8-16 マルテ
「お待ちしておりました。神槍の使い手。」
記録映像だとばかり思っていたところで突然話しかけられ、アルマたちは目を見開いた。
しかもその女性の顔形は、魔族の少女ラキとそっくりなのだ。
改めてよくよく見れば、ラキよりも年長だろうか。
だがその額から伸びる巻き角は、明らかにラキと同一のものであった。
「わ、私たちのことが見えてるんですか?」
「はい。」
「あの、神槍ってマルテちゃんのことですよね?マルテちゃんが来るのをまってた?ここは一体・・・。」
「順番にご説明します。どうぞ、こちらに。お座りください。」
促されるままに、アルマ達は魔族の巫女の周囲に車座になる。
警戒すべきなのかもしれないが、なぜか巫女と呼ばれていた女性には、素直に従いたくなるような威厳があった。
「まず名乗らせてください。私の名はルシ。ルシ・ミケアレと言います。はるか昔、人魔大戦の時代に魔族として生き、そして死んだ巫女の一人です。」
「え?え?昔?巫女?」
「ごくまれに、私のように魔物を引き寄せる魔族が生まれるのです。私たち魔族が暮らしていた国はとても厳しい土地でしたから、そうした者はルシの名を受け継ぐ巫女として、狩猟を支える役割を担っていたのです。」
それはまさにラキが持つ能力と同一のものだ。
呪いのように思われたその力は、やはり呪いなどではなかった。
だが、逃亡生活を続ける中では、その能力は足枷となる。
恐らく環境の変化に伴い、ラキの種族は次第に同族からも忌み嫌われるようになっていったのだろう。
思いがけずラキの系譜を知ることになったアルマたちは大いに驚いた。
だが、さらに気になる点もある。アルマがそれを尋ねる。
「あの・・・死んだっていうのは?」
「ここは大戦の記憶庫。人の思いを具現化する迷宮の特性を利用して、バリガンさまが作られた場所なのです。」
『バリガンが?ここを?』
「ということは・・・。」
「はい。私もまた記憶の一部にすぎません。案内役として人格を付与されてはおりますが、本来の私はもうこの世界には存在してはいないのです。」
「そ、そうなんだ・・・。」
唐突な展開に思考が追い付かなくなったアルマに代わって、問いを重ねるのはシャムスだ。
「案内役ということは、これからまたどこかに案内してくれるんすか?」
「おっしゃる通りです。そのために、過去の大戦を知っていただく必要があったのです。」
「大戦を・・・?」
「はい。バリガンさまが終結へと導いた大戦。その初期にドワーフによって鍛えられ、魔族から獣人族、人族へと受け継がれた神槍マルテさまに、誕生の経緯を知っていただくことがこの記憶庫の役割のひとつなのです。」
『・・・・。』
「その、神槍てのは一体なんなんすか?マルテを手にした陣営が有利に戦局を進めてたってのは今見た記憶でわかったんすけど。それがマルテの力ってことっすか?」
「いいえ。確かに神槍マルテを手にした時期と、その種族が隆盛を極めた時期は重なっていますが、むしろそれは神槍へと至る経緯にすぎません。」
「神槍へと・・・至る?それは最終的にバリガンが手にする必要があったということっすか?」
「その質問への答えは、肯定でもあり否定でもあります。多くの種族の間を渡り、その思いを一身に受け続けることで神槍へと至る。それこそがマルテさまを神槍へと至らしめたのです。バリガンさまという傑物に出会う幸運が神へと至る最後のきっかけではあったのでしょうが、それは必須の事柄ではありません。」
「ちょちょちょ、ちょっとまってください。え?ということは、マルテちゃんて神さまなの?神さまが持つにふさわしい武器とかって意味じゃなくて、マルテちゃん自身が?」
「その通り。神槍マルテはまさしく神の一柱であらせられます。格を備えた年経りし器物。すなわち、付喪神ということですね。」
「んなっ!!!」
思わず横から口を挟む形になったアルマは再び驚きで言葉を失う。
だがそう言われてみれば納得できる部分もある。
たとえば今、マルテはアルマの魔力を用いてさまざまな魔法を行使することができる。
それはなぜかアルマとマルテのコンビでなければうまくいかない。
