8-14 ジョーガサキさん、諭される
しばしの間目を閉じ、ジョーガサキの説明を吟味していたティムルは、やがてその重い口を開いた。
「ジョーガサキくん。君、アホじゃろう。」
「・・・は?」
「魔族との溝が埋まらないままでは君の残業が増えてかなわん。だから、魔族との融和をめざすと。そう言ったのう。」
「言いました。」
「はたから見れば実にどうでもいい理由ではあるが、それはまあいい。どんな理由であれ、それで魔族との対立が防げるのであれば、それに越したことはないのじゃからな。」
「私にとっては最も重要な理由なのですが。」
「そうなんじゃろう。だから阿呆なんじゃ。」
「は?」
「その策を実現するのにどれほどの労力がかかっていると思うとる?君がやっとるのは、10年後の残業を減らすために今の仕事を倍にしているようなものじゃろう?残業の前借をしてるようなものじゃないか。」
「・・・その発想はありませんでした。」
「ひょほほ。一応言うとくと、もう撤回は聞かんからな?まあ、撤回する気もないか。ラスゴーの迷宮騒動も、ベリト・ストリゴイの捕縛も、どうせ似たような経緯だったのではないかね?」
「・・・否定はできません。」
「じゃが、君にとっては我慢のならないことなのじゃから、どうしようもないわな。はっきり言って、わしのような立場の人間からすれば君みたいな人間は便利極まりないぞ。なにせ仕事を依頼する必要すらない。ただ組織に置いておくだけで、勝手に人と違うところが耐えられなくなって、勝手に修正してくれそうじゃからな。」
ティムルの指摘はあたっていた。
適切な労働と十分な余暇こそがジョーガサキにとって代えがたいもの。
それを脅かす可能性は、早期に摘み取ってしまわないと気が済まないのだ。
それこそが、彼の仕事を増やす原因になっているのだとしても。
それを「残業の前借」と評されて、ジョーガサキは言葉を失う。
これではまるで、残業がしたくてたまらない人みたいではないか。
「ああ、君がラスゴーで立ち上げたという冒険者生活協同部というのもそういう経緯かな?」
「・・・・。」
「だいたい君という人間のことが分かった気がするな。しかし実のところ、山中に埋められていたという魔道具については思うところがある。」
「・・・お聞きしても?」
「この王都は青虎の庇護を受けていることは君も知っていよう?かつて、わしが平らげたときは厄災を振りまく魔物であったのだが、時の王女との契約によって守護獣となった。その契約はいまも王家に受け継がれておる。」
「はい。」
「ここだけの話しとしてもらいたいのじゃが・・・ここ数年で青虎は魔力を大きく落としておるのじゃよ。」
「それは・・・。魔道具の狙いが、聖獣・青虎の弱体化にあると?」
王宮に御座すという聖獣は、ごく一部の人間しか会うことは許されていない。
その聖獣・青虎が弱っているなどという情報は、ティムルに会わねば知ることもなかっただろう。
その情報を得ることができただけでも来た甲斐があったとジョーガサキは思った。
「可能性はあるじゃろう?あるいは、青虎の弱体化と魔物の誘導と、両方を狙っているのやもしれん。だから、ジョーガサキくん。君がこの件の調査をするために、審問の延長を求めるのは認めよう。書面もしたためる。」
「ありがとうございます。ラスゴーの迷宮騒動とベリト捕縛の経緯、そして私のスキルである【育種】の詳細については、王都に来るまでの道中でレポートをまとめてあります。審問官にはまずその書面を精読いただき、疑問点をまとめていただければと思います。」
「用意のいいことじゃ。なれば、審問の延長は問題なかろうよ。」
いずれにしても、魔道具を山中に埋めている組織の狙いを急いで探る必要がある。
ティムルはその任を初めて会ったジョーガサキに任せることにした。
