慣れてきて、追いつけないまでもバリガンの動きが見える。
アルマはこの時、もしかしたら初めて、槍で戦う事の喜びを知ったのかもしれない。
『どうしたアルマ?ボコられてんのにずいぶん楽しそうだな?』
「うん・・・楽しい。体がこんなに動くのが信じられない。でも、それよりもマルテちゃんと一緒に戦えてるって気がするのが嬉しいよ。」
『・・・やっぱりお前はそうだよな。自分がどうありたいかよりも、あたしにどうあってほしいかを考えていたのはお前だけだ。だったらアルマ、次はお前の願ったあたしをバリガンに見せてやろう。』
「私が願った・・・?いや、でもさすがにあれを人様に向けるのは・・・。」
『安心しろアルマ。たとえ当たったところでバリガンは死にゃしねえから。』
「いやそんな・・・。」
『全力でやれ。バリガンもそれを待ってんだ。』
「・・・そうか。おっし。それじゃあ今度こそ、反撃開始だよ!」
再びバリガンと距離を取ったアルマは、刃先を真っすぐにバリガンに向ける。
「なんだ?まだなんか見せてくれんのか?だがもう、そろそろ飽きた。終わりにすんぞ?」
『そう言わずに味わっておけ。目ん玉見開いておけよ?』
「いくよマルテちゃん!ぴかぴかどんどん、ぴかぴか!」
「どーん!」
マルテの刃先から、光の刃がバリガンに向かって素晴らしい速度で飛ぶ。
バリガンは一瞬目を丸くするが、素晴らしい反射神経でこれを躱す。
だが躱した先には、すでにアルマが走り込んでいた。
「ぴかぴかどんどん、ぴかぴか!」
『ばーん!』
「どわっ!なんだそりゃ!」
「ぴかぴかどんどん、ぴかぴか!」
『しゃきーん!』
「なんでもありか!」
『ぶはははは!見たかバリガン!これがあたしたちの力だ!」
歴代の名手たちは、自分自身の向上を強く願い、マルテもそれに応えてきた。
皮肉なことに、彼らが高い向上心をもち、努力し続けてきたからこそ、誰もマルテの本当の力に気づくことができなかった。
だがアルマはちがった。
人の役には立てないと思い悩むマルテの苦悩に気づき、マルテができることを探し続けてきた。
アルマに引きずられる形で、マルテはすでに自身の真の力を使い続けてきたのだ。
『バリガン、あたしの魔法をくらいな!』
「なっ!!エヴェリーナだと?」
『なんちって。どうだい、あたしの声真似戦法は?』
「クソガキどもが!そんな小手先でどうにかなるか!」
「ぴかぴかどんどん、ぴかぴか!」
「どどーん!」
「今度は無差別かよ!いい加減にしろ!」
マルテの刃先からランダムに発射される光の刃を避け、バリガンが距離を取る。
ここまでの戦闘で、初めてバリガンが退いたのだ。
『そろそろ魔力も尽きそうだなアルマ?次で決めるぞ。」
「うん。そんじゃあいくよ。」
「させるか馬鹿野郎が!」
「古より継がれし一条の槍マルテに冀う、闇払う刃は心に、心根伝う柄は肉に、いまその身現し、敵を討て。」
『顕現!』
その瞬間、アルマの横に一人の光り輝く女性が姿を現す。
女性は頭を大きく振って長い髪を振り払うと、バリガンを見据えて口の端を持ち上げる。
駆け寄るバリガンがひと際大きく目を見開く。
なぜならそれは、バリガンの天敵とも呼べる女性の姿そのものだったからだ。
「か、母さん!?」
『お仕置きだバリガン!一発喰らっとけやああ!!』
その拳は、吸い込まれるようにバリガンの顔へ向かっていった。
そして。
派手に吹き飛んだバリガンは、何が起きたのかわからないとでも言うように、きょとんとした表情で空を見上げる。
対するマルテは、バリガンに思いきり一撃を入れて高笑いだ。
その二人を、やってしまったという顔でアルマが見つめる。
だが次の瞬間、バリガンの笑い声が周囲に響く。