シャムスやランダ、マイヤにも試してもらったことがあるが、魔法が発動しないのだ。
アルマ達はそれを「イメージの共有がうまくいっていないから」と理解していた。
だが一方で、アルマ自身にも他者にはない特性がある。
それはアルマが「勇者の卵」という称号をもつこと。
勇者の魔力が神性を持つものと相性が良いということは、以前オーゼイユ周辺の森であった神鹿が教えてくれた。
つまりマルテがさまざまな魔法を使えるのは、アルマという勇者の素質を持つ者の魔力を得られるからなのだ。
「・・・もしかしてマルテちゃん、知ってた?」
『知るわけねえだろ馬鹿アルマ。・・・だが、多分エヴェリーナは知ってたんだろうな。
そんなようなことをほのめかしていたことはあった。』
「ええええ!なんで教えてくれなかったの?」
『あたし、もしかしたら神かも、て?言えるわけねえだろ。』
「そ、それもそうか・・・。」
ラキの系譜に続いてマルテの正体までも知ることになったアルマたち。
彼女たちの驚きをよそに、ルシは説明を続ける。
「自らの出自を知ること。それがマルテさまのお力をさらに引き上げるために必要なのだと、バリガンさまはおっしゃってました。」
『力を引き上げるって・・・。』
「それについては今ここでお話しするわけにはまいりません。その前に神槍の使い手、あなたに問いたいことがございます。」
「わ、私ですか?」
「今ご覧いただいたように、人族と魔族の戦いは過酷極まりないものでした。バリガンさまによって仮初の終結を得たとはいえ、その火種は今もなおこの世界にくすぶりつづけています。マルテさまが真の力を得るとして、その力であなたは何を望みますか?大戦の記憶を見た後で、あなたがどのように答えるのか、その真意を確かめるのが、私の役割なのです。」
「何を望むか・・・?」
「アルマさん、ここは慎重に。」
答えに窮するアルマに、ランダが声をかける。
この会話がバリガンの試練なのであれば、アルマの回答次第では不合格を言い渡される可能性もある。
そうなれば、バリガンの正統な後継者としてラキの後見につくこともできない。
アルマはこれまでに見せられてきた戦の成り行きを思い浮かべる。
始まりは、貧困にあえぐ小さな村同士の諍い。
それが異なる種族同士であったことから、大きな戦へと発展してしまった。
そして、その戦火の中で誕生した槍マルテ。
戦の中でさまざまな者の手にわたり、都度持ち主に恩恵を齎したマルテが更なる力を得るために、自分は果たしてどうすべきなのか。
思い悩んだアルマだったが、結局彼女は、しばしの思案の後、正直に今の思いを告げることにした。
「私は、力を揮うことを望みません。」
「・・・理由をお伺いしても?」
「私がここに来たのは、あくまでラキちゃんという魔族の少女のためです。彼女が安心して暮らせる世界であってほしい。彼女の後見人となるために、バリガンさんの試練を越えた証が欲しくてここにきたんです。そもそも最初の試練というのも、力を得るためではなく、マルテちゃんの元の持ち主に興味があっただけですし。」
「神槍マルテが更なる力を手にしても、それを揮うことはしないと?」
「そうですね。いや、マルテちゃんが力を手にするのは嬉しいですよ?でも、私は強いからマルテちゃんを選んだわけではないですし、マルテちゃんが力を貸してくれるのだって、私が勇者の卵だからじゃない。ふたりで、できることをするだけです。」
『私はお前を選んだ覚えはないけどな。』
「ちょっとマルテちゃん黙って!とにかくそういうことですから、どうせ力を揮うなら、戦火を乗り越えるためではなくて、戦火を起こさないためがいいです。」
「ならば神槍を持つ必要はないのでは?」
「それは・・・たしかに神槍である必要はありません。」
『おいアルマお前!』
「神槍である必要はないけれど、マルテちゃんである必要はあるんです。私は冒険者として、もっといろんな、新しい景色を見てみたい。そしてそれを、マルテちゃんにも一緒に見てもらいたい。今はそのために、私は冒険者をしているんですから。」
『・・・。』