「じゃが、いかにエヴェリーナさまの後見があれど、その少女を魔族の代表として立てるのは難しくないかのう。」
ティムルが目を向けると、ラキは小さく身構える。
人族に対する恐怖や警戒の感情は、いまだに彼女の中ではくすぶったままなのだ。
「私では役不足ですか?」
「そうではありません。ただ、儂はともかく、一般の市民にはエヴェリーナさまが本物であるかという判断ができません。なにか、彼女を魔族の代表として認めさせるわかりやすい何かがありませんと。」
「なるほど・・・確かにそうですね。」
誰もが知るエヴェリーナではあるが、それははるか昔、建国時代の歴史上の人物として。
その後の王国史に彼女は一度たりと登場しておらず、いくらエルフと言えど実は生きていましたといきなり言われても簡単に信じられる話ではないのだ。
エヴェリーナにもそれは理解できた。
「それについても、何か考えがあるんじゃろう?ジョーガサキくん。」
そこでティムルはジョーガサキに再び話を振る。
ティムルとエヴェリーナ、ラキの視線を受け、ジョーガサキは表情を変えずに答える。
「ええ、あります。実は・・・。」
その答えを聞いて、ティムルはもちろん、エヴェリーナもラキも目を丸くした。
それほどに、ジョーガサキの回答は意外なものだったのだ。
その回答を受け、ティムルは破顔した。
「ひょほほ、よもやそのようなことを考えておったとはのう。よかろう、その案、冒険者ギルド本部として全面的に協力しよう。わしの部下を使うことも許す。思う存分やるがいい。」
こうして、ジョーガサキ達は正式に魔道具の謎を追うことになった。
ラキも非公式ではあるが、冒険者ギルドにおいてはその身柄の安全を約束されることとなる。
さらに、ジョーガサキ達はギルド本部内の一室を使用することも認められたのだった。
とりあえずの拠点を手に入れることに成功したジョーガサキたちは、ひとまず牛車をギルド本部に移動させることにした。
『三ツ足の金烏』が所有する倉庫まで戻ったところで、アルマたちを迷宮に案内していたシャヒダと合流。
彼女にギルド本部の一室を拠点とすることを告げ、その後ジョーガサキは審問の延長を求めるため、ティムルの書面をもって一人で王宮へと向かった。
王宮でジョーガサキに対応したのは、フロイド・ドミスという審問官だった。
具体的な証拠もなしに魔族の企みを阻止すると説明するわけにはいかないので、冒険者ギルドで緊急の案件を片付ける必要があるため、審問を延期してほしいとだけ告げる。
本来であればそのような要求は受け入れられるはずもない。
だが、王宮にも顔が効くティムルの書面を持参していたこと、そして事前にレポートをまとめていたことから、当面の自由を認められたのであった。
「さて。これでひとまずは自由に動くことができますね。ですがタルガット・バーリンさんたちはともかく・・・アルマ・フォノンさんたちは予定通りにいっているといいのですが・・・。」
王宮からの帰り道。
ジョーガサキはそれぞれに行動するタルガットやアルマたちを気にかけ、一人ごちる。
常にジョーガサキの想像の斜め下を行くのがアルマ・フォノンという少女だ。
彼女たちに任せることに大きな不安を抱えながら、ジョーガサキは冒険者ギルドへの道を戻っていった。
そして、そのアルマ・フォノンと「銀湾の玉兎」の面々はと言えば。
「どえええ!なんで迷宮跡の罠が発動してるの!」
『馬鹿アルマ。この迷宮は枯れてるわけじゃなくて、休止してるだけだって聞いただろうが!』
「アルマはなんでこうっ・・・!!ああもう、うかつすぎるっす!」
「アルマさん最低です!」
「言ってる場合じゃねえぞ!走れ走れ走れ!」
足を踏み入れた迷宮の奥。
アルマがうっかり罠を発動させてしまい、転がる巨大な岩に追いかけられていた。
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