8-17 異変
タルガットとエリシュカが王都へ戻ったのは、何者かに襲われた2日後だった。
不案内な山中で、警戒網を掻い潜りながら徒での移動を強いられ、時間がかかってしまった。
王都に着いてすぐに「三ツ足の金烏」が所有する倉庫へと移動した二人は、ジョーガサキが魔道具関連の調査担当として冒険者ギルドに拠点を動かしたことを置き手紙で知る。
疲労は二人の体に重く滞留していたが、二人はすぐさま冒険者ギルドへと移動したのであった。
「・・・やはり妨害が入りましたか。しかもこれはかなり大掛かりな計画のようですね。」
「何かわかったのか?」
ジョーガサキはギルドマスター・ティムルから聞いた青虎の情報を話す。
極秘情報ではあるが、調査に深く関わる二人には話しておくべきとの判断だ。
予想外のところで影響がすでに起き始めている事実に、タルガットたちは改めて事の重大さを理解する。
「『三ツ足の金烏』の皆さんには、他の地域を当たっていただきましたが、そちらは成果がありませんでした。数年前から計画を進めていたのであれば、埋めた跡などは消えてしまいますから、魔道具の発見は困難になるでしょう。」
「そうか、俺たちはつい最近埋められたものだったから発見できたけど、それもかなり周到に痕跡を消していたしな・・・。」
「埋められた後に雨でも降れば、もう見つけるのは難しいわよね~。」
「いずれにしても、お二人が新たに魔道具を発見してくれたことで謎の組織が暗躍している事実は証明できます。『三ツ足の金烏』には魔道具発見よりも組織との接触を優先して動いてもらっていますから、そちらも近々進展があるでしょう。」
「うまくいくと良いけどな。それで、俺たちはこれからどうする?」
「エヴェリーナさまが魔素の流れを辿って魔道具を見つけられるかもしれないとおっしゃっているので、お二人はエヴェリーナさまの護衛についていただきます。」
「わかった。すぐに動くのか?」
「いえ。まずは休息をとってください。」
「おいおい、そんな悠長なこと言ってていいのか?」
咎めるタルガットに対して、ジョーガサキはいつものように嫌そうな表情を浮かべて言う。
「有事の際に動けない方が困りますから。お二人は少し残業しすぎです。」
「いや、まあそりゃそうなんだけどよ・・・。」
こうした状況を放っておくことができない性質のタルガットがなおも言いつのろうと身を乗り出すが、そこで唐突に部屋の扉が開かれた。
続ける言葉を見失ったタルガットが扉を見ると、そこには魔族の少女ラキとエヴェリーナの姿があった。
「話し込んでいるところを邪魔してすみませんね。止めたのだけど、この子が聞かなくって・・・。」
「・・・あの、魔道具を埋めた人たちに会いましたか?」
「ん?ああ・・・まあ、あったな。」
「・・・魔族だったんですか?」
「・・・あ~。そうだよね~。ラキとしたら、気になるわよね~。」
魔族として人族から迫害され続けてきたラキにとっては、もともと魔族が好んで使っていたという魔道具を山中に埋めている者たちのことが気になるのは当然だろう。
ましてやここは冒険者ギルド。
かつては人族の先兵としてラキたちを追い詰めてきた者たちの本拠地なのだ。
当面の安全を確保するための非常手段として仕方ない側面はあるのだが、当の本人としてはいたたまれない思いだろう。
「あ~。そうね。私たちが見てきたことを話しておこっか~。」
「おいエリシュカ・・・。」
「変にごまかされる方が不安でしょ~。」
ジョーガサキと離れるわけにはいかないのだから、魔道具関連の情報をラキに伝えずに済ますことはどのみち難しい。
ならば、しっかりと状況を説明した方がまだ安心だろうとエリシュカは言った。
タルガットは若干渋っていたが、結局は改めてラキとエヴェリーナを交えて状況を共有することとなった。
ラキは、ただ黙ってそれを聞いていた。
だがその瞳は何か思いつめたような光を宿しており、エリシュカはそれに危うさを感じた。
エリシュカはラキの手を取り、いつもとは異なる強い口調で言った。
「いいかな、ラキ。私たちは確かに、今起きているのが人族にとって悪いことで、それを企んでいるのが魔族だと思ってる。だけど、だからと言って魔族全体を悪だと決めつけるようなことはしないわ。」
「・・・・。」