「なるほど。それがあなたの答えですか・・・。」
ラキによく似た魔族の巫女ルシは、アルマの回答をじっくりと反芻する。
そして、再び顔をあげると、こういった。
「よくわかりました。冒険者よ。あなたをバリガンさまの下へ案内いたしましょう。」
「へ!い、いいの?」
「構いません。もとより、私の役目は神槍を手にした者が身勝手な欲で世界に害を及ぼさないかを見極めること。真の試練は、この先にあるのですから。」
答えた本人が一番驚いているのもおかしな話ではあるが、とにかくルシへの回答は合格点をもらえたらしい。
その後、アルマ達は揃ってルシの後について山道を進んでいく。
道すがら、アルマたちはルシたちが生きた時代についての説明を受けた。
魔族の村のこと。その中でのルシの立場。
また、ルシから求められて、ラキという少女が置かれている現状や、今の社会の中での魔族の扱われ方について説明をした。
「・・・そうですか。私の子孫が・・・。」
「まあ、子孫かどうかはわからないっすけどね。」
「いえ、巻き角が何よりの証。これは巫女の系譜にしか現れないものですから。ラキ・ミゲルという名前ももしかしたら、巫女が受け継ぐルシ・ミケアレという名前が長い年月のなかで変化したのかもしれません。」
「おお!なるほど!」
「もしかして、ジョーガサキさんはこのことを知ってたんじゃないですか?だからラキちゃんを魔族の代表にしようとした、とか?」
「・・・あり得ないとは言えねえな。あいつの場合。」
ランダの思い付きに、マイヤがぼんやりと納得の意志を示す。
強力な鑑定スキルを持つジョーガサキが、そのスキルを駆使してアルマたちが知らない情報をつかんでいたことが、これまでにも何度もあったからだ。
もしかしたら、ラキにも何か称号のようなものがついていたのかもしれない。
そんな話をしつつ進んでいくと、一行の前に、固く閉ざされた鉄の扉が据えられた岩山が現れた。
「こちらです。ここから先はアルマさまとマルテさまのみでお進みください。」
「ここって・・・。」
「先ほど見ていただいたものよりもさらに詳細な大戦の記録。ここから先は、マルテさまの誕生へと至る旅となります。」
「マルテちゃんの・・・。」
「ですが、気を付けてください。どうか、あなたの意志を貫いて。」
「それはどういう・・・?」
「いけばわかりますよ。」
そう言って、ルシは小さく咒を唱えた。
すると鉄の扉が淡く光り、閉ざされた扉がゆっくりと開いていく。
「どうぞ。」
「は、はい。それじゃあみんな、行ってくるね。」
そうしてアルマと槍マルテは、岩山の中に続く道を進んでいった。
岩山の中は、ただの坂道になっていた。
坂道の左右には小さな箱型の石が置かれている。
箱石は内側がくり抜かれ、その中で火を焚けるようになっているようだ。
青白い炎が照らす道を下っていると、幽世まで続いているかのような錯覚を覚える。
やがてその壁に、かつての大戦の記憶が浮かび上がってくる。
アルマたちは、その一つひとつを眺めながら坂を下っていく。
どうやら今度は、終戦時から過去へと遡るように歴史が紐解かれていくようだった。
それは、長い長い、あまりにも血塗られた、戦いの記憶。
アルマたちは時を忘れて、その記憶をたどっていく。
そうして、一体どれだけの時間が過ぎただろう。
気がつけば、アルマたちの前には一人の男性が立っていた。
『バリガン・・・。』
記憶の中にもたびたび登場した興国の祖にして槍マルテのかつての相棒。
男性は、不敵な笑みを浮かべ、腕組みをしてそこにいた。
「よおマルテ。ようやくここにたどり着いたな。そしてそっちのお嬢ちゃんは今のマルテの相棒か。まさか女の子が来るとは夢にも思わなかったぜ。」
「は、初めまして!」
バリガンとの対面に、アルマの全身に緊張が走る。
だが、そんなアルマの想いなど吹き飛ぶような一言が、バリガンから発せられた。
「ああ、初めまして。そんじゃあその手に持つマルテ、俺に返してもらおうか?」
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