2-3 魔物の森と満天の星
『おい馬鹿娘、右から2匹だ。』
「了解。そりゃああ!て、どわああ!」
「祝給えよ。石根穿つ天の潅水、三重の勇魚となりて敵を討て。」
「姉さま、さすがっす!トドメは私が!」
急遽、道具屋の女主人エリシュカを加えての出発となったアルマたちの一行は、順調に歩みを進めていた。
森での戦闘は初めてとなるが、ここまでの戦闘では、タルガットやエリシュカの出番はない。
朝稽古や、迷宮で戦闘訓練の成果は、着実に上がっているようだった。
「お~。お見事~。今夜は兎肉だね~。」
「よーし、おつかれさん。少し先に小川がある。そこから川沿いに上がって拓けた岩場まで行ったら野営の準備だ。あと少しがんばれー。」
タルガットの言葉を受けて、アルマたちは思わず安堵の息を漏らす。
慣れない環境での探索は、やはり、かなりの疲労となって彼女たちの体に蓄積していたのだ。
あと少しがんばれば、休める。間近な目標は人に活力を与えてくれるものだ。
「けど、こういうタイミングが一番危ない。気ぃ抜くなよー。」
「「「はい!」」」
今倒したばかりの針兎をタルガットが拾い上げて、森の中を進んでいく。
しばらく進んだところで小川を発見。川上へと進路を変える。
幸いにしてそこからは魔物に出会うこともなく、本日の野営予定地に到着した。
「はひー。つかれたー!」
『お前はもう少し体力をつけろポンコツ』
「戦闘はまかせっきりだったからな。お前らは少し休んでいいぞ。エリシュカ、食材に使えそうな野草はあったか?」
「ん~。まあ今日の分くらいはいけるかな。」
「んじゃこの兎捌いといてくれ。調理は任せる。俺は薪になりそうなもん集めてくる。」
「あいあ~い。」
タルガットの言葉にありがたく従うことにしたアルマたちは、近くの岩に腰かけてしばし放心する。
アルマは、ふう、と息をつき、辺りを見回した。
豊かな森とやわらかな日差し。清らかな小川は、涼やかなせせらぎをアルマたちの耳に届ける。
危険な魔物が潜む森ではあるが、少なくともここは、この場所は美しい。
こんな場所があるなんて、今まで知らなかったな。
冒険者になって半年あまり。今、その半年間では一度も踏み入れたことのない場所にいる。
ジョーガサキに出会って劇的に変化した冒険者生活は、マルテやタルガット、シャムス、ランダとの出会いを経て、また少しずつ変化していってるのかもしれない。
「それにしても、シャムスちゃん、今日は大活躍だったねー。」
「この斧、すごく使いやすいよ。なんか私、切るより打ちつける方が向いてるみたい。」
シャムスは新たに手に入れた斧を見事に使いこなし、大活躍だった。
両手に1本ずつ。重量もかなりあるはずだが、まったくそれを感じさせない。むしろ重量が増えた分、威力が増しているようだ。
「私はあまりお役にたてませんでした。すみません。」
魔力を消耗したのか、やや青ざめた表情でランダが謝る。
ラスゴー迷宮では精霊魔法で火矢を操り、攻撃の要となっていたランダだが、森では水魔法に切り替えていた。
だが決定力に劣るため、倒すというよりは吹き飛ばすことが多くなる。
つい一撃に込める魔力が多くなるのだが、それでも吹き飛ばす距離が大きくなるだけで魔物を倒しきれない。
「そんなことないよ!足止めになるだけでも十分だよ!」
「そうですよ姉さま!姉さまはすごいんです!私がもっと姉さまの力になれれば・・・」
「うふふ。ありがとうございます。」
『そこの巫女そこないより、こっちの馬鹿娘の方が役に立ってねえからな。』
「マルテちゃん言い方!手入れしてあげないよ!」
『な!お前やめろ。血や脂がついたままって、どんだけ気持ち悪いかわかってんのか!』
休憩中でも、しゃべりだすと止まらなくなってしまう娘たち。