「あなたを悪いようにはしない。悪いことを企んでいる魔族がいるのならそれを止めたいと思っているけど、魔族だから悪いんじゃなくて、悪い奴を懲らしめたいだけだってことを覚えておいて。」
「・・・わかりました。」
エリシュカの言葉は、ラキの心にどのように届いたのか。
その後ラキはエヴェリーナに連れられて、隣室へと戻っていった。
「なんか危なっかしいわね~。ジョーガサキくん、ちゃんと彼女をことを見てあげてよ~。」
「・・・そういうのはあまり得意ではありませんが、仕方ありません。気をかけるようには努力はします。」
「あ~。こっちも危なっかしいわね~。」
「とはいえ、こっちも放っておけねえしな。ジョーガサキ、もし事が起こるとしたらいつになるかはわからねえのか?」
「数年をかけた計画というのが事実であれば、いつ、というのは明言しかねます。ですが近々起きるはずと仮定するのであれば、恐らく10日後でしょう。」
「と、10日後?その根拠は?」
「その日、この国は建国記念日を迎えます。王宮で式典が行われ、多くの人が参集する。私がテロを起こすならば、その日を狙います。」
「ああ・・・なんかそんなものがあったなあ。」
「あと数日もすれば、各地から訪れる貴族や商人たちで町はかなりの人であふれることになります。良からぬことを企む者が紛れ込んでもおかしくはありませんね。」
「そうなると、町の中の警備にも人手がいる。くそ、手が足りねえな。」
「人手についてはこれからギルドマスターに直談判します。新たな証拠が出た以上、ある程度の融通は利くでしょう。アルマ・フォノンさんたちもそろそろ戻ってくるでしょうし。」
「あの子たち、まだバリガンの試練から戻ってなかったのね~。何やってるんだか。」
「お二人はエヴェリーナさまとともに一つでも多くの魔道具を見つけ出すことに注力してください。」
「ああ、わかった。」
「それでは私はギルドマスターの部屋に報告に向かいます。休息をされるなら、隣室が簡易の宿泊施設になっていますからどうぞ。」
そう言って、ジョーガサキは部屋を出てギルドマスター室へと赴くべく立ち上がった。
だがそこで再度現れた来客により、予定が変わってしまうことになる。
「失礼します。ティムルさまより至急マスター室へ来ていただきたいとのお言葉を伝えにまいりました。」
現れたのは、イルミス・サイケという冒険者ギルドの女性職員だった。
普段はティムルの秘書を務める彼女は、ティムルの指示により、現在はジョーガサキのサポート役となっている。
イルミスはタルガットとエリシュカに目を止めると、表情を変えることなく頭を下げた。
「来客中とは思わず失礼いたしました。」
「彼らは今回の案件に深く関わっているので問題ありません。内容によっては彼らも同席していただくことになりますので、ご存じでしたらお教えいただけますか?」
「それは私の権限では判断できません。」
「では私が判断します。イルミス・サイケさん。マスターのご用件をお教えください。」
「・・・わかりました。それではお伝えいたします。王都新市街で活動を休止していた迷宮が活動を再開したとの報告があがりました。」
「おいおい、なんだって!」
思わずタルガットが横から声をあげる。
だがイルミスの言葉はそこで終わらなかった。
「ティムルさまは、迷宮が動き出したのが魔道具による影響ではないかとお考えです。その件でジョーガサキさまのご意見を伺いたいとのことです。」
「なるほど。可能性はありますね。」
「それともう一つ。」
そこでイルミスは言葉を区切る。
「迷宮が動き出した影響で、迷宮内の監視体制が機能不全に陥りました。混乱に乗じて、迷宮内の監房から複数の囚人が逃走。迷宮の出口は封鎖しているので逃げ出すことはないかと思いますが、逃走した囚人のなかにベリト・ストリゴイの名前が挙がっています。」
それは、かつてジョーガサキが追い詰め捕縛した魔族の名前だった。
ラスゴーでは迷宮騒動を企み、ジョーガサキと「銀湾の玉兎」が王都へ赴くきっかけを作った男。
その名を聞き、ジョーガサキは心底不快だというように眉を顰める。
「やはり同席いただいた方が良さそうですね。タルガット・バーリンさん。エリシュカ・アールブルさん。申し訳ありませんが、もうしばらく残業にお付き合いください。」
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