8-18 バリガン
アルマ・フォノンは嘆いていた。
彼女が手にする愛槍マルテの誕生を知る記憶の旅。
それはまさに、人族と魔族の血塗られた戦いの歴史を知る旅であったからだ。
人のもつ業の深さを、アルマはどう受け止めればよいのかわからなかった。
それでも、その歴史の中に度々登場するマルテの力は素晴らしく、マルテの相棒となった者たちはいずれも劣らぬ素晴らしい槍さばきを披露する。
そんな記憶を見せつけられて、アルマは自分がマルテの相棒としていかに足りてないかを否応なく自覚させられたのだった。
そのアルマの横で、マルテも目とは異なる感覚を使って過去の記憶を辿っていた。
マルテ自身、意識が芽生える前のことは当然ながら記憶にない。
だが、意識が芽生えてからは常に自問していたのだ。
自分が何者なのか。
なんのために生まれたのか。
その答えが、この記憶の旅の果てにある。
そして最後に現れたのがバリガンだ。
それは、槍マルテが最も敬愛した男の名だった。
『バリガン・・・。』
「よおマルテ。ようやくここにたどり着いたな。そしてそっちのお嬢ちゃんは今のマルテの相棒か。まさか女の子が来るとは夢にも思わなかったぜ。」
「は、初めまして!」
「ああ、初めまして。そんじゃあその手に持つマルテ、俺に返してもらおうか?」
それはアルマとマルテにとって衝撃的な一言。
「あ、あの!私はその、試練を受けに来たんであって、その・・・。」
「おうおう、分かってるぜ。だがここに来たってことは、ルシの試練は越えたってことだろう?」
「ルシ・・・さん?はい、試練ていうか、質問に答えただけですけど。」
「ああ、ルシには『平和を望む者』だけを通せっつってあるからな。だったら、俺と志は同じ。お前の志は俺が受け継いでやる。だからマルテを寄越せって言ってんだ。」
「ちょちょちょ待ってください。話が全然見えないんですけど!」
「んんん?んー。そうか。じゃあ面倒だけど説明すっか。」
「お、お願いします。」
「まず昔、俺が魔王を倒して王になった。けど俺は、やり残したことがあったんだよな。それはよ。種族を越えた和平ってやつだ。」
「はえ?そうなんですか?」
「おうよ。俺は魔族とも獣人とも、エルフともやり合ったけどよ。別に人族だけが栄える世を望んでいたわけじゃねえ。互いに対等な世の中であればそれで良かったんだよ。けど、昨日まで敵だった奴と今日から手を取り合って仲良く暮らせ、なんつってもできるわけねえだろ?俺の時代には、結局それは叶わなかった。」
「ほ、ほうほう。」
「んで俺は、神になることにした。」
「は!?」
「俺が間違えたのは、俺自身が人族のまま王になっちまったことだ。それが後々、他種族を虐げる種になった。だからこの迷宮と俺自身の魂を一体化させ、神に至る修行をはじめたってわけだ。」
神として改めて世界を平定させ、神の下に集う統一国家をつくる。
そのために、迷宮核のもつ膨大な魔力を用いて自らを不死の存在へと昇華させた。
そして建国の祖として信仰を集め、それをもって自らを神へと作り変えたのだという。
つまりはエルフ族がハイエルフを生み出すのと同じ仕組み。
そこに迷宮核による不死性を組み込んだ。
自らが神となれば、おなじ神である槍マルテの潜在能力を完全に引き出すことができる。
その強大な武力をもって世界を改めて統治し、和平に導くのだという。
だが、その計画を実現するには長い年月が必要だった。
そして神に至ったばかりのマルテには、更なる研鑽が必要と感じられた。
だからマルテを手放した。
一方で、真にマルテの力が必要となったときのために、試練を用意することにした。
神槍の力を引き出さなければ突破することができない武の試練。
自らの欲を満たそうとする者には通り抜けることができないルシの試練。
そして自らの誕生の歴史を正しく理解するための記憶の旅。
それらを経て再びバリガンの前に立つとき、マルテは神槍として完成する。
そしてその持ち主は、正しくバリガンの思いに応える者であり、望んでマルテを受け渡してくれるはず。
「まあ、そういう経緯だ。お嬢ちゃんだって、自分がマルテの主人として相応しくないってことはわかってるんだろう?」
「そ、それは・・・。」
「俺の方がマルテを正しく使える。俺の方がマルテを正しく導ける。そして俺もお嬢ちゃんも目指すところは同じ。拒む理由はねえだろ。」
『バリガン・・・それ、本気で言ってんのか?』
「あ?本気も本気。マルテお前だってここに至るまでにかつての大戦を見ただろ?どうだった?血が騒がなかったか?もう一度俺とともに、戦場でその真価を発揮したいとはおもわなかったのか?」
『・・・・・。』
バリガンの言葉に、アルマとマルテは返答に窮する。
バリガンの説明は理解できたし、その志を否定する言葉もない。