と、そこでパシュン!と、矢を射る音が聞こえた。
思わず身構えて、音の方角を見る。
そこには、矢の刺さった魚を持ち上げて自慢げにこちらを見るエリシュカの姿があった。
「夕食のおかずが増えたよ~。」
「エリさん、さすがっす!」
後輩口調が気に入ったのか、すっかり定着してしまったシャムスが歓声をあげる。
「私も投斧でやってみよう!」
「投斧だと、お魚は爆散しちゃうかな~?」
そう。新しい出会いはここにも、ひとつ。
この出会いが彼女たちの未来をどう変えていくのかはわからない。
でもそれが、アルマにはとても楽しみに思えた。
「お前ら休憩できたか?よおし、そんじゃ天幕の設営すっぞー。アルマ手伝え。シャムスは石組んで竈づくり。エリシュカは調理を頼む。ランダは結界を張ってくれ。魔力はいけるか?」
「問題ありません。」
「ほんじゃあよろしくー」
「「おおー!」」
「は~い。」
分かれてそれぞれの作業を開始。天幕2つ。アルマたちがジョーガサキから購入した3人用を一つと、タルガットが持ってきた一人用のを使う。
夜間は交代で火の番と警戒を行う予定なので、これで十分だ。
「東西、南北、四方統べる四禽。内は真浄に、外は虚空に、浄き水もて隔て。」
ランダは独特の歩法で野営地の周囲を歩きながら、水筒の水を撒いていく。
するとその水が境界線となって、魔物を退ける結界とすることができるのだという。
魔物が近寄るの嫌がるというだけで、実際に立ち入るのを防ぐことはできないのだが、魔獣系の魔物には特に効果が高いことを迷宮で確かめていた。
その間に、シャムスも簡単な竈を組み終えていたようで、すでにエリシュカが鍋を載せて調理をはじめていた。
「そんじゃあ、飯ができるまでにもう一回薪集めな。ついでに、ちょっとお勉強だ。」
タルガットに続いて、再び森へ。
魔物の種類と生態的特徴。そしてその痕跡の見分け方。食べられる野草と手を出してはいけない野草。さらには簡単な罠の仕掛け方まで。
タルガットは冒険者として培ってきた知識を惜しみなく伝えていく。
そのことにアルマたちは感謝し、真剣な表情で応える。
アルマたちが再び戻ってくる頃には、料理もすっかり出来上がっていた。
気がつけば、もう辺りはすっかり暗くなって、竈の火がまぶしい。
「おつかれ~。さあ、ご飯にしましょう~!」
「まってましたー!」
「もう腹ペコっす。」
ランダが鼠の雪さんを召喚し、雪さんも交えて食事にする。
「なんなのこの子~?めちゃくちゃ可愛い~。」
「ですよねエリさん!あ、料理もすっごく美味しいです!」
「うまうまっすよ!おかわり、いいすか?」
「どんどん食べてね~。」
『うるさい奴らだ。食べるかしゃべるか、どっちかにしろ。』
「マルテちゃんは矢の音真似の練習しててね!」
『誰がするか!』
賑やかに、食事の時間は過ぎていく。
あまり会話には参加しないものの、ランダも楽しそうに微笑んでいる。
タルガットは、女子の会話にはついていけないようだ。
「ここまで緊張感のない野営も珍しいな。」
「いいじゃない~。ランダちゃんの結界もあるし、雪さんもマルテちゃんも警戒してくれるし。夜の番なくてもいいくらいだもの~。」
『人をあてにすんなババア。』
「バ・・・マルテちゃん~、なんて?」
「うふふ、雪さん、マルテさんより役に立つところを見せてあげてくださいね。」
『あ?こら巫女そこない。もう一遍言ってみろ。』
途絶えることなく続く会話と、笑い声。
アルマたち一行にとって野営地で過ごす初めての夜は、こうして更けていった。
ふと見上げれば、満天の星。
アルマには、その星々が、いつもより少しだけ明るく輝いて見えた。
お読みいただき、ありがとうございます!