「うははははは、なんだそりゃマルテ。対俺専用スキルかよ?」
『見たかよ?この姿になっちまったのはたまたまだけど、今となってはこれを選んで正解だったぜ!』
「・・・適当かよ。てか。お前はもうすでに真の力に目覚めてたってわけだ。んだよ、それじゃ試練なんて必要なかったじゃねえかよ。」
「え?え?」
『知らずに使ってただけだから、意味はあったさ。悪かったな、憎まれ役までやってもらってよ?』
「・・・ち。気づいてたか。」
「ど、どういうこと?」
『どうもこうもねえよ。神だのなんだのってのは全部ハッタリで、お前とあたしの力を引き出すためだったってことだよ。』
「えええええ!」
バリガンは殴られたダメージなどなかったかのように、ひょいと立ち上がる。
「まあ、そういうわけだ。ここにいる俺は、お前らがあったルシと同じ、ただの記憶だよ。俺が死んだら、マルテは絶対に泣くからよ。いつかマルテが新しい相棒を手にした時に力を貸してやれればと思ったんだ。」
「そ、そうだったんですか・・・。」
『・・・ったく、余計なお世話だ馬鹿野郎が。あたしはこの通り、あんたと一緒にいた時よりも毎日楽しく暮らしてるぜ。悔しいかよ?』
「・・・ああ、くやしいな。」
マルテの言葉を聞いたバリガンは、それまでと打って変わってやさしい笑みを浮かべながら言った。
その姿に、マルテの方が動揺する。
『ちょ、バ、バリガン。冗談だろうが?』
「いいじゃねえか。お前が新しい相棒を見つけられたなら、文句はねえさ。」
その会話のやりとりだけで、二人の関係の深さがわかる。
アルマは横で見ていてそう思った。
そんなアルマに、おもむろにバリガンが視線を向ける。
「あ、あとな、もう一つの願いってのは本当だぜ?」
「もう一つの願い?」
「人族と魔族の融和。俺の時はしくじっちまったけど、いつかマルテの相棒にはその夢をついでもらいたいと思ってたんだ。そのための試練だってことは・・・ここにきてる時点でわかってるか。」
「それは・・・はい。私にできることであれば。それじゃあ私、バリガンさんの試練を突破したってことでいいんですかね?」
ともあれこれで、当初の目的は達成だ。
恐る恐る言うアルマに、バリガンは再び不敵な笑みを浮かべて言う。
「あん?いや、そりゃまだだけど?」
「え?・・・は?」
「一応真の力を引き出すって目的は達したけど、俺の後継を名乗るにゃ力が足りなすぎだろ。つうわけで、こっからは本気も本気の2回戦、行ってみようか?」
「ちょ、は?ええええ、なにそれ!」
「うはははは!母親に復讐するチャンスを逃すわけねえだろうが?そら、構えろ!行くぞ!」
「なんでそうなるの?親子関係どうなってるのよ、マルテちゃん!」
『やべえ、バリガンのスイッチが入っちまった!やべえぞアルマ!』
「ちょちょちょ、何とかしてよ!」
だが彼らの刃が再び交わることはなかった。
次の瞬間、大きな振動が迷宮全体を襲ったからだ。
「な、なんですか、これは?」
『わかんねえ!おいバリガン、なんだこれは?』
「俺だってわかんねえよ。迷宮の魔力が暴走しだしてる!」
「ええええ!?」
『迷宮の魔力て、それはお前が管理してんじゃねえのかよ?』
「そ、そうなんだけど、なんか外部から魔力が入り込んでやがるんだよ!制御が効かねえんだ!」
「どどど、どうするんですか?」
「とにかく逃げろお前ら!外に出て、周辺の住民やらに避難するように伝えろ!迷宮奥の魔物が溢れ出すぞ!」
「どへええええ!!!」
唐突の展開に目を白黒させながら、アルマたちは走り始めた。
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