だが、どこかに違和感が残る。
「・・・本当に、差別のない世界がつくれるんですか?」
『お、おいアルマ。』
「マルテちゃんちょっと黙ってて。たとえバリガンさんでも、今ある地位を全部なかったことにするなんて、納得できない人も多いと思うんです。」
「ああ、そうだな。残念ながら、そいつらとは戦うことになる。だからこそマルテが必要なんだ。」
「ち、力でねじ伏せるんですか?そんなのダメですよ!それじゃあ今の社会と変わらないじゃないですか!」
「だがそれは新しい国家ができるまでだ。俺が新たな王となれば、もう不要な差別はなくなる。一時の犠牲で永遠に平和な世界が実現できるんだぞ?」
「い、一時てなんですか。その時代に生きた人々にとってはそれがすべてなんですよ!」
「・・・うーん。まあそうなるよな。まあその気持ちはわからなくもねえんだ。けど、俺も長えこと考えに考えて出した結論だからよ。人間てえのは目を光らせてねえとどうしても腐っちまう。これしかねえんだよ。だからよ。」
その瞬間、バリガンの手に一条の槍が出現する。
それはマルテと全く同一の形状をしていた。
「ここはわかりやすく、力づくで奪わせてもらおうかな。」
「んなああああっ!!!」
こうして唐突に、バリガンとアルマとの戦闘が始まった。
目を見張るような勢いで一気にアルマとの距離を詰めるバリガン。
突然の展開に動揺しながらも、アルマは殺意の高い突きをすんでのところでかわし、距離を取る。
「ほお。まあマルテを使う最低限の技量はあるようだな。そんじゃもう少しレベルをあげるぞ?早えとこマルテを手放さねえと死んじまうから、気をつけろよ?」
「ちょ、ま、まってください!うわああ!!」
だがバリガンはアルマの言葉を最後まで聞くことなく、再び距離を詰めながら槍を振う。
「おらどうした!そんなものか?そんな力しかねえのかよ?」
アルマを挑発しながら、バリガンは槍をふるう。
その力はまさに伝説と呼ばれるにふさわしく。
その技は多彩で、まさに手本のようで。
しかしながらその威力は苛烈そのもので、アルマは防戦で手いっぱいだ。
『おいアルマどうした!しっかりしろ!』
マルテは、アルマの戦いに違和感を感じていた。
元よりバリガンとの力量差は明確。
だがここまで一方的な展開になるほどではないはずだ。
タルガットとエリシュカに師事し、「三ツ足の金烏」のシャヒダから指導を受け、今はバリガンの盟友であったエヴェリーナから教えを受けている。
そして何より、その間ずっとアルマの一緒に戦い、アルマを導いてきたのはマルテ自身なのだ。
「ぬるいぬるいぬるい!お前なんぞにマルテの相棒が務まるか!」
強烈な横薙ぎをなんとか防いだもののその威力を躱しきれなくてアルマは大きく吹き飛ばされる。
「これで力の差はわかったか?大人しくマルテを俺によこせ。マルテは俺がきっちり活用してやるよ。」
満足に力を発揮できない理由はわかっている。
伝説の英雄バリガンが相手だから。
マルテちゃんが唯一認めた人だから。
そして、自分の力量不足がわかっているから。
だけど、最後の一言は見過ごせない。
「・・・マルテちゃんを物みたいに言わないでください。」
「あん?」
「マルテちゃんは私の大切な友達です。たとえ相棒としての力がなくたって、そこは譲れません。マルテちゃんが望むなら、あなたとともにマルテちゃんが行くことを止めはしませんけど、彼女の意志を無視しないでください。」
『・・・アルマ。』
その言葉を聞いて、バリガンは唇の端を持ち上げる。
「ほう。それがお前さんの根源か?だったら、実力でそれを示してみろ。」
それからの展開は、まさに一方的だった。
バリガンの力と速度はさらに勢いを増し、アルマはそれに対応しきれない。
徐々に押され、致命傷こそ避けてはいるものの、傷を負う場面が増えていく。
それでもアルマは立ち上がる。
その度にバリガンがアルマを打ちのめす。
そしてついに、アルマは冷たい地面に這いつくばった。
「まあ、その根性だけは認めよう。だがしょせん、こんな時代に俺と並ぶ力量は望むべくもねえな。これで分かったろマルテ?」
だがそこで、マルテは言い放つ。
『立て、アルマ。まだあたしたちの本気を見せてねえだろ?』
「・・・・・マ、マルテちゃん?」
『あたしが力を貸してやる。お前なんぞ、あたしの力なしじゃバリガンの足元にも及ばねえ。けど、お前とあたしとなら、違うだろ?』
「・・・・・?」
『ようやくわかったぜ。あたしが何のために生まれたのか。アルマ、お前に神槍の本当の力を見せてやんよ。わかったら立て。立てアルマ!』
初めて聞くマルテの強い言葉に押され、アルマは力を振り絞り。
そして立ち上がる。
お読みいただきありがとうございます!
タイトルのナンバリングを間違えていたので修正しました。